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ワクワクの初任給、給与明細で注意すべき点は?
ワークルールに詳しい弁護士に聞く

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4月~5月は、新入社員が初任給を受け取る時期だ。ワクワクしながら給与明細を開いてみたら、さまざまな「手当」や「控除」が並んでいるのに驚いた人もいるのでは?
これらの項目の中には、働く上でちょっと気になる「落とし穴」が潜んでいることもある。ワークルールに詳しい淺野高宏弁護士に、給与明細のチェックポイントを聞いた。

淺野高宏(あさの・たかひろ) 北海学園大教授・弁護士
1976年生まれ、北海道旭川市出身。早稲田大学法学部卒、北海道大学大学院修士課程修了、同博士課程単位取得退学。2000年司法試験合格(司法修習期55期)、2002年10月に第一東京弁護士会(安西法律事務所)で弁護士として勤務し、2006年より札幌弁護士会に登録替え。野田信彦法律事務所勤務を経て、2014年ユナイテッド・コモンズ法律事務所設立、代表弁護士就任。札幌簡易裁判所民事調停官、北海道紛争調整委員会あっせん委員のほか、北海道大学法科大学客員准教授を務め、2011年より北海学園大学法学部准教授、2017年4月1日より同教授となり現在に至る。専門分野は労働法。NPO職場の権利教育ネットワーク理事、一般社団法人ワークルール検定協会のメンバーとして、ワークルール検定初級・中級問題の問題作成、中級講習【賃金・労働時間】も担当している。著書に「ワークルール検定中級テキスト 第5版」(共著、旬報社)、「学生のためのワークルール入門」(共著、旬報社)、「労働法の基本 第2版」(共編著、法律文化社)など。趣味は映画鑑賞

「固定残業代」や「調整手当」に注意

淺野弁護士は「初任給が振り込まれたら給与明細の項目をチェックし、入社時に聞いていた条件と異なる項目や、よく分からない項目がないか確かめましょう」と話す。

しばしば見られるのが、時間外手当(残業代)が「調整手当」という費目になっていたり、基本給の中に「固定残業代」が含まれていたりするケースだ。

「調整手当は営業などの職種でよく使われますが、手当の内容が残業代であることは、就業規則や契約書を見なければ分からないことも多い。契約内容をよく確認しないと、のちのち経営者が恣意的に賃金の内訳を『調整』しても、労働者がチェックできない場合もあるので注意しましょう」

近年はIT業界を中心に、固定残業代を含めた高額な初任給を支給する企業が話題となっている。運輸業などにも慣習的に、残業代を含めた「基本給一本主義」が残る。固定残業代を基本給に含めること自体は違法ではないが、月80~100時間など、過労死認定基準をも超える固定残業時間を設定している企業には、注意が必要。まだ新人で、残業も少ないのに高い給料をもらえてラッキー、と思うのは禁物だ。

「通常の企業行動としては株主への責任もあり、統計などをもとに経済合理性の高い賃金を設定するのが一般的。逆に言えば、労働者にとって“濡れ手で粟”の賃金が設定されることはないのです。固定残業時間が長いことは、のちに過労死ラインに近い残業を強いられる可能性が高いことを意味します」

東京高裁の判例でも、固定残業時間と残業実態が、いずれも過労死認定基準に近い場合は「公序良俗違反」として、時間外労働の規定そのものを無効としているものがある。

ただ「法的に無効と判断される内容でも、新入社員の大半は、会社側に『ルールだ』と言われると正しいと思い込んでしまいがちです」。

さらに最高裁の判例によると、固定残業代部分とそれ以外の賃金を明確に区別できない給与の定め方をしている場合、固定残業代部分を設けていても、残業代を支払った扱いとはならない。また給与明細に固定残業時間が何時間かの記載がない場合なども残業代の支払方法として不適法とされる可能性が高い。固定残業代合意の有効要件を満たさないと、経営者としては、支払ったと思っていた固定残業代は一切残業代扱いされず、残業代を1円も支払っていないのと同じ扱いを受ける。

「この場合、経営者は改めて割り増しした残業代を過去にさかのぼって支払う必要が生じます。訴訟で敗訴すれば遅延損害金なども上乗せされます。経営者も正しいルールを知らなければ、大打撃を受けるのだと肝に銘じてほしいものです」

働くみんなにスターターBOOK」より(連合作成)

制服代や交通費の控除、労使協定があるか確認を

手当とあせてチェックするべきなのが、給与から差し引かれる「控除」だ。初任給の明細を見て、社会保険料や税金、ユニオンショップの労働組合があれば組合費など、かなりの金額が差し引かれていることにびっくりする人も多いだろう。

「社会人になれば、社会の機能を維持するための公的負担も担うことになります。給与明細をきっかけに、控除されたお金が何に使われているのか、考えてみてはどうでしょうか」

ただ税金など法的に定められた控除とは別に、業務上の移動にかかった交通費や制服代、食費などが差し引かれていることがある。悪質な場合は経営者が「研修費」などの項目で賃金を勝手にどんどん天引きし、手取りが大きく目減りしてしまった…ということも。

