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はたらくを考える

好循環の兆しを、確かな流れにするために
2024春季生活闘争は「正念場」

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2024春季生活闘争は、30年ぶりの高水準となった2023春季生活闘争の実績を引き継ぎ、賃上げの流れを確かなものにできるかどうかが焦点となっている。一方、格差の拡大や実質賃金の低下といった課題は、依然として残されている。連合の神保政史副会長、安河内賢弘副会長と東大の渡辺努教授が、望ましい賃金のあり方や労働組合に期待される役割などについて話し合った。
(季刊RENGO2023年冬号転載)

渡辺 努(わたなべ つとむ)東京大学大学院経済学研究科教授

東京大学経済学部卒業。日本銀行勤務、一橋大学経済研究所教授等を経て、現職。株式会社ナウキャスト創業者·技術顧問。ハーバード大学Ph.D. 専攻は、マクロ経済学、国際金融、企業金融。
著書に『物価とは何か』(講談社選書メチエ)、『世界インフレの謎』(講談社現代新書)など。

神保 政史(じんぼ まさし)連合副会長
労働条件·中小労働委員会委員長(電機連合中央執行委員長)

安河内 賢弘(やすこうち かたひろ)連合副会長(JAM会長)

【進行】新沼 かつら 連合労働条件·中小地域対策局局長

脱デフレサイクル

2024春季生活闘争が正念場

新沼 2023春季生活闘争は、賃上げ率3.58%と30年ぶりの高水準を実現しました。渡辺先生はこれをどのように評価されますか。

渡辺 2023春季生活闘争は、慢性デフレのサイクルから脱却するターニングポイントになったと考えています。これまで日本は四半世紀あまり、企業が価格を据え置き賃金も上がらないという慢性的なデフレサイクルで回っていました。しかし昨年以降、急速に物価が上昇し始めたことで、連合も思い切った賃上げ目標を掲げ、高水準の賃上げが実現しました。2024春季生活闘争では、この流れをさらに確かなものにしなければいけません。

ただ2022年末の物価上昇率が、すでに4%に達していたことを思えば「5%程度」という目標は少し慎重すぎたかもしれません。物価上昇率に労働生産性向上分の上乗せを考えると、もう少し高い目標値でも良かったと思います。なお、物価上昇分を勘案した実質の賃金は趨勢的に低下しています。これは春季生活闘争での賃上げが足りなかったからだという見方をする人が少なくありません。しかし、実質賃金の低下は、輸入原材料・エネルギー価格の上昇と円安でわが国の交易条件(輸入物価と輸出物価の比率)が悪化し、私たちの労働所得が海外に流出していることが主因です。春季生活闘争の目標が慎重だったこととはいったん分けて整理した方が良いと思います。

新沼 神保さん、安河内さんは、なぜ高水準の賃上げが実現したとお考えでしょうか。

神保 政労使で危機感を共有していたからです。日本は、他のOECD諸国と比べ賃金水準も人への投資も少ないという課題感や、企業の持続的成長には、賃上げによる人材確保が不可欠だという認識を、何年もかけ共有してきました。そこにインフレや深刻化する人手不足などの複合的な要因が重なり、高水準の賃上げにつながったと考えます。

政労使が認識を共有できた背景には、長年の対話による信頼の蓄積があります。例えば電機連合は2014年以降、賃上げを継続してきました。これは労働者の生活を安定させて消費を拡大し、日本経済に好循環を生み出す必要があることを経営層に訴え続け、理解を得てきたからと考えています。さらに一連の交渉を通じて、労働条件や一人ひとりが活躍できる職場のあり方など、賃金以外のテーマについても議論を深めてきました。このように、課題を共有し議論するという共通認識を築いてきたことが実を結びました。

安河内 JAMは産業別労働組合でも中小企業(以下、中小)の労働組合が多く、100人以下の労働組合が全体の8割を占めます。2023春季生活闘争は、中小労働組合が「支払い能力がないから賃金を上げられない」という呪縛から脱却する大きな転換点となりました。これまで賃上げ要求すらできなかった中小労働組合の多くが要求に踏み切り、中には30年ぶりにストライキを通告した労働組合もありました。賃上げを勝ち取った労働組合の数も増え、すそ野も広がりました。

ただ、従来は少なくとも物価上昇分と定期昇給分の賃金改善は確保できていたのに、実質賃金が低下してしまったことはやはり残念です。またJAMでは今、30万人分の賃金データを分析していますが、大手と中小では平均賃上げ額で約1万円もの差がつき、規模間格差も広がってしまいました。組合員と執行部の努力には敬意を表しますが、必ずしももろ手を挙げて喜べる状況ではありません。今回こそ本当の意味で、勝利に向けて取り組んでいくべきだと捉えています。

