連合見解

 
2022年01月19日
経団連「2022年版経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解
日本労働組合総連合会

 経団連は1月18日(火)、「2022年版 経営労働政策特別委員会報告-ポストコロナに向けて、労使協働で持続的成長に結びつくSociety 5.0の実現」(以下「報告」)を発表した。「報告」に対する連合見解を以下のとおり表明する。

Ⅰ.全体に対する見解
1.評価できる点

(1)人への投資
 「報告」は、「資源が乏しいわが国において、『ヒト』は最も大事な経営資源である。多様な人材一人ひとりが持てる能力を最大限発揮して活躍することこそが、企業の成長の原動力であり起爆材となる」とし、連合の2022闘争方針について「積極的な『人への投資』の重要性についても認識を共有している」との見解を示している。基本認識は同じである。
 
(2)ステークホルダー主義
 「成長の果実を、働き手や株主、社会などのマルチステークホルダーに対してバランスのとれた分配を行うことが求められる」と明記し、いわゆる株主資本主義と一線を画したことは評価できる。
 
(3)適正取引などを通じた賃上げ環境の整備
 パートナーシップ構築宣言について「大企業は、率先して宣言し」とし、大企業と中小企業の共存共栄関係をつくろうとしていること、「経団連としても、中小企業における賃金引上げの重要性を認識しており、サプライチェーン全体での取組み強化や取引価格の適正化など、その原資の確保に向けた環境整備に取り組んでいる」ことは、賃上げの環境を整えるうえで大事である。「中小企業の製造業では90年代以降、価格転嫁を行えていないことによって実質労働生産性の伸びが打ち消されてしまってきたことが確認できる」という現状認識を明記しており、認識は共通している。サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正分配が必須であり、人件費や原材料費等を含めた必要コストを適正に価格転嫁していく必要がある。
 
2.相違点
(1)大企業の経営者の視点に偏り社会的視野が狭いこと
 「報告」は、タイトルとして「ポストコロナに向けて、労使協働で持続的成長に結びつく」社会の実現を掲げているにもかかわらず、デフレや格差拡大といった、日本社会が直面している20年来の構造的課題に対する認識や分析はほとんどない。人口動態やライフスタイル、産業構造の変化などへの対応とともに、不安定雇用の拡大と中間層の収縮、貧困や格差の拡大など、コロナ以前から積み重なってきた分配のゆがみにメスを入れることなしに、ポストコロナに向けた持続的成長の姿を描くことはできない。
 経団連のSociety 5.0とは、SDGsの掲げる持続可能性と包摂性を踏まえ、誰もが多様な才能を発揮できる社会、安心して暮らし挑戦できる社会をめざしているはずである。経団連は、大企業向けの人事労務政策に偏ることなく、社会全体を見渡し国民生活全体を向上させるために指導性を発揮すべきだ。
 
(2)企業から個人・社会への負担とリスクの転嫁
 「報告」において「人への投資」の重要性を強調しているものの、日本企業の能力開発費は諸外国と比べ1/10~1/20(GDP比)であり、しかも20年以上にわたり減り続けている(厚生労働省「労働経済白書」2018年)。とりわけ、有期・短時間・契約等労働者に対する「人への投資」はさらに少ない。企業は、雇用のポートフォリオの名の下にこうした労働者を都合よく使ってきたといっても過言ではない。人材が最も大事な経営資源と考えるならば、社会インフラの整備に丸投げするのではなく、企業としてスキルアップと処遇改善を強化すべきである。
 なお、「長期・終身雇用が、働き手のスキルアップや自己啓発に取り組む意欲を阻害し、主体的なキャリア形成、転職等の労働移動を抑制している可能性がある」としているが、企業としての投資はせずに労働者個人と社会に負担とリスクを転嫁するご都合主義の言い訳と言わざるを得ない。
 また、「ビジネスと人権に関する指導原則」を踏まえ、外国人を含め人権を尊重し人を大事にする経営姿勢が必要である。
 
