世界最大の労働組合、国際労働組合総連合(ITUC)会長に日本人として初めて就任した郷野晶子さんは、紛争や格差拡大に揺れる世界で労働問題解決の先頭に立つ。2024年7月、連合宮城が開いたシンポジウムに登壇し、国内外のジェンダー格差の現状や、日本の女性たちに託したい思いなどを語った。
郷野 晶子 国際労働組合総連合(ITUC)会長、ILO(国際労働機関)労働者側理事、連合、UAゼンセン参与。
大学卒業後、大手自動車メーカー勤務を経て1981年ゼンセン同盟(現・UAゼンセン)に参加、国際局長を務める。国外でもインダストリオール・グローバルユニオンで繊維衣料製靴皮革部門共同議長などを務め、2022年から、ITUC(国際労働組合総連合)会長を務める。
世界各地で頻発する差別と格差、犠牲者は働く女性
郷野さんは「平和な日本では、海外の出来事は他人事かもしれません。しかし労働組合の根幹を支える民主主義はどんどん脅かされ、紛争が世界を覆っています」と話す。
世界人口の71%は独裁政治国家に暮らし、民主主義国家の人口を上回る。2021年以降、ロシアのウクライナ侵攻やミャンマーの軍事クーデター、パレスチナとイスラエルの武力衝突なども相次いでいる。
こうした中で、所得格差も拡大している。バングラデシュの最低賃金は1カ月112ドル、カンボジアは200ドル超、インドネシアでも300ドル台にすぎない。
「最低賃金すれすれで働く労働者の多くは縫製工場などで働く女性たちです」
女性が搾取される構造が象徴的に示されたのが、2013年にバングラデシュのラナ・プラザが崩壊し、工場労働者1,100人以上が亡くなった事故だった。
「ラナ・プラザは事件前、老朽化が進んで政府が立ち退き命令を出していましたが、5つの縫製工場は、利益のため操業を継続し、労働者を働かせ続けました。このため、縫製工の女性が犠牲になったのです」
また近年は、グローバル・サウスと言われるアジア・アフリカ諸国の台頭などもあり、国際社会のジェンダーに対する意見も多様化、複雑化している。これまで欧米の価値観に国際会議で異議を唱えることが、さほど多くなかったグローバル・サウス諸国の姿勢も変化しているからだ。
「例えばLGBTに関して、アフリカのいくつかの国が『認めない』と公然と反旗を翻すようになりました。国が意思表明をすること、そのものは正しいあり方ですが、議論が本質から外れて政治的課題になることも増え、国際機関での合意形成は難しくなっています」。
日本のジェンダーギャップ指数118位、低迷の背景に長時間労働
視点を国内に移すと、2024年の日本のジェンダーギャップ指数は146ヵ国中118位。バーレーンやネパールよりも低く、G7の中では最下位だ。
「2006年の順位が80位だったことを考えると、格差是正の取り組みはうまくいってないことが分かります」
統計などを見ると、ジェンダーギャップ指数が上位の国は労働時間が短く、労働協約適用率が高い、つまり労働組合の力が強い傾向がある。
例えば15位のデンマークは週37時間労働がベースで、法定労働時間が週40時間の日本よりも労働時間が短い。ただビジネスの効率性は世界トップ(日本は47位)で、DXなども進めて労働生産性を高めている。
労働時間が短ければ、男女がともに早く帰宅し家事も分担できるので、女性だけが家事の負担を強いられたり、昇進で不利になったりすることも減る。家族や友人と過ごしたり地域活動に取り組んだりといった「ライフ」も充実する。このためジェンダーギャップ指数が上位の国は、幸福度ランクが高いという結果も見られる。
「ジェンダー格差の解消というと、男性は女性優遇と思うかもしれません。しかし働き方が楽になり家族と過ごす時間が増えるなど、男女を問わず幸せになる確率が高いことが分かります」
「ライフ」のために「ワーク」があるという考えの欧米諸国では「ライフ」を損ねる働き方は基本的にしない。家族と別れて暮らす単身赴任はほとんどなく、有給休暇も完全取得が前提だ。ドイツでは長く働く社員や、部下に長時間労働を強いる上司は「能力が低い」とみなされる傾向もあるという。
最近はまた、弁護士やコンサルタント、医師など働くほどに高収入が約束される貪欲な仕事(グリーディー・ワーク)こそ、男女格差解消の壁になっているとも言われるようになった。こうした領域は、仕事に全力を傾けられる人が有利になるため、ケアに関わる女性が活躍しづらいからだ。
郷野さんは日本も「長く働くことを良しとする」「家事は主に女性が担う」といった無意識の「当たり前」を、見直す必要があると強調した。
