2014年6月、過労死等防止に関する国の責任などを明確にした「過労死等防止対策推進法」が成立。そして、2016年には、政府は、過労死ゼロの実現と多様な人材が活躍できる社会の構築に向けて、労使が参画する「働き方改革実現会議」を設置。長時間労働是正、同一労働同一賃金などをテーマに議論が進められ、2017年3月、連合と経団連は「時間外労働の上限規制等に関する労使合意」に至った。これにもとづき2018年「働き方改革関連法」が成立し、時間外労働の上限規制などが導入された。その施行から5年が経過した2025年2月からは、労働政策審議会労働条件分科会において「働き方改革の見直し」の審議がスタート。連続勤務規制や勤務間インターバル規制など、しっかりと休みをとるためのルールのあり方が議論される一方、使用者側からは時間外労働の上限規制の緩和や裁量労働制の拡大が主張されている。さらに高市首相は、厚生労働大臣に対し「労働時間規制の緩和の検討」を指示、日本成長戦略会議の労働市場改革分科会においても「働き方改革を含めた労働市場改革」が議論されるという状況になっている。
「働き方改革」をどう見直すのか。これからの働き方をどう変えていくのか。「過労死ゼロ」に向けて連携してきた「全国過労死を考える家族の会」の寺西笑子代表世話人と芳野連合会長が語り合った。
(季刊RENGO2026年春号転載)
■ 特設サイト「知ろう!考えよう!働き方のルール」
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寺西笑子 <テラニシ・エミコ>
全国過労死を考える家族の会 代表世話人
1996年2月、和食レストラン店長だった夫を過労自死で亡くし、過労死を考える家族の会に参加。当時は困難とされた過労死認定を求めて行動を起こし、2001年労災認定、2006年会社に対する民事訴訟で勝訴(和解)を得る。2008年全国過労死を考える家族の会代表世話人となり、遺族の支援、過労死防止対策強化のために奔走。2014年過労死等防止対策推進全国センター共同代表に就任し過労死等防止対策推進法制定に尽力。2024年まで厚生労働省「過労死等防止対策推進協議会」委員として大綱などの策定に携わる。京都市在住。
■ 全国過労死を考える家族の会
長時間・過重労働による過労で大切な家族を喪った遺族がつながり、1989年に「過労死を考える家族の会」が各地に誕生。1991年11月22日、勤労感謝の日を前に「全国過労死を考える家族の会」を結成し、会員の労災早期認定と遺族補償の支援、過労死根絶のための政策要請活動を行っている。


働き方の“いま”をどうみる?
過労死等労災請求件数は過去最多
冨髙 「全国過労死を考える家族の会」(以下、家族会)の皆さんとは、ともに「過労死ゼロ」の実現に取り組んできましたが、働き方の現状をどうみていますか。
寺西 家族会は、1991年の結成以来、過労死の背景にある働き方の課題に向き合い、全力で取り組みを進めた結果、過労死等防止対策推進法の制定に至りました。また、「働き方改革」で時間外労働の上限規制が定められ、残業に “天井”ができました。そうした法律ができても、いまだに職場に十分浸透できていないのが実態ですし、実際に過労死等の労災請求件数は毎年増加を続け、昨年は過去最多を記録しています。
和食店で働いていた私の夫も、1996年に49歳で過労自死しました。大規模店の店長として人件費削減のために残業と休日出勤を余儀なくされ、達成困難な「成果」を求められ、うつ病を発症したんです。当時は、中高年男性の脳・心臓疾患による過労死が多かったのですが、今は若者や女性を含めて心の病による過労自死が増え続けているという深刻な状況です。
芳野 私たち労働組合も過労死等の現状を深刻に受け止めています。「過労死をなくす」、これこそが「働き方改革」の出発点でした。2017年の労使合意では「長時間労働に依存した企業文化や職場風土の抜本的な見直し」「過労死・過労自殺ゼロ」「多様な人材が活躍できる社会の実現に不退転の決意で取り組むこと」が確認され、これをもとに働き方改革関連法の成立に至りました。連合も、春季生活闘争などを通じて職場の点検活動を進めるとともに、社会的機運の醸成に向けて、36協定の適切な締結を訴える「Action!36」や、「過労死等防止啓発月間」にあわせた周知啓発に毎年取り組んできました。一連の働き方改革が労使をはじめ社会全体の取り組みを後押ししてきたことは間違いありません。
