マルハニチロユニオンは、2023年度の活動方針に「組合員一人ひとりの成長」を掲げ、個人のライフプランのサポートやキャリア支援に取り組もうとしている。転機となったのは2020年、工場閉鎖に伴い人員の再配置が必要になったことだった。白山友美子中央執行委員長に、組合が独自に個人の成長支援に乗り出した経緯などについて聞いた。
工場閉鎖に生産体制見直し 「大事なのは組合員の成長」
マルハニチロは2020年12月、夕張工場(北海道夕張市)を翌年3月末で閉鎖すると発表した。当時、同工場で働いていたのは契約社員も含めて116人。転居可能な人は配置転換によって働き続けられるが、さまざまな事情で引っ越しが難しい人もいた。
夕張市周辺は企業が少なく、全員分の雇用を確保できるかどうか、不安もあった。当時マルハニチロユニオンの副委員長だった白山さんは「労働組合として何ができるのか、深く考えました」と振り返る。
「会社との退職条件の協議はもちろんですが、工場がなくなっても、すべての従業員が明日からも安心して生活を送れるよう、いかに仕事を確保するか。社内で働き続けられないなら別の場で、少しでもいい条件で働けるようにしたかった」
最終的には、就職を希望する全従業員の勤務先が見つかったが、「雇用を守るとは何なのか」という思いが募った。
この出来事からわずか1年半後、2022年9月には冷凍食品を製造していた広島工場で火災が発生。負傷者は出なかったが、生産棟はほぼ全焼した。経営側は被害回復に時間がかかるとして生産体制の見直しを表明し、白山さんらはまたも仲間との別れを余儀なくされた。
こうした中、白山さんら中執メンバーは「同じ会社で働き続けることを望んでいる組合員は多いけれど、その希望が叶わない場面は起こってしまった。そのような時に一つでも多くの選択肢を確保できるよう、組合員が成長し続ける必要がある」と考えるようになる。社員が前向きにキャリアアップに取り組めば企業の生産性は高まり、結果的に組合も労働条件の改善を求めやすくなるという一面もある。
「マルハニチロユニオンの組合員が社外から『こういう人と一緒に働きたい』と評価されてほしい。そんな仲間が増え、職場で力を発揮してもらえれば会社もより発展する。組合も、もっと個人の成長をサポートできるはずだと考えました」
社内で成長できる道を示したい 専従役員が資格取得へ
個人の成長をサポートするスキルを身につけるため、白山さんら何人かの専従役員は現在、キャリアコンサルタントの資格取得に向けて勉強中だ。
今や入社直後に転職エージェントに気軽に登録することも当たり前の時代だが、エージェントの担当者は、基本的には転職ありきで動く。一方、労働組合なら社内で自己実現するためのアドバイスも可能だ。人事権のない組合には、気持ちを率直に話しやすいという利点もある。
「一つの会社に長く働いてこそ得られる学びやメリットにも注目してほしいと思います。組合役員は組織を横断的に知る機会も多いので、グループ内で実現可能な、組合員の希望に合った提案ができるのではないか…と、離職防止の観点から資格に興味を持ち始めました」
会社も2022年、人事制度を改定して社内公募やFA制度を導入しており、社内でのキャリア形成の可能性は以前に比べて広がってきている。今後は、組合員がマルハニチロユニオンにキャリアの相談をすることと会社の諸制度を活用することで、自らキャリアを築く道も拓けそうだ。
マルハニチロユニオンはこのほか、SDGsを学ぶ会や自己肯定感を高めるためのセミナー、資産運用を考えるライフプランセミナーなどを開き、組合員の視野を広げようともしている。コロナ禍でオンラインのイベントが普及し、本部から遠方の職場で働く組合員にも平等に学びの機会を提供できるようになったことが、こうした活動を後押ししているという。
「特に、集まる時間と場所に制約のある子育て世代の組合員は、『すき間時間に録画を見直すこともできる』とオンライン開催に好意的です」
工場従業員の組織化に注力 当事者の身になって考える
マルハニチロユニオンが成長支援と並んで力を入れているのが、職場の組織化だ。マルハニチロ本社の労使はユニオンショップ協定を結んでいるが、製造現場で雇用された地域社員や契約社員には組合未加入の人もいる。2015年ごろから非組合員の組織化にも力を入れており、組合員の増加に伴って現場の様子がより詳しく分かるようになっているという。
組織化に当たっては、時間がかかっても各職場で全員の同意書を集め、ユニオンショップ協定の締結を目指している。組合員と非組合員に不平等が生じるのを防ぎ、一枚岩で交渉に臨むためだ。
コロナ禍で対面の説明会を開きづらかったこともあり、組織化の進み方には職場によって差がある。中でもいち早く協定締結に至った工場は、職場にいる支部役員が契約社員と普段から信頼関係を築いており、「あの役員が加入を勧めるのは、自分たちのことを大切に思っているからこそ。加入しよう」と速やかに同意をもらえたという。
「本部から知らない人が行って加入を勧めるより、一緒に働く仲間が誘った方が、その後の組合運営もスムーズに進みます」
近年は大幅なベースアップ(ベア)が実現したことで、以前に比べれば組織化しやすい環境も整ってきた。ただ人手不足で現場に余裕がなくなったこともあり「組合なんて面倒くさい」「組合費を払うのは嫌だ」と考える人も一定数いる。白山さんはこうした声に対しては「相手の立場に立って考えることが大事」と話す。
「とにかく相手の話を聴き、個別の事情を踏まえてその人のために何ができるかを考える。それが組合に対するネガティブな認識を変えるきっかけにもなると思います」
職場を超えた交流で視野が広がる 限界突破は「みんなのおかげ」
白山さんは2008年、新卒でマルハニチロ水産(現マルハニチロ)に入社。4年目に、出産を控えた先輩女性から支部執行委員を引き継ぐまでは、組合活動に特に熱心ではなかったという。
「ただ組合役員になると他部署の人の話を聞く機会が増えて、視野が広がりました。上下関係も希薄で『お互いに楽しくやろう』という前向きな空気感があったのも、いいなと思いました」。
2015年に組合専従、2020年に副委員長となり、2021年に女性初の委員長に就任した。産業別労働組合でも副会長を務めるほか、異業種の組合役員らの集まりにも参加している。
「業界内の助け合いはとても大事ですし、異業種の人から共通の課題について、参考事例を教えてもらえることもある。組織を超えたつながりは、自分の糧になっています」。
楽しいから活動を続けられた、という思いは強く、今も委員長として「忙しい中参加してくれる組合員に楽しんでもらうためにも、自分自身が活動を楽しもう」と心掛けているという。
就任当初は「私がやらなきゃ」という気負いもあったが、今は「みんなのおかげで、さまざまな限界を突破させてもらっている」と話す。組合員からもたらされる話こそ、労使交渉を支える材料であり、会社の課題の本質に迫るヒントが潜んでいる、と実感しているからだ。
「組合員が私を成長させてくれたように、組合員同士が助け合って成長できるのが労働組合という場所。組合員が仕事の面だけでなく人間としても成長し、豊かな暮らしを実現できるよう、私たちも精一杯取り組みます」
(執筆:有馬知子)