Ⅱ.個別項目についての見解
1.第1章「1.働き方改革深化の重要性」
「報告」は、裁量労働制に関して、「『PDCA型業務』や、・・『課題解決型開発提案業務』を裁量労働制の対象業務に追加することを強く求める」としている。しかし、厚生労働省が実施した「裁量労働制実態調査」の結果からは裁量性に乏しい事例が一定程度あることが明らかとなっている。裁量労働制は業務の性質上その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があることを前提とする制度であり、まずは現行制度の趣旨に沿った運用に改めることが先決であり、安易に対象業務の拡大を行うべきではない。
「健康確保を前提に、各企業が自社の実態に応じて、労働時間をベースとする処遇と、労働時間をベースとしない処遇の組み合わせを可能とする法制への見直しに向けた検討が求められる」としている。しかしながら、時間外労働の上限規制をはじめ働き方改革関連法において労働時間法制の拡充をはかり、現在各職場において定着を進めている段階であり、新たな仕組みは必要ないものと考える。
また、多様で柔軟な働き方の実現としてテレワークを強調しているが、テレワークであっても家事負担は女性に偏っている。男女がともに、ワーク・ライフ・バランスの実現や育児や介護の両立ができるようにしていくことが重要である。
2.第1章「2.(1)女性の活躍推進」
①就業継続への課題
「報告」では、M字カーブについて「近年は台形に近い形状となり、M字のくぼみ(離職期間)も短くなってきている」と記載している。しかし現実には、第1子の出産を機に46.1%が退職していることから、就業が継続されているとは言えず、復職しても非正規雇用を選択せざるを得ない状況にある。目に見えるM字カーブのみならず、雇用の質にも着目すべきである。第1子の出産を機に、なぜ半数近くの女性が退職しているのか、その理由を探り解消することが重要である。
また、女性に偏っている負担を解消するために、男性が家事・育児・介護を行うことについては、まったく異論はないが、連合の調査によると、育児休業を取得しなかった男性の理由のトップは「代替要員がいない」ことである。そもそもの働き方を変えない限り、職場の誰かにそのしわ寄せがいっている現実は変わらず、周囲に気を遣い、制度利用をためらってしまうという状況が続くのではないか。誰が休んでも、短時間勤務となっても、職場が回るようにすることが、男性が家事・育児・介護を行うことにつながり、ひいては女性の就業継続につながると考える。
②タレント・パイプラインの強化
「報告」では、「女性の管理職志向の低下傾向」が指摘されているが、これは女性の側の問題なのか。教育・人材育成や仕事の配置・配分に男女差があり、その結果女性のモチベーションが低下しているのではないか。
キャリア形成において「仕事と家庭」の両立が課題であることに異論はないが、現状の働き方と性別役割分担意識を前提としたままでは、仕事も育児も家事も一人で担う超人的な女性でなければ「仕事と家庭」の両立は不可能である。男性が育児や介護を担うことが当たり前の働き方が定着しない限り、男女ともに仕事と生活を両立することは困難である。女性だけでなく、男性の意識改革こそが重要と考える。
「性別の役割分担意識などをはじめ様々なアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)を社会全体で無くしていくことが不可欠」との認識は、一致している。アンコンシャス・バイアスの払拭は、女性のキャリア形成のみならず、女性の就労継続、男性が家事・育児・介護を担うことにもつながっていく。
3.第1章「3.日本型雇用システムの見直し」
「報告」は、「長期・終身雇用の下、働き手の多くが、新卒採用された企業で定年を迎えることを当然と認識し、企業もその前提で処遇している」としているが、その認識自体が大企業の一部経営者の思い込みであり、わが国の全体状況と乖離している。毎年700万~800万人の労働者が離転職をし、1社で定年を迎える人は少数である(厚生労働省「雇用動向調査」)。バブル崩壊以降の雇用リストラを経て労働者の意識も変化している。
