(季刊連合2024年春号転載)
皆さま、こんにちは。旧年度が終わり、また新しい年度が始まります。年度の変わり目は、この1年を振り返る時期でもあります。満足のいく1年だったでしょうか。もしかしたら「あの時、できればこうした方が良かった」という反省もあるかもしれません。
患者さんのお話には、「あの時ああすれば良かった」「ああしておけばこうはなっていなかったのに」という思いがよく出てきます。特にうつ病の患者さんでは思考全体が悲観的な方に偏って、過去のすべてが後悔の種になりがちです。
「ああしておけば良かった」と思うのはうつ病の人ばかりではありません。私たち皆、多かれ少なかれそのように思うことがありますね。先に結果がわかっていたら違うことをしたのに、というのは誰しもあることだと思います。同じようなチャンスがまたある場合は、それは次回の行動を変える動機になるでしょう。では、そういうチャンスはもうない、という場合はどうでしょうか? その時自分は自分なりに考えて決めたのだから仕方がない、と思うしかないですね。そして、その結果を踏まえて次の行動を決めるのがバランスの取れた考え方と言えます。たとえば就職という人生の大きな決断でも、入ってみたら「合わない会社だった」ということもあり得ます。そう思った時に、どうするのか。入ってしまったのだから、その中でなんとかやっていく方法を模索しよう、というのはとても適応的な解決方法ですし、どうしても無理だと思ったら転職などの方向転換もひとつの方法です。一番非生産的なのは「あの時こんな所を選んでしまったからだめなんだ」とか「あの時頑張らなかった自分がだめなんだ」などと、ただ後悔し続けることです。反省と後悔は違います。反省は過去と自分を振り返ってそれをその先に生かすものですが、後悔はそこに立ち止まって過去をただ悔やむことです。
悩みが深く精神療法(心理療法、カウンセリング)までいらっしゃる場合は、まずはじっくりお話を聴きます。本人が悔やんでいるということは事実で、それが今からどうにもならないことでも、まずはその偽らないどうにもならない気持ちを聴いていくことが大事だからです。本人が悔やむ時間も必要な場合があるということです。そしてそこから、これからの道を模索していくのです。いつかは後悔の沼から出て、次の一歩を踏み出すお手伝いをすることをめざします。
人生でうまくいかない時、「あの時だめだったからこうなってしまった」という思考に留まることは容易です。それは新たな一歩を踏み出すことを避ける手段にもなります。
過去は変えられないけれど、現在の行動は変えられます。過去を受け入れて、変えられる現在の思考や行動を変えていく。これからの人生の中で「今が一番早い時」ということを、思い出していきたいものです。
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矢吹弘子 やぶき・ひろこ
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。