東京から地方へ「移住婚」の女性に60万円?
8月下旬、[女性の「移住婚」支援 最大60万円]という記事に目が止まった(朝日新聞 2024年8月28日)。2019年に地方創生事業として創設された「移住支援金制度」(移住して就業・起業した単身者に最大60万円支給)を拡充し、東京23区在住・在勤の未婚女性が結婚のために移住すれば、最大60万円を支給する制度を政府が検討しているという。記事には「地方の婚活イベントに参加する交通費も対象」との一文も入っていた。
「また、やらかしてる!」と思ったが、案の定、SNSを中心に炎上し、翌々日には地方創生担当大臣が事実上撤回を表明。9月2日に開催された政府の「女性の職業生活における活躍推進プロジェクトチーム」(以下、女性活躍PT」では、座長の矢田稚子首相補佐官が「順序が違う。まずはそれぞれの地域が『女性に選ばれる』ことが重要」と苦言を呈したことも報じられた。
この日の女性活躍PTには、初めて数値化されたという「都道府県別の男女間賃金格差(2023年)」(厚生労働省)が報告された。男性の所定内賃金を100とした時の女性の所定内賃金は、最小の栃木県が71.0%、最大の高知県が80.4%。ちなみにOECD加盟国の平均は約88%(2021年)。記事では「賃金格差の大きい地域では、女性の管理職比率や平均勤続年数、正規雇用率なども低い傾向がみられた」という解説もされていた。(東京新聞 2024年9月3日)
744の自治体で20〜30代の女性が半減?
今年4月、民間有識者グループの「人口戦略会議」(三村明夫議長、増田寛也副議長)が「全国744の自治体で2050年までに20〜30代の女性が半減し、最終的には消滅する可能性がある」という報告書を公表。さらに6月に発表された2023年の合計特殊出生率は過去最低の1.20、出生数は72 万 7277 人だった。
「移住婚」支援策は、おそらくこのショッキングな数字を受けて発案されたのだろう。
確かに地域から若年女性が流出すれば、婚因数や出生数の減少は避けられない。
しかし、お金を払えば、東京で働く若い女性が、地方に移住して、結婚し、子どもを産んで育ててくれるのだろうか。
支給対象である東京23区在住の家庭内Z世代女子(以下、Z女子)に、「60万円くれたら地方に行って結婚する?」と聞いてみようかと思ったが、やめておいた。
「何考えてんの? 誰が考えたの? バカにしてんの? いい加減にしてよ!」
そんな言葉とともに、怒りの矛先がこちらに向いても困る。
では、若い女性の流出を止めるには、どうしたらいいのか。
実は、私はその答えを知っている。
今春、RENGO ONLINEで「労働組合の未来」シリーズ(6月連載開始)を担当することになり、当代きっての研究者の先生方にインタビューする機会をいただいたが、その中で、宇野重規東京大学教授が「人口戦略会議」の予測についてこう指摘されたのだ。
「なぜ、若い女性が流出するのかといえば、働く場所がない、働きがいがない、女性の活躍を阻む社会の慣習や思考法があるから。そこを変えようという提言だ」
でも、それって私たちが問題ですか?
さすが宇野先生! まったくもってその通りだと思う。
裏付けとなるデータがないかと探していたら、NHK『クローズアップ現代』がしっかりと切り込んでくれた。題して「女性たちが去っていく 地方創生10年・政策と現実のギャップ」(2024年6月17日放送)。
ご承知の通り、自治体の消滅可能性が初めて指摘されたのは、2014年のこと。「日本創成会議」(増田寛也座長)が、全国896市区町村を「消滅可能性都市」として公表。これを受けて政府は、特命担当大臣を置いて「地方創生」の取り組みをスタート。事業主体である地方自治体の施策の柱となったのは、雇用創出と「結婚・出産・育児の希望をかなえる」支援策だった。
ところが、この10年の成果はというと、「大きな流れを変えるには至っておらず、地方が厳しい状況にあることを重く受け止める」(政府報告書)という状況。
なぜ、行政が結婚や出産・子育ての支援サービスを行っても、若い女性が流出するのか。何とかしたいなら、何がいけなかったのかを検証しなければいけないし、そのためには、まず当事者にその理由を聞くことが必要だ。
番組もそういう流れで進んでいった。取り上げられたのは、山梨県在住の24歳の女性が、今年1月に立ち上げた「地方女子プロジェクト」。
日本では約8割の地域から若年女性が首都圏に流出し
人口減少や地方衰退の原因であると言われている
でも、それって私たちが問題ですか?
