エッセイ・イラスト

今どきネタ、時々昔話
第35回 誰の立場にも真実がある

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祝・RENGO ONLINE開設3周年

早いもので、RENGO ONLINEは開設から3年を迎えた。WEBマガジンの良いところは、過去の記事がすべてストックされ、いつでも閲覧可能なことだ。毎月5日と20日の配信日直後はだいたい新着記事が上位に来るが、時々、過去記事がランクインしてくることがある。例えば、春季生活闘争の時期に、連合の会長代行・副会長の発言がニュースで取り上げられると、そのリーダーズボイスの記事へのアクセスが急増したりする。少子化や年金などの政策テーマが話題に上がると、そのキーワードを含む記事が上位にくる。ちなみにこのコラムも時々謎のアクセス増現象が見られるのだが、その中の1つは、フジテレビのセクハラ問題に関する第三者委員会調査報告書を取り上げた回で、当事者のタレントさんのファンを名乗る方たちの〈抗議〉拡散のためのアクセスであったことがのちに判明した。

コーヒーとシナモンロール

さて、昨年末、いつものようにRENGO ONLINEを開いたら、『季刊RENGO』2023年秋号から転載された芳野会長と駐日フィンランド大使との対談記事がランクインしていた。タイトルは〈世界一幸福な国フィンランドから学ぶ—「すべての人が生きがいを感じられる多様性のある社会」とは?〉。当時、岸田内閣が設置していた「新しい資本主義実現会議」に芳野会長が参画していて、その関係で『日本における新しい資本主義と北欧の視点』と題するセミナーが北欧各国の大使館の協力を得て開催されていたのだが、その流れで実現した対談企画だったと記憶している。

広尾にある大使館に招かれての対談だったが、ヤースケライネン駐日大使は終始、にこやかに芳野会長と会談され、途中、私たち同行者にもコーヒーとシナモンロールをすすめてくれた。フィンランドでは、勤務時間中に「コーヒー休憩/カハヴィタウコ(kahvitauko)」の権利が保障されていて、職場のみんなで菓子パンと一緒にコーヒーをいただくのだと聞いて、感銘を受けたことが思い出される。

でも、なぜ2年以上も前の記事が注目されているのか。検索すると、「フィンランド、ミスや国会議員つり目投稿 くり返されるアジア人差別」(朝日新聞、2025年12月14日)という記事が出ていた。発端は、ミス・フィンランドに選ばれた女性が「つり目」ポーズの写真をSNSに投稿したこと。「つり目」は東アジア人を嘲笑する表現とされていて、投稿者はミスの称号を剥奪されることになったが、その決定が厳しすぎると、反移民政策を掲げる「フィンランド人党」(連立与党)の国会議員らが、相次いで「つり目」の写真や動画を投稿した。これに対して多方面から批判の声が上がり、フィンランド政府が、中国・韓国・日本の大使館のX公式アカウントに首相名で「侮辱的な投稿」に対するお詫びのメッセージを投稿して収束をはかる事態となった。そんな経緯でRENGO ONLINEの対談記事へのアクセス数も急増したらしい。

立場は簡単に逆転する

実は、私も「つり目」ポーズをされたことがある。30年前、初めて夫の国(Pakistan)に行った時のことだ。義実家周辺では東洋人は珍しく、近所の人たちが私を見に押しかけてきたのだが、その時、10歳くらいの子どもが目をつり上げるしぐさをして、近くにいた大人が「こらっ!」とたしなめるのを見た。後で、あのつり目のポーズは何?と夫に聞いたら、東洋人の容貌をからかう表現なのだという。翌日には近所の女性たちに半ば強引に連れていかれ、どぎついメイクを施されるという経験もした。外出時はサングラスを着用することにしたが、それでも骨格で東洋人とわかるのか、どこに行ってもジロジロ見られた。日本では、夫が「ガイジン」として居心地の悪い思いをすることがあると知っていたが、立場は簡単に逆転する。日本に帰る飛行機から見たカラコルム山脈はあまりにも荘厳で、この険しい山々に阻まれて東洋と西洋はそれぞれの発展をすることになったかも、と思ったりもした。

異なる文化や価値観を受け入れるのは大変だ。隣人ならぬ家庭内に外国人がいると苦労は耐えない。でも違っているのに共有できる何かを発見するとうれしかったりする。排除し合うより、尊重し合って共存するほうが豊かな世界になると思うのだが、最近の風潮はどうも逆方向に向かっている。どうしたものかと考えていたら、イギリスのケン・ローチ監督の最新作『オールド・オーク』が日本で劇場公開されるというニュースを目にした。

