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被害者の割合は民間企業の3倍超!
公務員に相次ぐカスハラ、どうすれば防げる?

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地方自治体の職員で、カスタマー・ハラスメント(利用者からの嫌がらせなど。以下「カスハラ」)を経験した人の割合は、民間企業の3倍を超える。公務員の加入する全日本自治団体労働組合(自治労)の林鉄兵総合労働局長は、カスハラが採用難や離職を招き、最終的には住民へのサービスに影響を与えかねないと警鐘を鳴らす。林さんに求められる対策を聞いた。

自治労 林鉄兵 総合労働局長

窓口に12時間居座る人も… 根底には「正義感」

総務省が地方自治体の職員に対して行った調査によると、過去3年間にカスハラを経験した人は35%に上る。一方、厚生労働省の調査によると、民間企業で被害を受けた人の割合は10.8%で、公務に就く人はカスハラに遭う率が、民間の3倍を超える計算だ。

自治労が2020年に実施したアンケート調査でも「昼の12時から深夜零時半まで庁内に居座られた」「市や職場、個人への暴言を吐き続ける人がいて、本来の業務ができない」などの実態が浮かび上がった。林さんは公務の現場でカスハラが起きる原因について、次のように説明する。
「公共機関は、過去数十年で『オカミ』のような権威的な色彩が薄れました。それ自体は良い変化ですが、反動で民間企業以上に『税金を払っているのだから、どれだけ意見を言ってもいい』『いくら叩いてもいい』という風潮が強まったように思います」

産業別労働組合のUAゼンセンや民間のシンクタンクが実施しているカスハラ調査では、迷惑行為をする人は特に50代以上の男性が多いとの結果が出ている。林さんによると、この年代の人は一定の社会的地位を得ていることもあって、本人なりの「正義感」に根ざして行動しており、カスハラをしている自覚も希薄だという。
「年齢を重ねて『若い公務員を教育しよう』『民間のやり方を教えよう』という使命感もあるのかもしれません。しかし一度立ち止まって『自分の子どもや孫が、誰かに同じことをされたらどう思うか』を考えてみてほしいです」

公務のカスハラ対策には、民間企業にはない難しさもある。店舗なら消費者は「出入り禁止」になっても他の店を利用できるが、行政手続きなどは他の自治体の役所で行うわけにはいかず、代替性がないことだ。
「役所には生活困窮者への支援や高齢者の介護など、利用者の生命や健康に関わる業務も多いため、職員は『断る』という最後のカードをなかなか切れない。このためカスハラもエスカレートするのです」

しかも役所や図書館などの公共施設は、地元にあって誰でも無料で入れる。このため毎日のように施設に通い、迷惑行為を繰り返す「リピーター」も多いという。

公務員の離職者、10年で2倍に 影響受けるのは住民

総務省の調査によると、定年などを除いた地方公務員の退職者数は2022年度までの10年間で約2倍に増加し、中でも40歳未満の退職者は3倍近くに増えた。メンタル疾患による長期休職者数も、2022年度までの15年間で2倍に増えている。離職や休職が増えて現場の職員が減れば、しわ寄せは公務サービスを受ける住民に及ぶ。
「離職や休職の原因は複数あるでしょうが、35%の職員がカスハラを経験していることを考えると、関連がないと考えるのも難しいでしょう。逆に言えばカスハラ対策が進めば離職・休職が減り、サービスの質も改善することが期待できます」

2025年6月、改正労働施策総合推進法が成立し、すべての事業主にカスハラ対策が義務づけられることになった。北海道や東京都など自治体がカスハラ防止条例を設ける動きも広がり、三重県桑名市は氏名公表も盛り込んだ条例を制定している。

同時に自治体も職員を守るため、名札のフルネーム表示の廃止やマニュアル・ガイドラインの策定などの取り組みを進めている。一部の自治体では、重大な迷惑行為について裁判所に差し止め請求を申し立てたり、住民を立ち入り禁止にしたりする事例も現れた。
「自治体の業務は福祉からインフラ維持まで幅広く、カスハラをした人にサービスを提供しないことが権利を侵害しかねないケースもあります。『電話と来庁はNGだが書面での要求はOK』など、業務によっては一定のアクセスを保障する必要もあります」

