経団連は1月21日(火)、「2025年版 経営労働政策特別委員会報告」(以下「報告」)を発表した。「報告」に対する連合見解を以下のとおり表明する。
Ⅰ.全体に対する見解
1.評価できる点
(1)時代の変化についての認識は基本的に共通
「報告」は、序文において四半世紀の日本の賃金決定の変化を振り返り、「ベースアップは論外。定期昇給の凍結・見直しも労使交渉の対象」(2003年版報告)との考え方を掲げた時代から、いまは大きく変化しているという基本的認識から書き起こしている。2023年には「『物価動向』を特に重視し、ベースアップの前向きな検討」を呼びかけ、30年ぶりの3%台の賃上げが実現し、2024年には「ベースアップを有力な選択肢」として打ち出し、賃上げが5%台に「加速」したとしている。そして、2025年は、「ベースアップを念頭に置いた検討」を呼びかけ、2023年を起点に醸成されてきた「賃金引上げの力強いモメンタム」の「定着」をはかるとしている。
連合方針では、「2023闘争で“転換点”をつくり、2024闘争では“ステージ転換”に向けた大きな一歩を踏み出した。2025闘争では、四半世紀に及ぶ慢性デフレに終止符を打ち、動き始めた賃金、経済、物価を安定した巡航軌道に乗せる年としなければならない。連合は、すべての働く人の持続的な生活向上をはかり、新たなステージをわが国に定着させることをめざす」としており、この間の変化についての評価や2025春季生活闘争の歴史的な意味について基本的に共通している。
(2)賃上げは「人への投資」と明確に方針化したことを評価
「報告」は、これまでの「賃金決定の大原則」を「賃金・処遇決定の大原則」に深化させた。「賃金引上げと総合的な処遇改善を『人への投資』として明確に位置付け」「経営者には、賃金引上げを『コスト増』ではなく、付加価値の源泉であり、事業の継続と発展に不可欠な『人への投資』であることをより意識した検討・実施を」と明記したことは評価できる。「生産性上昇のない企業も横並びで賃金水準を底上げする市場横断的なベースアップは、もはやありえない。生産性の裏付けのないベースアップはわが国の高コスト構造の原因となるだけでなく、企業の競争力を損ねる」(2006年版報告)などとしてきた過去の考え方を時代の変化にあわせて変えていこうとする姿勢の表れと受け止める。
また、さらに先、「2%程度の適度な物価上昇とともに1%程度の生産性の改善・向上、これらに対応する賃金水準引上げ(ベースアップ)による『構造的な賃金引上げ』の定着」)をはかるとしている。連合の掲げる「未来づくり春闘」は、産業・企業、経済・社会の活力の原動力となる「人への投資」を起点として、ステージを変え、経済の好循環を力強く回していくことをめざしており、当面の安定した巡航軌道のイメージとも基本的に重なるところが多い。
連合は、短期的な視点からの労働条件決定にとどまらず、20年以上にわたる賃金水準の低迷、その中で進行してきた不安定雇用の拡大と中間層の収縮、貧困や格差の拡大などの課題について中期的な分配構造の転換をはかり、すべての働く者の総合的な生活改善をめざしており、経団連の「賃金・処遇決定の大原則」がより大きな社会課題を視野に入れた考え方として一層深化することを期待したい。
(3)賃上げのすそ野を広げるには適正な価格転嫁・適正取引が不可欠
「報告」は、「ここ2年間で醸成されてきた賃金引上げの力強いモメンタムを社会全体に『定着』させ、『分厚い中間層』の形成と『構造的な賃金引上げ』の実現に貢献することが、経団連・企業の社会的責務といえる。その達成の鍵は、働き手の7割近くを雇用する中小企業と、雇用者数全体の4割近くを占める有期雇用等労働者の賃金引上げが握っている。とりわけ、中小企業における賃金引上げには、適正な価格転嫁と販売価格アップが不可欠である」とし、中小企業自身の努力に加え、①サプライチェーン全体を通じた取り組み、②社会全体での環境整備、③政府・自治体等による取り組み・支援について昨年以上に分量を割いて言及している。これらの取り組み姿勢は評価できる。ただし、問題は結果である。公正取引委員会や中小企業庁の調査によると、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の認知度は約5割、平均的な価格転嫁率も約5割にとどまっている。同指針を知っている企業ほど価格転嫁率が高く、価格転嫁率が高い企業ほど賃上げ率も高いという調査結果が出ており、いまこそ、取り組みの徹底をはかるべきである。
