選択的夫婦別姓を求める声は1970年代以降、女性団体や議員などから常に上がり続けており、今国会では立憲民主党が、導入に向けた民法改正案も提出している。法制化を求め、連合と共同で請願署名を集めるNPO法人 mネット・民法改正情報ネットワークの坂本洋子理事長は「今回を最後の請願にする覚悟だ」と話す。活動にかける思いを聞いた。

請願を始めて50年 今国会で「必ず事態を前に動かす」
-mネットを立ち上げた経緯と、活動の内容を教えてください。
選択的夫婦別姓を求める請願が初めて行われたのは1975年と、今から50年も前のことです。しかし長い間、法制化に関する話題はメディアでほとんど報じられず、国民になかなか国会の動向などに関する情報は伝えられませんでした。このため自らメディアを作って情報発信しようと、2000年にmネットを立ち上げました。
過去の請願は十分な審査もされず、国会の会期末に採択が見送られてきました。国民が憲法で保障された請願権を行使しているにもかかわらず、選択的夫婦別姓を求める請願が50年もの間蔑ろにされてきたのは本当に残念ですし、私たちも先が見えない中での活動に、限界を感じつつあります。このため今回の請願を「最後」と位置づけ、必ず事態を前に動かすという強い気持ちで取り組んでいます。今国会では連合と共同で請願署名を集めており、6月2日17:00時点で、衆議院議長宛 230,811筆、参議院議長宛 235,233筆が寄せられました。
連合は全国各地で「請願署名活動」を展開



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左:津駅西口および東口(連合三重)、右:JR千葉駅東口(連合千葉)
-選択的夫婦別姓を取り巻く社会認識は、変化してきましたか。
そう思います。連合が2025年に実施したアンケートでは、夫婦が同姓か別姓かを選べる方がいいとの回答割合が46.8%と、同姓がいいという回答(26.6%)を大きく上回りました。
国連の女性差別撤廃委員会は2003年以来、何度も日本政府へ別姓導入を勧告しました。政府も国際的な流れに沿う形で、2020年代の可能な限り早期に指導的地位に占める女性の比率を30%にするという目標を打ち出しています。働き続ける女性が増え、キャリアの断絶や不利益を防ぐために旧姓を使うようになったことで、経済界もようやく優秀な女性を獲得するため別姓導入に前向きな姿勢を示すようになりました。
ネットを見れば、婚姻にあたって同姓を強制する国が日本以外に見当たらないこともすぐ分かりますし、今や結婚する人の25%以上が再婚カップルで、姓を変えることの苦労を「自分ごと」として捉える人も増えました。こうした要因が重なり、社会は着実に別姓を受け入れる方向へ向かっています。
人権問題を「政局」にしない 政党を超えて解決を
-社会が変わっているのに、なぜ法制化が進まないのでしょう。
法制化のチャンスは、1996年に法制審議会の答申が出た時、2001年に世論調査で賛成が反対を上回った時、2009年の政権交代時など何度もありましたが、保守派議員らに阻まれ実現には至っていません。国政の場に女性政治家が少なく、女性の声が反映されづらいこと、政治家の多くが、人権政策を論じると選挙で支持を集める際の「リスク」になると考え、腰が引けてしまうことなどが原因だと考えています。
また政治家は、例えばDV・ストーカー被害者ら「かわいそうな人」の救済には前向きですが、権利主張に対しては冷淡な傾向があります。特に選択的夫婦別姓に関しては、社会に残る性別役割分業の意識から「女が権利を声高に主張する」ことへの反発を強めていると感じます。
人権に関する法整備は多くの場合、強い使命感を持つ議員が党内調整や官庁との折衝に汗をかき、実現させてきました。しかし選択的夫婦別姓は長い間、使命感とは全く関係のない「政局」という力学の中で、政治的な駆け引きの手段にされてきたという不幸な歴史があります。人権の問題は政局にせず、政党を越えて解決するべきです。
-近年は、選択的夫婦別姓を求める訴訟の支援にも前向きに取り組んでいます。
2011年以降、夫婦別姓を求める当事者の提訴が相次いだことから、私たちも訴訟支援に力を入れるようになりました。正直なところ、民主党政権下ですら法制化が実現しなかったことで、多数派原理で動く国会の外側へと、活動の幅を広げる必要性も感じたのです。
一次提訴については2015年、最高裁が改姓による不利益は認めたものの、通称使用によって一定程度緩和されるとして合憲の判断を下しました。ただこの時の判決では「制度のあり方は国会で論ぜられ、判断されるべき事柄」との言及があり、立法を通じた問題解決を促したい、という司法の意図もうかがわれました。
しかし判決から10年経った今も法制化が実現しない以上、司法もしびれを切らして違憲の判断に踏み切らざるを得ないのではないか。私たちは近い将来、違憲判決が下され民法改正が実現すると確信していますし、その時に向けた準備も進めようとしています。

