
昨年10月29日、国連女性差別撤廃委員会(CEDAW)から日本政府の条約実施状況に関する総括所見(勧告)が示された。そのうちの1つ、「夫婦同氏制度の見直し」は、2003年以来4度目であり、2年以内に進捗の報告を義務づけるフォローアップ事項にも入った。予断は許さないが、国会では今までにない動きも出ている。1日も早く実現してもらいたい。というのも、もっか「夫婦同氏」が私の平穏を揺るがす大問題になっているからである。
家庭内Z世代女子が家庭外へ
実は、CEDAWの勧告が出る少し前、家庭内Z世代女子(以下、Z女子)が部屋着に着替えながら、「あー、結婚することにしたから。パパにも言っといて」と投げやりな口調で言ってきた。「えっ、誰と?」と聞くと、何度か会ったことのあるBさんだという。「おめでとう」と返したが、Z女子からは「幸せオーラ」が微塵も感じられない。結婚なんて面倒だけど、「5年以上付き合っている」ことの圧力に負けたらしい。
以来、怒濤の日々が続いているのだが、「結婚」という超個人情報をネット記事のネタにするのはいかがなものかと思い、自粛してきた。
ところが、Z女子のほうから「不動産屋も区役所もほんと腹立つ! コラムに書いてよ!!」と言ってきた。恐縮だが、少しだけ順序立ててご報告させていただく。
「畳」と「固定電話」のない新居
昭和の結婚といえば、双方の意思を確認したら、仲人さんをお願いし、結納を交わして婚約し、結婚式を挙げ、新婚旅行を経て同居生活を始めるという順序で進んでいたように思う。ところが、今どきは、結婚を決めたら、親同士の顔合わせなどをしたのち、まず同居スタート。それから婚姻届けを出し、前撮り(写真や動画撮影)をし、結婚式・披露宴を行うという流れだそうだ。昔、『成田離婚』(フジテレビ、1997年)というドラマがあったが、新婚旅行も結婚式の直後でなくていいらしい。
第13回で書いたように、私の外国人夫は、Z女子にそろそろお見合いさせなきゃと言い出し、一時期たいそう揉めていた。夫がこだわる婚約セレモニーは、相手のBさんも承知してくれたとのことでホッとしたが、「結納は?」と聞くと、「何それ? それより部屋探さないと」と言う。まとまった休みが取れる年末年始に引っ越しを済ませたいというのだ。大手から地元密着までいくつも不動産屋さんをまわって、なんとか12月中に契約にこぎ着けたのだが、険しい表情のZ女子。
「聞いてよ! 結婚するから部屋探してるって2人で不動産屋に行くと、Bにだけ名刺を渡して、私にはくれないの。ぜーんぶそうだよ」。
「せめて真ん中に名刺を置いてくれたらよかったのにねえ」と答えたのだが、「引っ越し費用はぜんぶ折半なのに、なんで?!」と怒りは収まらない。
新居探しで、私が驚かされたのは「畳(和室)」と「固定電話」だった。東京は家賃が高く、条件面での妥協は不可欠だが、Z女子たちは「畳は絶対イヤ」だという。私の世代は和室メインの家で育ち、大人になっても1つは和室がある間取りが理想だったが、今どきは畳NGなのだ。固定電話もしかり。ノートパソコンを持ち歩くZ女子たちが真っ先に契約したのはWi-Fiで、ケータイがあればイエデンはいらない。知らない人から電話がかかってきたりしたら、怖くて出られないそうだ。
観光キャラクターが花嫁姿で鎮座
さて、年が明け、親同士の顔合わせもクリアして、2人の新生活がスタートした。まずは、通勤の交通費精算のために必要なので、区役所に行って、住民異動届とマイナンバーカードの住所変更を行い、婚姻届をもらってくるという。
ちなみに新居はわが家から徒歩圏内。夕方、差し入れをもって訪ねると「ちょっと聞いてよ!」と、また激おこである。
「転居・転入の手続きはスムーズだったんだけど、マイナンバーの住所変更でイヤなこと言われた。『これで手続きは一旦完了なんですけど、結婚したら名前(氏)が変わると思うのでまた変更してください。これは女性だけなんですけどね』だって!しかも、この婚姻届見てよ!」。
もらってきた区オリジナルデザインの婚姻届は、カラフル&ラブリー。背景にはロゴマークがあしらわれ、観光キャラクターの○○ちゃんが花嫁姿で鎮座している。イラストは和装(白無垢)と洋装(ウエディングドレス)の2種類。「どっちがいいですか?」と聞かれて、「えっ?」と固まってしまったら、「迷いますよね」と2枚用紙をくれたそうだ。「センスなさすぎ。しかも花嫁だけって何?」。
昭和生まれ世代が子どもの頃は、「お嫁さんになる」ことが女子のいちばんの夢だったりしたが、この婚姻届はそんな時代の発想のまんまなのだと笑ってしまった。
妻の氏にしたら婿養子?