労働組合の立場からも適切な価格転嫁・適正取引の取り組みを進めるとともに適切な価格転嫁に対する働く人・生活者の理解促進に努めていくが、経団連には、各業界レベル、会員企業レベルで結果につながる取り組みの徹底を求める。なお、中小企業庁「価格交渉促進月間(2024年9月)フォローアップ調査によると、全額転嫁ができていても、賃上げしない企業が26.2%存在しており、問題があることも付言しておく。
2.相違点
(1)持続的な賃上げと月例賃金へのこだわり
「報告」は、「月例賃金(基本給)は、働き手の日常生活と密接に関連し、日々の消費行動にも影響するなど、極めて重要な意味を持っている」「ベースアップを念頭に置いた検討」を呼びかけていくとしている一方、月例賃金(基本給)や初任給、諸手当、賞与・一時金(ボーナス)など「多様な方法」による賃金引上げの検討という従来型の表現を引きずっている。今回の「報告」は、十倉体制における集大成であり、社会に対して簡潔明瞭なメッセージを発信するべきである。
わが国の賃金決定は、企業ごとの労使交渉が中心となっており、連合や産業別組織などの方針を踏まえつつミクロの状況も考慮して行われている。だからこそ、個別企業労使に「『社会性の視座』に立って」方向性を示す経団連のリーダーシップの発揮が求められる。
「賃金も物価も上がらない」という社会的規範(ノルム)を変え、新たな経済社会のステージへと転換するためには、将来の生活設計を左右する月例賃金を継続的に引上げることが重要である。将来の見通しが安定しなければ、給与所得から貯蓄に回す比率が高まり、経済の好循環のサイクルが回っていかない。また、規模間、雇用形態間、男女間などで大きな賃金格差がある現状および、人材の確保・定着のためにも魅力ある労働条件の整備が急務であることなどの観点から、月例賃金の改善を最優先して日本社会全体の賃金の底上げを進めるべきである。
(2)成長に見合った分配の実現
「報告」のTOPICSとして、「実質賃金の国際比較」を取り上げ、「1990年代以降、・・・主要先進国では、実質賃金が伸びている中、日本は労働生産性の向上に比べて、実質賃金はほとんど上昇していない・・・。1人当たり賃金(年収)でみても、OECD諸国平均を大きく下回っている」ことに言及した。日本の実質賃金が停滞した要因について、①パートタイム労働者など就業時間の短い労働者の増加、②交易条件の悪化などをあげている。
しかし、最も大きな要因は、日本経済が成長しても賃金が上がらなかったことにある。1990年代半ばから30年以上にわたり、日本全体の生産性の伸びと賃金の伸びに乖離が生じ、実質賃金は緩やかに低下し続けてきた。また、賃金を中心とする「人への投資」を後回しにして賃金抑制を続けコスト削減で短期利益を追求してきた企業行動こそが、日本の労働生産性の低下(OECD38か国中29位)を招き、国内設備や技術開発などの抑制と相まって国内の産業基盤を弱めたことが貿易赤字、円安、交易条件の悪化につながっている。財務省「法人企業統計調査」によれば、この10数年間で企業の現金・預金残高は2倍以上に増え、300兆円を越えた。
経団連の中長期ビジョン「FUTURE DESIGN 2040」では、「少子高齢化・人口減少」と「資源も持たない島国」という2つの制約条件を乗り越え、「科学技術立国」、「貿易・投資立国」を持続的な成長の源泉として、「将来世代が希望を持ち続けられる国民生活を実現する」と提言している。そのためには、マクロの労働生産性に見合った実質賃金の改善を新たな社会的規範(ノルム)として定着させ、働く人・生活者が生活向上の実感と未来への希望を持てる社会を実現すべきである。連合は、建設的な労使関係を基礎として、雇用の維持拡大、労使の協力と協議、成果の公正な分配を柱とする生産性三原則をナショナルレベル、産業レベル、地域レベル、企業レベルで真剣に実践するよう求める。
(3)格差是正に対する姿勢
