はたらくを考える

【CROSS TALK】子どもたちの笑顔と成長に向き合う
教員の魅力を取り戻すためには

教員採用倍率が過去最低に落ち込み、「なり手」不足が深刻化している。若者たちに教員をめざしてもらうためには、どうすればいいのだろうか。教員経験者である連合の清水秀行事務局長と、2人の有識者で座談会を行った。
【進行/冨田 珠代 連合総合政策推進局長】

(月刊連合2023年秋号転載)

尾木 直樹(おぎ・なおき)教育評論家、法政大学名誉教授
早稲田大学卒業後、私立海城高校、東京都公立中学校教師として22年間、子どもを主役とした創造的な教育を展開。2004年法政大学キャリアデザイン学部教授に就任。同大学教職課程センター長・教授を経て、定年退官し、現在は同大学名誉教授。主宰する臨床教育研究所「虹」では、現場に密着した調査・研究に取り組む。多数の情報・バラエティ・教養番組などにも出演し、「尾木ママ」の愛称で親しまれている。
著書に『取り残される日本の教育—わが子のために親が知っておくべきこと』(講談社+α新書)、『いじめ問題をどう克服するか』(岩波新書)など多数。2023年4月に東京都立図書館名誉館長に就任。

小室 淑恵(こむろ・よしえ)株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
公立学校250校、民間企業2000社、7省庁の働き方改革コンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げる手法に定評がある。残業削減した企業では業績と出生率が向上し、学校では、持ち帰り残業も削減、残業を半減させながらも子どもに向き合う時間が増加する成果が出ている。文部科学省「中央教育審議会」委員、「産業競争力会議」民間議員など複数の公務を歴任。2児の母。
著書に『プレイングマネジャー「残業ゼロ」の仕事術』(ダイヤモンド社)、『働き方改革 生産性とモチベーションが上がる事例20社』(毎日新聞出版)、『先生がいなくなる』(共著・PHP新書)など多数。

清水 秀行 連合事務局長

授業中、叫ぶ教員の姿に衝撃
「ブラック職場は嫌」と学生

冨田 教員は日本の未来を支える担い手を育てる大事な仕事であるにもかかわらず、志望者が減っているのが現状です。今日は教員という仕事の魅力を伝えるためには何が必要かを、皆さんに話し合っていただきたいと考えています。

はじめに、教員経験者の清水さん、尾木さん、教員の魅力についてお話しいただけますでしょうか。

清水 私は中学校の教員をしていましたが、子どもたちの成長をつぶさに見られるのが、この仕事の最大の魅力です。ぶかぶかの制服を着ていた新1年生が、3年間でどんどん大きくなり、学校生活や友人関係を通じて、精神的にも大人になっていく。授業でも、分からなかったことを理解できるようになると「できたよ!」と、すごくいい笑顔を見せてくれる。子どもたちが喜ぶ姿を見ることで、やりがいも感じることができました。また体育祭や合唱コンクール、部活動など、何かを達成した時の感動を子どもたちと分かち合えることも、仕事の醍醐味でしたね。

尾木 僕も全く同じです。中学・高校、大学・大学院でも教えましたが、成長しない子はいません。いわゆる「非行」の生徒も、問題を起こす中で竹の節を刻むように伸びるし、成人を迎えた大学生だって、学力や人間性は育ちます。また、仕事を通じて「人間は誰もが、いくつになっても成長できる」と教えられてきたし、僕自身も成長させてもらいました。

ただ近年は確かに、教員の志望者は減っています。僕が大学の教職課程センターで教えていた時、たいていゼミ生の6、7割は先生になりました。それが2017年に退官する直前の2年間は、1人もならなかったの。話を聞くと、働き方がブラックだから嫌だと。「教育実習に行ったら、先生方は深夜まで残業するか仕事を持ち帰っている。あれでは体力も持たないし、幸せな家庭を築けるとも思えない」と口々に言うんです。