しかしながら、いまだに正社員の労働時間は年間2000時間前後で推移しており、連合の調査では、不払い残業がある労働者は約3割、年休の未取得がある労働者は約7割、36協定の認知率は5割を切っています。また、連合が全国で行っている労働相談でも、長時間労働やハラスメントによる心身の不調を訴えるケースは多く、特に中小企業では深刻な人手不足を背景に一人ひとりの負荷が高まり、過酷な労働を強いられている実態があります。すべての働く人のための「働き方改革」には程遠い現状にあると言わざるを得ません。
特別条項は過労死認定ライン
冨髙 対策は強化されてきたのに、なぜ過労死はなくならないのでしょう。
寺西 1つは、法整備が実態に追いついていない。今も、36協定を締結すれば、月45時間の残業が可能になり、特別条項を締結すれば「過労死認定ライン」と言われている「複数月平均80時間・単月100時間未満」まで働かせることができます。特別条項で長時間労働が常態化している職場が少なくないのではないでしょうか。
もう1つは、新しいルールに職場の風土や慣習が追いついていない。経営者には長時間労働を評価するマインドが根強く残っているし、働く人たちも目の前に仕事が積み上がっていれば、残業して頑張ってしまう。法律ができても職場で守られなければ、意味がありません。
芳野 確かに「働き方改革」がスタートする前は、長時間労働を厭わない働き方を評価する風土があったと改めて思いました。今では、そんな働き方を望まない人も増えてきましたが、さらに労使による労働時間短縮の取り組みを後押しする意味では、過労死認定ラインである現行の時間外労働の上限を段階的・計画的に引き下げていくことが必要だと思います。
「働き方改革」の見直しの論点
労働時間規制の緩和検討と裁量労働制
冨髙 労働政策審議会労働条件分科会では、昨年2月から「働き方改革」の見直しの議論がスタートしていますが、使用者側からは時間外労働の上限規制の緩和や裁量労働制の拡充など改革に逆行する主張が出ています。加えて、高市首相は昨年10月「労働時間規制の緩和検討」を厚生労働大臣に指示し、日本成長戦略会議で議論を進めようとしています。こうした動きについては、どのようにお考えでしょうか。
寺西 高市首相が自民党総裁に就任された時、「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる。働いて、働いて、働いていく」と発言されて本当に驚きました。
労働時間法制について、経済界からの強い要望を受けて、高市首相は「心身の健康維持と従業者の選択を前提とした労働時間規制の緩和の検討を行う」という指示書を出しました。これは、検討ではなく指示なんです。「従業者の選択を前提」という言葉も気にかかります。健康が損なわれ、命を失うことになっても、自己責任だということになりかねません。家族会は、強く反対する立場で取り組みを進めているところです。
芳野 人手不足などを背景に、経営者団体から規制緩和を求める声が上がっていますが、単に労働時間を短くするだけでなく、業務の効率化・省力化を含め、労使で協議を重ねて総合的に職場を改善していくことこそが、本来の「働き方改革」ではないかと思います。それに中長期的に見れば、長時間労働は人手不足対策にはなりません。働く人の疲労が蓄積すれば、働く意欲の低下やさらなる人材流出を招くことになります。
また、労働時間規制については、日本成長戦略会議でも検討がなされる見込みですが、そうした場で議論されることで、結論ありきの見直しになってしまうことを危惧しています。労働法制については、ILOの三者構成原則に則った労働政策審議会において公労使が議論して決定していくことが大原則であり、グローバルスタンダードですから、労働政策審議会での議論を尊重することが非常に重要だと考えています。
冨髙 一方、使用者からは「働く人の側も、もっと働くことを望んでいる」という声もありますが。
芳野 厚労省の調査結果をみても、残業を増やしたい理由は「残業代を稼ぎたいから」が最多です。その解決策は労働時間規制の緩和ではなく、残業しなくても生活できる賃金水準の確保ではないでしょうか。そのためにも社会全体での持続的な賃上げを進めていくことが不可欠です。そもそも労働基準法は、働く人の命と健康を守る最低限のルールを定めたものですから、たとえ働く人が希望しても、業種・職種の事情があったとしても緩めることがあってはならないと考えています。
裁量労働は長時間労働の温床に