報告は、全体的に規模間、雇用形態間、男女間などにおける格差是正の必要性について一定の理解を示しているが、自由な市場原理の結果として生じた歪みを積極的に是正しようという姿勢が弱い。連合は、「分配構造の転換」を方針に掲げ、現状の企業間、労使間、労働者間の分配のあり方を大きな視点から見直すべきだと考えている。雇用労働者の7割は中小企業で働いており、わが国の経済社会の基盤を支えている中小企業が元気を取り戻し成長していかなければ、好循環は回らない。
ある経営者は「良い商品・サービスに値が付くのは当然という社会にしないといけない」というが、これまでの企業間取引において、製品やサービスと労働の価値を認め合い、大企業も中小・小規模事業者も共存共栄できる価格設定が実現しているとは言い難い。弱いものがより弱いものを叩き、人件費を含む過当競争の結果として現状の格差が生じているのだから、適正取引と労働の価値にふさわしい社会的な賃金水準を同時に追求する必要がある。2024年の大企業の賃上げは2万円を越える回答も少なくなかったにもかかわらず、「『18,000円以上・6%以上』とする中小組合の要求水準は、・・・極めて高い水準といわざるを得ない」としているのは遺憾である。大手企業と中小企業の賃金水準には差があり、人手不足のなかにおいて、中小企業の賃金格差の是正はまったなしであり、経団連および会員企業は、その環境を整えるとともに、取引先に遠慮することなく積極的な賃上げをするよう背中を押す役割を果たすべきである。労働組合の要求に真摯に耳に傾け、労使交渉が行われることを期待する。
Ⅱ.個別項目についての見解
※ 以下の項目番号は「経労委報告」の章建てに準ずる
第Ⅰ部 生産性の改善・向上に資する「多様な人材」活躍推進と「人への投資」強化
1.基本的な考え方(生産性の改善・向上に必要な制度整備・支援策等)
(2)DEIのさらなる推進・浸透
②DEI推進・浸透による効果と課題
(b)DEI推進・浸透の課題(アンコンシャス・バイアス対策)
「報告」において、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)への対策」をDEIのさらなる推進・浸透の課題と位置づけ、「男性・女性はこうあるべき」などといった「潜在意識を取り除くべく、継続的な周知活動等を通じて、働き手一人ひとりが自身のアンコンシャス・バイアスに気付き、多様な人材を受け入れる素地を形成していくことが極めて重要である」とした点は評価できる。
なお、「自身のアンコンシャス・バイアスに気付き、多様な人材を受け入れる素地を形成していくこと」は、働き手だけではなく、経営者自身の課題でもあることを自覚し、自らが取り組んでいくことが重要である。
(3)「自社型雇用システム」の確立
今年の「報告」では、「メンバーシップ型雇用やジョブ型雇用の特徴を踏まえ、各企業が、自社の事業内容や経営戦略、企業風土等との親和性等に照らしながら、最適な雇用システム、すなわち『自社型雇用システム』を検討し、確立する必要がある」とし、かつてのジョブ型推進のスタンスから一定の距離を置く姿勢がみられる。また、TOPICS「デフレ経済の振返り」の中では、「年功型賃金制度から、成果主義型賃金制度の導入が進んだこととあいまって、定期昇給の延期・凍結が一部の企業で行われるなど賃金が伸び悩む中で、消費者の購買力は減少し、消費の停滞の大きな要因となった」「成果の客観的な測定(数値化)が困難な職種への対応のほか、働き手が短期的・個人的な成果を追求してチャレンジングな仕事やチームワークが求められる業務を避けるなど様々な問題が顕在化し、見直しを迫られた」と、安易な成果主義賃金へのシフトに対する評価も記載されている。
一方、「報告」では、「『自社型雇用システム』を検討し・確立する必要がある」としている。しかし、これまでの連合見解および連合白書で指摘しているとおり、ジョブ型雇用の定義や内容についての共通理解が不十分であり、社会全体の雇用慣行を含めた雇用システムと個別企業の人事処遇制度を峻別する必要がある。とりわけ、ジョブ型人事制度については、「ジョブ型人事指針」が示すように各社の制度が多様であり、企業規模や職種などによってはジョブ型人事制度がなじまない場合や無理な導入によって人材定着に逆行しないよう、個別労使における丁寧な協議等による決定が不可欠である。なお、いわゆる職務給は、定期昇給も人事査定もないのが一般的であることを付言しておく。
