2024年、連合は賃上げを持続的な流れとして定着させることや、非正規雇用労働者やフリーランスの働き手を活動に巻き込むことなど、さまざまなミッションを抱えている。芳野友子会長に、新しい年を迎えての抱負や今後の課題、2024春季生活闘争に向けた思いなどを聞いた。
「後継は男性」の固定概念を変える 「山」は動き始めた
-新たな年を迎え、特に力を入れて取り組むことを教えてください。
1期目に引き続き、ジェンダー平等と多様性推進を重点的に取り組みます。労働組合は男性社会の名残が強く、女性などマイノリティの抱える課題を、「ジブンゴト」として受け止めているとは言いがたい面があります。ある加盟組合トップに、どうしたら女性役員が増えるかと聞かれて「あなたの後継者を女性にして下さい」と話すと、想像もしなかったという顔をされました。後継指名は男性が当たり前、女性など選択肢にも上らないという状況を変えなければいけません。
-ジェンダー平等の取り組みは、どのくらい進んだのでしょうか。
私が会長に就任してからの2年間で、加盟組合などでこのテーマの学習会が非常に増え、女性だけでなく男性も参加するようになりました。私もできる限り現場に足を運んでいますが、女性たちの活躍は目覚ましく、彼女たちの姿に感化されて加盟組合のトップや地方連合会の役員の認識も変わり始めました。「山」は着実に動き始め、今年は実を結ぶ段階に来ていると思います。
連合結成から34年、女性役員の比率もようやく40%台に達しました。しかし海外を見れば、労働者団体の女性役員比率は50%が当たり前。世界の主要な労働団体の一つである連合も、早急に国際標準である50%を達成する必要があります。またこの課題は、少し取り組みが緩むとすぐ後退してしまうので、気を抜かずに進めていきます。
賃上げを持続的な流れに 「5%」は最低ライン
-足元の最重要課題である春季生活闘争への意気込みも聞かせてください。
2023年の賃上げ率は30年ぶりの高水準となり、賃金と物価が緩やかに上昇する社会へ転換するターニングポイントになりました。しかし物価上昇があまりに急激で、結果的に実質賃金はマイナスになってしまいました。
2024年はこうした反省も踏まえ、賃上げを一時的な動きではなく持続的な流れにするよう、経済社会のステージを変えることをめざします。
また前回は、コロナ禍からの回復途上で賃上げが進まない業種があることも踏まえ、賃上げ目標を「5%程度」に設定しました。今年の「5%以上」は、5%が最低ラインで、すべての業種がそれより上をめざしてほしい、という意味が込められています。経営側に対しても、労務費をコストではなく未来に向けた先行投資と捉えるよう強く訴え、賃上げを実現して経済の好循環につなげたいと考えています。
-具体的には、どのようなことに取り組みますか。
個別交渉に関しては加盟組合の判断を尊重し、連合は賃上げしやすい環境整備に取り組みます。具体的には、大手企業に対してサプライチェーン全体の価格転嫁を促す仕組みづくりを求めるほか、仕事を請け負う側の中小企業にも、勇気を持って労務費を交渉のテーブルに乗せるよう呼び掛けます。また好事例などの情報提供も進めます。
同時に政府と経営者団体を巻き込み、全国あまねく賃上げできる環境を、ともに作るよう求めていきます。これについては昨年11月に開かれた政労使の意見交換会で、賃上げを波及させるべきだという、ある程度の意識合わせができたと考えています。
「良いものをより安く」から「適正価格」へ、マインドチェンジを
-受注側は顧客を失うことを恐れて、なかなか価格交渉を求められません。どうすれば、現状を変えることができるでしょうか。