一方、税金徴収や被虐待児の保護などの場合、職員が抵抗した住民から暴言・暴力を受ける恐れもあるため「この基準を超えたら警察を呼ぶ」といった線引きも求められる。
「すべてのカスハラに強力な対抗措置を講じることが最善策ではないですが、職員も守らなくてはいけない。行政と住民が対話を重ねて、どこまでが許容されるクレームでどこからが対応すべきカスハラかという、共通認識を作ることになるでしょう」

また今後、自治体や公共施設でのカスハラ対策をしていく中では、臨時・非常勤職員や受託事業者も含め、公務に関わるすべての人をカスハラから守る仕組み作りや、職員・財源の少ない小規模自治体のサポートなどが課題だという。このほか自治体の差し止め処分件数などを把握し、対策が有効に機能しているか、あるいは行き過ぎていないかをチェックする必要もある。

自治労としても今後、行政に「カスハラ防止ポスター」の作成や「カスハラ撲滅宣言」を出すなどの対策を求めるほか、組合員に自衛策を伝える取り組みも進めるとしている。 「窓口にポスターを貼った、ある自治体は、カスハラが約5分の1に減ったという報告もあります。政府の取り組みを待つだけではなく、できることから手を付けたいと考えています」

自治労「カスタマーハラスメント予防・対応マニュアル」(2023年2月作成)
連合「ハラスメント防止」ポスター(2025年4月作成)

オペレーションにも改善の余地 カスハラとSOSは「紙一重」

林さんは「カスハラ対策だけでなく、オペレーションの改善にも合わせて取り組むべきです」とも強調する。地方公務員の数は2022年、280万人と1990年に比べて48万人減った。職員数の減少で1人当たりの労働密度や業務に求められるスピードが高まった結果、利用者対応の質が低下しカスハラを招いた面もあるからだ。例えば転出入手続きが集中する3~4月、長時間窓口で待たされた利用者がいらだちを募らせ、クレームやカスハラに及ぶといった例もしばしば見られる。
「必要な人員を確保するほか、アプリで来庁時間を予約できるようにして待ち時間を減らすなど、デジタル技術を使って利便性を向上させることなどにも取り組む必要があります」

職員が仕事に追われる中で、事例やノウハウを学び合う機会が減り、説明力や対応力が弱まっているのではないかとも懸念する。
「制度が複雑化する中、住民の立場に立って分かりやすく説明するスキルはますます求められるようになっています。能力開発を職員個人の責任に帰すのではなく、組織として仕組み化しなければいけません」

行政組織は不祥事やクレームが起きた時、過剰に措置を講じる傾向もあるという。例えばひとつの自治体で個人情報が流出すると、全国の自治体で「個人情報を扱う時は、必ず2人以上で対応する」というルールが作られるといった具合だ。ある区役所では、飲み物がPCにこぼれてデータが損なわれるのを防ぐため、机の上にコップを置かないというルールを設けた。すると蓋をしたペットボトルがあるだけでクレームをつける利用者が現れ、最終的に飲料を一切置かないことにしたという。
「『モンスタークレーマー』に口実を与えないためにも、ルールの目的をきちんと認識し、過剰な措置を排除することは重要だと思います」

ただ林さんは、かつて市役所に勤務する中で、迷惑行為の陰に生活困窮や疾患、障がいなどの「困りごと」が隠れていることを実感してきた。何度注意しても公園でハトに餌をやる高齢者が、実はセルフネグレクトに陥り自宅にごみが散乱している、といったケースだ。従来、林さんら行政職員の多くは迷惑行為を「形を変えたSOS」と捉え、粘り強く話を聞いてきた。カスハラ対策が進むことは望ましいが、一方で「話を聞き始めて30分経過したので対応を打ち切る」などと、すべての対応をマニュアル通りに進めることも危険だと考えている。
「四角四面な対応だけでは、住民が行政に失望して頼ろうとしなくなり、必要な福祉を受けられなくなるリスクも高まります。カスハラ対策が進んでも、職員はあくまで住民を守り、必要な福祉を提供するのが仕事だという意識を持ち続けることが大事です」

(執筆:有馬知子)

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