今必要なことは、社会のニーズや技術革新の変化に対応できる人材の確保・育成と透明・公正で納得できる人事処遇制度の整備である。人材を育てずに初任給をはじめとする採用時の賃金水準だけ高くし、人材を引き抜き使い捨てにするような人事政策では、企業の持続的な成長も社会全体の生産性向上も期待できない。経団連には、経営者に対し、「人への投資」の重要性と人を大切にする経営姿勢を促すことを期待する。
(4)労働時間法制の見直し・複線化
「報告」では、「現行の労働基準法が前提とする『労働時間をベースとする処遇』だけではなく、『労働時間をベースとしない処遇(仕事・役割・貢献度を基軸とする処遇)』との組み合わせが可能な労働時間法制へと見直して、複線化を図っていかなくてはならない」としているが、長時間労働を助長しかねない制度の導入は受け入れられない。労働者の健康とワークライフバランスの確保に向けた働き方改革関連法の定着促進にこそ取り組むべきである。
そもそも労働基準法は、労使の交渉力の格差を踏まえて契約自由の原則の修正をはかり、労働者の「人たるに値する生活を営むための必要を充たす」労働条件の最低基準を定めた強行法規である。今後も労働者保護の基本原則を堅持しつつ、現行法で不十分な点を直視した上で労働者の安心・安全の底上げに向けて強化をはかるとともに、より多くの働く者が法の保護を受けることができるようにすべきである。
特に労働時間規制は、労働者の健康・安全確保とともに、家庭生活・社会生活を営むための生活時間の保障という重要な機能を持っている。また、同規制が持つ労働者間の長時間労働による競争を防止する公共的な意義も踏まえれば、今後もこれらの機能の維持・向上をはかるべきである。
また、「『労働時間をベースとしない処遇』を可能とする、裁量労働制の拡充を強く求めたい」として「裁量労働制の対象業務について、過半数労働組合など企業労使が話し合って決定できる仕組み(デロゲーション)を創設すべきである」とするが、裁量労働制については、2024年の省令等改正を踏まえた適正運用の徹底を行うべきであり、その対象業務は拡大すべきではない。さらに「労使委員会の決議を企業単位あるいはブロック単位で可能とすること」にも言及しているが、職場ごとの実態を踏まえて行われる労使協議などの重要性に鑑みれば、手続きの緩和や簡素化は不要である。裁量労働制の対象業務に限らず、「労使コミュニケーション」の名の下に、その解除を労使合意に委ねる「デロゲーション(法規制の解除)」の拡大は、法の存在意義を否定するものであり、認められない。
2.労働参加の拡大(「量」)と「多様な人材」の活躍推進(「質」)
(1)外国人
「報告」では、「外国人が日本で就労しながらキャリアアップが可能なわかりやすい制度の構築」に言及しており、その視点は重要である、一方、「日本語が堪能でなくとも就労できる」とあるが、日本語能力は、外国人にとって、就労時のみならず、日常生活においても重要であり、これまで以上に日本語能力の向上の取り組みを推進する必要がある。わが国に在留する外国人について、文化・習慣の違いや差別・偏見などから、様々な人権問題が発生しており、「ビジネスと人権」の観点から、グループ会社やサプライチェーンも含め「人権」への対応の強化が求められる。
(2)女性
④女性特有の健康課題への理解とアンコンシャス・バイアスの払拭
「報告」が女性の活躍推進に関し、「『家事・育児は男性が行うものではない』『育児中の家庭の女性社員は海外赴任できない』といった企業や同僚社員のアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を払拭」することが「重要である」としたことは、連合の考えと一致している。しかし一方で、その目的を「女性社員の就業・成長機会や育児の機会を喪失させないこと」と述べていること自体、「育児は女性が行うべき」という、アンコンシャス・バイアス、固定的性別役割分担意識が根深く残っていると言わざるを得ない。「就業・成長機会や育児の機会を喪失させないこと」は、女性社員に限らず男性社員にとっても必要不可欠であり、「②女性のキャリア継続・早期復帰支援と男性の家事・育児促進」で述べているとおり、「男性社員が育児休業を取得しにくい理由や支援のニーズを把握した上で、マネジメントにおける工夫や柔軟な働き方の推進、育児休業の開始時・復職時のサポート、長時間労働の防止、育児期の社員を支える周囲の社員への支援等を講じること」が重要である。
(4)高齢者
