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暴言や暴力、サービス現場でやまぬ「カスハラ」、
企業に対策義務付ける法制化を含め検討

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顧客による従業員へのハラスメント(カスタマーハラスメント、以下カスハラ)について、政府は企業に対策を義務づけるための法制化を含めた検討に乗り出した。実態調査などを通じて、社会にカスハラの深刻さを伝え続けた労働組合の取り組みも、この動きを後押しした形だ。アンケート調査や署名運動に取り組んできた産業別労働組合UAゼンセンの担当者に、カスハラの現状や法制化に向けた期待を聞いた。

波岸 孝典(なみぎし たかのり) UAゼンセン 流通部門 事務局長
1971年4月27日 北海道旭川市生まれ。1994年4月に株式会社丸井今井に入社。2007年10月に丸井今井労働組合の中央執行委員長(専従)に就任。2010年4月に日本サービス・流通労働組合連合に出向、2011年6月より日本サービス・流通労働組合連合の中央執行委員・百貨店部会の事務局長に就任。2012年11月よりUAゼンセン流通部門 執行委員、2020年9月より、UAゼンセン流通部門 事務局長となり現在に至る。

現場従業員の半数がカスハラ被害に メンタルに深刻な影響も

流通・小売・飲食などサービス産業を担う労働組合が集まってつくるUAゼンセンは、2015年からカスハラ対策の法制化に向けた取り組みを始め、2017年、2020年、2024年の3回、実態調査を行った。2018年には厚生労働省へ、カスハラ対策を求める170万筆の署名も提出した。

こうした中、政府も2020年に施行された改正労働施策総合推進法の行動指針に「顧客からの迷惑行為に対する、企業の望ましい取り組み」を盛り込んだ。そして2024年、同法を改正して企業にカスハラ対策を義務づける方向で動き始め、東京都や北海道といった自治体も、カスハラ防止を目的とした条例の制定を検討している。

「法制化を機に、カスハラ対策が加盟組合に留まらず、幅広い産業に広がると期待しています」と、UAゼンセン流通部門事務局長の波岸孝典さんは評価する。

カスハラが社会問題化する中、近年は企業側もコールセンターの会話内容を録音したり、一定時間でクレーム対応を打ち切ったりと、対策を講じるようになった。しかしそれでも深刻なカスハラは横行している。

UAゼンセンが2024年1~3月、加盟組合の組合員に対して行ったアンケートには3万3千件を超える回答が寄せられ、2年以内にカスハラを経験したとの回答は、46.8%に上った。

「2017年の7割超に比べれば割合は低下していますが、それでも半数近い人が迷惑行為に遭っています。『心療内科に行った』『寝不足が続いている』など心身に影響を与える深刻なクレームを受けた人の割合に、改善が見られないことも問題です。」

UAゼンセン流通部門機関紙「BUMON通信 vol.80」より

カスハラが人手不足に拍車? しわ寄せは消費者へ

カスハラで最も多いのは暴言や威嚇・脅迫だ。2024年調査では「売り場に自転車で乗り込んできたので注意したら、自転車を足に倒され暴言を吐かれた」「顧客が自分で床に落とした売り物の交換を要求され、特に破損もないので断ると罵詈雑言を浴びせられた。さらに後日『金属バットでぶっ叩きに来た、殺してやる』などと言われた」といった声が寄せられている。顧客の無理な要求に、店員や店長が午後9時前から深夜0時過ぎまで対応するなど、理不尽に長時間拘束されるケースも後を絶たない。

2024年調査は詳細集計中だが、20年調査では迷惑行為をした顧客の74.8%は男性だった。年齢別では40代以上が9割を占め、特に多いのが50代(30.8%)と60代(28.0%)だ。サービス業のスタッフの多くは女性であることから、中高年男性が女性スタッフを「指導する」つもりでカスハラに及ぶ、という構図が見えてくる。

「17年と20年の調査を研究者に分析してもらったところ、45歳以上の男性顧客が店員の対応ミスやサービス不足などを捉え、過度に威圧的、攻撃的なクレームをつけるケースが一つの典型例だとの結果も出ました」

カスハラがあると、偶然それを目にした消費者が不快感を覚え、店から足が遠のくといった二次被害も起こりうる。人手不足感が強まる中、サービスの仕事に就きたいという人が減ってしまうことも懸念される。現場のオペレーションが回らなくなれば、デメリットを被るのはサービスの受け手である消費者だ。