別姓実現が社会の閉塞感に一石 より平等で多様な姿へ
-選択的夫婦別姓が実現したら、社会は変わると思いますか。
選択的夫婦別姓は当事者だけの問題ではなく、国家観や歴史観に深く関わっています。与党である自民党内には、国家の最小単位は家族だという価値観が存在します。国家が「元首」を頂点としたヒエラルキーによって支えられるように、家族も「家父長」の姓で統一された三角形で構成されるべきだという考えが、根強く残っているのです。こうした価値観は、妻という一個人に姓を変える不便さや不利益という「犠牲」を押し付け、それを家族の絆、といった言葉で美化しているにほかなりません。
逆に言えば選択的夫婦別姓が実現し、家族に人権や平等、多様性の概念が取り入れられれば、国家観にも変化が及ぶと考えられます。社会が一夜にしてガラッと変わるわけではないでしょうが、組織や教育のあり方、そして社会全体も少しずつ、より平等で閉塞感のない姿に近づくのではないでしょうか。そしてひいては、戦争という最も大きな人権侵害からも遠のくと期待しています。
-選択的夫婦別姓に関心のない人に、重要性を理解してもらうにはどんな説明をすればいいでしょうか。
私は大学で非常勤講師をしていますが、ある男子学生から「選択的夫婦別姓は大きな問題ではないと思う」という意見をもらったことがあります。選択的夫婦別姓は、たとえ誰かが別姓を選択したとしても、他の人には何の害も及ばない制度です。ですから「あなたにとって大きな問題ではないかもしれないけれど、実害もないのだから困っている人に協力してくれないか」と話すと「目からうろこが落ちました」と言われました。保守派議員よりも学生の方が、よほど理解が早いです(笑)。
また漠然と「同姓がいい」と考える男性の多くは、「自分の姓は変わらない」ことを無意識のうちに前提としています。しかし「妻が姓を変えたくないなら自分が変える」という覚悟のない人が、別姓に反対するのは傲慢というものです。無理に夫の姓を押し付けるような、家父長的な価値観を持つ男性は、女性から選ばれなくなってもいます。
結婚を機に膨大な名義変更作業に追われたり、離婚で姓が変わることに悩んだりする女性はたくさんいます。人権問題を「遠い話」だと考える人も多いですが、困っている人を法的に救済するには多数派のコミットが不可欠であることを理解し、協力してほしいと思います。
-連合や労働組合に対する期待はありますか。
労働組合は、長時間労働や男女の賃金格差などの不条理な問題に日々直面する中で、人の「痛み」に敏感に反応してくれる組織だと感じています。mネット設立時に連合会長だった鷲尾悦也さんをはじめ、歴代すべての会長が団体の呼び掛け人に名を連ねて下さっているのも、少数者の痛みに共感してくれていることの表れでしょう。労働界が早い時期からこの問題に取り組んでいることに敬意を表しますし、特に現在の芳野友子会長は、選択的夫婦別姓導入を求める発言が多くとても心強いです。
また今回の請願では、連合の組織力に非常に助けられています。連合の構成組織などから何万単位の請願が続々と集まるのを見ると、大きな組織が政治にもたらすインパクトは、1つのNPO法人とは比べものにならないと実感します。これからも協力して、草の根運動を社会の大きな潮流に変えていきたいと願っています。
(執筆:有馬知子)