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 第15回 「小1の壁」と“男並み”の働き方

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花江ちゃんに頼りすぎだよ

NHKの朝ドラ『虎に翼』が好調だ。私も楽しく観ている。家事の合間なので、7:30からBSでざっと流れを追い、8:00からおさらいをする。

ヒロインは、1914(大正3)年生まれの寅子(ともこ)。明律大学女子部法科で学び、高等試験を突破して女性初の弁護士の1人となったが、妊娠中に体調を崩して弁護士の道を断念。さらに戦争で夫や兄を失い、父も亡くす。戦争が終わって失意のどん底にあった寅子は、日本国憲法第14条に勇気づけられ、生活の糧を得るために、そして「男か女かで篩(ふるい)にかけられない社会」をめざし、再び法曹の世界へ、という展開だ。

仕事に復帰した寅子の活躍はめざましい。司法省の部署に職を得て民法改正作業に携わり、家庭裁判所の設立に奔走し、ラジオにも出演して一躍有名人に。ところが、その活躍の場が広がるにつれて、ドラマには時折不穏な場面が挿入されるようになった。

寅子の家族は、幼い娘と母と弟、女学校の友人でもある義姉の花江とその息子2人の7人。寅子は弟の学費も賄う「一家の大黒柱」になったが、頼りの母が病気で他界し、花江が家事・育児を一手に引き受けるという構図になる。

私がハラハラしたのは、花江の過重労働だ。洗濯機もロボット掃除機も炊飯器も電子レンジも給湯器もない時代に、家族を支えなきゃとひとり頑張る花江さん。いつ過労で倒れるかと本当に心配だったが、本人が「頑張りすぎ」を自覚し、大学生の義弟や息子たちに家事を手伝ってと願い出て、とりあえずの解決をみた。だが、その話し合いに寅子はカヤの外だった。

現在進行中の「不穏」は、小学生になった娘・優未ちゃんとの関係だ。寅子は、ますます仕事が忙しく、娘が起きている時間に帰れない。休日もあれやこれやと仕事に借り出され、米国視察や密着取材まで…。その充実した職業生活が描かれる中に、一瞬物憂げな優未ちゃんの表情が差し込まれる。

優未ちゃんは、いつしか母の前で「良い子」を演じるようになっていた。このコラムが配信される頃には、なんらかの解決をみていると思うのだが、「寅ちゃん、仕事が忙しいのはわかるけど、家のこともちょっとは考えてよ。子どもの話を聞いてあげてよ。花江ちゃんに頼りすぎだよ」と、心の中で叫ばずにはいられない。

でも、待てよ、と思う。仕事に打ち込み、ちゃんと稼いで一家を養っている。ただ、子どもが起きている時間には帰れなくて、家事・育児はぜんぶ「主婦」まかせ。
これって、最近まで男性のスタンダードな働き方だったのではないだろうか。

寅子のまわりにも、そんな男性はいっぱいいたはずだ。でも、寅子は、女だから、母だから、“男並み”に働くと不穏な空気が漂ってしまう。だとすれば、ドラマの意図も、家庭を省みない寅子の姿を通して「“男並み”の働き方って持続可能なの?」と問いかけようとしているのではないか。今、そんなふうに思っているところである。

「ままのこと 大きらい」

偉そうなことを言ったが、私には寅子を責める資格はまったくない。

昔、親子で寝ていた部屋の一角には「ままのこと 大きらい」という落書きがある。家庭内Z世代女子(以下、Z女子)が7歳の頃に書いたものだ。薄くなると、マジックで上書きされてきたので、今もしっかり残っている。

実は、いわゆる「小1の壁」問題の中でやらかしてしまったのだ。
Z女子は、0歳児から保育園に通っていた。公立の園で、小さいながらも園庭があり、給食もおやつも園内調理で、季節の行事も充実していた。3歳下のZ男子も幸い同じ園に入園できたので、通算9年間お世話になったが、親子ともども愛情深くサポートしてくれた先生方には感謝しかない。

でも、学齢に達したら小学校に通わせなければいけない。保育園は7:30から18:30(延長契約あり)まで開園していたが、小学生は15:00前後に下校となる。親が仕事を終えるまで放課後の時間をどうするかという「小1の壁」問題に直面するのだ。Z女子の時は、学校内での放課後デイサービス事業が始まったばかりで、学校から離れた児童館に学童クラブが開設されているところが多かった。学校にも「競争原理」を導入すべきだと「学校選択制」などが実施されていた時期だったので、私は、学校と同じ建物内に児童館があり、学童保育は19:00まで対応可能という小学校に入学を申請し許可された。

