労働組合を知ろう

理解 共感 参加 を推進する
労働組合の未来

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連合総研・連合の「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来」に関する研究会報告が、今年5月(前編)と6月(後編)に公開された。「働く」を取り巻く環境が激変するなかで、人々は、安心して将来に展望がもてる働き方・生き方を求めている。労働組合の「連帯的役割」は一層重要になっているのに、労働組合に対する社会の共感や期待は高いとは言えない。個々の労働組合では「組合役員のなり手がいない」「組合員獲得にエネルギーがさかれ、他の活動に力を入れられない」といった組織の持続可能性が揺らぐ事態も起きている。
労働組合がその存在意義である「連帯的役割」を発揮し、「必ずそばにいる存在」になるためには、何を守り、どこをどう変えていけばいいのか。広く理解や共感を得るための新たな手法とは何か。研究会報告を手がかりに、東京大学の玄田有史教授(研究会座長)と芳野友子連合会長が縦横無尽に語り合った。
※連合総研「理解・共感・参加を推進する労働組合の未来」に関する調査研究報告書全文 
https://www.rengo-soken.or.jp/info/union/
(季刊RENGO2024年秋号転載)

玄田有史 げんだ・ゆうじ
東京大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科博士課程退学。専攻は労働経済学。経済学博士(大阪大学)。ハーバード大学、オックスフォード大学各客員研究員、学習院大学教授などを経て、現職。
著書に『仕事のなかの曖昧な不安—揺れる若年の現在』(中央公論新社、日経・経済図書文化賞、サントリー学芸賞受賞)、『ジョブ・クリエイション』(日本経済新聞社、エコノミスト賞、労働関係図書優秀賞受賞)、『ニート-フリーターでもなく失業者でもなく』(共著、幻冬舎)、『孤立無業(SNEP)』(日本経済新聞出版社)、『希望学』(共著、東京大学出版会)、『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(慶應義塾大学出版会)、『セーフティネットと集団—新たなつながりを求めて』(共著、日経BP 日本経済新聞出版)、『仕事から見た「2020年」—結局、働き方は変わらなかったのか?』(共著、慶應義塾大学出版会)など。
※ブログ「ゲンダラヂオ」で日々の小ネタを発信中!https://genda-radio.com