「報告」が指摘するように、「高年齢雇用継続給付受給等のため、賃金水準を定年前より大きく下げているケースが多い」。同一労働同一賃金を実現する観点から、通常の労働者と高年齢労働者との間に不合理な格差のない、均等・均衡のとれた賃金制度に見直す必要がある。
また、「報告」は、「高齢社員が有する能力やスキルなどを一企業にとどめずに社会全体で活用することも重要」、「企業においては副業・兼業の促進や業務委託の活用」が求められるとしている。業務委託などの雇用によらない就労は労働関係法令による労働者保護が及ばないことから、就労を希望する高齢者に対し、「雇用による就労」を推進すべきである。
(5)障害者
②今後の課題
「報告」は、足許の法定雇用率の達成状況や次期の法改正をも見据え、2026年7月に予定される法定雇用率の改定時期を柔軟に検討することや、今後の除外率引き下げ時期と幅を慎重に検討すること、今後の納付金制度の対象範囲拡大を検討するならば経過措置を議論すべきなどとしている。「共生社会」の実現に向けては雇用の質の向上のみならず雇用者数も重要であり、労働政策審議会で審議・決定した法定雇用率を予定どおりに引き上げるとともに、除外率についても早期撤廃に向けた議論が必要である。また、納付金制度の対象範囲拡大にあたっては、「報告」が指摘する中小企業への支援拡充が不可欠である。
(6)有期雇用等労働者
「報告」は、「正社員の仕事がない」ために有期雇用等を選択した「不本意有期雇用等労働者のみならず、本当は正規雇用で働きたいものの「家事・育児・介護等と両立しやすい」ために有期雇用等を選択した「『潜在的』不本意有期雇用等労働者」も視野に入れて、処遇改善や正社員化を進めるべきとする。
この視点は極めて重要であるが、労働契約法18条の無期転換逃れや無期転換後の労働条件への対応を置き去りにすべきではない。これらを総合的に進めることなくして、パートや有期雇用等で働く労働者の真の雇用の安定と処遇改善は真に果たすことができない。
3.円滑な労働移動の推進
(1)近年の労働移動の状況
「報告」は、持続的な成長には、「成長産業・分野等や地域経済の主な担い手である中小企業等への円滑な労働移動が欠かせ」ず、「労働市場を労働移動に適したものへと創り上げていく必要がある」としている。また、シンクタンクの調査結果を引用し、転職希望者比率は、「一定割合に上っており、年齢が低いほどその割合は高い」としているが、「報告」図表1-18のとおり、転職希望者はこの5年間で2%強増加し15%弱となっている。労働移動にあたっては、労働者の意思の尊重されることはいうまでもなく、労働者が自ら移動したいと思える魅力的な企業・産業の育成を前提とすべきであり、こうした環境整備が求められる。
(2)働き手における取組み
①主体的なキャリア形成
「報告」は、働き手のキャリアは「『会社に与えられるもの』から『自身が考え、必要なスキルを取得して実現するもの』へと認識を変えていくことが望まれる。そのためには主体的なキャリア形成意識の醸成が重要」としている。キャリア形成においては、企業内再配置を前提とした人材育成方針の明確化や意識醸成はもとより、パート・有期雇用等で働く者をはじめ、すべての労働者に等しく能力開発機会が提供されるよう、企業が責任を持って取り組む必要がある。そのうえで、適切な評価と処遇改善を一体的に行い、「仕事と学びの好循環」につなげることが重要である。
(3)企業における取組み
①採用方法の多様化
(a)新卒採用
「報告」は、「近年問題視されている、いわゆる『オワハラ』(内定等と引き替えに就職活動の取り止めを強要する等、学生の職業選択の自由を妨げる行為)への対応も求められる」と述べているが、問題視されているのはいわゆる「オワハラ」だけではない。面接の場などにおける「性的な冗談やからかい」「食事やデートへの執拗な誘い」「採用の見返りに不適切な関係を迫る行為」をはじめとするセクシュアル・ハラスメントや「高圧的な態度で人格を否定するような暴言により求職者を精神的に追い詰める行為」などを含めたあらゆるハラスメントを未然に防止するため、企業は社内での啓発の強化・徹底を図るべきである。
(4)政府等における取組み
③その他の制度整備
