働く人たちのシンクタンクである連合総研(公益財団法人連合総合生活開発研究所)。
そのWEBサイトに5月16日と6月19日の2回に分けて、「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来に関する研究会」(座長:玄田有史東京大学社会科学研究所教授/以下、「労働組合の未来」研究会)の報告書がアップされた。タイトルは『労働組合の「未来」を創る―理解・共感・参加を広げる16のアプローチ―』。
どんなアプローチなのか、もっと知りたいと研究会に参加した5人の研究者にインタビュー! 第2回は、第Ⅰ部2章「労働組合と民主主義の未来―地域とファンダムの可能性―」を執筆した宇野重規東京大学社会科学研究所教授。「ファンダムの原理を取り込まない組織は滅びる」と説く教授に、それはいったいどういうことか、労働組合の未来はどこにあるのか、詳しく聞いてみた。
※連合総研「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来」に関する調査研究
報告書全文 https://www.rengo-soken.or.jp/info/union/
宇野重規(うの しげき) 東京大学社会科学研究所教授
東京大学法学部卒業。同大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。専門は政治思想史、政治哲学。千葉大学法経学部助教授、東京大学社会科学研究所助教授等を経て2011年より同教授。2024年4月、東京大学社会科学研究所長に就任。
著書に『実験の民主主義:トクヴィルの思想からデジタル、ファンダムへ』(中公新書)、『民主主義のつくり方』 (筑摩選書)、『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社)、『民主主義とは何か』(講談社現代新書)など多数。
※東京大学社会科学研究所(通称:社研)https://jww.iss.u-tokyo.ac.jp
誘われるままに労働組合へ
—研究会に参加された時の労働組合についての課題認識は?
私にとって労働組合は、きわめて「ジブンゴト」であった経験があるんです。
今春、社会科学研究所(以下、社研)の所長になり、1階の所長室にいることがほとんどですが、前は7階に研究室があり、その隣が社会科学研究所職員組合(以下、社研職組)の組合室でした。
労働組合活動とは接点のないまま1999年に社研に着任したのですが、そこには労働組合にゆかりのあるレジェンドがたくさんいらっしゃいました。中村圭介先生や大沢真理先生、そして今回の研究会の座長である玄田有史先生もいて、誘われるままに労働組合に入ったら、楽しかったのです。同い年の水町勇一郎さんも仲間です。先輩たちが順次管理職になっていったので、流れに任せて委員長にもなりました。「部屋も近いし、いいんじゃない」なんて言われて…。
ところが、2004年に国立大学が独立行政法人化されます。大学にも競争原理を導入して特色ある教育・研究を可能にすると言われましたが、人件費などに充てる交付金は減額されていきます。弊害は多々ありますが、目に見えて変わったのは、正規雇用の教職員が減って有期雇用の非常勤教職員が急増したことです。当時は大学だけでなく、日本全体で急増する非正規雇用の労働者の低い処遇や不安定な雇用が問題になっていました。
私は、社研職組の委員長として、非常勤の教職員にも「何か困り事があったら、いつでも相談にいらしてください」と声をかけたんです。そうしたら、お昼休みや夕方の時間に組合室を訪ねてきてくれるようになりました。
「同じ職場にいて同じ業務をしているのに、正規と非常勤では給与体系も水準もまったく違う」「労働条件について相談したくても、誰に言っていいかわからない」「契約も予算次第で、先々のことがわからない」
私たちの職場はこんな矛盾を抱え込んでいるのかと、がく然としました。
そして、初めて労働組合というものの意味や意義を実感しました。労働者が自らの権利を守り、労働条件や労働環境を改善して、より働きがいのある職場にしていく組織であると。社研職組に何ができるのか自問する毎日でした。
難しい課題でしたが、交流の時間は楽しかった。教職員の隔てなく飲みに行ったり、水町勇一郎さんの発案で、ワインのテイスティング会を企画したりしました。立場の違いを超えた連帯を感じることができました。
ただ今思えば、あれが社研職組の最後の輝きだったのかもしれません。
私たちの次の世代の教員はなかなか社研職組に入ってくれない。「組合」と言われても、ピンとこないようでした。
今も、職場ではいろんな問題が起きていて、労働組合はますます必要とされているのに、担い手が減って存在感が低下している。社研職組にいたっては持続可能性の危機です。
その切実な危機感から、労働組合の未来を見出したいと研究会に参加しました。
「ドイツ、いいじゃん!」
—その未来の可能性は「労働組合×地域」にあると…。
社研の「希望学プロジェクト」で、岩手県釜石市や福井県などに滞在して調査を行った時、地域に根ざして地域のために活動している労働組合の人たちに出会いました。以来、私は、労働組合と地域をセットで捉えるようになりました。
この2つは今、社会を構成する重要な要素でありながら、その衰退が指摘されています。今年4月、「人口戦略会議」は、744の自治体で2050年までに20〜30代の女性が半減し、「最終的には消滅する可能性がある」という分析を公表しました。
ショッキングな予測ですが、なぜ、若い女性が流出するのかといえば、働く場所がない、働きがいがない、女性の活躍を阻む社会の慣習や思考法があるから。そこを変えようという提言です。
「労働組合×地域」の再生のヒントはドイツの地方都市にありました。
私は、フランス研究者ですが、2017年に社研が提携するドイツのベルリン自由大学で4ヶ月ほど講義をする機会を得ました。
フランスは、中央集権国家で政治も経済も文化もパリ一極集中型。一方、ドイツはグローバル企業や大学が人口10万人ほどの地方都市に分散していて、所得水準も首都に劣らない。まちの真ん中には広場があって、スポーツ・文化体験や社会課題に取り組むNPOがいつも何かのイベントを開催している。本当にそこにいるだけで楽しくて、「ドイツ、いいじゃん!」と…。こんなにたくさんのNPOの基盤はどこにあるのかと聞いたら、キリスト教会と労働組合でした。
日本では、幸いなことに労働組合がいまなお存在感を持つ中間団体であり続けている。
めざすべきは全国に魅力的な都市が分散するドイツ型であり、それを支えることができるのは、日本では労働組合しかない。地域と労働組合をセットで活性化していくことこそが、未来を拓くと考えました。
ファンダムの原理を取り込まない組織は滅びる
—地域での組合活動を活性化していくには「ファンダム」の原理を取り込むべきだと書かれていますが、その「ファンダム」とは?
