働く人たちのシンクタンクである連合総研(公益財団法人連合総合生活開発研究所)。
そのWEBサイトに5月16日と6月19日の2回に分けて、「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来に関する研究会」(座長:玄田有史東京大学社会科学研究所教授/以下、「労働組合の未来」研究会)の報告書がアップされた。タイトルは『労働組合の「未来」を創る―理解・共感・参加を広げる16のアプローチ―』。
どんなアプローチなのか、もっと知りたいと研究会に参加した5人の研究者にインタビュー! 第3回は、第Ⅰ部3章「批判されるより怖いこと—「勤労者短観調査」の20年の比較」と第Ⅳ部13章「離れた職場に連帯(つながり)を生むコミュニケーション・デザイン」を執筆した梅崎修法政大学キャリアデザイン学部教授。
この「コミュニケーション・デザイン」こそ、研究会の新しいアプローチの全体を貫くキーワードだという。20年を比較して何がわかったのか、コミュニケーション・デザインとはどういうことなのか、詳しく聞いてみた。
※連合総研「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来」に関する調査研究
報告書全文 https://www.rengo-soken.or.jp/info/union/
梅崎 修(うめざき おさむ) 法政大学キャリアデザイン学部教授
大阪大学大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。専門は労働経済学、人的資源管理、労働史。政策研究大学院大学研究員、法政大学キャリアデザイン学部専任講師、准教授を経て2014年に教授。日本キャリアデザイン学会副会長、日本労務学会副会長、慶應義塾大学産業研究所共同研究員などを務める。マンガや映画を活用した、分かりやすいキャリア論も発信。著書に『日本のキャリア形成と労使関係—調査の労働経済学』(慶應義塾大学出版会)、『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン』(ナカニシヤ出版)、『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』(共編著、有斐閣)、『大学生の学びとキャリア-入学前から卒業後までの継続調査の分析』(共編著、法政大学出版局)、『日本的雇用システムをつくる 1945-1995—オーラルヒストリーによる接近』(共著、東京大学出版会 )、など。
衰退か再生か-20年前の期待と希望
—報告書の16のアプローチの中で、2章と13章の2つを執筆されています。研究会に参加された時の課題認識も含め、その経緯をお聞かせいただけますか。
「労働組合の未来」研究会の議論において、1つの背景となったのは、2000年代前半に提起された「労働組合の再生・活性化」論です。当時、労働組合組織率が20%を割り込む中で労働組合の機能や存在感の低下が指摘され、どうすれば歯止めをかけられるのかという議論がありました。
連合総研も、2005年に『衰退か再生か:労働組合活性化への道』(中村圭介・連合総合生活開発研究所編、勁草書房)という本を出しています。それは「労働組合には、このまま衰退し続けるか、それとも衰退から再生するか、という二つの道しか残されていない」と、ユニオン・リーダーに奮起を迫る内容でした。
なぜ、奮起を迫ったのか。根拠は、連合総研が2003年11月に実施した『勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート』(以下、勤労者短観)の結果にありました。
勤労者短観は、2001年の第1回調査以降、毎年2回定期的に実施されていて、職場や生活の実態を長期トレンドで把握できる貴重な情報源ですが、2003年11月の第6回調査では「労働組合の必要性」に関するオリジナルの質問項目が追加されました。
結果は、労働組合のない職場で働く勤労者の約7割が「労働組合が必要だ」と回答したんです。本書には、こう書かれています。
「未組織労働者の7割弱は労働組合は必要だと考えている。彼ら必要派は労働組合に大いなる期待をもっている。だが、必要だと感じることと加入したいという気持ちをもつことの間には、少なくないギャップがある」
つまり「労働組合には、効果もある、期待もある。だからこそ、ギャップを埋めるためにあと一歩の工夫をしてみよう」という応援メッセージを投げかけた。そして、当時のユニオン・リーダーは、期待に応えようと、様々な努力をされてきたのだと思います。
しかしながら、この20年を振り返ると、努力の成果が十分あがっているとは言えない。
相変わらず、労働組合の組織率の低下、機能や存在感の低下が課題になっている。
そんな現状について、研究会の中で認識を共有していた時、ふと、今、2003年の勤労者短観と同じ質問をして、2つの時点を比較したら面白いのではないかと…。その思いつきを口に出したら、「やってみよう」ということになって、2022年10月の第44回勤労者短観に「労働組合の必要性」に関する同じ質問を追加して実施しました。
そうしたら、想像以上に厳しい結果が出た。それで、別途章を立てて「勤労者短観の20年の比較」を分析することになりました。私は「コミュニケーション・デザイン」をテーマに第Ⅳ部13章を書く準備を進めていたんですが、第Ⅰ部3章も急遽担当することになったというのが経緯です。
事実の発見—浮上する「わからない」とヴォイス(発言)の無力感
—厳しい結果とは?
