連合見解

 
2018年01月16日
経団連「2018年版 経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解
日本労働組合総連合会

 経団連は1月16日、「2018年版 経営労働政策特別委員会報告 -働きがいと生産性向上、イノベーションを生み出す働き方改革」(以下「報告」)を発表した。

 「報告」は冒頭「序文」において、「4年間にわたって実現してきた賃上げのモメンタムをデフレからの完全脱却と経済の好循環の拡大・加速へつなげていかなければならない」。そのためにも、「何よりもまず経営者自らが積極経営のギアをさらに上げ」る必要があると力強く宣言している。
 いまだ力強さを欠く個人消費の伸びや景気回復の実感が全国に広がっていない現状に対し、経済界として、とりわけ賃金引き上げに対して、従来に比べて踏み込んだ呼びかけを行っている姿勢は評価できる。
 また、「社会保障制度の持続可能性や教育費負担への懸念」をはじめとする将来不安、2019年10月に引き上げられる消費税の使途に触れ、政府に対して社会保障改革、財政健全化の道筋を示すことを求めている。これらは連合も同様の考え方を持っており、その実現に向けて労使で積極的な取り組みを進めていきたい。
 「報告」は、経済全体の好循環につなげていくために「働き方改革と労働生産性向上の一体的取組み→企業収益の拡大→処遇改善」という「社内における好循環」をつくり出す、としている。その方向性については、理解できるものの、真に自律した経済成長を求めるならば、「人への投資」と生産性向上が同時に推し進められる「正のスパイラル」が必要であることを指摘しておきたい。

 連合は2018春季生活闘争において「底上げ・底支え」「格差是正」の継続・定着・前進と「すべての労働者の立場にたった働き方」の実現に取り組むことで、「経済の自律的成長」「包摂的な社会の構築」「人的投資の促進」「ディーセント・ワークの実現」をめざす。この観点から、「報告」の各論点に対する連合見解を以下のとおり表明するものである。

1.2018年春季労使交渉・協議における経営側の基本姿勢について
(1)賃金決定にあたっての基本的な考え方と基本スタンス
 昨年以上に所得向上に向けて前向きな姿勢を示していることは評価する。
 一方、「個人消費活性化にむけた『3%の賃金引上げ』との社会的期待を意識し」「自社の収益に見合った前向きな検討が望まれる」としながらも、その手法については、相も変わらず「年収ベースの引上げ」にこだわっており、真に社会的要請に応えようとしているとは言い難い。
 連合白書で指摘し続けているとおり、所定内給与と賞与・一時金など特別給与では、その変動分(増額分)が消費に回る割合には大きな差がある。経済に対する労使の責任と役割を果たすには、月例賃金の引き上げこそが不可欠である。実効性ある検討と対応を強く求めるものである。
 「報告」は賃金決定の考慮要素の一案として「自社の労働分配率や現金・預金の動向など、適正な指標について検討」としているが、これは言い換えれば、
総額人件費管理を前面に出すものであり、労働の対価に見合った賃金水準の観点が欠けている。賃金は労働の対価であると同時に労働者とその家族の生活を支える最も重要な収入源である。
 人口減少と産業構造の変化が加速する中、「人への投資」と生産性向上とが「正のスパイラル」を形成するように導かなければ、企業・産業・社会の成長はおぼつかない。直面する課題の解決に向けて、労使が力強いけん引役となるよう、高い気概を期待する。

(2)中小企業における賃上げについて
 「報告」は、連合中小共闘方針の「総額で10,500円以上」という賃金引き上げ要求目安を、「多くの中小企業の実態から大きく乖離」「主張の一貫性を欠いている」と批判している。「実態から大きく乖離」とは、中小企業の支払い能力に照らし合わせていると思われるが、それを所与の要件として現存する賃金の規模間格差を是認することがあってはならない。
 連合は中小企業における労働者の処遇の改善のためには、「価格」と「働き方」の両面で取引の適正化が必須であると主張している。「報告」は中小企業の生産性向上の取り組み支援の必要性を指摘し、「大企業としても、サプライチェーンを含めた業界全体の効率化に積極的に取り組む必要がある」「発注時の配慮を含めた取引の適正化などを通じて資金面で支援する」としている。中小企業が真に必要とする支援を提供することにより、社会全体の生産性向上に向けて、実効性ある先導役を果たしていくことが望まれる。

