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第19回 ケア労働と過労死

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過労の原因は、仕事+ケア労働?

11月は「過労死等防止啓発月間」である。防止対策のいちばんのポイントは「長時間労働の是正」とされているが、最近、ぐるりとその裏側も見渡すような視点が必要なのかも、と思う出来事があった。

あるイベントの取材の時、お笑いコンビを組むゲストの1人であるYさんが、当日朝に胸の痛みを訴え病院に駆け込むというアクシデントが起きた。1人で会場にかけつけたNさんは、相方の分もカバーしてトークを行い、イベントは無事終了した。
Yさんが熱心にイベントの準備をされていたと聞いて、Nさんに「Yさん、大丈夫ですか。お仕事、お忙しいんですよね」と声をかけたら、「忙しいというか、小さい子どもが3人もいるんで…」というお答え。「それは大変に違いない」と心から思った。

NさんもYさんも、30代の男性だ。過労の原因は「仕事」だと思いこんでしまったが、それこそ、アンコンシャス・バイアス。1日に使える時間は、誰もが平等に24時間。男女を問わず、仕事とケア労働のどちらも頑張っていると、「過労」に陥る危険があるのだと気づかされた。特に男性は、両立が大変だから仕事の量をセーブしようという発想にはなりにくいように思う。

今秋の連合総研「勤労者短観(第48回)」には「ワークライフバランス」の観点から「家事に関する頻度の実態」の項目がプラスされていた。1週間あたりの家事・育児の頻度を性別にみると、いずれの項目も、ほぼ毎日(「週に6~7日」)という回答は女性のほうが圧倒的に多い。新聞等では「男女の頻度に大差」と報じられているが、私はむしろ家事・育児をする男性は増えているのかも、という印象を持った。「週60時間」以上働く男性も、その2割前後は、ほぼ毎日家事・育児をしていたからだ。

女性の働き方も変化の途上にある。先日の「連合2025春季生活闘争中央討論集会」で、連合総研の市川正樹所長が興味深いデータ(総務省「労働力調査」)を示してくれた。雇用形態別の女性労働者数をみると、2019年は非正規雇用が正規雇用を300万人ほど上回っていたが、2024年は両者の数が接近。特に医療・福祉分野で正規雇用が増え、15-64歳では正規雇用の数が上回る状況も出ていた。
今後も、フルタイム正規雇用で働く女性は増えていくだろう。それを前提に、男女共通の課題として「仕事とケア労働の両立」を考えなければいけなくなっていると思う。

両立できるかどうかはパートナーしだい?

1986年に男女雇用機会均等法が施行され、女性の「総合職」採用が始まったが、施行後10年の調査では、多くが結婚・出産を機に「退職」や「職種変更」を選んでいた。男性以上にハードに働きながら、ケア労働も担うことは不可能に近いと思えたのだと思う。職場の理解もなく、両立支援制度も今ほど整備されていなかった。
その頃、私は30代。仕事はこのままのペースで続けたい。どうすればケア労働と両立できるのか、わりとマジメに考えていた。

すでに労働組合の世界の片隅で働いていたが、当時から女性リーダーは、みんな輝いていた。結婚・出産退職があたりまえの時代に仕事を続けてきた女性たちでもある。私は、機会があると「仕事と家庭の両立はどうされていたんですか?」と聞いた。

「職業婦人」と言われる経歴を持つ大先輩の何人かは、「私は何もしてないの。家事も子育ても母にまかせっきりで…」と、はにかむように答えてくれた。
労働運動が楽しくて「シングル」を選んだという方も少なくなかった。
「仕事では手を抜きたくないからすごく頑張ってしまって…。毎日、終電で帰るような生活だったから、子どもには寂しい思いをさせたの」と言う方もいた。

尊敬してやまない元連合副事務局長のTさんは、20代で結婚して共働き・共育てをしてきたという、当時では珍しい経歴の持ち主だったが、私が「子どもほしいんです」と言ったら、「もう30歳すぎたんでしょ。仕事しながらの子育てはほんとに大変よ。体力もたないから、やめときなさい」と返された。

当時、連合は「男も女も 仕事も家庭も」というスローガンを掲げていて、両立可能な働き方を実現するために、「男性の家事・育児への参加促進」をテーマとするイベントを時々開催していた。
現実に妻が両立を断念、退職して再就職というケースが多かったから、両立支援制度の整備とあわせて、男性の働き方や意識も変えなければということであったと思う。

「主夫」をしている研究者の先生がケア労働の意義を問いたり、家事・育児の分担の工夫や夫育て(夫の意識を変え、家事・育児スキルを養成すること)などの実例が紹介されたが、うらやましく思うと同時に「両立できるかどうかは、パートナー次第なのか」とちょっと絶望した記憶がある。