(3)国民経済の観点に欠ける賃金決定の考え方
 「報告」の2022闘争に対する基本スタンスは、これまでと同じように個別企業の総額人件費管理を基本に据えた内容となっている。足元の経営環境と経営状況に対する現状認識はあるが、20年以上にわたる賃金低迷の原因や生産性向上と分配のギャップなどこの間の賃金決定の問題点についての分析や認識が欠落している。「『分配』の原資となる付加価値の最大化にまず注力した上で、『成長と分配の好循環』に寄与していくことにより、新しい資本主義の時代にふさわしい賃金引上げが実現」するとしているが、成長しても労働者への分配が不十分だったがゆえに日本の賃金は低迷しているのである。「報告」では「2015~2019年の時間当たり労働生産性上昇率は、G7においては上位の水準をマークした」と記載している。いま我が国の実質賃金の低下傾向を反転させなければ、デフレ経済からの脱却もコロナ禍からの回復も進まない。経団連には、そうした国民経済全体を俯瞰したマクロの認識を示して大企業の社会的役割を促す役割があるのではないかと考える。これまでの延長線上で「業績の良いところは賃上げを」というだけでは未来志向とは言えない。
 「報告」は、「月例賃金だけではなく、諸手当や賞与・一時金など様々な選択肢の中から、自社に適した賃金引上げ」としているが、最も基本的な労働条件であり生活設計に直結する月例賃金の引き上げこそが重要である。コロナ禍から経済を自律的回復軌道に乗せていくためにも、すべての働く者に広く波及する月例賃金の改善が最優先である。また、「中小企業の賃金引上げが重要とはいえ、実態から大きく乖離した要求水準を掲げることについては慎重に検討すべき」としているが、格差是正が十分進んでいないからこそ是正分を加味した要求の目安を示しているのである。自社の賃金水準の実態について社会的な位置を認識し、労使でめざすべき水準を真摯に交渉することこそ必要である。
 
(4)社会的に公正な労働条件の形成が必要
 「報告」のなかで外部労働市場の整備が必要と述べながら、産業・業種ごとの標準的な賃金水準の形成に触れないのは矛盾している。「業種横並び」の賃上げを否定しているが、公正な競争条件を整え、労働条件の向上をはかるのが業界の大事な役割である。それがうまくいかなかったから、日本の賃金は低迷しているのではないか。短期的な企業業績は一時金に反映させつつ、産業の賃金水準の相対的な位置や産業の中期的なトレンドなどを踏まえて、企業の枠を超えた賃金指標の形成をはかるべきだ。連合は、すべての働く者の賃金が「働きの価値に見合った水準」となるよう取り組む。

Ⅱ.個別項目についての見解
1.第1章「1.働き方改革深化の重要性」

 「報告」は、裁量労働制に関して、「『PDCA型業務』や、・・『課題解決型開発提案業務』を裁量労働制の対象業務に追加することを強く求める」としている。しかし、厚生労働省が実施した「裁量労働制実態調査」の結果からは裁量性に乏しい事例が一定程度あることが明らかとなっている。裁量労働制は業務の性質上その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があることを前提とする制度であり、まずは現行制度の趣旨に沿った運用に改めることが先決であり、安易に対象業務の拡大を行うべきではない。
 「健康確保を前提に、各企業が自社の実態に応じて、労働時間をベースとする処遇と、労働時間をベースとしない処遇の組み合わせを可能とする法制への見直しに向けた検討が求められる」としている。しかしながら、時間外労働の上限規制をはじめ働き方改革関連法において労働時間法制の拡充をはかり、現在各職場において定着を進めている段階であり、新たな仕組みは必要ないものと考える。
 また、多様で柔軟な働き方の実現としてテレワークを強調しているが、テレワークであっても家事負担は女性に偏っている。男女がともに、ワーク・ライフ・バランスの実現や育児や介護の両立ができるようにしていくことが重要である。
 