「サービス業は、学生がアルバイトで最初に経験する『職場』になることも多い。その業界でカスハラに遭遇したら、安心して働けるという感覚を持てず、就職しようとも思えなくなってしまいます。担い手の確保という面でも、カスハラ対策は非常に重要です」

また2015年当時はUAゼンセン内でも、現場たたき上げの組合員などには「クレームを処理できて一人前」といった認識が強く、カスハラ対策に取り組むことへの反発があったという。今もこうした考えの残る職場もあるが「法制化によって『カスハラはうまくいなすもの』という教育を受けてきた世代も、認識を変えてくれるだろうと期待しています」。

対策している職場は少数派 実態に合わせたマニュアル整備を

UAゼンセンは2017年、悪質クレームに対応するためのガイドラインを作り、2020年には第2版を発行した。厚労省も2022年、企業向けのマニュアルを設けた。

「ガイドラインには『何がカスハラか』を定義づけ、各職場へ伝えるという大事な役割があります。ただ重要なのは、各職場の労使が個別に『従業員を守る』という姿勢を打ち出し、実態に合わせてカスタマイズしたマニュアルを整備することです」

カスハラ対策には、顧客との会話の録音・録画や、クレームが発生した場合の上司への連絡ルートを確立することなどが挙げられる。ただコールセンター、飲食、小売といった業態や、従業員規模などによって、有効に機能する仕組みは異なるという。

「現場の従業員にとって実効性の高いマニュアルを作り、周知することが大事。それによって初めて、従業員もマニュアルという『後ろ盾』に守られ、『お話を承って20分経ったので、マニュアルに則って対応を終了します』などと、毅然とした対応を取れるのです」

しかし2024年調査で、勤め先にマニュアルが「ある」と答えた組合員の割合は3割弱にとどまり、4割以上は「特に対策はなされていない」と回答。いずれも前回調査に比べて、大きな改善は見られなかった。加盟組合の中で比較的規模が大きい150~170の組合でも、独自のマニュアルを設けているのは30~40に留まるという。

UAゼンセンの2024年の調査の回答数は3万3千件以上に上り、自由記述への書き込みも1万を超えた。カスハラに対する組合員の関心の高さと、対策を講じてほしいという切実な思いがうかがえる。

「産別は組合員のニーズに応え、加盟組合に対して労使協議を通じた対策を促す必要があります。組合役員が組合員に『カスハラで困っていませんか?』と問いを投げかけて話を聞くことは、コミュニケーションのきっかけにもなると思います」

また現場の担い手の多くは、パート・アルバイトら非正規雇用で働く人々で、マニュアルや情報ルートを周知しづらいことも課題だ。

「時間はかかるでしょうが、非正規の人に対しても迷惑行為に対する対応の仕方を周知し、働く環境を整備していかなければなりません」。

UAゼンセン流通部門機関紙「BUMON通信 vol.80」より

安心して働ける職場に 消費者教育や業界連携も重要

波岸さんは企業個別の対策も求められると同時に、業界全体で連携し、統一的な対策を講じた方が有効な部分もあると指摘する。

「例えばすべてのコンビニが、深夜の店舗の様子を録音・録画すれば、店員は『業界共通の取り組みです』と説明して顧客に納得してもらえます。ファミレスのような全国展開するチェーン店も、ある程度対応を共通化し、カスタマーに発信するべきです」

また迷惑行為をする顧客を生まないためには、教育を通じて子ども・若者らに消費者としての適切なふるまいを伝えることが重要だ。消費者教育の中には、働き手に対する尊重と同時に、消費者として伝えるべきことはきちんと店舗に伝える、といった意見表明の方法も含まれる。行政機関が事例を発信するなどして、消費者に「自分の行動はカスハラかもしれない」という「気づき」の機会を提供する必要もある。

「法律で企業に一方的に義務を課すのではなく、労働者、消費者、経営者と関係官庁が一つのテーブルについて話し合い、それぞれが負担を担うべきだと思います」

日本では「お客様は神様」という古い商習慣がカスハラを生み出す一方、きめ細かい顧客対応が「おもてなし」として海外からも高い評価を受けている。「カスハラ対策の法制化が、従業員が安心して働ける対人サービスの在り方を、社会全体で考えるきっかけになればと願っています」

(執筆:有馬知子)

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