冨田 小室さんは企業の働き方改革をコンサルティングする事業の傍ら、学校の働き方改革のサポートにも取り組んでいます。なぜ教育現場にも関わるようになったのでしょうか。

小室 ここ8年で250校ほどの学校の働き方改革を支援してきました。きっかけはもう9年も前です。私には二人の息子がいますが、子どもの病気をきっかけに付き添いで学校を訪れるようになって、先生たちが授業中「廊下に出るな」など声を枯らして叫び続ける姿に衝撃を受けました。あるご家庭からは「うちの子も先生に『私は毎日深夜まで採点しているのに、なんでお前らは頑張れないんだ!』と言われた」といった話も出てきました。最初はそんな抑圧的な管理をする教員に怒りがわきましたが、継続して学校に付き添っているうちに、それほどまでに疲弊している先生たちの状況、働き方があるのだということに気付きました。

今は、一律に管理するのは現実的ではないほどに子どもたちは多様化しているのに、先生は多忙すぎて一人ひとりの個性に向き合うことが不可能です。いじめの兆候に気づいたとしても、その日どうしても採点を終わらせなければ…と切羽詰まって、見て見ぬふりをせざるを得ない。そんな状況では、いじめを防げないのは当たり前です。年間5900人もの教員が常時休職しているような状況です。こうした教員の疲弊を解決しなければ、新しい教育内容をどんなに詰め込んでも機能しないと思い、学校の働き方改革を支援するようになりました。

過重労働で支え合いが困難に
睡眠不足で脳が変化、暴言も

清水 「学校は社会の縮図」と言われるように、先生たちが余裕を失っているのは、社会の変化と無縁ではないと思います。

私が学校現場にいた1980年代にも、いろんな子がいて様々な問題が起きていました。ただ当時は、保護者同士の対話や地域の話し合いなど、学校以外の解決の場が機能していたのです。

しかし今は各家庭が孤立し、自治会すら成り立たない時代です。コミュニティの力が弱まり、学校にすべての問題が集中してしまっている。一方で学校も、先生たちが同僚に悩みを相談できず抱え込んでしまうなど、問題解決力が弱まっています。その結果、対処しきれなくなった問題が噴出しているのではないでしょうか。

尾木 子どもたちの問題は、先生の問題を映し出す「鏡」でもあると思うの。先生たちは今、過重労働の中でお互いを支え合うのが難しくなっています。職員室の雰囲気も陰湿になり、先生同士がいじめ合うようになりました。いじめられた先生が今度は生徒をいじめ、結果的に教室内にもいじめが蔓延してしまうのです。

新人教員のサポート役である指導教員が「指導案はこの書式で、何行で書け」など、パワハラまがいの管理的指導をするという話も聞きます。指導教員が新人教員を半人前扱いすると、それを見た子どもや保護者も、新人教員の話を聞かなくなります。先生たちが支え合う姿を見せれば、子どもも先生を信頼するようになり、学校全体が明るくなると思うのですが…。

小室 本当にそう思います。「睡眠不足の上司ほど部下に侮辱的な言葉を使う」という研究結果があります。もともとは穏やかな先生であっても、長時間労働で眠れない状態が続けば攻撃的になり、自己肯定感を低下させるような言葉を子どもにぶつけてしまいかねません。先生たちが疲弊している学校では、保護者のクレームが増えて、その対応のため先生の負担がさらに増す、という負の連鎖が起きています。

政府が教員志望者を増やそうとすると、「教員の仕事の魅力ややりがい」といったきれいな部分だけをアピールしがちです。しかし十分な休息を取れて、健康に健全に働ける職場にしなければ、志望する若者が増えることはないでしょう。

法改正と評価見直しが急務
現場に工夫の余地もある

冨田 教員の働き方を見直していく上で、最初に改善すべきことは何でしょうか。

小室 労働時間と支払う賃金が連動しない業界では、時間に歯止めが利かなくなって長時間労働が蔓延します。霞が関官僚や医療現場、学校はそのような状況です。そもそも、給特法[i]1では、残業を命じることができる業務が校外実習や学校行事、職員会議などに限られています。つまり業務にどれだけ時間がかかっても、「残業は命じられていないことになっている」ので、先生が自主的に行っている扱いであり、残業代も支払われないことから、誰も責任を持って仕事を見直すことをしません。

