特集記事

平和は「当たり前」ではなく、守らなければ失われてしまう
~ヒロシマ・ナガサキからのメッセージ~

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社会が平和であるからこそ、人々は安心して生活し働くことができる。連合はこうした考えから、核兵器廃絶と恒久平和の実現に向けた取り組みを続けてきた。しかしロシアとウクライナ、米国とイランの戦争は長期化し、核兵器不拡散条約(NPT)もNPT再検討会議で成果文書の採択に至らないなど、平和への歩みは後退しているように見える。被爆地である連合広島、連合長崎の役員に、具体的な活動や平和に向けたメッセージを聞いた。

連合広島・石原政将副事務局長
連合長崎・岩永洋一会長

市民団体との連携、若手への継承 各地域で特色ある「平和行動」を展開

連合は、一般住民を巻き込んで悲惨な地上戦が行われた沖縄と、被爆地の広島・長崎、そして北方領土を目の前に臨む根室で、毎年「平和行動」として大規模な集会や戦争遺構を巡る「ピースウォーク」などを実施してきた。平和行動の企画・運営は、連合本部と連携しながら主に地元の地方連合会が担い、それぞれ特色のある取り組みを展開している。

「連合広島は、核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現に向けて、行政や被爆者団体、若い世代の平和グループなど多くの市民団体と連携して平和運動を展開しています」と、連合広島の石原政将副事務局長は話す。

連合広島が7月に組合員を集めて開いた平和学習会では、高校生平和大使に活動報告や決意表明をしてもらった。またKAKKIN広島県民会議(核兵器廃絶・平和建設広島県会議)、広島県原水禁(原水爆禁止広島県協議会)と連携し、毎年8月3日に「平和行進」を実施して、平和記念公園で献花を行っている。さらに毎年12月、原爆ドーム世界遺産登録記念集会を開催して社会に発信しているほか、毎年、連合広島「平和カンパ」も行っている。組合員からいただいたカンパ金で、広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)や高校生平和大使の活動を支援している。

「日本被団協が2024年にノーベル平和賞を受賞した時は、連合広島の取り組みが、間接的であっても核兵器廃絶と世界の恒久平和の実現への機運醸成の一助となったと嬉しく思いました。また、高校生平和大使には同世代の若者へ、自分たちの言葉で見たもの、聞いたものを伝えてほしいと考えています」

一方、連合長崎の岩永洋一会長がキーワードとして挙げるのは「次世代への継承」だ。
例えば毎年、8月9日に行われる「万灯流し」の万灯を作る会を開いており、加盟組合の若手組合員と家族ら70~80人が参加する。この会では被爆者の「語り部」に話をしてもらい、参加した子どもたちも耳を傾ける。

原爆投下から81年が経ち、被爆者の高齢化が進み、直接体験を語ることのできる人は年々少なくなっている。岩永さんは「若い世代に、キノコ雲の下で起きていた生々しい被害の実相を知ってもらい、核兵器の恐怖をさらに次の世代へと伝え続けてもらうことが、私たちの使命です」と強調した。

また岩永さんの父親は被爆者だが、子どもの前では一切、原爆の話はしなかったという。爆心地近くで被災した父親は、目撃した光景が悲惨すぎて、子どもに話せなかったのではないかと、岩永さんは推測する。

「原爆では膨大な数の人が一瞬で焼失するなど普通ならあり得ない形で亡くなり、皮膚が垂れ下がる程の火傷を負って市内をさまよいました。さらに戦後も、多くの人が原爆症に苦しめられています。核兵器は、人間の尊厳を根底から奪う、決して存在してはならない非人道的な兵器なのです」
こうした被爆の実相を次の世代へ伝えることは、連合全体の課題でもある。このため沖縄・広島・長崎のピースウォークでは、若手組合員が事前に学んでガイドを務めることで、戦争の記憶を継承することも目指している。

524万筆超の署名を国連へ NPT合意不成立に危機感

連合はNPT再検討会議に向けて、原水禁やKAKKINと「核兵器廃絶署名」を展開し、524万筆を超える署名を集めた。連合本部の芳野友子会長と岩永さん、石原さんらは2026年4月、再検討会議が開かれている国連本部を訪れ、国連の軍縮部門を率いる中満泉国連事務次長に署名を手渡した。中満国連事務次長は、石原さん、岩永さんの訴えに熱心に耳を傾けると同時に「世界各地で軍事費が拡大し、市民生活に必要なリソースを圧迫する傾向がある」と指摘。社会保障や教育へ適正な予算が配分されるよう、政府に働きかけることの重要性を訴えたという。

