特集記事

3月6日は「サブロクの日」、労働時間を考えよう①
36協定は労働者の「強い武器」 
締結の場で経営者に業務改善促す

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「36(サブロク)協定」という言葉に聞き覚えがあっても、その役割を正確に知る人は少ないかもしれない。法律で定められた労働時間は1日8時間以内、週40時間以内だが、労働基準法36条にもとづき協定を結ぶことで、時間外労働が可能になる仕組みだ。
自治労法律相談所の上田貴子弁護士は、民間企業で過重労働などを経験したことをきっかけに、労働問題に関わろうと考えて法律などを勉強し、弁護士になった。上田さんに自身の経験や、長時間労働の抑制に36協定が果たす意義についてインタビューした。

上田 貴子(うえだ たかこ)
1995年 立教大学社会学部産業関係学科卒業
民間企業で営業職、宣伝職に従事
2008年 東京大学法学政治学研究科法曹養成専攻入学
2011年 東京大学法学政治学研究科法曹養成専攻修了
2014年 弁護士登録

過重労働で体調不良に 今も減らない長時間労働

―なぜ民間企業から、労働問題を扱う弁護士に転じたのでしょうか。
民間企業で10年以上、営業や宣伝をしていましたがかなりのハードワークで、1カ月の時間外労働は100時間を超え、2日しか休みがない月もありました。仕事は好きで天職だと思っていましたが、何年もその状態が続くとさすがに20代後半で体調を崩しました。四六時中ノルマのことを考えて気が晴れず、朝起きた時からだるさが抜けないのです。
また、2000年代に入ると、勤め先の業界全体が不況に陥りリストラが横行して、勤め先の企業からもアットホームな雰囲気が失われていきました。社員は過大なノルマを課せられ、残業はますます増えました。私自身は出産後で残業はあまりしませんでしたが、身近な人がちょっとしたミスなどでパワハラまがいの叱責を受ける様子を見て、出社が苦痛になりました。さらに同僚が精神疾患で休職するに至って、労働者を取り巻く問題を解決したいと思うようになり、ロースクールに入って弁護士になりました。幼い子どもを抱えての勉強は大変でしたが、パワハラや長時間労働など職場での経験が法律に直結していたので、理解は進みやすかったです。

―2019年4月(中小企業は2020年4月)から時間外労働の上限規制がスタートしましたが、労働問題の相談件数や内容に変化は見られますか。
弁護士にはトラブルが集中するからかもしれませんが、長時間労働による精神疾患や過労死の相談は、減ってはいないと感じます。ここ数年に扱った案件でも、建設業界で大規模開発プロジェクトに関わっていた労働者で、納期の直前の半年間、時間外労働が月約120時間を超えていた人がいました。自宅に仕事を持ち帰ることも多く、職場にいる時もある時間になるとタイムカードを打刻して仕事を続けていました。
観光業界の現場責任者が、30日間の連続勤務や月160時間を優に超える時間外労働をする中で、精神疾患を発症したケースもあります。このケースは時間外労働の上限規制が入ったことで、むしろ部下を定時で帰宅させて残った仕事を自分でカバーしていました。しかも管理監督者扱いで36協定の対象から外れているため、労働時間の記録がありませんでした。

業務の見直しが不可欠 協定締結の交渉を要求の場に

―長時間労働を是正するためには、何が必要でしょうか。
会社に「勤務時間が7時間以上になるときはタイムカードを切るな」などと言われてサービス残業をする人もいますし、会社が直接的には命じてはいなくとも、業務が終わらないため残業せざるを得ないケースもあります。労働時間の規制を外すためだけに、社員を「名ばかり管理職」に「昇進」させる企業も見られます。
人手不足の上に納期が決まっており、かつ労働時間の把握も甘い職場は、長時間労働が是正されづらい傾向にあります。上限規制ができたことで、口では「残業するな」と言う経営者もいるようですが、仕事の量が同じなら労働時間が減るわけはありません。長時間労働を解消するにはまず、労働時間を正しく把握し、どの部署にどれだけの時間外労働が必要かを割り出して、職場の実態に即した36協定を結ぶこと。そして業務や人員配置を見直し、労働時間の削減にもセットで取り組むことです。
長時間労働が常態化した職場は育休などの休みも取りづらく、家庭と仕事の両立も難しい。労働需給がひっ迫し、特に若手は「売り手市場」となる中、こうした職場はもはや若い世代に選んでもらえません。この追い風に乗って、長労働時間抑制の機運を高めていく必要があると思います。