こうして本来は削るべき業務が温存される一方で、ITや英語など新しい教育がどんどん上乗せされています。先生たちはあまりの業務量の多さに、上乗せされた内容を機械的にこなすだけで精一杯です。いじめの問題や発達障害を抱える子どもへの対応など、現場で起きている課題への対応もできません。業界の魅力はどんどん下がり、教員不足も解決しない、という負のスパイラルです。こうした現状への対策には、給特法の見直しをセットで考えることが不可欠です。文部科学省が責任を持って法改正するべきです。

そしてその法改正と並行して、管理職には部下の評価も含めた「360度評価」を導入し、適正な労務管理をする管理職をきちんと処遇する必要もあります。また、睡眠時間を確保できるよう、「11時間の勤務間インターバル[ii]」の導入にも取り組むべきです。

清水 とにかく教員配置を増やして、きちんと年休を取れる環境を整えなければいけません。また中学校については、部活動の改革も急務です。

スポーツ庁は、土日のどちらか1日と平日1日は休む、という部活動ガイドラインを出しています。しかしガイドラインを守ったとしても、顧問の指導時間は月44時間と試算され、文部科学省が指針で定めた時間外労働時間の上限(月45時間)に迫ります。さらに試合前などは、土日とも指導に当たる先生も少なくありません。校外から指導者を迎えるといった取り組みを加速させるべきです。

部活に限らず、校外の人に委ねられる業務はたくさんあります。設備の安全点検などは、安全確保の面からもプロに任せた方がいい。明確化された「教員がやるべきこと」「教員以外の人に任せるべきこと」を徹底する必要があります。

尾木 海外では、昼食時の子どもの見守りなども、PTAや地域住民が担いますからね。いろんな職種の人が学校の運営に参画する「チーム学校」は必要だと思います。

教員配置が少なすぎて、先生たちが自分の子どもの運動会ですら「同僚に迷惑がかかる」と言って休めない現状もあります。一方で、一部の学校では、担任を1人に固定する学級担任制から、複数の先生がローテーションを組む学年担任制に移行しているところがあります。1クラスをチームで見れば、1人が保育園のお迎えなどで早く帰宅する際もカバーし合えます。また子どもにとっても、相性のいい先生を選んで相談できるメリットがあります。担任を一国一城の主のように思い、他の先生を入れたがらない人もいますが、実践している学校は、実にのびのびしています。このように、システムを少し変えるだけで良くなることも、まだまだあります。

宿題、校則をゼロに
「本当に必要か」を疑う

清水 尾木さんのおっしゃる通り、工夫の余地はあります。午後5時以降の電話対応を留守番電話にするだけで、翌日の授業の準備に集中して取り組めるようになり、帰宅が1時間早まったという例もあります。ただ、先生たちは職場を「変える」のが苦手で、留守番電話の導入にも「保護者に申し訳ない」と反発や議論がありました。

先生に時間のゆとりがあれば、例えば「シロクニジュウシ」と九九を丸暗記させるだけでなく「24になる計算は、ほかにどんなものがあるか?」を、子どもたちに考えさせるような授業ができます。現場改革は子どもたちの学びにも良いインパクトを与えるのだと考えて、恐れず職場を変えてほしいですね。

尾木 当たり前にあるものを「本当に必要か?」と疑うことも大切。ある学校には「やめる」ことを突き詰めた結果「教える」ことをやめた先生がいました。授業を見ましたが、この先生は5年生の算数で「360以上の角度は、分度器でどう測ればいいのか」という疑問を出したら、あとは座ってじーっと見てる。すると子どもは自分たちで測り方を考えて、班ごとに発表しているんです。この学校は宿題も廃止したそうで、あるものをなくすと新しいものが生まれると痛感させられました。