定義すると「人が何らかの対象を好きだと感じ、その対象のために少しでも自ら活動してみたいという思い」。平たく言うと「推し活」ですが、アイドルのCDを何十枚も購入するファンやトランプ前米大統領の熱狂的支持者を思い浮かべて困惑する人もいるかもしれません。確かに一面では危惧される現象もありますが、私は『実験の民主主義』に書いたように、「ファンダムの原理を取り込まない組織は滅びる」という結論に達しました。
組織には、ゲマインシャフト(共同体組織)とゲゼルシャフト(機能的組織)の2つがあるとされてきました。前者は、血縁や町内会や宗教団体、PTAやクラブやサークルなど、後者は利潤追求を目的とする企業が代表的です。
日本の労働組合は「仲間のために」という共同体原理が非常に強いのですが、同時に機能的組織の性格もあわせ持っています。集団で交渉することで、自らの権利を守り、より良い労働条件を獲得できるというメリットがあるからです。
しかし、コスパやタイパを重視する今の若い世代は、短期的に分かりやすく数値化できるものでないと、メリットとして認識しません。
その現実に直面し、そもそも人間の組織は、「仲間」と「利益」というの2つの原理だけで動くものなのかと考えさせられました。どちらも大切だけど、それだけではない。「仲間」と「利益」の真ん中に「好きだからやっている」という領域=「ファンダム」が存在する。そして、これをうまく取り込めない組織に未来はないと…。
—「もしトラ」のような現象はどう考えればいいのでしょう?
世界のポピュリスト指導者は自分のファン集団をつくりあげています。なぜ、その支持者たちは、自分には何の具体的メリットもないのに熱狂して行動するのか。
個人主義化が進む社会において、自分に向かって何かリアルに語りかけてもらうことにみんな飢えています。だから、建前ばかりで綺麗事を並べる政治家より、本音で自分に向かって語りかけてくれると思える人を応援する人が出てくるのです。
逆に、リベラル派は、自分たちは正しいことをやっているのだから、それを理解してくれない相手が悪いと思う傾向があります。偉そうに見えるし、説教調になりがちです(笑)。でも、そういう態度では絶対ファンはつきません。
ファンダム原理の取り込みについては、右派ポピュリスト指導者の独り勝ち状態。それでいいのかということなんです。
それにファンダムって、人と人を結びつける力がすごいんです。Z世代の8割、ミドル・シニア世代の女性の3割が「推し活」をしているというデータがありますが、同じものを好きというだけで、他人同士が「共感」できて盛り上がれる。
労働組合も、これを取り入れないという選択はありません。「連帯」や「友愛」にプラスして、新たに「ファンダム」の原理を導入するというのが、今回、私が提案する新しいアプローチなんです。
「君も、労働組合を推してみないか?」
—労働組合はどんなふうにファンダム原理を取り入れればいいのでしょう?
そこで「地域」なんです。職場では「仲間」としての活動が基本になりますが、地域での活動なら「ファンダム」を取り込める。
地域に貢献したい、社会課題を解決したいという人は多いのに、どこにアクセスすればいいのか分からなくて困っています。
労働組合は、すでに地域で災害救援活動や、海岸清掃、森林保全などの環境ボランティア活動に取り組んできている。社会課題を解決する活動の場を提供し、行動するきっかけを与え、地域の「居場所」や「拠点」をつくり、「ファン」になってもらう。そういうアプローチは十分可能ではないでしょうか。
今回の調査研究で、地域で活動する組合役員に話を聞きましたが、その活動の背景には、地域の課題を放置していたら地域全体が衰退して企業の存続も危うくなるという強い危機感がありました。また、地域の課題に目を向けることで、企業の枠を超えたつながりが生まれていることも分かりました。
そこでは、中間団体の手法が有効です。例えば、労働組合のイベントとして「アートツアーに行かない?」と声をかける。飲み会には来なくても、「アートなら」という人はいます。ツアーで同好の人と出会えれば、次につながる。あの手、この手で、いろんな人がいろんなテーマで集まれる楽しい機会をつくっていけば、そこに「ファンダムの原理」にもとづく中間団体が生まれてきます。
組合役員の皆さんには「君も、労働組合を推してみないか?」と言えるような、組合ならではの「推し活」のアクティビティを増やしていってほしいと思います。
これまで労働組合と関わりを持たなかった人が、その活動に共感し、少しでも貢献したいと思う時、「ファンダム」は労働組合を支える新たな原理になるはずです。
(執筆:落合けい)