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労働組合を知ろう

詳しく聞いてみた!
「経費援助」は不当労働行為で禁止
そんなの労使関係の「常識」じゃないの?

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働く人たちのシンクタンクである連合総研(公益財団法人連合総合生活開発研究所)。そのWEBサイトに5月16日と6月19日の2回に分けて、「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来に関する研究会」(座長:玄田有史東京大学社会科学研究所教授/以下、「労働組合の未来」研究会)の報告書がアップされた。タイトルは『労働組合の「未来」を創る―理解・共感・参加を広げる16のアプローチ―』。どんなアプローチなのか、もっと知りたいと研究会に参加した5人の研究者にインタビューを行い、全話配信完了。「注目記事」となったことにホッとしていたら、追加で「特別インタビュー」の企画が浮上した。
報告書への反響を分析すると、メディアや労働法研究者の関心を特に集めているのは、不当労働行為の「経費援助」にあたるとして禁止されている「就業時間中の組合活動時間の賃金取り扱い」に関する問題を提起した「第Ⅱ部6章「労働者代表制」と労働組合法の狭間を埋める―職場の民主主義を守り続けるために―」であることがわかった。執筆した新谷信幸連合総研参与(前・連合総研事務局長/専務理事)は、2009年から8年間、連合の総合労働局長、副事務局長を務めた人物。なぜ今、労働組合法に関わる問題提起をしたのか。詳しく聞いてみた!

※連合総研「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来」に関する調査研究
報告書全文 https://www.rengo-soken.or.jp/info/union/

新谷信幸(しんたに のぶゆき) 連合総研参与(前・連合総研事務局長/専務理事)
1983年三菱電機入社。1986年三菱電機労働組合支部執行委員、1990年同中央執行委員、2002年電機連合へ。書記次長等を経て、2009年連合総合労働局長に着任し、労働契約法改正(有期立法)など、様々な労働法改正に携わる。2015年連合副事務局長に就任。2017年より連合総研事務局長(専務理事)を務め、2023年11月退任。

労働組合の自主独立の証

—執筆された6章における「就業時間中の組合活動時間への賃金支払いの禁止は金科玉条なのか」という問いかけに注目が集まっています。このテーマを取り上げたきっかけは?

私は2017年に連合総研事務局長(専務理事)に着任し、情報誌『月刊DIO』に「九段南だより」というコラムを執筆することになりました。そのネタをあれこれ探しているうちに、新たな気づきが出てきたんですが、その1つが「不当労働行為とされる組合活動に対する賃金カット、経費援助」の問題だったんです。

私は大した勉強はしていませんが、大学で労働法を専攻し、会社でも初任配属が人事部門でしたが、1986年に職場委員から労働組合の支部専従役員になった時、改めて労働組合法を学び直し、また、組合役員の先輩から「労働組合とは経営から独立して自主的に運営すべきもの。経営者の支配介入や経費援助は不当労働行為であり、絶対にあってはならない」と叩き込まれました。専従者給与はもちろん、非専従者の就業時間中の組合活動に対する賃金カット分もすべて組合費で賄う。それは、労使双方の「常識」であり、私自身も疑問を持ったことはありませんでした。

ところが、改めて調べていくと、学説でも、国際比較でも、その常識は「絶対」ではなかったと気がつきました。驚いて、そのことを『月刊DIO』2022年3月号のコラムに書きました。ちょうどその頃、「労働組合の未来」研究会の立ち上げ時期と重なりましたので、そこでテーマアップし、研究者の先生方の意見も聴きながら提言としてまとめたいと考えたのがきっかけです。

大混乱をもたらした1949年労働組合法改正

—「経費援助」は不当労働行為だと労働組合法7条に規定されていますが…。

まず労働組合法の成立過程とその変遷過程について調べました。日本は、1945年8月15日に終戦を迎えましたが、労働組合法は同年12月に成立。戦前の労働組合法研究をベースに、戦後すぐに政労使三者構成の「労務法制審議委員会」が設置され、憲法や労働基準法よりも先に制定されました。