第1に、「職場に労働組合があるか」という問いに対する回答として、「わからない」が9.7%から21.8%に増加しました。
第2に「労働組合は必要だと思いますか」という問いに対して、2022年調査では「わからない」という選択肢を追加したところ、27.7%を占めました。肯定でも否定でもなく、「わからない」という回答の多さは何を意味するのか。おそらくその本音は「労働組合に関心を持てない」ということだと判断しました。
第3に、労働組合の、企業と労働者への影響については、いずれも「何も影響をあたえない」という項目が、2003年調査の約10%から、2022年調査では30%台半ばへと大幅に増加しました。これは、労働組合のヴォイス(発言)の力の相対的な低下を意味していると分析しました。また、労働組合に期待することをみても、「特にない」「わからない」が大きく増加していました。
第4に、「労働組合に加入することによるマイナス面」についても、注目されるのは「特に問題はない」(42.3%)の多さでした。これも、労働組合は「あってもなくてもどちらでもよい」という「無力感」の表れだと読み解きました。
第5に、「労働組合へ期待すること」については、組合未加入者より加入者のほうが期待は大きく、両者の差が拡大していることが確認できました。
—この5つの事実をどう受けとめればいいのでしょう?
「わからない」の多さは、「無知」ではなく「無関心」の表れであり、労働組合は「何も影響をあたえない」の多さは、労働組合への期待の低下であり、労働組合加入に「特に問題はない」の増加は、「無批判」ではなく「無力感」である。
それが、今回の20年の比較調査から、私が受け取ったメッセージです。
20年前、労働組合への批判の裏には、「労働組合は必要なんだという強い期待」があるのだと言われました。しかし今、労働組合に向けられているのは、「批判されるより怖いこと」、すなわち「無関心」や「無力感」なんです。
この事実を受けとめれば、今、労働組合が取り組むべき課題は明らかです。
20年前にはなかった「無関心」や「無力感」にどう働きかけるか。つまり、労働組合の未来を拓くために必要なのは、共感や関心を集めるための外に開かれた「橋を架けるコミュニケーション」なのだという結論に至りました。
—それが13章で提起されているコミュニケーション・デザインなんですね。
2000年代前半の労働組合の再生・活性化に関する提言は、「ここに取り組めば再生できる」という重要なポイントが示されていましたが、ユニオン・リーダーが抱える悩みに寄りそうものではなかったのではないか。だから、私は、「頑張れ!」というだけではない、「別の語り方」が必要なのではないか、もっと外にも開かれたアプローチが必要なのではないか、とずっと思っていました。
そして、調査結果を受けて、「無関心」や「無力感」を「理解・共感・参加」に変えていくアプローチは何かと考えた時、ひらめいたのがコミュニケーション・デザインです。
コミュニケーション・デザインは、もともとまちづくりなどに活用されている手法ですが、これなら労働組合にも応用できる、こうなったらいいなというポジティブな提案ができると思ったんです。
—では、コミュニケーションデザインとは何か、【後編】でじっくりうかがいます。
(執筆:落合けい)