
歴史の必然として起きている
スマホが何度もOSのアップデートを要求してくるので、仕方なくインストールしたら、画面表示がヌルッとした感じになって扱いづらい。前のほうが見やすかったのにと思いつつ、受け入れるしかないとも思う。
「常識」もそうである。アップデートを怠ると取り残される。最近、そう気づかせてくれたのは、連合2026春季生活闘争中央討論集会(2025.10.31)における渡辺努先生(東京大学名誉教授)の講演だった。
演題は「脱グローバル化の下での賃金と物価」。現下の「物価と賃金の上昇」の背景には、グローバル化の時代を経て始まった「脱グローバル化」があるという。
振り返ってみれば、1990年代以降、労働組合の課題の背景には「グローバル化の光と影」と言われる事象があった。東西冷戦が終焉して市場のグローバル化が進み、企業は国境を超えて経済活動を拡大。より安価な労働力を求めて生産拠点を国外に移転する動き(産業空洞化)が進む中で、世界的に不安定雇用や低賃金で働く労働者が増え、格差や貧困が広がった。労働運動は、格差是正や非正規雇用の処遇改善を大きな課題と位置づけたのだが、私の「常識」はそこで止まっていた。それは今でも残された課題ではあるが、現実はその先へと進んでいたのだ。渡辺先生曰く「2度の世界大戦や大恐慌、スペイン風邪の大流行に見舞われた1900年代前半と同様に、今回の脱グローバル化は『経済停滞と政治の混乱とパンデミック』が3点セットで揃っている。一過性のものではなく、歴史の必然として起きている」。確かにその歴史認識に立てば、今起きている物価高や政治の不安定化がクリアに理解できることに衝撃を受けた。
無尽蔵ではなかった労働力の供給源
もう1つ渡辺先生の講演から有益な情報を得た。人手不足の要因である。日本の人口は2008年にピークアウトして減少に転じたが、人手不足が本格化するまでにはタイムラグがあった。十数年前は、女性とシニアという豊富な労働力の供給源が存在し、女性活躍推進や高齢者雇用促進などの政策でその就業が促され、人手不足感が緩和されたからだ。しかし今や、その供給源は縮小し、労働力人口の減少が人手不足に直結して賃上げを後押しする要因になっているという。
実は、このことは2017年に出版された『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(玄田有史編・慶應義塾大学出版会)という本の中で、「ルイスの転換点」※と呼ばれる経済理論を用いて指摘されていた(第7章/執筆:川口大司・原ひろみ)。私の本棚にも置いてあったのに、現実に供給源が縮小して初めてその重要性に気がついた。
就業を促された女性とは、主に出産で仕事を辞めた人たちだった。女性活躍促進法が成立した2015年頃まで、第一子出産後に仕事を辞める女性は6割に達し、女性の就労率は「M字型カーブ」を描いていた。税・社会保障も、企業の福利厚生も、それを前提に整備され、子育てが一段落した後の再就職先はパートタイマーなどの非正規雇用が中心。彼女たちは、有能で意欲も高いのに家庭との両立を考えて低賃金で働いてくれる、宝の山のような「供給源」だった。しかし、それは無尽蔵ではなかったのだ。
男性も強く感じている“両立不安”

今、何が起きているのか。「常識」をアップデートできる調査を見つけた。『両立不安白書2025—両立不安の原因とすべての企業が取り組むべき対策』である。実施したのはスリール株式会社。2010年創業で、女性活躍・ダイバーシティ推進の研修・コンサルティング、行政・大学向けのキャリア教育などを展開。堀江敦子代表は、内閣府男女共同参画局専門委員やこども家庭庁有識者委員も務めている。実は十数年前に「月刊連合」で女性活躍をテーマに特集を組んだ時、取材をさせてもらったご縁で調査のリリースを知った。
同社の「両立不安白書」発行は、2017年に続いて2度目だが、2025年の働き方は大きく変化していた。共働き世帯は7割、女性の第一子出産離職率は3割以下に減少する一方、男性の育児休業取得率は40%に向上。少子化対策と相まって両立支援策が格段に進んだこともあり、若い世代では、急激に「男女でともに仕事も子育ても」という選択が広がっていることが伺える。