この第1次労働組合法は、日本で初めて団結権保障を規定しましたが、不当労働行為の規定はありませんでした。

ところが、1949年にGHQ(連合国最高司令官総司令部)の強い指導で法改正が行われます。当時のアメリカの「全国労働関係法(ワグナー法)」の影響を受け、第7条「不当労働行為」が規定され、第3項で「労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること(福利や最小限の事務所の供与などは除く)」が禁止とされました。

第1次法にも「主たる経費を使用者の補助に仰ぐものについては、労働組合と認めない」との規定はありました。当時の労使関係の現場では、これを「主たる経費以外は許容」と解釈して、専従者給与や、有給での就業時間中の組合活動が容認され、それが協約化された大企業もありました。だから、1949年の労働組合法改正は労使関係の現場に大混乱をもたらしたようです。

『日立労働運動史』(日立製作所労働組合編・1971年刊)によると、会社側は、法改正を受けて、それまで認めていた専従者の給与支払いについて、労働協約を改正しこれを禁止する提案を行い、大争議となりました。その結果、会社は労働協約を破棄し、その後2年間「無協約」状態が続いたと記録されています。

同様の混乱が全国で発生し、当時の労働省労政局から経費援助に関する通達が多数発せられました。たとえば、全国に事業所を置く企業が本社で会社招集の労使交渉を行う時、上京する組合役員の旅費を会社が負担するのも不当労働行為。こうした厳格な行政解釈は「労使関係法解釈総覧」に蓄積され、今も有効です。

そして、現場の労使は、こうした混乱を経て、1949年改正法に盛り込まれた不当労働行為法制の厳格な解釈を守ってきた。組合活動はすべて組合費で賄うことが「金科玉条」として継承されてきたんです。それは労働組合としての「矜持」でもありました。

各国の法制も調べてみました。アメリカでは、大恐慌で御用組合が乱立して混乱が生じたことから、1935年にワグナー上院議員が提出した全国労働関係法が成立。このワグナー法は、労働三権を保障すると同時に、「不当労働行為」を禁止しました。それが1949年に日本の労働組合法改正に持ち込まれ、インドやカナダ、フィリピン、韓国でも導入されました。

しかし、ドイツやフランスでは、就業時間中の組合活動に対する賃金支給を禁止するような法制度はありません。

フランスの例では、法律で組合活動に関する賃金や時間の扱いは労働協約で定めるとされていて、具体的な労働協約の例では「1年につき半日×35回分の時間(有給)を労働組合に付与する」などの協約が結ばれているようです。就業時間中の経費援助禁止は、実はグローバル・スタンダードではなかったんです。

高まる「労働者を代表する組織」の役割

—それで見直しが必要だと?

単に歴史的経緯や国際比較から見直しを求めるものではありません。

1949年に第2次労働組合法が成立してから75年。雇用労働や労使関係を取り巻く環境は大きく変化しています。その変化に対応するために見直しが必要だと考えました。

第1の変化は、労働組合組織率の低下です。高度成長期は、分母となる全体の雇用労働者数が増えたことで組織率が低下しましたが、組合員の総数は増えていました。ところが、2000年代に入ると、サービス産業化や非正規雇用の拡大を背景に組織率が20%を割り込む状況になり、労働組合の労働者代表機能が低下していきました。

第2の変化は、労働関係法制において「過半数組合/過半数代表」の役割が拡大していること。1947年制定の労働基準法で「過半数組合/過半数代表」が初めて規定された当時は、36条(時間外労働協定)と90条(就業規則の作成・変更)の2箇条だけでしたが、現在では、派遣法や雇用対策助成金、倒産法制にも拡大し、手続きも多様化しています。

過半数組合と同等の権限を付与される「過半数代表」の選出方法については、1998年に労働基準法施行規則に民主的選出手続きや不利益取扱い禁止などが規定されましたが、それにもとづく運用が行われているとは言いがたい実態があります。