―長時間労働を抑制するために、36協定が果たす役割を教えてください。
前提としてぜひ理解しておいてほしいのが、労働基準法では基本的に、1日8時間、週40時間を超えて労働者を働かせてはいけないと定められている、ということです。経営者は36協定を結ぶことで初めて、労働者に例外的に残業させることが可能になります。
つまり36協定は、会社側から労働者への申し入れから締結のプロセスが始まり、協定を結ぶか結ばないかは理論的には、労働者側に委ねられています。会社側は労働者側と協定内容について協議する場を設けなければならず、労働者側は協議を通じて、長時間労働を是正するためのさまざまな要望を出すことができます。
例えば全日本水道労働組合(全水道)に加盟する大阪市水道労働組合は、3カ月ごとに36協定を見直しており、毎回の労使協議で、人手不足の部署への人員補充などを要求しています。要求が実現したら、その結果を元に次の交渉でさらに改善を求める、といったサイクルを回すこともできます。36協定は労働者にとって、経営者に業務効率化や人員補充を促す「強い武器」になり得るのです。

締結の重責を担うためには 組合員1人1人の参加も重要

―36協定の課題には、どのようなことがありますか。
職場に労働組合がない場合、従業員の過半数によって選出された「過半数代表者」が締結を担うことになります。しかし労働弁護団の無料相談には、「過半数代表者を会社が指名しているがいいのか」「代表に立候補しようとしたら、経営側からいじめを受けた」といった相談が来ることもあります。経営側の対応に問題がある場合は、労働基準監督署などへの相談を勧めますが、経営者の対応を改善させることはなかなか難しいのが実態です。職場全体の労働時間を把握して協定を結ぶ、という重責を労働者個人が担い、問題が起きた時にそれを解決するのは非常に難しいのです。
また労働基準法の「複数月80時間」という時間外労働の上限は「過労死ライン」と同じです。つまり法律の上限ぎりぎりで36協定を結ぶことは、労働者の健康、さらに言えば生死すら脅かされかねないレベルなのです。もし実際に心身の健康を損ねる人が出れば、企業も安全配慮義務違反に問われる可能性があります。36協定を結ぶ際はこうしたことにも留意すべきですし、労働基準法の上限規制を見直して、より厳しくすることも必要です。

―労働組合が果たすべき役割は何だと考えますか。
労働時間に関する学習会の講師などを務めると、36協定やワークルールがいかに知られていないかに驚かされます。長時間労働の渦中にいる労働者は、納期が迫り人も足りない中、目の前の仕事をこなすのに精いっぱいで、病院や労基署に行く時間的、精神的な余裕はなくなってしまいます。労働組合にはそうなる前、学生や新社会人のうちに、ワークルール教育などを通じて長時間労働のリスクを伝えてほしいです。
また前職で精神疾患のために休職した人は、偶然かもしれませんが非組合員の中間管理職と非正規の働き手でした。非組合員は個人で会社と対峙しなければならず、困ったときに相談する場もありません。ですから連合には非組合員も含めて「いつでも相談できる」というメッセージを発信し、長時間労働の渦中に陥った人が頼れる「砦」にもなっていただければと考えています。
また当時、労働組合の役員は環境改善に尽力していました。特に社内で組織再編の話が出た時には多くの情報を発信してくれ、この情報がなければ私自身も非常に不安だったと思います。ただ当時は私を含め多くの組合員が、「好きでこの仕事を選んだのだから仕方ない」、「人員が増えない以上、残業を減らせるわけがない」、などと考え、組合活動を他人事のように見てしまっていました。それを今はとても後悔していますし、だからこそ、1人1人の組合員が参加してこそ活動を維持できるのだと考えています。組合員一人一人が職場の環境改善を他人任せにせず、皆で連帯して長時間労働の是正などの職場環境の改善につなげていくことが重要ですし、そうした取り組みを積み重ねていくことが、労働組合の役割として求められているのではないでしょうか。

(執筆:有馬知子)

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