研究会の時代認識−コロナ禍と労働組合

テレワークと労働者代表

村上 「労働組合の未来」研究会のスタートは、2022年5月。背景にはコロナ禍の働き方や労働組合活動への影響があったのでしょうか。
玄田 2020年春に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きて、緊急事態宣言が発せられました。大学はオンライン授業になり、職場ではテレワークが奨励された。労働市場に何が起こったかを記録しようと、ステイホームで各種統計を注視していたんですが、短期間に休業者が急増し、「働き止め(自ら働くことを自粛)」や短時間就業へのシフトは起こったけれど、失業者はさほど増えなかった。感染リスク回避のためにテレワーク導入も進みました。テレワークは、通勤ストレス軽減などのメリットがある一方、「孤立・孤独」が心配されましたが、ちょっと驚きの事実を発見したんです。
リクルートワークス研究所の「全国就業実態パネル調査」によれば、労働者の利益を代表して交渉してくれる組織や手段が職場にあった労働者ほど、テレワークの実施率が高く、さらにはコロナ禍前より「生産性向上」や「仕事満足」の度合いがアップしていたんです。大企業だけでなく、中小企業でも、テレワークによる困り事について、労働者の代表が会社に速やかに伝達・交渉して解決したことが、「生産性向上」や「仕事満足」に寄与しているように見えた。
この事実を含め、いろんなことが変化している今こそ、労働組合って大事かもしれないという気持ちになったんです。
芳野 私は、2021年10月に連合会長に就任しましたが、コロナ禍は働き方や組合活動のあり方に大きな影響を及ぼしていました。製造現場、医療従事者、インフラを支えるエッセンシャルワーカーは、感染リスクを抱えながらも就業を続けていて、連合はその支援や職場の感染予防対策などに取り組みました。テレワークが可能な仕事は在宅でということになりましたが、孤立感を感じたり、女性の家事育児の負担が増えたり、DVが急増するという状況もありました。
労働組合の活動も、face-to-faceが制限され、大会や会議もオンラインになりました。オンラインのほうが参加しやすいことも分かったのですが、行動制限が長期化するにつれて、組合役員の皆さんから、組合員に会えなくて困っている、対面でないと真意が伝わらない、イベントは軒並み中止で活動の継承ができるのか不安といった声が上がってきました。デジタル化も一気に進み始める中で、労働組合活動の本質とは何か、もう一度向き合ってみようと考えたんです。
玄田 なるほど。労働組合の役割は重要なのに、ずっと「衰退」していると言われてきたでしょう。それで、何年かぶりにアルバート・ハーシュマンの『離脱・発言・忠誠』(ミネルヴァ書房、矢野修一訳)を読み返してみたんです。ハーシュマンは、競争重視の「市場原理主義」に異を唱えたドイツ出身の政治経済学者ですが、その本の主題は「組織が衰退局面に入りつつある場合、関係者はどのような行動をとるべきか」ということでした。
芳野 「ある組織=労働組合」だとすると、衰退を食い止めるにはどんな行動をとればいいんでしょう。
玄田 ハーシュマンは、組織が持続するには、不満を持った人材が離脱(exit)する機会の確保と、組織にとどまって不満を表明する発言(voice)の両方が重要だと説いた。
最近、円滑で公正な労働移動やそのための転職市場整備など、「離脱」機能を重視する論調が多いのですが、先ほどのテレワークに関する労働者代表の有用性など、集団による「発言」の持つ価値を示しています。労働組合や企業の衰退を食い止めるには、移動の促進だけでなく、労働組合が働く人の声を集めて、発言する機能を高めていくことも必要に思います。
村上 玄田先生が、そんなことを考えていると知って研究会の主査をお願いしました。
玄田 私は、その時、すでに連合総研の「with/afterコロナの雇用・生活のセーフティネットに関する調査研究委員会」 の主査をやっていたので、最初は断ろうと思ったんです。でも、断りきれなくて…(笑)。最終的には、連合が労働組合活動の未来を本気で考えようとしたことに「共感」したのかもしれませんね。

労働組合活動の本質−聴くこと・発言すること

「感じる力」を研ぎ澄ます

村上 労働組合活動の本質とは?
芳野 一人ひとりの働く者は弱い立場にある。その弱い者たちが「発言」するために労働組合はあると思っています。労働組合の良いところは、みんなが意見を言えること。すべて機関会議を経て決定していくので、納得しながら同じ方向感を共有できる。ただ、合意形成には一定の時間がかかるので、時として流れに乗り遅れてしまうことがあります。しかも、活動自体が前例踏襲主義。コロナ禍でようやく「今までやってきたことは何だったのか」「これは本当に必要な活動なのか」と考え始めたんですが、研究会報告には、そんな悩める組合役員に応える提言が詰まっていてありがたいです。
玄田 世の中の多くの仕事は、誰にも知られないまま人々の生活を陰で支えている。おそらく労働組合の役割もそうでしょう。働く人の代表として、その声を集めて、要求としてまとめ、頑張って交渉して、より良い労働条件や労働環境を実現している。でも、やればやるほど、それが当たり前になって知られなくなるというジレンマがある。
芳野 労働組合のリーダーは「知られなくていい」と思ってきました。「空気」みたいな存在でいいんだと…。でも、時代は大きく変わっています。労働組合も変わらないといけない。
玄田 そのために必要なことは?

