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「大手町」清水事務局長のFree Walk【12】~皇居東御苑・江戸城址~

 東京生まれの人にありがちなこととして、東京タワーに昇ったことがない、「はとバス」に乗車したことがないという人がいる。私も大学卒業まで東京で過ごしたが、未だに「はとバス」の経験はない。もう一つ行ったことのない場所があった。江戸城本丸である。千代田城との別名もある「江戸城」は、1603年に開かれた江戸幕府の政庁であり、徳川将軍家の居城であった。明治維新後は「皇居」となり、現在に至っている。「江戸」の地名は、平安から鎌倉時代にこの地に居館を構え根拠地とした江戸氏に由来する。江戸城の始まりは、室町時代に江戸氏が没落、退去した後、扇谷上杉氏(おうぎがやつうえすぎし)の支配地となり、その家臣であった太田道灌が1457年に現在と同じ位置に築城したことによる。その後、扇谷上杉氏を破った北条氏の支配下に入り、豊臣秀吉による小田原攻めの後、北条氏から徳川家康の入城となった。

左上:天守台
左下:天守台から見た本丸址の大芝生
右上:松野大廊下跡
右下:江戸城天守閣の復元模型

 江戸城は、本丸・二の丸・三の丸・西の丸・紅葉山・北の丸・吹上などの曲輪(くるわ)からできている。北の丸址は現在北の丸公園となっていて、科学技術館や日本武道館がある。中学生の時、イギリスのミュージシャンで世界的ギタリストのエリック・クラプトンの『いとしのレイラ』を聴きたくて武道館のライブに行ったことがある。大学時代には、関東学生剣道優勝大会に出場して武道館で試合をした思い出がある。今回は本丸と二の丸址からなる「皇居東御苑」に初めて足を踏み入れてみた。桜が咲き始めた北の丸公園から北桔橋門(きたはねばしもん)へ向かった。この門は江戸城の真北にあり、その延長線上に初代将軍・徳川家康を東照大権現として祀る日光東照宮がある。

 北桔橋門を通り抜けると直ぐに天守台が現れ、圧倒された。天守閣は、三度建てられたが1657年の明暦の大火で焼失した後は、天守台の石垣が築き直されただけで再建されることはなかった。多くの外国からの観光客とともに天守台に登ると、眼前に本丸址の大芝生が広がった。大奥や松の大廊下があった場所を巡りながら、映画やテレビで放映された数々の「大奥」や「忠臣蔵」の作品を思い出した。再建をめざす声もある江戸城天守閣の復元模型を見てから、二の丸址の雑木林や庭園をゆっくりと散策した。

上:百人番所
下:大手門

  最後に大手門をめざして歩いていくと大番所・百人番所・同心番所が現れた。番所はいずれも本丸を守る警備上の役割をもった検問所であった。百人番所は、鉄砲百人組と呼ばれた根来組・伊賀組・甲賀組・二十五騎組の4組が与力20人・同心100人で配置され、交代で警護にあたった。大手門の近くには現在、皇族の護衛と皇居の警備を行う皇宮警察の本部がある。大手門を出る直前、皇宮警察の道場から稽古の竹刀の音と気迫ある「気合の声」が響き渡っていた。剣道をやってきた私は、日本の最強の剣士は皇宮警察だと思っている。

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