 

「みんなで賃上げ」
全業種へ波及させる

新沼 昨今は物価上昇とウクライナ侵攻に加え、中東情勢も不安定化しています。一方で、政府は新たな経済対策を打ち出しました。渡辺先生は2024春季生活闘争を取り巻く状況について、どのようにお考えでしょうか。

渡辺 戦争の増加など外的要因は悪化していますが、昨年より恵まれている面もいくつかあります。

1つは日銀と政府が、賃上げに今までになく踏み込んで関与していることです。日銀の植田総裁は今年4月、金融政策の先行きを示すフォワードガイダンスの中で、賃金と物価が安定的に上昇する状態をめざすと表明しました。さらに岸田総理も、2030年代半ばまでに最低賃金(最賃)の平均時給を1500円に引き上げるとの目標を打ち出し、政権として賃金を引き上げる道筋を示しました。さらに2023年度の消費者物価指数(CPI)上昇率は前年を上回る見通しで、物価上昇も賃上げへの圧力となります。

連合が去年を上回る「5%以上」の賃上げ目標を掲げるのはもちろん、経団連会長も賃金上昇に前向きなメッセージを出しています。2024春季生活闘争に「逆風」は見当たらず、政労使が総がかりで好循環の実現をめざしているように見えます。

新沼 今お話があったように、連合は「5%以上」という賃上げ目標を打ち出しました。神保さんに、この数字に込められた思いをお話しいただければと思います。

神保 最賃の引き上げなど202‌3春季生活闘争において、日本もようやく賃上げの機運が高まり、労働者の暮らしが上向く兆しが見えてきました。2024春季生活闘争は、この機運を社会全体に波及させ、確かな流れにするための正念場です。

前回は物流・人流、サービス業などコロナ禍のダメージが大きく、賃上げが難しかった業種もありました。しかし今回は、連合全体で同じ目標をめざせる環境が整いつつあります。「5%以上」という目標値は、単に「程度」が「以上」になっただけではなく、誰も取り残さずに達成するという決意も含まれており、非常に重く大きいものです。連合、産別、企業別組合も、それぞれの立場で賃金上昇を社会全体に波及させるという重要な役割を担っていることを、肝に銘じて取り組む必要があります。

価格転嫁は道半ば
理不尽な要求も辞さず

新沼 先ほど安河内さんからお話があったように、賃上げが実現する一方で、格差は拡大してしまいました。規模間格差の解消は、原材料や労務費の上昇分を価格転嫁できるかがカギになると思いますが、安河内さんは現状をどう見ていますか。

安河内 これまで30年以上、下請けの中小は元請けである大手に「価格を上げて」と要望することすらタブーでした。2023春季生活闘争で、政労使がこぞって価格転嫁の重要性を打ち出したことで、少なくとも声を上げられるようにはなり、取り組みが半歩前に進みました。

しかし中小の実態調査の結果などを見ると、労務費の価格転嫁はほとんど実現しておらず、いまだ道半ばと言わざるを得ません。交渉の上での重要な「武器」は現場の声ですが、多くの組合が取引先を失うのを恐れ、顔出しで声を上げることすらできません。

これまで中小は、大手に理不尽な要求を押し付けられてきました。ある部品メーカーは元請けに「協力するので生産性を20%向上させましょう。その代わり価格を20%下げてください」と言われたそうです。同じぐらい「理不尽に」求めない限り、賃上げも価格転嫁も実現しないかもしれません。合言葉を去年の「物分かりの悪い春季生活闘争」から「理不尽に要求していこう」に変え、今年は時には理不尽と思われるような内容も臆せず要求し、力強く闘うつもりです。

渡辺 中小のコストダウンは言い換えれば生産性の上昇であり、本来は生産性を高めた中小の労働者が、その恩恵を受けるべきです。しかしその恩恵は取引先の大手企業に吸い上げられている。生産性の上昇率分を価格転嫁という形で、中小に還元すべきです。そのためには、生産性の上昇分を数値として可視化し、その数値を根拠とすることで「理不尽に」ではなく合理的な要求も可能になるのではないでしょうか。

安河内 2023春季生活闘争の結果を見ると、価格転嫁と賃上げには明確な相関関係があります。また日本ではバブル崩壊以降、中小の生産性上昇率は大手を上回る一方、価格転嫁力は下がり続けているというデータもあります。先生がご指摘の通り、現状をデータとして示すことで、経営側を説得することにも引き続き取り組みます。