そこで、過半数代表に代わるものとして提起されたのが「労働者代表制」です。

連合は2001年に「労働者代表法案要綱骨子」(案)を確認し、労働組合との役割分担を明確にした上で、組合のない職場に民主的に運営される常設機関を設置し、「過半数代表」に代わって労働者代表の役割を担うことを提起しました。

2013年にはJILPTが「様々な雇用形態にある者を含む労働者全体の意見集約のための集団的労使関係法制に関する研究会報告書」(座長:荒木尚志教授)を取りまとめ、経団連も、2024年1月『労使自治を軸とした労働法制に関する提言』で「労使協創協議制」の創設を求めています。

いずれも「労働者代表制」は、就業時間中の活動時間・給与は会社が負担するという制度設計。私は2つのことを懸念しました。

1つは、「労働者代表制」が法制化され全国で一斉に導入された場合、連合は100万単位の事業所の支援に対応できるのか。組合のサポートがなければ、使用者の意向を受けた労働者代表が選定され、組合結成の道が閉ざされる可能性が高いのではないか。

もう1つは、労働者代表の活動経費は会社が全額負担する一方で、同じ役割を果たす労働組合への経費援助は禁止。このギャップを埋めない限り、労働者の負担が少ない労働者代表に流れるのではないか。

労働界でも「労働者代表」をめぐって賛否両論の意見がありました。しかし、組織率が低下し、労働組合の役割を知らない労働者が増えている中で、労働者代表制は、集団的労使関係を補完し、労働者の多様な利害調整を担いうる可能性を秘めている。議論を妨げている賃金控除について、世界の動向も踏まえて、「労働者代表制」と「労働組合法」の狭間を埋める方策を考えなければと思いました。

そして、たどり着いたのが、サブタイトルに入れた「職場の民主主義を守り続けること」なんです。

労働界の喉に刺さったトゲ

—「職場の民主主義」って?

労働組合は、職場の民主主義を守るために大きな役割を果たしています。

第1に民主的な経営参加(労使協議制)。これは雇用の基盤を守るため、「対等な立場」で経営と協議できる労働組合だからこそ果たせる役割です。

第2は民主的な労働条件の改善。働く人の民意を集めて、賃金や労働条件の改善をどう配分するか利害調整を行った上で、要求し交渉するというプロセスがあります。

第3は、労働組合そのものの民主的な組織運営。組合規約にもとづく無記名投票による役員選挙や過半数議決による意思決定などは、組合員が民主主義を学ぶ場になっています。

この職場の民主主義を守る役割を担うもう1つの仕組みとして、労働組合のない職場で労働者代表制はその可能性を秘めていて、そのためには両者の経費援助に関するギャップを埋めておかなければいけないという思いで報告書をまとめました。

労働界の喉に刺さったこのトゲを抜かない限り、職場の民主主義を守るため、労働者代表制を前に進めることはできないと考えたからです。

労働組合法の見直しの検討を

—どうやってトゲを抜けばいいのでしょう?

報告書には「労働者代表制の立法化のタイミングで、労働組合法の見直しの検討を始めるべき」と書きました。

現行法では、就業時間中に組合活動をすることは労使の合意があれば認められますが、その時間に対し賃金を払うことは、たとえ労使の合意があっても、「不当労働行為」として違法とされかねません。36協定を結ぶための意見聴取活動でさえ、100%賃金をカットされ、賃金の支払いは一切認められないという行政判断があり、労使の現場もそのように運営されています。だから、根幹にある「労働組合法」を変えるしかないんです。

韓国では、2013年に労働組合法を改正し、「タイムオフ制」を導入しました。組合員数によって就業時間中の組合活動時間(タイムオフ)を国家が保障する制度で、49人以下の組合でも年間2000時間。小さい組合も専従者を1人置ける水準です。韓国の労働法は、かつては日本の法律を土台につくられましたが、最近、時代の変化に合わせ無期転換ルールなど先進的な法整備が行われていて学ぶべきことが多い。組合組織率も上昇しています。

常識を疑い、刮目し、世界の動きに目を向けて、今こそ労働界を中心に、労働組合法見直しの機運を盛り上げていただくことを願っています。

(執筆:落合けい)

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