職場の労働者の代表は、まぎれもなく労働組合。しかし、労働組合のない職場で代表を担っているのが、「過半数代表者」だ。政府内ではより多くの職場でこの制度が有効に機能するよう、仕組みを見直す動きも始まっている。小樽商科大学商学部教授の國武英生さんに、「過半数代表者」とはどのような制度で、どこに課題があるかを解説してもらった。
※この記事は2024年10月31日に開催された連合シンポジウム「いま、労働基準関係法制に求められるもの」の講演を編集したものです。
國武 英生 小樽商科大学商学部企業法学科 教授
1999年北海道大学法学部卒業、 2007 年北海道大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(法学)。
北九州市立大学法学部法律学科講師、同准教授、小樽商科大学商学部企業法学科准教授を経て現職。
北海道労働委員会公益委員などの公職も務める。
日本ワークルール検定協会理事としても活動。
重要性高まる過半数代表者 役割は拡大の一途
法律で決められている労働時間のルールは「1日8時間・1週40時間」。これを超えて「残業」させる場合、企業は職場の労働者の代表と、いわゆる「36協定」を結ぶ必要がある。この代表は労働組合だが、労働組合がない場合は誰が代表になるのか。それが、投票などによって職場ごとに選ばれる「過半数代表者」だ。
國武さんは「労働組合の組織率が低下する中、過半数代表者が担う役割はさまざまな領域に拡大しており、制度の重要性はますます高まっています」と強調する。
過半数代表者が最初に制定された当時、組合組織率は50%程度であり、組合のない職場は少数派だった。そのため「労働組合は今後も増えるという見立てを前提に、過渡期の措置として予備的に制度を作っておくという建付けでした」。
こうした経緯もあって、過半数代表者が関わる仕組みは当初、「36協定」の締結や就業規則の策定・変更の時の意見聴取などに限られていた。しかし組織率低下とともに役割は拡大し、今や過半数代表者が関わる項目は110以上に及ぶという。
その中身も労働基準法上の条件だけでなく、派遣労働者の待遇の決定(労働者派遣法)や、企業が65歳以上の労働者を雇用によらない形で就業させる場合(高年齢者雇用安定法)など、幅広い領域をカバーするようになった。これによって「派遣労働者やシニアの労働条件といった、個人の契約にも関わることを過半数代表者が決めていいのか、という問題もはらむようになりました」。
役割が増えると同時に、過半数代表者の負荷も高まっている。「例えば労働時間の上限規制に関しては、経営側が守っているかどうかをチェックすることが必要になりました。労働組合なら組織として把握できますが、1人の過半数代表者に同じことができるでしょうか」と、國武さんは疑問を投げ掛ける。
経営者側から指名された人が職場の代表?
過半数代表者は、労働環境の決定に関わる大事な仕組みにもかかわらず、公正に選出され、運用されているとは言い難いのが現状だ。
過半数代表者を選ぶ際は「挙手や投票など」の手続きを踏み、経営者の意向で選んではいけないというルールがあるが、実は法律に定めがあるわけではない。「法律には、“具体的にこう選ぶべきだ”という選出のプロセスや、任期や改選について明確には定められてはいませんし、経営側が違反した場合の罰則規定もありません」 労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、親睦会の代表者が自動的に就任したり経営者側が指名したりといった、不適切な方法で過半数代表者が選ばれている職場が27.6%に上り「選挙で公正に選ぶという仕組みが、建前にすぎなくなっている状況も見られます」。
また國武さんによれば、経営側が自分たちの意向に沿わない人や労働組合に関わる人には票を入れないよう、労働者に働きかけるケースや、「無投票は賛成とみなす」というみなし規定をつくり、過半数の賛成を得ていない人を代表者に選出するケースもかなり見られるという。
さらにJILPTの調査では、労使協定や就業規則に関する手続きが発生していないといった理由で、そもそも過半数代表者を設けていない事業所も36%あった。
またルール上は、経営側は過半数代表者に対して、たとえ「36協定」などの締結が難航するなどしても不利益な取り扱いをしてはならないとされている。しかしこのルールも法律上の定めではないし、ルール違反の場合のペナルティは設けられてはいないため、この問題は野放しになっている。「労働組合であれば、組合員への不利益取扱いがあった場合、労働委員会に訴えるなどの解決手段があります。しかし過半数代表者については、実際に不利益な取り扱いが見られるにも関わらず法的な解決の場が担保されていないのです」
過半数代表者から、組合組織化の流れを作る
國武さんは過半数代表者について、まずは使用者の干渉を排除して公正に選出する仕組みを確立する必要があると主張する。
そして、公正な手続きで選ばれた過半数代表者が、「36協定」などを結ぶ際に、適切な判断ができるよう、職場の情報がきちんと提供され、職場の労働者の声を集約できるようにすることを法律で規定すべきだとしている。
また制度をつくっても、担い手がいなければ機能しない。ワークルール教育などを通じて過半数代表制の意義と役割をきちんと労働者に伝え、理解してもらう取り組みも大事だ。
「そのためには中高生のうちから、民主的な職場を作ることの大切さを教えておく必要があります。『ワークルール教育推進法』のような法律を整備し、労働法に関する教育をより充実させることが求められていると思います」と國武さんは指摘する。
厚生労働省の研究会でも現在、過半数代表者の見直しが議論されており、選出方法の適性化や担い手の確保などが課題として挙げられているという。ただ國武さんは「研究会では過半数代表者をいかに職場へ導入しやすくするかに議論が集中し、労働組合の活性化というテーマが置いていかれがちな傾向もあります」と懸念する。
「過半数代表者はあくまで過半数労働組合がない職場で、労使コミュニケーションを支援する枠組みとして整備すべきです。組合活動の当事者も、制度の見直しによって労働組合の活動が阻害されないよう、議論の流れを注視していかなければなりません」
役割が拡大したとはいえ、過半数代表者の扱えるテーマは、労働時間の基本ルールを超えて「残業」をさせることができるといった、法律の基準を解除するもので、経営側が恩恵を受ける内容だ。他方、労働組合は法的保護も手厚く、賃上げやジェンダー格差の解消といった、労働者の待遇改善につながる幅広い要求を組合側から投げかけることができる。國武さんは過半数代表者の制度見直しを、労働組合の組織化にもつなげていくべきだと考えている。
「組合がない職場が、過半数代表の仕組みを使う中で労使コミュニケーションの重要性と制度の限界に気づき、最終的には中小企業でも、組合が組織されるようになるという流れが生まれればと願っています」
(執筆:有馬知子)