その後、私は高齢出産で2人(家庭内Z世代女子&男子)の子育てをすることになったが、「ほんとに大変よ」というのは事実だった。振り返ってみれば、夫はかなり子育てを担ってくれたと思う。保育園が休みの土日は、父子3人で公園などに出かけてもらい、その間に原稿を書いた。
コロナ禍の時、Z女子と買い出しがてら近所を歩き回ったが、「あっ、ここ、むかしパパと来たことある」というスポットがいっぱいあって驚いた。
「共育て」であっても、出産前と同じペースで仕事を続けるのは厳しく、しばしば家事が崩壊した。どうにもならずに遠方に住む母に頼み込んで来てもらったこともある。

実家が近ければと、何度思ったことだろう。
知人は、育休と短時間勤務制度を利用して2人の子どもを育てながら仕事を継続し、アラ還の今は管理職として大活躍しているが、子育て期は「実家が近くて助けてもらえる人はズルイ!」とよく毒づいていた。彼女の夫は、けっこう家事・育児に参画していたが、それだけじゃあ全然足りないというのだ。

「労働組合の未来」シリーズで話を聞いた社会学者の富永京子先生が、毎日新聞の『私たちの「虎」語り』に実母のかおるさんと一緒に登場されていた(2024年8月8日夕刊)。富永先生は3年前に出産されたが、子育てには周囲の手を借りて、研究を続けていることでも注目されている。潔い選択だと思っていたが、母かおるさんのコメントも興味深かった。
「私は専業主婦として、京子たちをワンオペ状態で育ててきました。だから、京子の子どもへの関わり方には不満がいっぱいあるんです。私の目には、京子は子どもの生活リズムよりも、自分の仕事を優先しているように見えます。京子は普段リベラルなことを言うわりに、昭和みたいな働き方なんです」。

会社・社会そして組合活動を変えたい

将来、Z女子が出産することがあったら、私も「孫育て」にチャレンジしてみようかなと思ったりしていたら、矢田稚子首相補佐官の『わたしとダブルケア』の記事(毎日新聞2024年9月18日)を目にした。
矢田さんは、電機連合・松下電器労働組合の出身で、『月刊連合』(2004年9月号)の表紙イラストのモデルになっていただいたことがある。『連合の女性たち』というコンセプトで幼いお子さんの手を引いている構図だったが、そのコメント欄には、中執にと打診された時、いつかは家庭・子どもがほしいという理由で断ろうと思ったけれども、「家庭を持ち、親になり活動する…男性なら当り前のことが女性にはむずかしい。だからこそ、当事者の立場からやるべきことがあると考え直した」「子を持つ視点を活かし、会社・社会そして組合活動を変えたい」と書かれていた。

その矢田さんが、当時、夫が海外赴任中のワンオペ育児の上、お父様の介護も重なるダブルケア状態だったと知って驚いた。「家族の面倒は家族でみるもの。私自身が日本に根強いこの考えに縛られてきましたが、ダブルケアは社会で支える仕組みがなければ乗り越えられません」というのは、本当にその通りだと思う。

『月刊連合』2004年9月号の表紙イラスト

ケア労働も労働である

ケア労働が「家庭の役割」とされている以上両立問題は解決できない。そして「ケア労働も労働である」と考えなければ、有効な過労死防止対策はとれないと思う。

それと関連するように思うのが、東京高裁で逆転判決が出た「家政婦過労死事件」(2024年9月19日)である。事件を知ったのは、濱口桂一郎先生が書かれた『家政婦の歴史』(文春新書、2023年7月)を読んでのことだ。「家事使用人」には労働基準法が適用されないと知って、またそれを理由に1週間泊まり込みで家事・介護にあたった家政婦の過労死が労働基準監督署でも地裁でも認定されなかったと知って、本当に驚き、無知を恥じた。事件の経緯や本質的な問題については、ぜひ『家政婦の歴史』を読んでもらいたいが、濱口先生は「長年の虚構を捨て、家事・介護の労働者派遣事業であると正面から認めることが、彼女たちを救う唯一の道だ」と訴えている。

調べてみたら、日本は、2011年に採択されたILO第189号条約(家事労働者のためのディーセント・ワーク条約)も未批准だった。家事労働が過小評価され軽視されていること、労働法や社会保障の適用外となっている実態に対し、家事労働者を労働者として認定するために採択された国際基準。今こそ、批准に向けた法整備を進めてほしいと思う。

さて、長々と書いてしまったが、これからフルタイムの共働き世帯は確実に増える。男性のケア労働への参加が進んでも、それだけではオーバーワークになる。親族に頼れない人もいる。この難問、どうしたらいいのか、これからも考え続けたい。

★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。

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