さて、ここまではまだ笑い話だった。その後、2人は結婚式場を見て回り、今秋の吉日に予約を入れた。残るは婚姻届の提出である。住宅手当の申請に必要だということで、2月中旬、Bさんは親御さんに証人をお願いするために実家に行った。
現行制度で婚姻届を出すということは「夫婦同氏」になること。どちらの「氏」にするかは検討中とのことで、私は口をはさむことはしなかった。
ところが、Bさんが両親に「検討中」と伝えたところ、「妻の氏にしたら婿養子だと思われる。そんなの許しません」と言われてしまったという。
ご両親は、私と同じアラ還。結婚したら妻が夫の氏を名乗るのが当然だと思って育ってきた世代であり、ごく一般的な反応だとは思う。
問題はZ女子だ。「もう婚姻届なんて出さないから!」と電話がかかってきた。
Z女子は、今どきのジェンダー平等論者。氏変更に伴う手続きは面倒だし、女性が変えるのが当然という風潮に抵抗を感じていた。でも、倹約家のリアリストでもある。住宅手当のこともあるし、Bさんの氏のほうがおしゃれだから、自分が変えるのもありかなと思っていたそうだ。
ところが、「妻の氏にする=婿養子」という昭和の発想に心底驚き、自分が変えたらそんな価値観に屈することになるから絶対イヤだと言い始めた。私は、返す言葉が見つからず、「選択的夫婦別氏の法案が成立するまで待ってみる?」と言ってしまった。
その後、会社の諸手当は「事実婚」でも大丈夫そうだとわかり、「別々でもOKになるまで待つことにした」という連絡がきたのが、ほんの数日前のこと。
嬉しい「発見メール」、再び
どうしたものかと頭を抱えていたら、「RENGO ONLINEで落合さんのコラムを発見し、思わずメールしております」という嬉しい便りを受け取った。アメリカはダラス在住のジャーナリスト、片瀬ケイさんからだ。片瀬さんには『月刊連合』でアメリカの様々な動きをレポートしていただいた。最初の記事は「誤解だらけのホワイトカラー・イグゼンプション」(2007年4月号)。その後、医療保険改革や自身のがんサバイバー体験、サブプライムローン問題などについて読みごたえのある記事を寄せてもらい、2011年2月号からは海外在住日本人ジャーナリストによる連載企画「グローバル・リポート」の執筆&コーディネートを引き受けてくれた。連載は2016年に終了したが、その在外ジャーナリスト協会のネットワークは健在で、最近では『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書、2021年)や『夫婦別姓 ―家族と多様性の各国事情』(ちくま新書、2021年)という意欲的な本を共著で出版されている。

片瀬さんに近況を返信しながら、『夫婦別姓』の電子版がマイライブラリに収納されていることを思い出した。早速、読み返してみると、第1部では、英国、フランス、ドイツ、アメリカ、ベルギー、中国、韓国の7カ国の別姓事情が綴られているのだが、たんなる現状報告にとどまらない。歴史や法律をたどり、女性の人権がいかに奪われ、いかに取り戻されたのかに踏み込んでいて胸が熱くなる。第2部の座談会も、国会審議が始まるかもしれない今こそ読んでほしい内容だ。

私は20代の頃、なぜ女性は、誰かの娘であり、妻であり、母であると表現されるのか疑問だった。高名な思想家が説く平等な「人間」に女性は含まれていなかった。女性の偉人といえば「キュリー夫人」が思い浮かぶが、ちゃんとマリア・サロメア・スクウォドフスカという名前がある。それなのに夫の名にミセスやマダムを付けて呼ばれるのは、「妻は夫の所有物なので姓名が不要」と考えられたからだという説を知り、結婚したら夫の氏になることに抵抗を感じた。それが、私が選択的夫婦別氏を求めた原点だった。
最近は、改氏続きの煩雑さや海外勤務での困難が強調されるが、それだけじゃないことをZ女子にも伝えたい。早速「この本、読んでみて!」とLINEしたら、「OK!」と返信が来た。どうか、秋の結婚式までに法改正が実現しますように…。
★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。