芳野 組合員の声を聴くことです。企業別労働組合の活動って組合員のニーズを一人ひとり直接聴くことが入り口なんです。
玄田 研究会報告では、「理解・共感・参加」の前提として「発信」が何より大事だと指摘しましたが、よく考えたら「発信」の前に、相手が「何を求めているのか」を知る必要がありますね。連合会長として「発信」の機会が多いと思いますが、聴くことは?
芳野 私は、根っからの現場主義なので、一般の組合員の皆さんと接するのが大好きなんです。実は今日も能登半島の被災地から直行しました。発災直後は、断水や道路の寸断が深刻で救援カンパを呼びかけることしかできませんでしたが、3月25日から連合石川と連携して連合ボランティアを継続的に派遣しています。私も被災地のニーズや組合員の声を直接聴きたいと何度も現地に入っているんです。
玄田 聴く時に何か気をつけていることはあるんですか?
芳野 大事なことを聴き逃さないよう、聴く側として「感じる力」を研ぎ澄ますこと。最近、単組の活動を見ていると、その感性が弱くなっている。私は、職場で困り事があれば、些細なことでも組合が問題にして解決すればいいと思っているし、そうしてきました。でも、役員のなり手不足もあって世話役活動が弱くなり、身近な問題が置き去りにされているのではないかと…。
玄田 聴く側にも「共感」力が必要なんですね。聴く時のコツを教えましょうか(笑)。単にうなずくだけでなく、たまに首をちょっとかしげて「ん?」ってやるといいんです。そうすると「あれ、何か間違ったかな」と思って、もっと話してくれる。そうしたら「へえ〜!」って、心の底から素直に驚く。そして最後は「待つ力」。沈黙を埋めようと自らしゃべりすぎてはいけません。
芳野 私たちの世代は、つい自分のことを話しがちなので、要注意ですね。
玄田 私は今、自治会の会長をやっているんですが、労働組合の世話役活動にも通じるものがある。御用聞きをして、小さなことを一つひとつ解決していくのは、たいへんはたいへんですが、それなりに楽しいこともある。
芳野 その積み重ねが信頼関係になる。「ありがとう」なんて言われたら、うれしくてもっとやりたくなります。コミュニケーションって双方向。組合員に共感してもらうには、まず組合役員が組合員の気持ちに共感することが大事だと思うんです。

理解・共感・参加のコミュニケーション−その種を蒔く小ネタ理論

会社に変わってと働きかける

村上 理解・共感・参加を進めるために何から始めればいいんでしょう。
玄田 「レクリエーション活動」の再生や「ファンダム」原理(熱烈なファンによる推し活動)の取り込みは、地域や支部・分会での工夫も期待できると思います。
そして、職場では組合リーダーのなり手問題。研究会の議論は、全体を通して「労使対立」ではなく「労使協調」の大切さを確認しています。仕事も家庭も組合活動もとなると、時間的に無理がある。でも、労使がともに企業の発展と働く人の幸せを考えているなら、就業時間と組合活動時間を厳格に分けなくてもいいのではないか。労働組合に詳しい大先輩も「それは可能だ」というので、今回「『労働者代表制』と労働組合法の狭間を埋める」(第6章)などで提言に盛り込みました。組合役員の経験は会社の人材育成にも貢献しています。その観点から会社に「もっと変わって」と働きかけることができる。ここは、早急に進めてほしいと思います。
芳野 今でも、労働協約を結べば、就業時間内の活動はできるんですが、もっと積極的に「変えよう」と言わなければいけませんね。
玄田 労働組合活動の本質は、労働者から信頼され、経営者からも信頼され、社会からも信頼されること。信頼を得るには、相手の言葉を聴いて、自分の考えを自分の言葉で伝えて、互いに先を見通して合意していくことが必要ですよね。
芳野 春季生活闘争の労使交渉も、賃上げをめぐる攻防というイメージが強いのですが、おっしゃるように将来の見通しについて労使が合意することが前提なんです。