というナレーションから始まる動画コンテンツ。「地元にいる理由もいない理由も、色々ある。数字じゃわからない、一人ひとりの話を聞きたい!」というコンセプトで、地方出身・在住の女性へのインタビュー動画がアップされている。
質問項目は、
○現在住んでいる場所/地元へのイメージ
○この先、現在の場所にいたいと思うか
○次世代に引き継ぎたくない社会の慣習やルール
○居住地/地元の生活で困っている/いたことや物足りなかったことなど。
番組から少し引用させていただく。
「女性の先輩の話を聞いたら、『私は営業で入ったのに事務に回されて、男性が営業、女性が補佐をする体制』『この会社でやりたいことできないと思うよ』ってアドバイスをもらったときに、自分の意志だけではどうにもならない環境があるなと思って」
「岩手にとどまりたい、居続けたいって思ったんですけど、早く結婚して、早く子ども産むって文化なんですけど、私たちは仕事頑張りたい人多いですよね」
「女性陣が絶対、台所に近い席に座っているんですよね。男の人たちは動かなくていいような席に座りっぱなし。お母さんから『女性は気が利く人間にならないとダメ』と言われて育ってきたので、将来、生きづらって」
「地域の人たちで集まって、バーベキューする機会があったんですけど、女の人が料理をよそったり、ビールをついだり、男の人がしゃべって食べてる。私も将来こんなことしなきゃいけないのかな、嫌だなって」
そのリアルな声を聞いて、やっぱり問題はここなんだと胸のつかえが下りた気がした。
同様の問題が、能登半島地震の避難所運営においても浮き彫りになったという記事も見つけた(「能登で活動する団体の調査・提言から 上下」朝日新聞2024年6月20日・21日)。「避難所生活では、女性は高齢男性たちから『かあちゃん』として、地域の嫁として、用事を言いつけられる。在宅避難をし始めた知人の女性にも、避難所で炊き出しをするよう連絡が来ていた。若い世代からすると、そのような価値観は耐えられない」「1週間くらいで最初に炊き出しをしていた若い女性たちが嫌になり、2次避難所に移動していった」などと書かれていた。
若い女性たちは、職場や地域に根強く残る、男女の「性別役割」に心の底から違和感を感じている。私は、Z女子の日々の言動からそのことを実感してきたが、これは家庭内にとどまらない、かなり大きな「地殻変動」だと受けとめなければいけないような気がしてきた。
副大臣・政務官は女性ゼロ
それにしても、女性に関わる政策は、なぜ当事者のニーズとズレてしまうのか。
原因は、「自民党総裁選2024」のポスターが象徴しているように思う。ある女性タレントが「オジサンの詰め合わせ」と表現して話題になったが、歴代総裁を配置した図柄を見ると、日本の政治の基盤にあるのは「ボーイズクラブ」(学閥主義的な集団や人間関係。閉鎖的な男性中心社会)なんだなあとしみじみ思う。
現内閣だって、大臣には女性が3人起用されているものの、副大臣・政務官は女性ゼロという「オジサンの詰め合わせ」。だから、結婚すればお金がもらえるとか、子どもを3人産めば学費がタダになるとか、そんな政策が表に出てきてしまうのだと思う。
でも、希望もある。最近、取材で出会った若い男性のみなさんは、「性別役割」にとらわれることなく、ジェンダー平等や仕事と家庭の両立を真剣に考えていて、感動してしまった。例えば、このコラムと同日配信の『始めよう!「お笑い+ワークルール教育」』に登場する松井良和茨城大学講師は、「日本一家事・育児を頑張る労働者学者」を自称し、『家庭と仕事を両立させる働き方革命』という本も出されている。
そんな新世代の活躍を祈りつつ、「男性なのに素晴らしい!」と思ってしまうことも、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)なのかも…。自分自身もちょっと見つめ直す必要がありそうだ。
★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。