昨年11月、政府が労務費を適切に転嫁するための行動指針であるガイドラインをまとめたことは、交渉の土壌を作る意味で効果があったと思います。ただ現場レベルで見ると、企業の購買や調達の担当者は「より良いものをより安く仕入れる」のが腕の見せ所で、適正価格を守った仕入れはある意味、真逆の発想への転換が求められます。実効性を担保するにはガイドラインを作って終わりではなく、価格転嫁により確保した賃上げの原資が労働者に適正に分配されされているかもチェックする必要があります。 また2023闘争では、大手が賃上げをけん引した結果、中小との格差が拡大してしまいました。今回も中小の経営者からはすでに「昨年大幅に賃上げしたので、これ以上は無理だ」といった声が上がっています。しかし実際は、最も人手不足が深刻なのは地方の中小企業で、こうした企業こそ人に投資しなければ労働者が流出し、オペレーションが回らなくなる恐れがあります。すべての都道府県で政労使の話し合いの場を設け、賃上げの実現が疲弊する地方経済の活性化につながる、という合意形成を進めてほしいと考えています。
-消費者も購買担当者と同じように「良いものをより安く」を求めがちです。
仮に私が送料無料のネット通販を利用したとして、品物を運んでくれるのは、連合加盟の運輸会社の組合員かもしれません。そうなると結果的に、消費者としての私の行動が、仲間の賃上げの足を引っ張ることになりかねません。同じような状況がさまざまな業種で起きれば、回り回って自分や家族の賃金も、影響を受ける可能性があります。私たちは、消費者でもあり労働者でもあります。仲間である働き手の価値を下げないよう、適正価格で取引するマインドに変わらなければいけないのです。
-2024闘争が、非正規雇用の働き手など組合員以外の人に与える影響については、どのようにお考えでしょうか。
非正規雇用の人やフリーランスなど、弱い立場の人に寄り添い、賃金や処遇を改善することが、連合の役割です。日本企業は横並びの傾向が強いので、連合が「他社ではこれだけ賃金が上がっている」という情報を発信するなどして、全体としての賃上げの機運を醸成したいと考えています。また個別組合にも、非正規雇用の人の処遇改善や企業内最賃の協定締結を、交渉のテーブルに乗せるよう呼びかけます。
またフリーランスは、集団的労使関係がないので、賃上げの流れに巻き込むのが非常に難しく、しかも人数が増えています。連合は「Wor-Q」(ワーク)というプラットフォームを設け、当事者とのネットワーキングや課題の洗い出しなどを進めています。今後、当事者の声をもとに連合として何ができるか、考えを深めていければと思います。
「スピード感」「ジブンゴト」がキーワード 相談のハードルを下げる
-労働力不足が深刻化する中、労働組合はどのような役割を果たすべきでしょうか。
人口減少社会で企業も構造改革を迫られる中、労働組合が経営に参画することの重要性は、これまで以上に高まっています。企業の長期ビジョンを把握した上で、組合員の雇用確保の道やスキル形成について、経営側とともに考えていくべきです。また経営のチェック機能を果たすことも重要です。
ただ昨今、産業界が推し進めているリスキリングと労働移動については、課題が多いと考えています。学び直しも転職も否定はしませんが、ミドルシニアにまったく違うスキルを学べ、と言っても難しい面がありますし、相性のいい職場に長く勤めることも、悪いことではありません。職場を変わるのは、労働者の自発的意思にもとづくべきですし、社外ではなく組織内の新規産業への移動も検討すべきです。労働者自らが移動したいと思える「魅力的な産業・業種」の育成と、そのための環境整備を推進する必要があります。
-連合をより多くの人に身近に感じてもらうためには、どうすればいいでしょうか。
連合は各都道府県に地域連合会を持ち、地域課題に取り組む体制も整えているのに認知度は低く、若年層と女性の支持も低くなっています。大手企業の正社員の集まりといったイメージが残り、非正規雇用の働き手やシングルマザーなど困りごとを抱えた人が、親近感を持ちづらいことも、相談のハードルを高くしています。
男性と女性、既婚者と未婚者、子どものいる人いない人、非正規雇用で働く人やLGBTQの人など、さまざまな人が労働組合にいれば、それぞれの当事者の課題を共有できて、解決のスピードも上がるはずです。第一歩として女性の相談員やオルガナイザーの育成に取り組むほか、「スピード感」と「ジブンゴト」をキーワードに多様な人を巻き込み、当事者意識を持って課題に取り組める組織を作りたいと考えています。
(執筆者 有馬知子)