冨髙 ここに来て「裁量労働制の拡大」も論点に浮上しています。
寺西 2018年2月、「働き方改革関連法案」における裁量労働制の対象拡大が国会で集中審議された時、家族会は長時間労働を助長すると反対を表明しました。その後、厚労省が国会に提出した労働時間データが不適切であることが明らかになり、法案から裁量労働制の対象拡大が削除されました。今、当時と同じような制度拡大の動きが出てきていることを危惧しています。
芳野 連合の加盟組合でも、柔軟な働き方の選択肢の1つとして裁量労働制を導入している職場がありますが、その実態をヒアリングすると、労使で定期的にモニタリングを行い、適用労働者一人ひとりの状況を綿密に把握して改善を重ねるなど、適切な運用を維持するのが難しい制度であることが明らかになっています。
政府の実態調査でも、適用労働者は、みなし労働時間より実労働時間のほうが長く、長時間労働の比率が高い。裁量労働制の満足度は高いと言われますが、年収との相関が強いため、本当に働き方に対する満足度なのかという疑問も残ります。だからこそ、2024年に適正運用のためのルール強化(専門業務型における本人同意の義務化、健康・福祉確保措置の充実など)がはかられたんです。
寺西 家族会でも、裁量労働制で働いていたご家族を亡くされた方がいますが、その方は労災認定されませんでした。労働時間管理の方法が自己申告制になっていて、労働時間が正確に把握できていなかったんです。裁量労働制だけではありませんが、労働者の健康確保をはかるためには、労働時間管理が非常に重要です。
芳野 適正に運用することが難しい裁量労働制を安易に緩和してしまうと、長時間労働を助長することになり、過労死等をさらに増やしかねない懸念が大きい。そのことを改めて訴えていく必要がありますね。
働き方の“これから”に求められるものとは?
ジェンダーの視点から働き方の見直しを
冨髙 過労死等ゼロを実現し、ワーク・ライフ・バランスを確保しつつ安心して働くためには、今後どのような法改正や働き方の見直しが必要でしょうか。
寺西 過労死等ゼロの実現には、2大要因である長時間労働とハラスメントへの対策強化が不可欠です。そのための法改正が必要であることは言うまでもありませんが、働く人たち一人ひとりも自分自身の働き方や休み方を見直してほしい。私は、団塊の世代で、どうしても昭和の価値観が染みついています。かつては、正社員・終身雇用がスタンダードで、男は仕事、女は家庭を守るという考え方が強く、家庭は妻に任せて長時間労働を厭わず仕事一筋で働く男性が評価された。どんなに職場環境が厳しくても「石の上にも3年」と戒められた。私自身、時々「私たちの若い時は」という言葉が出てしまいますが、そんな価値観が、まだ職場には残っているのではないでしょうか。でも、私たちは、そんな働き方のリスクを知っています。1日は24時間、働く時間が増えれば、生活時間や睡眠時間が減る。疲労なら1日休めば回復するけれども、疲労が蓄積して過労状態になれば命に関わる。命より大切な仕事はありません。
芳野 これからの働き方改革の見直しポイントは、いかに豊かな生活時間を確保するかです。例えば、フランスやドイツでは日本より総実労働時間が短く、年休も長期連続休暇や100%取得が当たり前。日本でも連続勤務規制、勤務間インターバルの義務化、つながらない権利などを整備してしっかり休む。そうすれば、仕事への集中度も高まり、企業にとってもメリットは大きいのではないでしょうか。
連合は「働くことを軸とする安心社会」の実現を運動の基軸に据えて取り組んでおり、めざすべき社会像として、「働くことに最も重要な価値を置き、誰もが公正な労働条件のもとで社会に参画できる持続可能で包摂的な社会」を掲げています。その実現のためには、ジェンダー平等をはじめ多様性の尊重とともに、すべての働く人のディーセント・ワークの保障に向けたルールの整備が非常に重要です。
連合会長に就任以来、「連合運動のすべてにジェンダー平等の視点を」と訴えてきましたが、働き方も、ジェンダー平等の視点から見直していかなければ、昭和の価値観を払拭できません。共働き世帯が7割を超える中で、男女がともに生活と仕事を調和させ、安心して働き続けることができる働き方が強く求められていると思います。
寺西 ジェンダーの視点はとても重要ですね。私の夫も仕事一辺倒で家庭は二の次でしたが、喧嘩してでも「その働き方はおかしい」と言うべきだったという悔いを抱えています。
冨髙 労働行政への要望や連合・労働組合への期待は?
