リーダーズボイス

連合リーダーの素顔に迫る!
~第6回 石上千博 連合会長代行・自治労中央執行委員長~連合リーダーの素顔に迫る!

シリーズ第6回は、今年8月の自治労定期大会で中央執行委員長に選出された石上千博連合会長代行。北海道の富良野市職労を皮切りに、自治労北海道本部、自治労本部等を経て、2019年から4年間、連合副事務局長を務めました。その鋭い眼光にどんな熱い思いを秘めているのか、長く政治や政策分野に携わってきたリーダーの素顔に迫ります。

石上千博(いしがみ ちひろ) 連合会長代行・自治労中央執行委員長

1983年、高校を卒業し富良野市役所(北海道)に入庁。富良野市職労現業評議会事務局長、同青年部長、自治労北海道上川ブロック青年部書記長、富良野市職労書記長、同委員長、自治労北海道中央執行委員などを経て、2009年自治労本部総合政治政策局長に就任。2019年から4年間連合副事務局長を務め、2023年8月自治労中央執行委員長に選出、10月連合会長代行に就任。

環境がどんなに厳しくても 労働運動がつらいと思ったことはない

10代で現業評議会事務局長に

—労働運動を始めたきっかけは?

高校を卒業し、18歳で富良野市役所に入庁しました。教育委員会の事務職採用で、最初の配属は学校給食センター。富良野市職労では、給食センターは事務職も含めて「現業評議会」の所属でした。

働き始めて2年目、現業評議会の40代、50代の大先輩が、19歳の私を取り囲んで事務局長になれと…。何度も断ったのですが、根負けして事務局長に。以来40年間、労働組合の役員を続けてきました。

数年してスポーツセンターに異動になり、現業評議会を離れ青年部長になりました。職場では、「社会教育主事」の資格を取得し、事務のほか小中学生向けのスキー・スポーツ教室の企画運営も担当しました。

富良野市は北海道の上川管内に位置していて、自治労北海道は上川ブロックを置いています。ブロックの青年部活動にも参加していたら、その専従書記長に推されました。富良野市職労はすべて非専従なので、この時、30歳にして初めて「専従」になりました。

その後、職場に戻って富良野市職労の書記長、委員長を経験し、2004年に自治労北海道本部の専従役員になるんですが、公務員は「在籍専従は通算で7年まで」というルールがある。45歳を前にその期限が来て、2009年3月に市役所を離籍しました。道本部に来てからは単身赴任だったので、札幌にマンションを買って家族を呼び寄せました。一緒に暮らせると喜んだのも束の間、その年の9月に東京の自治労本部へ。以来、単身赴任が続いています。

富良野市職労時代

—北海道での組合活動で印象に残っていることは?

夕張市の財政破綻です。夕張市は、多額の財政赤字が発覚し、2007年3月、国の管理下で再建をめざす「財政再建団体」の指定を受けました。市職員の半分が希望退職に応募。管理職は責任を取る形でほぼ全員職場を去りました。残った職員は大幅に賃金がカットされ、過重労働が続きました。市民は、増税や公共サービス切り下げを受け入れざるをえませんでした。

私は道本部役員として何度も夕張市に入りましたが、「財政再建団体」になると総務省管轄なので、市側と交渉しても得るものがない。自治体財政の重要性を思い知らされました。つらかったのは、世間のバッシングです。市職員は、どこに行っても責められ、全国から非難が殺到しました。

—夕張市の現在の状況は?

東京都から出向していた鈴木直道さんが2011年に市長になって、市民と対話しながら再建を進めてきました。財政再建と地域再生が両立する新計画を策定して、2019年に北海道知事に転身。その後継である現在の厚谷司市長は、破綻時の夕張市職労の委員長です。あと2、3年で借金を解消できると聞いています。

自治労本部に着任した日に民主党政権が発足

—そして東京へ。

2009年9月1日、私が自治労本部に着任したのは、前日の総選挙で民主党が圧勝し政権交代が実現した日でした。民主党政権の3年3ヵ月、私は自治労総合政治政策局長として毎日のように政府関係者と政策協議を重ねるという経験をしました。

政権交代の原動力となったのは、2000年代に小泉内閣など自民党政権が推し進めた構造改革の弊害を、国民が痛みをもって認識するようになったからだと思います。

すでに多くの地方自治体は産業空洞化や人口減少などで財政難に陥っていましたが、小泉構造改革の名の下で地方交付税や社会保障費の切り下げが行われ、「公務員バッシング」をともなって、公務員の賃金カットや定員削減、公共サービスの民営化などが推進されていきました。

公共サービスが低下し、低賃金・不安定雇用が急増し、日本の社会が壊れていくような不安が広がる中で、政権交代が起きました。

民主党政権は、生活者重視政策と新自由主義的政策が混在していて、事業仕分けでは職場を失う組合員もいて苦しい思いをしました。ただ地方交付税の配分増額要求は実現し、1兆円の増額によって賃金カットを行う自治体の比率は7割から2割に低下しました。