岩永さんは「署名という形で、核兵器廃絶への思いを国連に届けられたことには大きな意義がありました。また署名という行動を起こしてくれた人に『自分は平和をつくる一員』だと認識してもらう効果もあったと思います」と話した。
しかしロシアによるウクライナ侵攻や、米国とイランの軍事衝突が続く中、同会議は3回連続で成果文書の採択に至らず、NPTが形骸化する懸念も強まっている。石原さんは「核兵器が人類に不利益を与えるという認識について、一定の共通理解が得られたとは思いますが、国家間の争いがあると核軍縮はなかなか前に進まないと感じました」と振り返る。

石原さんはニューヨーク滞在中、米国同時多発テロ事件の「グラウンド・ゼロ」を訪れ、国家間の対立によって、一般市民が犠牲になることの不条理さを痛感したという。
「核兵器が意図的に、あるいは偶発的に使用されるリスクは常にあり、このままでは、ヒロシマ・ナガサキの悲劇が再び繰り返されかねません。唯一の被爆国である日本が諸外国に対し、より強く、核兵器を持たない、作らないことを働きかける必要性を感じました」

一方、岩永さんは「世界各地で戦争が起きているこの時期こそ、国際社会の理性が問われる重要な局面です。にもかかわらず、自国のエゴと政治的利益を優先した一部の国の姿勢は容認できません」と語気を強めた。
岩永さんはアーリントン墓地を訪れた時、原爆の悲惨さを米国民に実感してもらうことの難しさも感じたという。日本人にとって、「戦後」は1945年8月15日から始まることはほぼ自明だが、墓地にはベトナム戦争、湾岸戦争などの戦没者も多数埋葬されており、第二次世界大戦の記憶が新しい戦争によって、どんどん「上書き」されているように見えたためだ。
「米国が多くの戦争に関与する中で、原爆は過去の出来事の一つになってしまっていると感じました。また米国民には原爆が戦争の早期終結に貢献したという認識もあり、大局的な勝利の裏で、被害の実態が削ぎ落とされてきた面もあると思います」

「地道な取り組み」が風化を防ぐ できることから始めよう

被爆地の広島・長崎では、学校で原爆や平和について学ぶ場面が多く、被爆遺構や原爆資料館など、原爆被害を知ることのできる場所もたくさんある。しかしそれ以外の地域では、記憶の風化が進んでいるという課題もある。

こうした中で連合本部は、2025年10月に「戦後・被爆80年シンポジウム」を開催。デジタルアーカイブを活用して戦争被害の可視化に取り組む研究者らに登壇してもらい、戦争体験のない若者に、原爆被害を「自分ごと」化してもらうための方策などを話し合った。また今年のメーデーでは、参加した組合員が「PEACE」「NO WAR」というプラカードを掲げ、SNSなどを通じて平和の大切さを発信した。

石原さん、岩永さんに記憶の風化を防ぐためには何が必要かを聞くと、「日々の活動を、地道に積み重ねることに尽きる」と口をそろえた。

石原さんは、春季生活闘争や最低賃金の引き上げによる賃金の底上げ、労働組合の結成支援、非組合員へのアプローチなど日常の組合活動を通じて、連合の「ファン」を作ることが大事だと考えている。
「より多くの労働者を活動に巻き込むことが、結果的に平和運動の担い手を増やすことにつながると考えています。だからこそ働く人には、困ったことがあれば連合を頼ってほしいですし、私たちも解決に向けて尽力します」

同時に石原さんは、被爆地へ足を運ぶことにも意味がある、と訴えた。
「当時のオバマ米大統領やローマ教皇もかつて被爆地ヒロシマを訪れましたが、為政者や若い世代にもぜひ原爆ドームや原爆資料館を見てほしい。原爆の被害について考えるきっかけになると思います」

また岩永さんは、「核兵器廃絶という大きな目標を前にすると、1人では何もできないと感じるかもしれません。しかしいつの時代も、元をたどれば市民一人ひとりの行動が起点となって、社会を変えてきたのです。核兵器が一発もなくなるまで粘り強く、できることに取り組みましょう」と呼びかけた。

しかし、核兵器をめぐる現実は、むしろ厳しさを増している。核弾頭は2025年の9615発から、2026年は9745発へと130発増加した(廃棄待ちを含めると推計1万2千発超)。日本政府が台湾有事を念頭に、沖縄県の離島地域から住民を避難させる計画を検討するなど、日本にとっても政治的、社会的な緊張の高まりは「対岸の火事」でなくなりつつある。
「平和は決して『当たり前』ではなく、大切な人と笑顔で暮らすためには、意識的に守らなければいけないことを、改めて認識してほしい。すべての人が『核兵器をなくすべきだ』という意思を持てば、必ず実現できると信じています」(岩永さん)

(執筆:有馬知子)

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