(3)長時間労働の是正について
 「報告」は、長時間労働・過重労働の防止の観点から、時間外労働の上限規制および「勤務間インターバル制度導入」を含む労働時間に関する新たな規制について、「過労死・過労自殺ゼロを実現するという強い意志の下、経済界の総意として決断し」、各企業が「改正法案の成立・施行を待つことなく、長時間労働を前提とした働き方や仕事の進め方を抜本的に見直すべく、労使で十分に話し合い、社員が健康に働くことができる職場環境の整備を進めていく必要がある」ことを指摘している点は評価できる。
 しかしながら、働き方改革関連法案の法律案要綱には、「柔軟な働き方の実現」として、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の対象業務の拡大も盛り込まれており、「報告」は、これらを含め、法案の早期成立を強く求めている。高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の対象業務拡大は、長時間労働を助長しかねないものであり、実施すべきではない。
 「報告」は、長時間労働是正に伴う時間外手当の減少に触れ、労働生産性が向上した場合は、「何らかの形で社員の処遇改善等へつなげていく」ことを提起し、その手法として設備や環境整備、「賞与・一時金の増額」「手当の創設・引上げ」などを挙げているが、労働の質的向上には「基本給の水準引上げ(ベースアップ)」で応えるべきである。

(4)非正規労働者の労働条件の改善について
 「報告」は、パート・有期契約社員の処遇改善の必要性について例年以上に踏み込み、正社員と同様に「極めて重要」としたことは高く評価したい。なお「報告」では、昨年に引き続き「非正規労働者」の呼称について言及しているが、いかなる呼称であれ、同じ職場で働く者の間に合理的理由のない処遇格差が存在してはならないことを改めて指摘しておく。
 「報告」は、「同一労働同一賃金の実現に向けた対応」にも大きく紙幅を割き、正社員とパート・有期契約社員との間で説明が難しい待遇差が生じている場合の対応として「賃金制度全体を抜本的に見直」すことや、法改正を契機として基本給を見直す場合の対応として諸手当等を「基本給への組込みや廃止」することを選択肢として提示しているが、正社員の賃金制度の改悪や諸手当の廃止といった労働条件の不利益変更を伴う形で、同一労働同一賃金の実現をはかることはあってはならない。同一労働同一賃金の法整備の目的は「非正規雇用で働く方の待遇改善」であり、この目的は労使代表がともに参加した「働き方改革実現会議」においてコンセンサスを得ている。経営側はこの重みを改めて認識し、あくまでパート・有期・派遣で働く者の労働条件をいかに引き上げるかという観点から労使協議を重ねるべきである。加えて、その労使協議にあたっては、パート・有期・派遣で働く者の声を踏まえて行うことで、処遇に対する当事者の納得性を高める視点が必要不可欠である。
 また、「パート・有期契約社員の雇用契約期間や、契約更新のあり方も検討しておく必要がある」と述べている部分については、その意味するところが判然としない。労働契約法第18条に定める「無期転換ルール」を阻害するものであってはならないことを指摘しておく。会社の雇用方針に合わせるために不利益な変更を強いることは許されない。

2.個別項目に対する具体的な見解
(1)働き方改革について
 「報告」は、副題を「働きがいと生産性向上、イノベーションを生み出す働き方改革」と銘打つなど、「働き方改革」を強く意識している。連合としても、長時間労働の是正やいわゆる「同一労働同一賃金」の実現といった「働き方改革」への対応が、2018春季生活闘争における重要課題のひとつであることは認識を一にするところである。
 「報告」では、年間総実労働時間や年休取得などのKPI(重要目標達成指標)を掲げることを呼びかけている。数値目標を掲げること自体は「働き方改革」を進める手段のひとつではあるが、数値目標ありきで、その達成手段が不明瞭であったり、職場実態から乖離したようなものであっては本末転倒である。ましてや、数値目標の形式的な達成に重きを置くばかりに、不払い残業等の事態が生じることは断じてあってはならない。「働き方改革」は、真に「すべての労働者の立場にたった働き方」の実現であるべきであり、その実現に向けては職場実態を熟知した労使が十分に協議した上で数値目標とその達成手段の認識を共有し、労使一体で取り組みを進めることが何よりも肝要である。