仕事のほうはと言えば、当時、連合は「STOP! THE格差社会」キャンペーンを展開していて、月刊連合も毎号それに関わる特集を組んでいた。当時の編集長から「子どもが小学校に上がったらもっと仕事できるよね」と言われて、私は「頑張ります!」と答えた。そう言ってもらえて嬉しかったのだ。

Z女子が小学校に入学すると、私は全開で仕事に臨んだ。最新の情勢を踏まえるために取材はギリギリに設定し、連合会館の会議室に缶詰めで原稿を書き上げることも…。子どもが起きている時間に帰れない日も出てきたが、仕事は楽しく達成感があった。

ところが、である。1学期半ばの保護者面談で担任の先生から「学童でよく泣いているんです」と知らされた。先生は、そのたびに児童館に行って慰めてくれていたのだ。
Z女子に話を聞くと、学校では頑張っている、でもその後学童に行くのは疲れる、早くおうちに帰りたくて泣いてしまうのだと言われた。

Z女子が「ままのこと 大きらい」と壁に落書きしたのは、その頃だ。誕生日にも遅く帰ってきて悲しかったのだという。
いろいろ考えて学童は辞めることにした。とはいえ、仕事を減らすこともできない。それで原稿を書く仕事は、基本自宅で行う環境を整えたのだが、集中できない時間が増えてイライラしてしまうことも多かった。

放課後は自分を自由にのびのび伸ばす時間

「月刊連合」2009年4月号では「サクラさいたら一年生♪ 『学童保育』は大丈夫かな?」という特集を組んだ。
忘れられないのは、自治労八王子市公共サービス職員労働組合の檜山書記長(当時)の言葉だ。「学童保育の整備にあたっては、保護者の就労支援という側面が前面に出されがちだが、子どもたちが何を必要としているのかという視点も忘れないでほしい。……放課後は学校から帰ってきて自分を自由にのびのび伸ばす時間。…子ども時代に、どれだけ豊かに遊んで生活したかが、それ以降どう育っていくかに大きくかかわってくる」。私は、自分の仕事の都合しか考えていなかったと気付かされた。

保育・学童保育政策における連合の視点については、篠原生活福祉局長(当時)がこう説明してくれた。
「働く女性に『出産・育児』か『仕事』かの二者択一を迫る状況が出生率に大きな影響を与えているという認識を共有して、保育や学童保育の現状と課題を洗い出し、その新たな制度体系の方向性について検討を行ってきた。学童保育については、拡充が必要とされているにもかかわらず、国などの財源保障が不十分なために、子どもの健全な育ちを保障するサービス提供が困難な状況にあるという現状について認識が一致できた。連合として強調したのは、保育や学童保育を整備さえすれば、際限なく働かせていいということではないということだ」

この視点は、その後の政策に活かされてきたはずだが、心配なこともある。
Z女子たちが学童期を過ぎた頃、夜10時まで預って食事も習い事もさせてくれる民間学童保育サービスが登場した。最近では、早朝学童サービスや学校の早朝開放事業も始まった。切実なニーズがあるからなのだと思うが、ちょっと悶々としてしまう。

でも、1年前の夏、「これが突破口かも」という言葉を聞く機会があった。
季刊RENGO2023秋号の巻頭対談の準備でフィンランドについて勉強したのだが、労働時間は短く夏休みは4週間もあるのに、生産性は高く子どもの幸福度が高い。なぜこんなことが可能なのかと思っていたら、対談の場で進行の村上連合副事務局長が直接聞いてくれた。駐日大使はにっこり微笑んで「それはね、フィンランドでは保育園が夕方5時に閉まるからよ」とお答えになったのだ。

「その手があったか!」と私は叫びそうになった。日本では働く親の都合に合わせて保育も学童もどんどん延長してきたけれども、子どもの生活時間を考慮して保育サービスに枠をはめてしまえば、働き方のほうを変えるしかないのだ。

子どもが産まれても働き続ける女性は急増している。マミートラックに追いやられたり、「子持ち様」と揶揄されることなく、仕事もしっかり頑張りたいと思っているが、その思いを阻んでいるのは、いまだに職場のスタンダードになっている「男並み」の働き方ではないだろうか。でも、それはいろんな意味で持続可能ではない。大使の言葉を手がかりにワーク&ライフを見直すことができないかと、ずっと考え続けている。


※特集記事 世界一幸福な国フィンランドから学ぶ
「すべての人が生きがいを感じられる多様性のある社会」とは?
https://www.jtuc-rengo.or.jp/rengo_online/2023/12/20/2308/


★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。

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