「働くこと」でつながり支え合う

ケン・ローチ監督は、貧困や格差、移民などの社会問題をテーマとする作品で高い評価を得ているのだが、私がその名を知ることになったのは「月刊連合」のある特集がきっかけだった。2012年6月号の「雨の日は映画館へ行こう! 心を洗おう、語り合おう」である。配給会社から「労働組合の役員、組合員にぜひ観てほしい映画がある」とのお話があり、『この空の花 ―長岡花火物語』を製作した大林宣彦監督と古賀伸明会長、『キリマンジャロの雪』を製作したロベール・ゲディギャン監督と篠田徹早稲田大学教授という2本立ての対談が実現した。

『キリマンジャロの雪』は、フランスの港町マルセイユで労働組合の委員長を務めるミシェルとその妻マリ=クレールの物語。篠田教授は、連合が2010年に決定した「働くことを軸とする安心社会」のビジョン策定の協力者であり、〈「働くこと」でつながり支え合う社会へ〉というワードの提唱者だったが、私はこの映画を観て、その意味を少し理解できた気がした。

この特集が好評で、篠田先生の連載『労働文化耕論』がスタート。そこで公開予定の労働映画を紹介してほしいという依頼が来るようになり、その中に『わたしは、ダニエル・ブレイク』などケン・ローチ監督の作品がいくつかあったのだ。私も、編集担当として試写を観せてもらっていたのだが、おかげで、今世界で何が起きているのかを少しだけ早く知ることができたと思う。

違いを受け入れながら共存していくこと

そのケン・ローチ監督の最新作『オールド・オーク』の公式サイトを開くと「現実社会にも起こっている分断や争いと、違いを受け入れながら共存していくことへの希望についての考察を我々に促すだろう」と紹介されていて、これは早く観なければと思ったのだ。主人公は、イギリス北東部の寂れた炭鉱の町にあるパブの店主・TJ(トミー・ジョー・バランタイン)。「町がシリア難民を受け入れ始めたことで、パブは居場所を争う諍いの場になってしまう。先行きを危ぶむTJだったが、カメラを持ったシリアの女性ヤラと出会い、思いがけない友情を育むことになる。果たして、彼らは、互いを理解する方法を見つけられるのだろうか」というストーリー。TJのパブには長く使われていない部屋があり、そこには1984年の炭鉱労働組合のストライキ闘争を記録した写真が飾られている。その中に「共に食べれば、団結できる」という言葉を見つけたヤラは、「誰でも来られる食堂にしよう」と提案する。こども食堂のような空間で住民と難民は心を通わせていくが、その様子を見て排外主義的な考え方を先鋭化させていく人たちもいて、という展開。つらい場面も多いけれど、最後にTJが労働組合旗(英語とアラビア語で「力、知恵、抵抗」と書かれている)を掲げて歩くシーンには希望が見えた。パンフレットで見つけた「明らかになったのは、『誰の立場にも真実がある』ということでした。問題は人々がその真実から何を学ぶかです」というケン・ローチ監督の言葉が心に沁みた。

『オールド・オーク』は2016年の出来事を描いているが、その後、2020年にイギリスがEUを離脱した背景には移民・難民問題があったと言われている。2022年に発足したスナク保守党政権は、難民申請者をルワンダに移送する計画を立てていたのだが、2024年に政権交代を果たしたスターマー労働党政権がこれを廃止。しかし、直近の地方選挙では労働党が大敗し、反移民を掲げる「リフォームUK」が躍進した。

日本でも「自国ファースト」を主張する政党が支持を集めたことを受けて、政府は今年1月「外国人の受入れ・秩序ある共生のための総合的対応策」を閣議決定し、在留資格の一層の厳格化や不法滞在者ゼロプランなどが動き出した。適正化は必要だが、行きすぎた厳格化は人権に関わる問題を引き起こす恐れもある。篠田先生の連載を読み返していたら、最終回にこんな言葉を見つけた。「労働文化を大切にする連合が、これからも日本や世界の働く人びとの思いに耳をかたむけ、みんなが繋がり支え合う社会を実現する大事な組織でありつづけることを願ってやまない」。私もそうであってほしいと思う。

※『オールド・オーク』(The Old Oak) https://oldoak-movie.com
監督:ケン・ローチ、脚本:ポール・ラヴァティ 配給:ファインフィルムズ
2026年4月24日 劇場公開


★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。

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