(月刊連合2020年1・2月合併号転載)
皆さま、こんにちは。心療内科医・精神科医の矢吹弘子と申します。元気にお過ごしですか? もちろん! という方も、ちょっと…という方も、あるいはもうへとへと、という方も、ご一緒に少しの時間、ゆったり心のことに目を向けていただければと思います。初めに少し自己紹介を。心と身体がつながっていることに関心を持って心療内科に入り、治療の方法としての心理療法(精神療法)に魅かれて専門にするようになりました。患者さんやご家族のお話を聴いていると、いろいろなことに気づかされます。これから少しずつ、そこでの気づきを含めてお話ししていきたいと思います。
さて、皆さんはお仕事がとても厳しい局面の時、誰かに相談されますか? もちろん内容は誰にも話せないということも多いでしょう。でも少なくとも、苦しいということを、誰かに話せるでしょうか?心療内科や精神科で出会う患者さんの中には、まじめでとてもきちんとしていて、そして症状が出るまで・あるいは出てからでさえ、誰にも相談しない方が少なからずおられます。まずはそうした患者さんのお話を少ししましょう。プライバシーのことがありますから、ここでは基本的に、何人もの方を参考にしたモデルケースをお示しします。
働き盛りの男性Aさんは、社内でも有名な「できる」人です。「あの人に任せておけば大丈夫」と皆が思っていました。いつも元気いっぱい働いてきましたが、ある時からあまり眠れなくなってきました。寝つきも悪いし、朝も早く眼が覚めて寝た気がしません。実は少し前からAさんの会社は業績が不振で、Aさんはその責任者として早急に改善が求められていました。時を同じくして、高齢の父親が倒れ、残された母親は認知症を患っていることがわかり、急な対応が必要でした。妻も頑張ってくれていましたが、兄弟との話し合いや決定には、どうしてもAさん自身が出る必要がありました。毎日仕事で心身を使い切ったあと、家に帰れば親の問題が山積していました。Aさんはどんどん眠れなくなり、食べる気もせず、疲労はたまっていくばかりでした。
「ホットたいむ」なのに、こういう話を聞くと気が滅入りますね。すみません。何が言いたいかというと、辛い時はSOSを出してほしいということです。先のAさんは、実は典型的なうつ病のケースです。本人はもう限界なのにSOSを出さないので、案外周囲の人はその危機に気づいていなかったりするのです。「あの人なら大丈夫」「あの人に限って精神的に参るなんてことはない」と思ってしまうのです。家族ですら、です。それだけではありません。辛い本人自身が、「こんなことくらい乗り越えられなければ根性がない」「気の持ちよう」などと思っています。そしてついには「こんな自分は生きていても価値がない」という、周囲からは考えられない思考が募って、死んでしまうことまであるのです。相談できないというのはどういうことでしょうか? 周囲の人はどう気づいていったらよいのでしょうか? 次回はさらに考えていきたいと思います。
矢吹弘子 やぶき・ひろこ
矢吹女性心身クリニック院長
東邦大学医学部卒業。東邦大学心療内科、東海大学精神科国内留学を経て、米国メニンガークリニック留学。総合病院医長を経て1999年心理療法室開設。2009年人間総合科学大学教授、2010年同大学院教授、2016年矢吹女性心身クリニック開設、2017年東邦大学心療内科客員講師。日本心身医学会専門医・同指導医、日本精神神経学会専門医、日本精神分析学会認定精神療法医、日本医師会認定産業医。
主な著書:『内的対象喪失-見えない悲しみをみつめて-』(新興医学出版社2019)、『心身症臨床のまなざし』(同2014)など。