2.第1章「2.(1)女性の活躍推進」
①就業継続への課題
 「報告」では、M字カーブについて「近年は台形に近い形状となり、M字のくぼみ(離職期間)も短くなってきている」と記載している。しかし現実には、第1子の出産を機に46.1%が退職していることから、就業が継続されているとは言えず、復職しても非正規雇用を選択せざるを得ない状況にある。目に見えるM字カーブのみならず、雇用の質にも着目すべきである。第1子の出産を機に、なぜ半数近くの女性が退職しているのか、その理由を探り解消することが重要である。
 また、女性に偏っている負担を解消するために、男性が家事・育児・介護を行うことについては、まったく異論はないが、連合の調査によると、育児休業を取得しなかった男性の理由のトップは「代替要員がいない」ことである。そもそもの働き方を変えない限り、職場の誰かにそのしわ寄せがいっている現実は変わらず、周囲に気を遣い、制度利用をためらってしまうという状況が続くのではないか。誰が休んでも、短時間勤務となっても、職場が回るようにすることが、男性が家事・育児・介護を行うことにつながり、ひいては女性の就業継続につながると考える。
 
②タレント・パイプラインの強化
 「報告」では、「女性の管理職志向の低下傾向」が指摘されているが、これは女性の側の問題なのか。教育・人材育成や仕事の配置・配分に男女差があり、その結果女性のモチベーションが低下しているのではないか。
 キャリア形成において「仕事と家庭」の両立が課題であることに異論はないが、現状の働き方と性別役割分担意識を前提としたままでは、仕事も育児も家事も一人で担う超人的な女性でなければ「仕事と家庭」の両立は不可能である。男性が育児や介護を担うことが当たり前の働き方が定着しない限り、男女ともに仕事と生活を両立することは困難である。女性だけでなく、男性の意識改革こそが重要と考える。
 「性別の役割分担意識などをはじめ様々なアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を社会全体で無くしていくことが不可欠」との認識は、一致している。アンコンシャス・バイアスの払拭は、女性のキャリア形成のみならず、女性の就労継続、男性が家事・育児・介護を担うことにもつながっていく。
 
3.第1章「3.日本型雇用システムの見直し」
 「報告」は、「長期・終身雇用の下、働き手の多くが、新卒採用された企業で定年を迎えることを当然と認識し、企業もその前提で処遇している」としているが、その認識自体が大企業の一部経営者の思い込みであり、わが国の全体状況と乖離している。毎年700万~800万人の労働者が離転職をし、1社で定年を迎える人は少数である(厚生労働省「雇用動向調査」)。バブル崩壊以降の雇用リストラを経て労働者の意識も変化している。
 日本型雇用システムの見直しというならば、大企業の中に目を向けるのではなく、中小企業で働く人や有期・短時間・契約等労働者、女性労働者などすべての働く人に焦点を当て、雇用の安定、キャリアップの仕組み、働きの価値に見合った処遇の実現に資する雇用システムのあり方を検討すべきである。
 なお、見出しは「日本型雇用システムの見直し」だが、中身の大半は大企業の人事・賃金制度の見直しである。「自社型雇用システム」との用語が使われているが、企業内の制度ならば人事・賃金制度と何が違うのか不明であり、社会全体の仕組みや雇用慣行を念頭においた雇用システムと混同して使うべきではない。また、人事・賃金制度の見直しは、職場の特徴やそこで働く人の声を踏まえ労使がしっかり話し合い、公正、透明で納得できるものとすることが重要である。「ジョブ型」とはどういう働き方なのか、日本の強みである「人」基準、いわゆる人的資源の積み上がりにつなげる技能育成を誰が担うのか、職務の明確化と仕事の進め方や評価がどうなるのか、など労使で課題をきちんと整理し慎重に対応していく必要がある。
 
4.第1章「4.円滑な労働移動の推進」
 「報告」は、「今後、円滑な労働移動の推進は、日本経済全体の生産性を高めていく上で避けて通れない重要な課題」としている。生産性向上は労使協力して取り組むものべきであり、労働者本人の意思の尊重を前提としない雇用の流動化や労働移動の強化につながってはならない。また、雇用のセーフティネットは円滑な労働移動を阻害するものではなく、雇用維持・失業予防対策の重要性を踏まえた一層の強化・拡充が求められる。
 「報告」では、労働者の主体的なキャリア形成と学び直しが必要とされている。今後の産業構造の転換等に対応した学び直しやキャリア形成の機会の提供だけでなく、企業による育成ビジョンや方針の明確化、企業主導による教育機会の提供など、労働者への支援が重要であり、労働者自らの希望に応じて実施されるべきである。
 
