エッセイ・イラスト

「自分を大事にするとは」こころにホットタイム【10】

(月刊連合2021年1・2月号転載)

皆さま、こんにちは。この連載もおかげさまで10回目となりました。昨年は誰も予想しなかった新型コロナウイルスの出現で、大変な年でした。この問題はまだ当面続きそうです。そうした中で、今回は「自分を大事にする」ということを考えてみたいと思います。

メンタルヘルス不調で心療内科や精神科を受診すると、「自分を大事にして下さいね」と言われることがあります。自分を大事にするとは、どういうことなのでしょうか。

医学的なケアの観点からは、食事・睡眠・休養といった身体にとって基本的なことを満たす、というのがひとつの側面です。忙しくても、食事は抜かない。栄養バランスを考えてとる。睡眠時間を確保する。身体を休める。そういったことです。当たり前のことのようですが、かなり意識しないと後回しになることも少なくありません。

しかし、自分を大事にするというのは、それだけではありません。モデルケースで見てみましょう。

Eさんは40代の男性です。社内では気が利き真面目によく働く人として知られています。上司も同僚も、「Eさんがいれば大丈夫」と思っています。どんな仕事も断らずに確実に引き受けてくれるからです。Eさんの仕事量を知らない人が、あとからあとから仕事を持ってくる結果、Eさんはいつも山のように仕事を持っていました。在宅勤務になってからは、食事もそこそこに、睡眠時間も4〜5時間位で仕事を続けていました。しかしついに仕事のペースが落ちてきて焦るばかりで進まなくなり、やる気が出ず、何事にも興味がわかなくなりました。ある日、突然心臓がバクバクし、息苦しくなって病院を受診しました。

Eさんは過労をきっかけとして不安発作を伴う抑うつ状態に陥りました。周囲の人は、あとからEさんの負担を知って、どうして言ってくれなかったのかと思いました。周囲からの圧力で過剰な仕事が押し付けられないようにすることは基本ですが、中にはEさんのように、自分の許容量を度外視して仕事や頼まれごとを引き受けてしまう人もあります。「自分の辞書にノーという言葉はない」といった人々です。そこには、実は自己肯定感の低さが関係していることが少なくありません。「引き受けているから人は自分を価値があると思ってくれる」「断ったら自分は価値がない・わがままだ」等と感じてしまうのです。人のことを考えずに断ってばかりいるのは確かにわがままかもしれませんが、自分の時間を無制限に他人に提供する、自分のキャパシティを超える頼まれごとでも何でも引き受ける、自分の大事な予定より相手の(もしかしたら重要でもない)都合を優先する、というのは自分を大事にしていないことです。本当の意味で自分を大事にする人は、人を大事にすることにも敏感です。

自分を大事にしていますか? 少し立ち止まって、自分は自分を大事にしているか、自分にとって自分を大事にするとはどういうことか、考えてみていただければと思います。

矢吹弘子 やぶき・ひろこ
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。

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