小ネタこそが共感を生む

村上 コミュニケーション・デザインという言葉も出てきますが?
玄田 報告書には書けていませんが、コミュニケーションのカギは、「小ネタ」なんです。
村上 先生が提唱する「小ネタ理論」(KNT理論)ですね(笑)。
玄田 今年4月、「人口戦略会議」が全国744の自治体が消滅する可能性があると発表したでしょう。でも、人口減だけでは衰退しない。むしろ小ネタが豊富にある地域こそが生き残る。
例えば、組合の方に久しぶりに会って「最近どうですか?」と聴く。連合がこんな画期的な方針を決定したという話もいいんですが、最近、推し活もやってますとか、小ネタの話を聴くほうが、つながりやすい。この「KNT理論」は、大上段から「ガーン・ゴーン・ドーン」と振りかざす大ネタ主義に対するアンチテーゼでもあるんです。
芳野 小ネタこそ共感を生むと…。
玄田 そう! それを実証したくて科研費※に応募して書類選考は通ったんですが、面接で「KNTとは?」と聞かれ「KONETAです」と、正直に答えたら見事に落とされました(笑)。それで、KNTに「knowledge(知恵)、narrative(物語)、transformation(転換)」という意味を当てはめて「知恵と物語を今風に転換していくことにより地域を再生する仮説」にバージョンアップして、絶賛展開中です(笑)。
芳野 労働組合は「ガーン・ゴーン・ドーン」の大ネタ主義かも。
玄田 そもそも、組合活動って毎日のことでしょう。毎日豪華なステーキより、平素の食事のなかに旬を取り入れるような、小ネタが尽きないほうが活動も生活も豊かになる。ネタって種なんです。種を蒔くと、うまく育つこともあれば、そうじゃないこともある。でも、種を蒔かなければ何も生まれない。
20年以上前、雇用統計を見ていたら非正規雇用でも失業者でもない若者が数十万人もいた。「何なのだろう」と疑問に思ったことがきっかけで、「ニート」(仕事も教育も訓練も受けておらず、働くことをあきらめた若者)の存在に気付いた。元々は小ネタだったものが、みんなで考えるべき問題に育ちました。
芳野 連合愛知では、学校給食無償化を求める署名活動に取り組んで、県内のいくつかの自治体で実現させています。地域の身近な問題だから「連合愛知ってこんなこともやってくれるんだ」と、その存在が認知されるきっかけになりました。
村上 KNT理論も報告書に入れれば良かったですね。
玄田 いや、ある首長さんに小ネタ理論の話をしたら「それは素晴らしい!これから職員に小ネタを集めるように指示します」って言う。大事なのは、自分で集めて発信することなのに(苦笑)。
ベテラン世代は、成功談より失敗した経験こそ、小ネタにして伝えてほしい。「会長でもこんな失敗するんだ」と思うと、ちょっと安心するでしょう?
芳野 もう失敗だらけです(笑)。
玄田 私がブログ『ゲンダラヂオ』を細々と続けているのも、失敗をひとりで抱えこまないためでもあるんです。

一緒に何かをやることでつながる

村上 最後に連合に期待することを。
玄田 今回、印象的だったのは「労働組合のことを大事に思っている人は、研究者を含めて、潜在的にはたくさんいる」と感じたこと。「発信」を工夫していけば、理解・共感・参加につながる可能性は、きっとあります。
もう1つは、つなぐこと。私の所属する東京大学には、すばらしい研究者がたくさんいますが、点在している面も多い。そこで「Connecting dots」による異分野の連携に、もっと取り組もうとしています。例えば文系の史料編纂所と理系の地震研究所が、古文書と科学データを組み合わせて、過去の地震をより正確に把握して発表するなど、オリジナルな動きが始まっています。
KNT理論の本質は、面白がること。将来はダメになるとばかり言われたら、誰も明日頑張ろうなんて思えなくなる。大事なのは、緊張感を持った楽観主義です。
最後に小ネタを1つ言うと、究極のコミュニケーションは、手書きですね。出版社から青字の万年筆で「本出しませんか」と、思いのこもった手紙をいただくと、わざわざ手間をかけてくれたのだと、心が揺さぶられたりします。
芳野 それ、分かります。点在する女性たちの「Connecting dots」にもチャレンジしますね。
村上 小ネタは尽きませんが、この辺で(笑)。長時間ありがとうございました。

※科研費:日本学術振興会が行う科学研究費助成事業。人文学、社会科学、自然科学まですべての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる「学術研究」(研究者の自由な発想に基づく研究)について、公募による助成を行っている。現在、科研費予算も縮小傾向にあり、日本の科学振興にとって大きな不安材料となっており、労働組合からの応援も期待している(玄田談)。

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