5.第2章「4.(2)雇用保険法の改正」
 「報告」は、厚生労働省労働政策審議会で取りまとめられた雇用保険法の改正について、給付、保険料率、国庫負担割合、二事業の借入金など主な論点について言及している。記載されているとおり、雇用保険財政の再建は喫緊の課題であり、国庫負担割合の早急な本則回帰や、新たな国庫繰入制度の実効性の担保が必要である。また、雇用保険二事業は、労働者の職業安定のためにも重要であり、事業の縮小を回避しつつ、危機的な単年度収支や枯渇した資金残高、巨額の借入金に対して、一般会計からの繰り入れによる機動的な対応が求められる。
 
6.第2章「5.最低賃金制度」
 「報告」は、地域別最低賃金の2021年度目安審議・結審状況について紙幅を割き、「目安制度の具体的な内容だけでなく、制度自体のあり方や地域別最低賃金の決定方法についても見直す時機にきている」としているが、現行水準が憲法の定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことが可能なものであるかについて、まったく顧みていない。影響率が4.7%であったことを挙げて「最低賃金額で働いている労働者が多く、最低賃金引上げが企業経営にダイレクトに影響を与えることの証左」であると述べるが、裏を返せば、法定最低賃金が引き上げられない限り労働の対価たる賃金を引き上げようとしない経営者が多数に上ることを自ら示している。また、「答申日から発効日までの期間が非常に短く、対応が必要な企業への負担が大きい」として「年初めの1月や年度初めの4月などへの発効日の変更」を提起しているが、賃金の引上げは速やかに実施すべきものであり、経営の都合で先延ばしすることは受け入れられない。
 特定(産業別)最低賃金については、「特定最低賃金を存続させることが当該地域とその産業にとって本当に有益なのかを、関係労使で改めて確認する必要がある」とし、特に「複数年度にわたって地域別最低賃金を下回っている場合や乖離額が大きい特定最低賃金については、・・・関係労使間で廃止に向けた具体的な対応が望まれる」と述べている。そもそも特定(産業別)最低賃金は「事業の公正な競争の確保に資する」ことをもっぱらの目的とするものであり、不都合をもたらすものではない。日本の代表的な企業によって構成される経団連が特定(産業別)最低賃金の意義と役割を改めて認識し、会員企業および各地方別経済団体に対して適切な助言を行うとともに、中央および地方最低賃金審議会に真摯に対応することを強く期待する。
 
7.第3章「2.(3)『働き方の改善』『ジェンダー平等・多様性の推進』」
 「報告」では触れられていないが、春季生活闘争におけるジェンダー平等の最大の課題は男女間賃金格差の是正である。男女の賃金実態を把握し、格差を是正していくことがジェンダー平等への第一歩である。とりわけ、コロナ禍は従前から存在していた男女間格差をより拡大させており、非正規雇用も含めすべての働く女性の格差是正と貧困解消につなげなければならない。



Ⅲ.おわりに
 「報告」は、連合の提起した「未来づくり春闘」に着目するとともに、久しぶりに「社会の安定帯」という労使の役割に言及している。
 経団連と連合は、これまでも日本社会が危機に瀕するたびに、雇用安定・創出に向けた共同宣言、働き方改革の推進、コロナ禍での感染拡大防止のための行動変容の呼びかけなどを、共同で行ってきた。
 わが国の将来に向けて、経団連は「サステイナブルな資本主義」を掲げ、「働き手や消費者、地域社会などマルチステークホルダーとの協創による、デジタルトランスフォーメーション(DX)とグリーントランスフォーメーション(GX)の推進」が必要としている。労使には、危機対応のみならず、みんなの未来を左右する重要な課題について、真摯に話し合い、社会的合意形成の一翼を担っていく役目がある。2022春季生活闘争における建設的な労使交渉が、両組織の信頼関係を深め、さまざまなレベルで未来志向の労使関係づくりにつながっていくことを期待したい。

【PDFファイル】
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/2022/hoka/20220119kenkai.pdf?7494


 

以 上