(2)労働生産性の向上について
 「報告」は前年に続き、労働生産性の向上に紙幅を割いている。連合も社会全体の生産性向上が必要であるという点は意見を同じくするが、それは賃金の引き上げと「すべての労働者の立場にたった働き方」の実現を通じて国民生活の維持・向上をはかるために追求していくものであって、向上自体を目的とはしていない。
 また各企業において労働生産性の向上に取り組むならば、労働者が安心して働ける環境を担保することを前提に、労使がそれぞれの立場から、労働条件の向上のみならず、自らの業績や企業の枠を越えた経済・産業・労働市場等についても関心を共有し、生産性の向上とそこから得られる成果の公正分配を実現するための徹底した協議を重ねていく、緊張感と相互信頼にもとづく関係が必要である。それを体現する「生産性三原則」の重要性を今一度、指摘しておく。

(3)健康経営の取組みについて
 「報告」は、健康経営〔1〕を経営戦略の一環として取り組むことの重要性について強調している。連合は、労働者の健康の確保は、労働者が職業上のモチベーションを維持するための条件であるだけでなく、生涯にわたって充実した生活をすることができるための極めて重要な条件であると考える。企業が労働者の健康に着目した取り組みを強化する際には、「健康と安全に配慮した働きやすい職場環境を整備する」とする経団連「企業行動憲章」を踏まえ、企業の社会的責任のひとつとして認識することが重要である。また、企業が健康経営に取り組む際には、疾患や障がいのある労働者が不当に評価されることがないよう、企業全体で治療と仕事の両立の重要性などを共有し、実践すべきである。

(4)多様な人材の活躍促進について
①女性の活躍の戦略的推進
 「報告」は、女性の就業者数や役員・管理職層の増加などを女性活躍推進の成果としており、さらに戦略的に進めることで、経済全体の成長につながるとしている。しかし、世界経済フォーラムが発表しているジェンダーギャップ指数は過去最低を更新し、女性の役員・管理職割合は低く、いまだ女性雇用者の過半数を非正規雇用労働者が占め、男女間賃金格差の是正も遅々として進まない現状においては、働く女性全体を底上げする観点なくして、女性活躍が進んでいるとは言い難い。
 女性活躍推進は、経済成長の手段ではなく、すべての女性の個性と能力を発揮できる環境整備に向けた取り組みであり、女性活躍推進法等を活用しながら、性別役割分担意識の払拭をはじめとする、職場の様々な課題を解決することが求められている。
 連合の調査においては、子がいる男性の約7割が両立を希望するものの、現実は約6割が仕事優先となっている。仕事と育児の両立支援について、「女性が働きやすい環境づくり」として捉えるだけでなく、女性活躍推進や長時間労働是正を含めた働き方改革の観点からも、男性の育児休業取得促進をはじめとする誰もが安心して子どもを育てながら働き続けられる環境の整備に取り組むことが重要である。
②外国人材の受入れ
 「報告」は、「高度外国人材獲得に向けたダイバーシティ経営の推進」等を打ち出しており、受け入れ対象は「専門的・技術的分野」の外国人とするべきであるとする連合の考え方と認識は同じである。
 一方、「報告」では留学生や技能実習生が人手不足産業における重要な労働力となっている現状を認識しながらも、低賃金労働等の課題の指摘にとどまっており、権利保護の視点が欠けている。日本で働く外国人労働者の権利を保護し、安全衛生をはじめとした労働関係法令を遵守する取り組みを労使一体となって推進することが必要である。
 「移民受入れ」に関しては、丁寧な議論の必要性は指摘しているものの、当座の労働力の確保という観点で安易かつなし崩し的な受け入れは行うべきではない。労働力不足への対応に関しては、外国人労働者の受け入れは抜本的解消策となり得ず、非正規雇用労働者の問題や若者雇用の問題、女性や高齢者を含め、働くことを希望する誰もが安心して働くことのできる環境整備を最優先に取り組むべきである。
③LGBTへの対応に関する企業の取組み
 「報告」は、いわゆる「LGBT」を理解し、「多様な存在」として認識・受容し得る社会の構築を訴え、当事者の権利保護に関する文言の社内規定への明記など事例を列挙し、取り組みを促しているが、性的指向及び性自認(SOGI)に関する課題については、いわゆる「LGBT」など特定の人々にのみ配慮が必要な課題として捉えるのではなく、すべての人に関係する人権課題として取り組まれる必要がある。また、既に職場では、具体的なトラブルや訴訟が提起されていることから、具体的な課題把握、取り組みの実施が急務である。
 職場の取り組みとしても、「報告」が指摘するSOGIに関する差別禁止を定めた方針の策定は前提として、方針を具体化するハラスメント対策や相談体制の整備などが求められる。加えて「カミングアウト」や「アウティング」などこの課題に特徴的な課題を系統的に認識し、対応することも必要である。
 また、厚生労働省において、2018年4月より性別適合手術への保険適用が検討されていることを踏まえ、職場の男女別取り扱いの見直しや性別適合手術に付随する休暇・休業などの職場課題への対応も必要となることから、性別適合手術などの課題を抱えた当事者に対する、不利益な異動や解雇などがないように取り組みを進めるべきである。また、いずれの取り組みにあたっても、一度の研修や制度導入にとどまらず、継続的な取り組みと進捗管理が求められる。
なお、多様な人材の一層の活躍を促進するためには、セクハラやパワハラを含め、あらゆるハラスメントのない「働きやすい職場環境」が重要であり、その実現に向け、労使で積極的に取り組む必要がある。
 