しかし「現場に耳を傾けると、依然として『育休復帰後にキャリアの停滞を感じる』『周囲に迷惑をかけてしまう気がする』といった声が聞こえてくる」といい、「“両立不安”は女性だけの問題ではなく、性別・年代を問わず、多様なライフスタイルや価値観を持つすべての人が抱えるテーマになっている」と指摘する。
子どもがいる男女が「仕事と子育ての両立」に不安を感じた経験は約6割。「仕事も子育ても“しっかり”やりたい。でも、スーパーマン・スーパーウーマンなんて無理だ!」という悲鳴があがっているのだが、衝撃的だったのは、両立不安を抱える子どもありの男性の66.3%が転職を経験もしくは検討しているという結果だ。
この「両立不安」を放置するとどんな影響が生じるのか。白書には「時間的制約のない働き方ができる社員は少数派となりつつある中で、制約社員が力を発揮できない職場では、業務の属人化、管理職の負担増、プロジェクト停滞など、組織機能そのものが立ち行かなくなるリスクがあります。さらに、優秀層が離職すれば、採用難の今、即戦力の確保は困難となり、採用・育成コストは確実に上昇します」。そして、「両立不安を抱える社員は、企業の競争力を支える中心人材であるという認識への転換」が必要であり、「個人が安心してキャリアを描ける環境を整えることは、組織の持続的成長にも直結」すると書かれている(出典:スリール株式会社「両立不安白書2025」)。これは、まさに労働組合自身の課題でもある。
組織の持続性に関わるクミジョの課題
そのことをかねてから説いていたのは、日本で唯一のクミジョプロデューサーであり、RENGO ONLINEの連載『クミジョ・ファイル』でおなじみの本田一成先生だ。
今年11月、新刊の『〈クミジョ〉を考える』(信山社ブックレット)をお送りいただいた。講演で全国を飛び回る中で寄せられた「クミジョを考え、労働組合を考えるテキストがほしい」という熱烈な要望に応えて執筆された本書は、本田先生がなぜクミジョに注目したのかというきっかけから、クミジョインタビューを通して見えてきた労働組合という組織の課題が明快に書かれていて、学習会のテキストにぴったりだ。
本書の核心の1つは、「組織の持続性に関する危惧」にあると思う。「クミジョほど労組という組織の特質と弱点を露わにする存在は他にない」と指摘し、男性型組織の労組にとって、クミジョの増強は新しい労組モデルに至る有力手段だと説く。
そして、さらなる核心は「最後のウーマンパワー政策とクミジョ」の項に書かれている。日本では性別役割分業に基づくメンバーシップ型雇用が強化され定着してきたが、「今後は労働力人口の枯渇が見えてくる途中で、背に腹は代えられず性別役割分業に固執していられなくなる」と指摘。「女性の労働力供給を十全に発揮させるために日本の法制度に、ジェンダー平等、女性の人権、共生戦略などを装着する必要があるが、その推進主体の最有力組織こそ、労働組合。そこで力を発揮するため労組内部でクミジョの増強を完了しておく必要がある」と投げかける。ネタバレのようになってしまって申し訳ないが、今なら割引価格も設定されているとのことなので、ぜひ手に取ってじっくり読んでほしい一冊だ。

参考書籍:https://www.shinzansha.co.jp/book/b10153582.html
さて、今年も残りわずか。家庭内Z世代男子のクリスマスプレゼントと言えば、戦隊シリーズの合体ロボだった。基本5人のレンジャーの乗り物が1台ずつあり、それが合体して巨大ロボになる。未就学男児は、電車好き、ヒーロー好き、恐竜好きなどのタイプに分かれるが、Z男子はヒーロー好きで、毎週テレビを欠かさず視聴し、レンタルビデオで繰り返し復習し、フィギュアを収集し、クリスマスには合体ロボ。当時でも数千円はする高価なものだったが、繰り返しガチャガチャとはめてはばらして遊んでいたので元は取れたのかも…。そんな戦隊シリーズが遂に終了するという。私とZ男子の一押しは『特捜戦隊デカレンジャー』(2004-05年放送)。宇宙警察のボス・ドギーと石野真子さん演じるスワンさんがクセになる名作だった。いつのまにかプレゼントをねだられることもなくなったクリスマス。いただきもののシュトレンをチビチビいただきながら、静かに迎えることにしよう。どうぞ良いお年を!
【参考記事】
★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。