「報告」は、「労働者保護の観点から、(解雇無効時の金銭救済)制度の創設を急ぐべきである」としているが、同制度は安易な解雇を促進し、不当な解雇を正当化しかねないうえ、労働審判員制度など、有効に機能している既存の労働紛争解決システムで十分対応可能である。職場環境を改善せずとも労働者に金銭を支払うことで労働契約の解消を可能とし、本来守られるべき労働者の地位をないがしろにする同制度は断じて導入すべきではない。
また、労働契約法第16条(解雇権濫用法理)について、「雇用条件や企業特性等に応じた明確化が求められる」としているが、解雇の有効性は個別事情を踏まえて判断されるべきものであり、使用者による恣意的な解雇を招きかねない外形的な基準などを一概に定めるべきではない。
第Ⅱ部 2025 年春季労使交渉・協議における経営側の基本スタンス
4.多様な方法による「賃金引上げ」の検討
(5)最低賃金引上げ
②法定最低賃金の状況と基本的な考え方
「報告」は、地域別最低賃金について、「最低賃金法に規定されている決定の3要素(地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力)に基づいた丁寧な議論はもとより、その影響を受けやすい中小企業の生産性と賃金支払能力を高めるための環境整備が不可欠である」としている。連合も、毎年の上げ幅については、現行制度のもと、公労使三者がデータに基づき議論を尽くして決定すべきと考える。また、「報告」は、「最低賃金の大幅な引上げにあたって、企業における十分な準備期間を確保する必要がある。現状、多くの地域で10月発効となっているが、区切りのよい年初めの1月や年度初めの4月を有力な選択肢として、各地方最低賃金審議会で検討することが望まれる」としている。法定最低賃金は、「賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的」としており、賃上げの流れを社会の隅々まで早期に波及させるためにも、発効日はできるだけ早くすべきであり、1月発効など論外である。
「報告」は、特定(産業別)最低賃金について、「『地域別最低賃金を上回る水準が必要と認められる場合』に全会一致の議決を経て設定されるにもかかわらず、近年の地域別最低賃金の大幅な引上げによって、特定最低賃金が実質的に機能していないケースが目立っている。そこで、複数年度にわたって地域別最低賃金を大幅に下回っている場合や、地域別最低賃金との乖離額が大きいケースについては、廃止に至った事例を参考に、関係労使に意見聴取した上で各地方最低賃金審議会において廃止を検討する必要がある」としている。人手不足のもとで産業間の人材獲得競争が課題となっていることなどを鑑みれば、むしろ魅力ある産業づくりのために特定(産業別)最低賃金を積極的に機能させるべきである。多くの企業で初任給や募集賃金を大幅に引き上げる一方、特定(産業別)最低賃金の水準引き上げに抵抗してきたのは一部の使用者側委員である。地域によっては、全会一致の運用ルールを盾にして、合理的な説明もなく「必要性なし」の結論だけを主張するケースも散見される。廃止ありきのルール化は、到底受け入れることはできない。特定(産業別)最低賃金の意義と役割を再確認するとともに、時代の変化に対応して機能させるべく、中央最低賃金審議会において新設を含めた運用ルールの見直しを検討すべきである。
Ⅲ.おわりに
2025春季生活闘争に関する認識や問題意識は、昨年以上に経団連と連合で重なるところが少なくない。お互いの寄って立つ立場の違いはあるものの、わが国社会の明るい未来と働く人・生活者の幸せを実現したいという目的に違いは見当たらない。連合は、「適切な緊張感と距離感を保ちながら、安定的で良好な労使関係」を基本にしながら、4回目となる「未来づくり春闘」を展開していく。
厚生労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」(2024年)によると、労働組合の有無により賃上げ率に約1ポイントの差があった。労働組合だからこそ、労使対等の立場で労働条件などの交渉ができる。連合は、労働組合に集う仲間を増やすとともに、労働組合のない職場への波及力を一層高め、働く仲間全体の生活向上の実現をめざす。
2025春季生活闘争は、変化する国際情勢の中で展開される。政府には、物価や為替レートの安定を含め、適切なマクロの経済社会運営と賃上げに向けた環境整備を求める。