年金制度の見直しは5年に1度行われており、2024年末に制度改革の方向性を取りまとめる予定だ。政府内の議論が大詰めを迎えつつある中、連合は10月9日、制度改革のポイントなどを話し合うシンポジウムを開いた。シンポジウムの内容をもとに、政府内の議論の推移や、取りまとめに向けた課題などを見ていこう。
持続可能性と給付水準、年金制度のバランスは「かなり際どい」
シンポジウムではまず慶應義塾大学経済学部教授の駒村康平氏が、制度改革の議論に先立って行われた財政検証の結果と、制度改革のポイントについて以下のように解説した。
駒村康平 慶応義塾大学経済学部教授
財政検証は年金制度が持続可能で、かつ十分な給付を維持できるかをチェックするために行われます。健全性の指標となるのが「所得代替率」で、40年間、平均的な賃金で働いた人と専業主婦(夫)の配偶者が65歳になった時の年金額が、現役男性の手取り賃金の何パーセントに相当するかを示しています。
年金制度には受給者が増加する中でも財源を確保できるよう、一定期間、物価や賃金上昇よりも年金の上昇幅を抑える「マクロ経済スライド」というしくみがあります。所得代替率はこのしくみによって徐々に下がり、検証では2024年度の61.2%から2040年度には56.3%、2057年度には50.4%へ低下するとの結果が示されました。政府が最低限必要としている50%は上回りましたが、財政検証の土台となる人口推計の数値が下振れした場合、つまり想定より出生率が低下したり外国人の流入が少なかったりした場合、50%を切る可能性もあります。持続可能性と給付水準のバランスは、大きな課題であるといえます。
また厚生年金保険に加入しているサラリーマンらは、基礎年金と厚生年金を受給できますが、自営業者など国民年金の加入者は、基礎年金しか受け取れません。検証の結果、現在50歳の人が65歳になった時の基礎年金受給額は6万1000円、現在30歳の人は5万4000円となる見通しで、低所得の高齢者が増えることが懸念されています。
年金受給額を増やすための対策のひとつが、厚生年金保険の適用対象者を広げ、基礎年金と厚生年金の両方を受け取れる人を増やすことです。年金部会では、現在は対象外となっている従業員50人未満の企業の労働者や、個人事業所に雇用されている人、労働時間が週20時間未満の労働者を、対象に加えることが議論されています。国民(基礎)年金から厚生年金保険へ移る人が増えれば、国民年金の加入者が減り財政が好転することも期待できます。
基礎年金の受給額を増やすため、年金加入期間を40年間から45年間に延ばす案もありましたが、保険料の追加負担に対する反発が強く、議論は見送られました。基礎年金の財源の半分は国庫負担なので、給付を増やすと投入すべき税金が増えるという事情も見送りの背景にあったと考えられ、財源確保は大きな課題です。
厚生年金保険の加入要件、制度の誤解が過度な就業調整を招く
続いて行われたパネルディスカッションでは、厚生年金保険の適用対象拡大や、国民年金保険料の支払いが免除される「第3号被保険者制度」などについて話し合われた。
佐保昌一 連合総合政策推進局長
連合総合政策推進局長 佐保昌一氏(以下、佐保):まずは厚生年金保険の適用拡大について、論じていきたいと思います。連合は雇用形態や勤務先の企業規模、業種によって適用されたりされなかったりする現行制度は不合理だと考えており、今回の見直しでは企業規模要件の撤廃を求めています。「あいまいな雇用」で働く人も、労働者性が認められる場合は対象に含める、ダブルワーク、トリプルワークなど複数の勤め先を持つ労働者についても、合算した労働時間が基準を満たす場合は適用する、といったことも必要です。
また自営業者や農業などに就く人の困窮を防ぐため、基礎年金の給付引き上げも不可欠です。今回は見送られましたが、保険加入期間の延長は検討すべきだと考えています。
永井さんの所属するUAゼンセンは、短時間の組合員も多いですが、現場からはどのような声が上がっていますか。
永井幸子 UAゼンセン副書記長
UAゼンセン副書記長 永井幸子氏(以下、永井):今回の制度改正では連合と同様、適用拡大を積極的に進めようとしています。さらに「月額賃金8万8000円以上」という賃金要件も見直せないかと提案しています。
