特集記事

3月6日は「サブロクの日」
「36協定」は働く人の健康と生活を守るためのツール
有効に機能させるには?

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私たちの働く時間のルールは「原則1日8時間、1週40時間」とされています。この法定労働時間を超えて労働者を残業させるには、労使で時間外労働の上限などを定めた「36協定1」を結ぶ必要があります。しかし中小企業などでは、協定を結ぶ労働者代表が適切に選ばれないケースや、協定が形ばかりの「届出」になり、十分に守られないケースも起きています。北海学園大学法学部教授で弁護士の淺野高宏さんに、働く人の健康と生活を守るための協定のあり方を中心に、職場における取り組みの重要性などを聞きました。

淺野高宏(あさの・たかひろ)
1976年生まれ、北海道旭川市出身。早稲田大学法学部卒、北海道大学大学院修士課程修了、同博士課程単位取得退学。2000年司法試験合格(司法修習期55期)、2002年10月に第一東京弁護士会(安西法律事務所)で弁護士として勤務し、2006年より札幌弁護士会に登録替え。野田信彦法律事務所勤務を経て、2014年ユナイテッド・コモンズ法律事務所設立、代表弁護士就任。札幌簡易裁判所民事調停官、北海道紛争調整委員会あっせん委員のほか、北海道大学法科大学客員准教授を務め、2011年より北海学園大学法学部准教授、2017年4月1日より同教授となり現在に至る。専門分野は労働法。NPO職場の権利教育ネットワーク理事、一般社団法人ワークルール検定協会のメンバーとして、ワークルール検定初級・中級問題の問題作成、中級講習【賃金・労働時間】も担当している。著書に「ワークルール検定中級テキスト 新訂版」(共著、旬報社)、「学生のためのワークルール入門」(共著、旬報社)、「労働法の基本 第3版」(共編著、法律文化社)など。趣味は映画鑑賞。

余裕のない中小企業の職場 法令遵守が置き去りに

‐2019年に改正労働基準法が施行され、時間外労働の上限規制が設けられました(中小企業は2020年に適用)。これによって労使の36協定に対する考え方は変わりましたか。
上限規制の導入以降、多くの企業が今まで以上に労働時間の短縮に取り組むようになりました。労働者も、残業の手続きが厳格化されるといった形で、自分の職場の変化を感じているのではないでしょうか。人手不足の中、人材確保のために職場環境の良さをアピールする必要性が高まっていることも、長時間労働を抑制する動機づけになっています。
36協定についても、大半の企業は「結ばなければいけない」ことは分かっています。しかし時間外労働の上限を厳しく設定し、実際にその運用を徹底しているのは、財政的な余裕があり過半数労働組合も存在する大企業の職場が中心です。地方の中小企業やエッセンシャルワーカーが働く職場では、法改正以降もさほど状況が変わったとは言えず、形式的に協定を結んで役所に届ければよい、と考える経営者も少なくありません。マンパワーも資金力も十分でない中では、目の前の業務を回すことに必死で、法令遵守が置き去りにされがちなのです。

‐36協定が形式的なものになってしまう要因は何でしょうか。
労働組合の組織率は約16%にとどまり、労働組合のない大半の職場では、過半数代表者が労働者を代表する形で労使協定を結んでいます。しかし過半数代表者の選出ルールは、労基法の施行規則で「民主的な手続きを踏む」「管理監督者でないこと」など大まかな内容が定められているだけです。選出方法の例として示された、挙手や投票、話し合いなどの方法についても、何を話し合うのか、挙手を誰がカウントするのかなどは示されていません。具体的に何をすれば適正なプロセスを踏んだと言えるのか、職場での判断が難しいのが実情です。
経営側は協定を結ぶ必要に迫られた場合、立候補者がいないと、本来は適正な手続きを踏むべきところを、結果として使用者側が代表者を指名してしまうケースすらみられます。こうした状況では、過半数代表者が必要な知識や当事者意識が不十分なままとなり、適切な役割を発揮できず、届出に署名するだけになってしまいがちです。