「特に男性は、よく配偶者に『家事を手伝おうか?』と言いますが、手伝うのではなく『やる』のです。男性に家事を自分ごととして考えてもらわないと、ジェンダー平等は進みません」
意思層決定層に女性を増やす 労働組合トップも増加
ジェンダーギャップがゼロ、つまり男女が全く同量の権利を行使している国は、世界にはまだ存在しない。男女格差をなくすには、意思決定層の女性割合を増やすことが不可欠だと、郷野さんは考える。
例えばドイツ最大労組である金属産業労組IGメタルでは23年の大会で、初めて女性会長が誕生しただけでなく、代議員の女性割合が28%と、女性組合員の割合(18.3%)を上回った。
「男性職場のイメージが強いIGメタルですが、ワーキンググループを作って女性の問題を可視化するなど、地道な努力を続けてきました。その結果代議員だけでなく、幹部職員の25.8%、地方事務所の責任者の22.8%を、女性が担うようになりました」
一般的に、「女性」「若者」などある属性を持つ人々が意見を組織に反映させるには、意思決定者の30%を占める必要があるとされる。
「労働組合の関係者からは『組合員の割合を超えて、女性役員だけ増やすのは不平等で民主主義的でない』という意見も聞きます。しかし多少強引にでも女性の割合を増やさなければ、組織を変えるクリティカル・マス[i]には至らないのです」
ITUCをはじめとする国際的な産業別労働組合の多くは、執行委員会や世界大会出席者の女性比率を「最低40%」と規定している。郷野さんが会長に選出された2022年のITUC世界大会で、代議員の50.84%を女性が占めた。またドイツや米国のナショナルセンターなど、女性が会長を務める労働組合も増えている。クーデターが起きたミャンマーでも、産業別労働組合の会長に女性が就任し、現在国内での労働運動が難しいため国外から支援活動を行っている。男女差別が深刻なバングラデシュでも、児童労働から身を起こして労働組合トップに就任したナズマ・アクターさんのような女性リーダーが存在する。
日本の連合も、女性がトップを務める組織の一つだ。連合はITUCでも中核的な役割を果たしており「芳野(友子)会長の発言力には、ITUCも大きな期待を寄せています」と、郷野さんは話した。
女性は「自分で枠を作らないで」、本来の力を発揮してほしい
郷野さんは女性たちに「ここまでが限界と、自分で枠を決めないで」とメッセージを送る。
「女の子は理系が苦手」といった思い込みや偏見も、女性を萎縮させているという。
2022年の全国学力調査では、中3で理科を好きと答えた女子は58.8%、男子は73.9%と男女差が見られたが、平均の正解率にはほとんど男女差がなかった。STEM[ii]と呼ばれる科学技術系の分野に進む人や東大への進学者も、男性が女性を大幅に上回る。言わば将来の高収入が約束された領域に「女の子が進むなんて」というスティグマ[iii]が残っているとも言える。
「女性は小さい時から自分の枠を作って、大きな意志を持たないようにしがちではないでしょうか。思い込みや偏見に抑え込まれることなく、本来の力を発揮してほしいのです」
また男性には「女性の枠を勝手に決めて『小さな親切、余計なお世話』をするのはやめてください」と要望した。
「子育て中の女性の部下に、昇進や出張のチャンスが巡ってきた時『家庭との両立が難しくなるのでは』などと忖度し、当事者に相談もせずに機会を潰していませんか?それは余計なお世話です。男性の優しさが女性のキャリア形成の芽をつぶす場合もあるのです」
ただ「現状が悪い」と責めるのではなく、異なるジェンダーの人同士が、互いを思いやることこそ重要だとも話した。
「世界の人がお互いに優しくなれる社会のベースは、男女がお互いに優しくなることです。争いの多いこの時代にこそ、ジェンダー平等の実現は本当に大事だと考えています」
[i] 企業や組織などの中で、女性が一定以上になるとマイノリティから脱して一定の影響力を持つことで、組織が好転していく現象。
[ii] Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字をとってSTEM(ステム)と呼ばれる。
[iii] 社会的な偏見や差別の対象となる特徴や属性を指す言葉。この特徴や属性は、個人の身体的な特徴、疾病、障がい、人種、宗教、性別、性的指向など、多岐にわたる。スティグマは、その人が社会から受ける評価や待遇に大きな影響を及ぼし、社会的な孤立や不平等を生むことがある。
(執筆:有馬知子)