また、ドイツでは中小が強い価格交渉力を持ち、不利益な要求を呑むことはあり得ません。1社に依存せず、多くの企業と取引することでリスクヘッジしているためです。日本の中小も中長期的には、取引分散型のビジネスにシフトすることが求められます。

新沼 インフレサイクルへの転換には、最賃も大きな役割を果たします。神保さんは最賃引き上げについて、どのようにお考えですか。

神保 最賃は2023年に加重平均額こそ1000円を超えましたが、1000円を下回る地域も多く、継続した底上げが必要です。

地域別最賃は、各地域の労·使委員と学識者ら公益委員の審議で決まりますが、いまだに賃上げは業績の圧迫要因であると考える経営層もいます。こうした経営層に対しては、労働者全体の賃金底上げが経済の好循環につながるとの意識変革を促す必要があります。政府の最賃1500円引き上げの意向が、マインドを変えるきっかけになりうると期待しています。

また産別·企業別労働組合は、労使交渉での企業内最賃の協定締結も重要な取り組みです。地域別最賃と企業内最賃、そして特定(産業別)最賃は相互に関連し合っており、三位一体で上げていくべきです。

価格メカニズムが働く
「まっとうな資本主義」へ

新沼 渡辺先生は、2024春季生活闘争で連合や産別、単組など労働組合にどのような取り組みを期待しますか。

渡辺 価格も賃金も動かないデフレサイクルの下では、経営者·労働者が努力やアイデアに応じて高いリターンを得られるという資本主義の「価格メカニズム」も働きづらくなります。新しいアイデアを出した人、頑張った人は賃金で報われる状態によって、努力するインセンティブが高まります。その結果、企業や労働者にダイナミズムが生じ、経済が活性化するのです。

2023春季生活闘争は20年以上続いた慢性デフレのサイクルから脱し、賃金と物価の好循環サイクルで1周回ってみた状態です。このまま価格メカニズムが働くまっとうな資本主義が定着するかどうかは、2024春季生活闘争にかかっています。海外の投資家や政策担当者も、日本に安定的な賃上げと物価上昇が定着するのかに注目しています。ナショナルセンターである連合が先頭に立ち、2周目、3周目と周回を重ねることで、何年か経って振り返った時に、2024闘争の「5%以上」の要求は当たり前だった、と総括できるような状況をぜひ実現していただきたいです。

神保 われわれは2024春季生活闘争において、昨年からの賃上げの動きをすべての労働者に広げるためのスタート地点に立つことになります。労働組合が存在意義を示す正念場でもあります。

しかしながらすべての業種、雇用形態の労働者に賃上げを波及させるためには、2024年だけではなく2025年、2026年と時間をかけて取り組み続ける必要があります。連合だけではできることにも限界があり、政治と経済界に対しても、それぞれの役割を果たすよう促していきます。

労働組合のやるべきことは、春季生活闘争·賃上げにとどまりません。働き方や処遇の改善、企業業績や将来展望など、様々な課題について経営側と対話を重ね、答えを見つけることも大事な使命です。

安河内 JAMは2024春季生活闘争で、1万円超のベア要求を議論していますが、中小組合すべてが産別の定めた目標通り要求するとは限りません。2023春季生活闘争で経営側に「(賃上げは)今年だけだぞ」と言われた組合もかなりあります。また組合の関係者には「会社は儲かっていないので賃金を上げられない」という呪縛に今もとらわれている人もいます。こうしたマインドを払拭し、自信を持って賃上げを要求してもらえるよう支えるのが、産別の役割です。

また昨年は、交渉で先行した組合が3月末時点でベア5000円という高い相場観を形成したことが、全体の賃上げに大きく貢献しました。今年も先行労働組合が高い回答を勝ち取れるようサポートしていきます。

ナショナルセンターである連合には、非組合員も含め日本全体に賃上げの機運を高めていく役割もあります。春季生活闘争で何を要求し、その結果何を勝ち取ったかを発信することで、日本企業はできるのだという認識を、世の中に浸透させていくことも必要です。

渡辺 確かに労働組合は、交渉そのものも大切ですが「賃金はこのぐらい上がるのが当たり前」「生産性が上がった現場の人が、恩恵を受けるのは当たり前」といった発信を通じて世論を誘導し、社会に新しい「当たり前」をつくり出していくことも重要な役割だと考えています。

また私は、労働組合に若い人や女性が数多く携わっていることに、希望を見出しています。彼ら彼女らの労働者としての将来は長い。「偉い人」の顔色などうかがわず「自分がこれから活躍する労働の現場を私がデザインしよう」というくらいの意気込みで、のびのびと自由に活動してほしいと願っています。

新沼 ありがとうございました。

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