校則をなくした中学では、廊下でハンモックに寝転んでスマホゲームをする子もいれば、タブレットでノートを取る発達障害の子もいたし、カメラ好きな子は「おお、尾木ママだ」と僕を撮っている(笑)。でも学校が楽しい場所になったことで、20人以上いた不登校の子がみんな学校に来るようになり、全体の学力も上がったんですって。

小室 働き方改革というと、最初はどの学校でも保護者から「子どもたちを見る時間が減る」「先生が楽をするつもりか」と反論が出ます。しかし、ある小学校で先生方にアンケートを取ったところ、「子どもと向き合う時間を確保できていますか?」という問いにイエスと答えた割合が12%だったのが改革後は44%に伸びたんです。残業を減らすために無駄な仕事をリストラした結果、子どもたちを見る時間はかえって増えていました。先生がちゃんと休むことによって、子どもと向き合う精神的、時間的余裕が生まれ、子どもが学校を好きになり、保護者のクレームも減るという好循環も生まれます。

社会変革の主役を育てる
学校は文化をつくる場

冨田 最後に改めて、教員を志す若い人たちへのメッセージと、学校のあり方についてご意見をいただければと思います。

尾木 僕は教員生活を通じて、教え子に「今の矛盾した社会を良しとせず、変革の主体になってほしい」と呼びかけてきました。社会変革の主役を育てる。こんなやりがいのある仕事は、他にはなかなかないですよ。

僕ね、昔から「学校は安心と失敗の砦」だと考えています。子どもも先生も失敗しないよう管理するのではなく、たくさん失敗して学べばいい。子どもたちも、失敗しても大丈夫だという安心感が育まれれば、どんどん自分の意見を言えるようになるし、何かを間違えてしまった時、素直に「ごめん」と言えるようになります。子どもも先生も「楽しいな、明日も来たいな」と思える、楽園みたいな学校をつくっていきたいですね。

小室 教員を志す人には、働くことへの不安を隠さず発信してほしい。その声こそが現場や政府の危機感を高め、学校現場を変える力になります。

また、これからの子どもたちには、社会に全く新しいものを生み出すイノベーティブな力が求められます。そんな子どもたちの「ロールモデル」である先生は、職場に過剰適応せず「風変わり」な人でいい。現状に疑問を持つ人ほど職場を変えられるし、子どもにとっていい先生にもなれるのではないでしょうか。

そして私たち「大人」は、教育に関わりたいという若手の熱意を無駄にしないよう、法改正や働き方改革に責任を持って取り組まなければいけないと思います。

清水 学校にはこの社会の「文化」をつくるという大事な役割があります。子どもと一緒に過ごしたり、何かを教えたりすることを「楽しい」と思える人は誰でも、教員に向いているし、仕事を楽しめるはずです。ぜひ学校現場に入って、仲間の先生たち、そして子どもたちと一緒に、未来の文化をつくってほしいと願っています。

近年の人手不足で、教育実習生を引き受けたがらない学校も増えています。教員を志す若者を、温かく迎えられる環境を取り戻さなければいけません。連合としても、「子どものための施策なくして、未来はない」ことを肝に銘じて、教員の定数増を働きかけるなど、必要な役割を果たしていきます。

冨田 ありがとうございました。


[i] 給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)/教職の特殊性にもとづき、時間外勤務手当や休日勤務手当を支給しない代わりに、勤務時間の内外を問わず包括的に評価した処遇として教職調整額(給料月額の4%に相当する額)を支給するなどの内容を定めた法律。また教員に時間外勤務を命ずる場合は、政令で定められている基準(超勤4項目:①実習、②学校行事、 ③職員会議、④非常災害などに必要な業務)に従う。

[ii] 勤務間インターバル/勤務が終わってから次の勤務までに一定以上の休息時間を設けること。株式会社ワーク・ライフバランスは、勤務と勤務の間に11時間空ける「勤務間インターバル宣言」を掲げている。

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