当組合の組合員の6割は、パートなど正社員以外の働き手で、このうち約4割が労働時間週20時間未満の主婦パートら「第3号被保険者」と推測されます。所得税の103万円とともに賃金要件があるために、第3号被保険者は総じて年収を100万円程度に抑える傾向にあり、他の組合員から「年末の忙しい時に主婦パートがシフトに入れないので、自分たちの仕事が増えてしまう」といった話も聞きます。当組合としても当事者に「将来、安定的に年金をもらうには、保険料負担を分かち合うことも必要」と周知し、厚生年金保険加入への理解に努めています。
西沢和彦 日本総合研究所理事
日本総合研究所理事 西沢和彦氏(以下、西沢):制度の難しさが、過剰な就業調整を招いている面もあります。厚生年金保険加入の賃金要件は所定内賃金が月8万8000円を超える労働者であり、ボーナスや時間外労働が上乗せされても適用対象にはなりません。しかし月額を12倍した約106万円を「年収の壁」と解釈し、ボーナスなども含めた年収がこの額を超えないよう、就業調整をする人も少なくないようです。本来ならこうした解釈が生じないよう、シンプルな制度であることが望ましいと思います。
また適用対象が拡大されれば厚生年金をもらえる人は増えますが、基礎年金しか受け取れない人との格差が依然として存在することも、考えなければいけないでしょう。
慶應義塾大学教授 駒村康平氏(以下、駒村):働き方によって厚生年金保険に適用・不適用があってはならない、という永井さんの考えには賛成ですが、労働時間の要件が週10時間以下になると、自営業の人が厚生年金保険への加入権利を得るため短時間アルバイトに入るといったケースも出てきかねません。アルバイト収入と自営業所得を合算して保険料を徴取することも、検討すべきでしょう。
第3号被保険者制度は「廃止」すべき、タブーなく議論する場も必要
佐保:連合は、将来的に第3号被保険者制度を廃止すべきだという方針を打ち出しました。ただ年収850万円以下の世帯や子育て世帯などは、当面3号の制度に留まれるなど、10年程度の経過措置を設け段階的に実施するべきだと考えています。高齢単身女性に多い貧困の現状を調査しながら進める必要もあるでしょう。
西沢:保険料を納付せず基礎年金を得られるという第3号被保険者制度は、社会保険の負担と給付の原則を大きく崩しています。制度が始まった1986年は男女雇用機会均等法が施行された年でもありますが、妻が夫の庇護のもとで生きることを促す3号の制度が同時にできたことは、男女が同じように働くという均等法の趣旨とも矛盾があります。年収の壁の問題だけでなく、保険の原則を崩していることやジェンダー平等の面からも廃止を論じるべきです。
駒村:相当数の女性が未だに結婚後、フルタイム勤務を諦めているのは、家事・育児と仕事との両立の難しさだけでなく、第3号被保険者制度があることも一因ではないでしょうか。政府の「女性活躍」は依然として、パートレベルの働き方を前提としており、女性たちが十分に能力を発揮していないことが、日本経済を長期停滞させる要因にもなっています。女性のキャリア形成や賃金のジェンダー・ギャップ解消の足を引っ張っている点からも、第3号被保険者制度に向き合う必要があります。
永井:第3号被保険者制度については、今回の取りまとめで部会として廃止の方向性を打ち出せなくとも、継続して協議する場が必要だと考えています。また組合員にも「夫が妻の分も保険料を肩代わりしている」といった誤解があり、適切な情報発信を通じて正しく理解してもらうことも大事です。
年金制度は非常に複雑で、組合員に自分ごととして捉えてもらうのが非常に難しい。組合内でもねんきん定期便をきちんと見たり、厚生労働省のポータルサイトにアクセスしたりするよう促し、年金を身近に捉えるための活動に取り組みたいと思います。
西沢:年金制度に関しては、年金部会以外にも10年、20年先のあり方を議論する場が必要です。基礎年金の半分は税金で賄われていますが、政府は財政悪化の中、税の問題に向き合おうとしていません。年金部会の議論も、保険料収入を増やす策に偏り、支給開始年齢の引き上げなど給付抑制の議論が薄くなっている印象です。タブーを設けず税や給付の問題に踏み込んで話し合うべきです。
個人的には、現在のまま公的年金制度を維持するのは限界があり、規模を縮小した上で貧困率などをベンチマークにして必要な層に給付し、所得再分配の役割を果たすようにすべきだと考えています。
シンポジウム登壇者全員で(右から3番目:清水秀行 連合事務局長、一番左:村上陽子 連合副事務局長)