連合にきて世界を見る目が変わった

—その後、連合本部の副事務局長に。

2019年10月に着任しましたが、まもなくコロナ禍に。連合本部のスタッフとは、互いにマスクをした顔しか知らず、一緒にお酒を飲む機会もあまり持てなくて残念でした。ただ、連合副事務局長として、様々な意見を聞く機会を得て、政府との関係、政策との向き合い方を含めて、世界を見る目が変わりました。COP(気候変動枠組条約締約国会)にも2回参加して、自治労の環境政策は弱いと痛感したので、今年のCOPには自治労からも担当者を派遣します。

気候変動対策を考える上で、労働組合にとって最も重要なのは「公正な移行」です。

脱炭素に向けて、全国で火力発電所の閉鎖が相次いでいますが、それが地域経済に与える影響は想像以上に大きい。あるいは石炭の運搬や荷揚げに携わる労働者も影響を受ける。「地域経済」や「働く人たち」に焦点をあてて、「公正な移行」とは何かを具体的に考えていかなければならないと思います。

アディダスで“あいみょん”のライブへ

—趣味は?

「趣味は労働運動」って言ったら怒られるかな。でも、非専従が長かったので趣味のような感覚でした。組合役員のなり手がいないと言われますが、「労働運動って楽しいよ」と伝えたいです。

—休日の過ごし方は?

連合副事務局長の時は、週末によく映画を観ました。特に好きなのは東野圭吾や池井戸潤の小説が原作の映画です。最近では、『ミステリと言う勿れ』(原作:田村由美、監督:松山博昭)が面白かった。これは漫画が原作ですが、原作を読んでから映画を見ると、新たな発見があって面白い。『東京リベンジャーズ』もそうですね。漫画も好きで、『はじめの一歩』や『鬼滅の刃』は全巻読んでいます。

—『自治労新聞』に「アディダス愛好家歴35年」とありましたが…。

スポーツセンターで働いていた時、スポーツ教室のためにウェアをあれこれ見ていたら、アディダスってカッコいいなって…。収集しているつもりはないんだけど、新モデルやコラボコレクションが出るとつい買ってしまって…。私服は全部アディダスです。

—アディダスに身を固めてどこへ?

家族に怒られるので詳しいことは言えませんが(笑)、コンサートやライブに行ったりします。その後、カラオケで熱唱したりね(笑)。サザンオールスターズ、長渕剛、小田和正のファンクラブに入っていますが、最近“あいみょん”も聴き始めました。ライブもすごく良くて、楽しみが増えました。

お笑いも好きですよ。札幌では、バナナマンのコンサートや東京03のライブによく行きました。だから、朝は芸人さんがいっぱいの『ラヴィット!』(TBS)派です。

—尊敬している人は?

富良野市職労の大先輩たちです。当時の市職労の委員長はすでに故人ですが、私が自治労の委員長になったと知ったら喜んでくれただろうにと、残念でなりません。

1987年、自治労が連合への参加を決定する定期大会が徳島で開催されました。委員長は、「その選択をこの目でみたい」という私の願いをきいて徳島に送り出してくれました。

当時、総評に加盟する自治労内では、日本共産党系の統一労組懇が連合結成を「労働戦線の右翼的再編」だと猛批判していた。

自治労北海道に統一労組懇はいなかったので、徳島で目にした光景に驚きました。傍聴席からの激しい野次・怒号が鳴り止まない中、議場では複数人が立ち上がってマイクを奪い合い、人の渦ができる。

そんな大会を経て、自治労は連合への合流を選択したのですが、最後に、丸山康雄委員長(当時)が登壇し、総括答弁で「共産党の皆さんにも聞いていただきたい」と言った瞬間、初めて野次が止んだ。それを見て「中央本部の委員長ってこんなにすごいのか」と思い、傍聴に行かせてくれた委員長に感謝しました。

連合での経験を構成組織の政策や運動に活かせるルートを

—これなら誰にも負けないと思うことは?

ないですね。お酒は好きです。若い頃はビールやウイスキー派でしたが、出張先の秋田で飲んだ日本酒が美味しくて地酒にハマりました。最近、北海道の地酒もレベルが上がっているというので、調べてみたら、北海道でも良質の酒米がとれるようになって、東北の酒蔵が旭川などに移転していると…。気温上昇の影響ですが、ちょっと複雑ですね。

—ご自分を動物に例えると…。

動物ではないですが、市職労時代、若い組合員から「委員長の目をみたら石になりそうだから、こっち見ないで」と言われていました(笑)。「目力」が強いそうで、家族にも「真剣な顔をすると怖いからやめて」と言われます。

—連合会長代行に就任されての抱負は?

連合副事務局長から構成組織のトップに就いた例は少ないのですが、意外にもたくさんの応援メッセージをいただいて感謝しています。
構成組織内では、どうしても仲間内の議論になる。自身の経験からも、連合での経験を構成組織の政策や運動に活かせるようなルートがもっとあっていい。人事交流を深め、労働運動全体が活性化していくような動きをつくっていければと思います。

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