寺西 日本の雇用労働者約6000万人に対し、労働基準監督官は約3000人。臨検監督や労災認定など重要な仕事を担っている監督行政の体制を強化してほしいと思います。家族会は、連合とはずっと連携して運動を進めてきました。政府の会議で、労働者代表として議論を闘わせる姿をいつも頼もしく思っています。働く人を守る立場でルールの決定に参画し、これからも頑張っていただきたいです。
芳野 2月の衆院選の結果には危機感を覚えますが、「働き方改革」の見直しに対しては、連合出身議員などとも連携しながら、引き続き働く者の立場から意見反映に努めていきたいと思います。また、集団的労使関係のもとで守られて働く人を増やすために、これまで以上に組織化・組織拡大の取り組みを進めていきます。そして、社会的機運の醸成に向けて、現状の課題や見直しの視点を広く発信していきたいと思います。
冨髙 すべての働く人が安心してくらせる社会に向けて、連合も全力で取り組んでまいります。ありがとうございました。
「働いて働いて働いて…」発言から読み取るべき
日本社会への本質的警告

首相指示や日本成長戦略会議で示された「心身の健康維持と従業者の選択を前提とした労働時間規制の緩和検討」について、その危うさを2点指摘したい。まず、「働きたい改革」などと称して、緩和を「従業者の選択」に委ねる点。純粋な就労意欲への便乗は「やる気の搾取」であり、AIではない人の「かけがえのない命の一刻の搾取」である。過労死は、労働者が過労と死の「選択」を余儀なくされた顛末であり、その犠牲が無数に存する点を決して見過ごしてはならない。次に、労働時間規制の意義を「心身の健康維持」にのみとどめるのは完全な誤りで、高市氏が新総裁就任時に「捨てる」と演説した「ワーク・ライフ・バランス」の維持こそ、同規制の重要な存在意義に他ならない1。
あの場でなぜ、「ワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる」という発言が「選択」されたのか、日本社会のあるべき労働時間法制を考える際には、むしろこの点に着目せねばならない。それは、日本社会が、生活時間、すなわち、①睡眠時間、②個人時間、③家族的責任を果たす時間などをすべて投げ捨て、組織に滅私奉公せねば決して評価されぬ社会であることを如実に物語る。個人的経験で恐縮だが、小職の弁護士登録時、女性割合は日本全体でようやく1割ほど。政治家同様「労働者」ではないが、複数回の流産の事実を秘し土日休まず執務すれば、お子さんはどうしたの?頑張ってるね、と評価された。政治の世界も同様であろう。そんな中で日本初の女性新総裁が、あえてかような発言を行った背景にこそ、思いを馳せなければならない2。
このように、生活時間を率先してなげうつことを美徳とする社会構造から脱却できない日本社会が労働時間規制緩和を行ったらどうなるか。世界最速で超高齢化するとされる中、個人が時間泥棒に搾取され3、担い手不足の家庭、地域・社会が機能不全に陥り、「安い日本」が更に行き詰まるのは推して知るべし、である。
衆院の圧倒的多数を与党が占める中、36協定締結権限を持ち、労働者を守ることが使命である労働組合こそ、その本来の存在意義に立ち返り、尊厳ある人としてのゆたかな就労と生活を守る、新時代のリーディングアクターとして、その存在感を発揮されることを大いに期待する。