(5)介護離職予防に向けた職場環境の整備
 「報告」は介護に関する社員の実態把握や適切な介護体制の構築に向けた支援、両立しやすい職場づくりなどをあげ、法を上回る制度を導入している企業の紹介や、業務体制の見直しなどを掲げている。
 今後の職場環境の構築にあたっては、「報告」にも記載のとおり、介護などさまざまな事情を抱えた労働者をお互いに支え合える環境が求められる。法を上回る両立支援制度の整備にあたっては、1年以上の十分な介護休業期間の確保や、介護休業の時間単位取得、介護の事由解消までの短時間勤務制度など、両立支援制度の柔軟化による利用促進の観点から、それぞれ利用できるようにすることが求められる。
 同時に、いわゆる「ケア・ハラスメント」の防止が強調されるべきである。既に施行されている法がカバーする範囲以外でも、例えば両立支援制度を利用せずに介護を行っている場合などには、ハラスメント防止対策の対象とされるべきである。また、業務の見直しにあたっては、普段からの適正な人員配置・業務分担の上で、介護を抱えた労働者の負担に鑑みた、代替要員の確保などが求められる。他方で、ハラスメント被害により長期の休業に追い込まれた際には、十分な治療期間を確保の上、解雇されることなどがないようにしなければならない。
 
(6)最低賃金について
 2017年度の地域別最低賃金額改定は、中央最低賃金審議会目安制度のあり方に関する全員協議会が、異例とも言える2年半もの時間をかけて報告を取りまとめて以降、最初の改定であった。「報告」は昨年度と同様に地域別最低賃金額の引き上げを批判しているが、連合は、改定審議が「公労使三者が、その真摯な話し合いを通じて、法の原則および目安制度に基づき、時々の事情を勘案しつつ総合的に行うことが重要である」との合意に則って行われたことを評価する。
 特定(産業別)最低賃金については、地域別最低賃金との差が急激に縮まっていることをあげて、「今後も政府の引上げ方針に配意した地域別最低賃金の審議が続くならば」存続させる意義は失われている、としている。しかしながら、特定(産業別)最低賃金は、2007年の最低賃金法改正で、企業内における賃金水準を設定する際の労使の取り組みを補完する制度として、地域別最低賃金の役割とは別の役割を果たすものとして規定された。地域別最低賃金との逆転・接近だけをもって存在意義を問うのは、視座が欠けていると指摘せざるを得ない。労働力不足が顕在化する中、産業内における公正競争を確保し、健全な産業の発展を望むのであれば、むしろ、その存在意義を積極的に評価するとともに、水準の引き上げを行うべきである。
 連合は引き続き、最低賃金法の主旨に鑑み、最低賃金水準のあり方や特定(産業別)最低賃金が設定されている意義にこだわった取り組みを進めていく。
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[1] 「健康経営®」は(特非)健康経営研究会の登録商標である
  
以上


【PDF版】
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/2018/hoka/20180116kenkai.pdf