過半数代表、制度見直しの議論も 組織化を促す政策が必要

‐過半数代表の仕組みを見直す議論は進んでいるのでしょうか。
厚生労働省の有識者研究会が2025年にまとめた報告書では、過半数代表者の選出ルールの明確化に加えて、選出手続や協定締結に必要な労働者側の活動を、経営側が一定程度サポートすべき、との提言が出されました。興味深いのは、「働き方改革」の見直し論議を行っている厚生労働省の審議会では、労働時間規制などのワークルール教育が必要だとの意見が、労働者側だけでなく使用者側からも示されていることです。適切な労使協定を結ぶには、働く権利に関するリテラシーを高める必要があるという認識を公労使で共有したことは、大きな前進だと考えています。
司法でも近年、過半数代表者のあり方について判断が示されました。松山大学が導入した裁量労働制を巡る訴訟で、原告の大学教員は、過半数代表者が適正なプロセスで選出されなかったため、制度導入を決めた労使協定は無効であり、したがって裁量労働制も適用されるべきではないと訴えました。一審の松山地裁は、原告の訴えを認めて労使協定を無効と判断し、裁量労働制の適用も違法とする判決を言い渡しました。このように、司法と政府で議論が並行して進んでいる状況です。

‐過半数代表者のあり方について、どのように考えていますか。
松山大の判決については、有識者の一部から、選出プロセスを厳格に判断しすぎると、協定の大半が無効になってしまうという意見が出され、高裁の判断が注目されています。しかし私は、適正なプロセスをきちんと踏んで過半数代表を選出することも含め、すべての職場の労働者が、当事者意識を持って協定を結べる仕組みを構築すべきだと考えています。
そもそも2019年の法改正で時間外労働の上限規制が設けられたのは、労働者の命と健康を守るには長時間労働を防ぐ必要があると、社会が強く認識したためです。36協定は、労働時間に関するプロテクションを外して残業を認めるという意味で、とても大きな約束ごとです。こうしたことを認識しないまま36協定を結ぶのは、労働者にとって働き過ぎのリスクが生じるほか、実際に労働者の健康被害などが生じれば会社としても社会的信用を失いかねません。

‐具体的には、どのような対策が考えられますか。
過半数代表者を適切に選出する仕組みはもちろん必要ですが、たった1人の代表者に過大な役割と責任を負わせることには、限界があるとも考えています。やはり労働組合を結成し、団体で交渉を担う方向で、制度設計を進めるべきではないでしょうか。そのためには労働者ひとりひとりに、組織を作ることの必要性を認識してもらい、まずは少数であっても労働組合を立ち上げて過半数代表者に立候補してもらう、という流れを作る必要があります。
先ほどご紹介した有識者研究会の報告書では、過半数代表者の活動基盤を整えるため、任期制や複数選出などの仕組みを設ける案も示されています。ただ、こうした施策は労働者が労働組合を結成するインセンティブを低下させかねず、労働者が緊張感を持って経営者と対峙することの妨げとなる懸念もあります。過半数代表者の基盤強化を進めると同時に、組合費への税制控除の導入や、組合活動に対する費用面での補助といった、労働組合の結成や加入のインセンティブを高める方策も、あわせて検討する必要があると考えています。


権利を知らなければ守れない ワークルール教育は早いうちから

‐ワークルールを浸透させるにあたって、連合など労働組合が果たすべき役割は何でしょうか。
まずは、職場の身近な存在である労働組合がワークルールの重要性を働く仲間に伝えていく取り組みが重要であると思います。日々の様々な活動の中に、ワークルールを気軽に学ぶことができる材料を取り入れてはどうでしょうか。
また、大学でワークルールを教えていると、しばしば学生の関心を引くことの難しさを感じます。大人になってから「実はこういうルールがありますよ」と言われてもピンとこない人が多いので、交通ルールと同じように、幼いうちから日常生活の中で働くルールを感覚に落とし込む必要があると思います。
例えば保育園児は、親が早い時間にお迎えに来たら喜びますよね。「早くお迎えに来られるのは、お父さん、お母さんの会社がルールを守っているからですよ」と話すなど、成長に応じた伝え方でルールの存在を教えていく。そうすれば次第に、ワークルールが家族の時間を守ってくれること、労働組合という“チーム”があればよりよいルールを作れるし、チームがなければ自分で作れることなどを学んでもらえると思います。連合にもワークルール教育を最重要課題ととらえ、早いうちから生活実感を伴ったやり方で教育することの重要性を発信していただきたいです。

  1. 36協定とは
    労働者に、法定労働時間を超えて時間外・休日労働をさせる際に必要な労使協定。労働基準法36条によって、時間外に行う業務の内容や時間外労働の上限などを労使で定め、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられている。
    協定による時間外労働は、改正労働基準法で設けられた上限(原則は月45時間、年間360時間)を超えてはならず、協定を結ばずに残業させたり、協定を超える残業をさせたりした場合については、罰則も設けられている。職場に過半数の労働者が加盟する労働組合がある場合は、労働組合が協定締結を担い、ない場合は労働者の過半数によって選ばれた「労働者代表」が担う。 ↩︎

(執筆:有馬知子)

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