(月刊連合2021年12月号転載)
皆さま、こんにちは。今年も残り少なくなってきました。皆さまの一年はいかがだったでしょうか。コロナ禍において、厳しい年だった方も多いと思います。まずは一年お疲れ様でした。どんな状況だったとしてもこの一年を振り返って、ご自分をねぎらっていただきたいと思います。
自分をねぎらう、自分を認めるというのは、メンタルヘルスにおいて大変大事なことなのですが、それが苦手な方は少なくありません。謙遜・謙虚の精神からすると、わざわざ自分を認めるのは憚はばかられるかもしれませんが、別に人に言う必要はありません。心の中でそっと自分をねぎらってください。
自分で自分を認められない病気があります。うつ病です。うつ病では自分に対する否定的な考えがひとつの特徴です。自分の至らない所は拡大解釈し、良い所は過小評価をします。
しかし、うつ病ではないのにいつも自分を否定的に思っている人がいます。頑張ったのではないかと伝えても、「でも結果は出ていない」「そのくらい当たり前」「頑張ったうちに入らない」といった答えが返ってきます。子どもの頃、褒めてもらっていない人が典型的です。
Hさんは、自分の子どもに次々と要求をします。たとえば子どもが縄跳びを100回飛べるまでには、3回飛べた・10回飛べた、という段階がありますが、10回飛べても「できたね! すごいね!」と認めないまま、「次は20回」、20回飛べると「次は30回」と次々要求だけ上げていくのです。実はHさん自身が親に要求ばかりされて褒めてもらったことがないということがわかりました。Hさんは何がどれほどできてもできたと思えず、自分に全く自信が持てないのでした。
Iさんは、世間的には難関と考えられている有名大学を出て、有名企業に入社しましたが、自分なんか大したことがないと思っています。Iさんに言わせると「大した大学を出ていないからだめ」、仕事で褒められても「それくらい誰でもできる」といった具合です。Iさんは子どもの頃、いつも親から「そんなんじゃだめだ」「頑張りが足りない」などと言われてきたということでした。HさんもIさんも、慢性的な抑うつ感を持っています。
親に認められなかった人は、大人になって自分を認めることがとても難しいものです。でも誰でも、自分で自分を認めてよいのです。成果が出るまでには目に見えない小さな段階があるはずです。成果が出たから認めるのではなく、一歩を踏み出したこと、一歩を踏み出そうとしたこと、自分そのものを認めるのです。成果が出ていない自分を認めることは自分を甘やかすことだと思っている人がありますが、自分を認めることは心に栄養をあげることです。年の終わりは自分で自分を認める良い機会です。今年一年お疲れ様でした。自分をねぎらって、新たな年をお迎えください。
矢吹弘子 やぶき・ひろこ
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。