労働基準法によると、制服代や食費を労働者に負担させ、これを賃金天引きで徴収する場合、まず従業員の代表と経営者との間で「賃金控除協定」と呼ばれる労使協定を結び、さらに就業規則にも労働者に負担させる費目を明記する必要がある。加えて、雇用契約書や労働条件通知書にもその内容を記し、新入社員に説明しなければいけない。賃金控除協定がない場合、賃金は全額労働者に支払うのが原則だ。

事前に説明のない費目が差し引かれていたら、まずは職場で賃金控除協定が結ばれているかどうかを確認しよう。しかし「労働組合のない中小企業などでは、労使協定の有無はおろか、誰が従業員の代表かすら分からないことも多々あります。会社側に聞こうにも『新人のくせに、労働条件ばかり気にするのか』ととがめられるのを恐れ、問い合わせをためらう人もいるでしょう」。

先ほどの労使協定締結に当たっては、過半数組合がない場合には、従業員の過半数の賛同を得て代表者を選ぶ必要がある。しかし実際は、会社側が従業員の代表者を指名していたり、代表者が名義貸しのような形で、協定書に署名するだけだったりすることも多い。こうした不適切なプロセスで締結された協定は、本来は無効だ。

また在宅勤務が普及する中、パソコンや机の費用、インターネット利用料などを自前で負担する人も増えている。これらも会社が払うべき費用の一部、あるいはすべてが、労働者の所得から差し引かれた状態と言える。

「在宅勤務にかかる経費は、判例が確立されておらず注目も集めづらいですが、実は大きな課題です。購入費用を一部補助する企業もありますが、補助するにしても場当たり的に決めるのではなく、契約によってルールを決める必要があります」

働くみんなにスターターBOOK」より(連合作成)

正社員と思ったら業務委託 雇用契約のトラブルも

給与明細の項目に問題があったからといって、すぐ法的措置に踏み切る新入社員はあまりいないだろう。ただ職場の注意点をあらかじめ認識していれば、長時間労働や不当な天引きなどが起きた時に、「ルールだから仕方ない」と諦めず、行動を起こすことができるはずだ。

また新入社員に関しては、給与面以外に雇用契約にまつわるトラブルも後を絶たない。入社後3カ月は「試用期間」と説明されていたが、実際は有期雇用で「有期のままで契約を更新する可能性もある」と言われた、といったケースだ。正社員採用だと思っていたのに、経営側に「大した違いはないから」と説明されて業務委託契約を結んでしまった、という人もいる。

業務委託と雇用契約の差は、実は非常に大きい。労働者として働いていれば長時間労働や労働災害などからある程度守られるが、業務委託の場合、実態が労働者と変わらないことを証明できなければ、労働者としての保護は受けられない。しかし、業務委託の契約を結んでいる人がそれを証明するのは極めて難しい。特に、スキルや経験に乏しく会社との交渉力も弱い若者は、搾取の対象になりかねない。

「口頭の説明だけで契約書を示さなかったり、『契約書を見せて』と頼んでも理由をつけてごまかそうとしたりする企業は、条件が良くても将来的なトラブルの種を抱えていると思っておいた方がいいでしょう」

実際にトラブルが起きた場合は、連合など労働組合の相談窓口や行政の総合労働相談コーナー、さらに地元弁護士会の開催する無料労働相談なども利用できる。

「学生のうちに、ワークルール検定を受検するなどして労働法の基礎知識を身につけ『おかしい』と思った会社を選ばないようにすることも大事です」

代行業者はメッセンジャー 社会人としての責任を果たすことも大事

最近は売り手市場を背景に、職場でトラブルが起きたら解決するより転職してしまおう、と考える人も多い。入社間もない新人が退職代行業者を使って辞めていく姿も、メディアで盛んに取り上げられた。

「転職は本人の判断ですし、勤め先の態度が威圧的な場合などに、代行業者を利用することも否定しません。ただ課題もあることは押さえておいた方がいいでしょう」

退職に絡んでパワハラや退職強要、未払い賃金などがあった場合、弁護士なら法的知識にもともとづいて、依頼人に「未払い金を請求できますよ」といったアドバイスが可能だ。しかし代行業者は退職の意思を伝えるだけなので、辞める人が権利を行使する機会を逃してしまう恐れがある。また弁護士資格を持たない代行業者が、労働者の代理人として慰留に関わる交渉や退職手続きを行うと、非弁行為として罪に問われかねない。

「代行業者はあくまで『メッセンジャー』なのです」

入社間もない会社に退職を申し出るのは、決してたやすいことではないだろう。しかし社会に出た以上「大人」としての道義的な責任を果たしてほしい、とも淺野氏は要望した。

「企業も、時間と手間とお金を掛けて学生を採用しています。特にトラブルがない中で退職するなら、自分の言葉で退職の意思をきちんと伝える覚悟をもって、次の人生のステップに進んでいくのが、社会人としての第一歩ではないでしょうか」

働くみんなにスターターBOOKの全編はこちら

(執筆:有馬知子)

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