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東海汽船株式会社 全日本海員組合 -オトナの社会科見学-

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東海汽船株式会社
1889(明治22)年に設立された海運会社。創業以来130年以上にわたり、東京の竹芝を中心に、横浜・熱海・伊東・館山などの各港より伊豆諸島に向けた旅客・貨物輸送を行っている。伊豆諸島への定期航路の運航のほか、夏期限定の東京湾納涼船の停泊営業、海運代理店事業、船舶修理事業、ホテル事業、バス事業、自動車整備事業、食堂・売店事業など様々な事業を展開している。

今回、職場の紹介をしていただく方は

チームワークで安全な運航を

 「船の世界は運命共同体。ことが起きれば、同じ船に乗っているかぎり全員が同じ運命です」。インタビューの最初にそう切り出したのは、東海汽船で橘丸の船長を務める岩田さん。専門学校を出てから36年、甲板部員から航海士、船長と、海の世界で生きてきました。「だから準備がいる。その準備を皆が着実にこなすことで安全につながる。それが船なんです」。

 航路の伊豆諸島は黒潮の真っ只中。台風や冬の時化など着岸の判断も船長の役目。7月にカムチャッカ半島の地震で津波注意報が発令された際には、許可を得て乗客を下船させ橘丸を沖合に退避させる対応もとりました。

 幼い頃からの船好きながら、「甲板部員になっても航海士にまでなろうとは思わなかった」。近海航路の船長には45歳、より長距離の航行が可能な1級海技士の取得は53歳のとき。「八丈島までならそれまでの資格で充分でしたが、小笠原航路のおがさわら丸が定期点検の間、弊社のさるびあ丸が代替運航することになって、1級海技士が増えれば会社にも良いかな、と」と考えての一念発起でした。

 船長として「天候よりも気にすること」は、船内で寝食を共にする船員たちのこと。「起きれば職場、寝るまで職場。まさに〝同じ釜の飯〞。人間だからミスもする。そのときにフォローしあえるかどうかが安全運航に繋がります。普段からの言いやすい雰囲気づくりが大事です」。

 「お客様が『着いた!』とにこにこ下船されていく様子がブリッジから見えるんです」と目を細める岩田さん。「今後もチームワークと安全第一で、安全運航を続けていきたいです」。

(本内容は季刊「RENGO」2025年冬号に掲載した内容を再掲したものです)

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