日本型雇用システムの見直しというならば、大企業の中に目を向けるのではなく、中小企業で働く人や有期・短時間・契約等労働者、女性労働者などすべての働く人に焦点を当て、雇用の安定、キャリアップの仕組み、働きの価値に見合った処遇の実現に資する雇用システムのあり方を検討すべきである。
なお、見出しは「日本型雇用システムの見直し」だが、中身の大半は大企業の人事・賃金制度の見直しである。「自社型雇用システム」との用語が使われているが、企業内の制度ならば人事・賃金制度と何が違うのか不明であり、社会全体の仕組みや雇用慣行を念頭においた雇用システムと混同して使うべきではない。また、人事・賃金制度の見直しは、職場の特徴やそこで働く人の声を踏まえ労使がしっかり話し合い、公正、透明で納得できるものとすることが重要である。「ジョブ型」とはどういう働き方なのか、日本の強みである「人」基準、いわゆる人的資源の積み上がりにつなげる技能育成を誰が担うのか、職務の明確化と仕事の進め方や評価がどうなるのか、など労使で課題をきちんと整理し慎重に対応していく必要がある。
4.第1章「4.円滑な労働移動の推進」
「報告」は、「今後、円滑な労働移動の推進は、日本経済全体の生産性を高めていく上で避けて通れない重要な課題」としている。生産性向上は労使協力して取り組むものべきであり、労働者本人の意思の尊重を前提としない雇用の流動化や労働移動の強化につながってはならない。また、雇用のセーフティネットは円滑な労働移動を阻害するものではなく、雇用維持・失業予防対策の重要性を踏まえた一層の強化・拡充が求められる。
「報告」では、労働者の主体的なキャリア形成と学び直しが必要とされている。今後の産業構造の転換等に対応した学び直しやキャリア形成の機会の提供だけでなく、企業による育成ビジョンや方針の明確化、企業主導による教育機会の提供など、労働者への支援が重要であり、労働者自らの希望に応じて実施されるべきである。
5.第2章「4.(2)雇用保険法の改正」
「報告」は、厚生労働省労働政策審議会で取りまとめられた雇用保険法の改正について、給付、保険料率、国庫負担割合、二事業の借入金など主な論点について言及している。記載されているとおり、雇用保険財政の再建は喫緊の課題であり、国庫負担割合の早急な本則回帰や、新たな国庫繰入制度の実効性の担保が必要である。また、雇用保険二事業は、労働者の職業安定のためにも重要であり、事業の縮小を回避しつつ、危機的な単年度収支や枯渇した資金残高、巨額の借入金に対して、一般会計からの繰り入れによる機動的な対応が求められる。
6.第2章「5.最低賃金制度」
「報告」は、地域別最低賃金の2021年度目安審議・結審状況について紙幅を割き、「目安制度の具体的な内容だけでなく、制度自体のあり方や地域別最低賃金の決定方法についても見直す時機にきている」としているが、現行水準が憲法の定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ことが可能なものであるかについて、まったく顧みていない。影響率が4.7%であったことを挙げて「最低賃金額で働いている労働者が多く、最低賃金引上げが企業経営にダイレクトに影響を与えることの証左」であると述べるが、裏を返せば、法定最低賃金が引き上げられない限り労働の対価たる賃金を引き上げようとしない経営者が多数に上ることを自ら示している。また、「答申日から発効日までの期間が非常に短く、対応が必要な企業への負担が大きい」として「年初めの1月や年度初めの4月などへの発効日の変更」を提起しているが、賃金の引上げは速やかに実施すべきものであり、経営の都合で先延ばしすることは受け入れられない。
特定(産業別)最低賃金については、「特定最低賃金を存続させることが当該地域とその産業にとって本当に有益なのかを、関係労使で改めて確認する必要がある」とし、特に「複数年度にわたって地域別最低賃金を下回っている場合や乖離額が大きい特定最低賃金については、・・・関係労使間で廃止に向けた具体的な対応が望まれる」と述べている。そもそも特定(産業別)最低賃金は「事業の公正な競争の確保に資する」ことをもっぱらの目的とするものであり、不都合をもたらすものではない。日本の代表的な企業によって構成される経団連が特定(産業別)最低賃金の意義と役割を改めて認識し、会員企業および各地方別経済団体に対して適切な助言を行うとともに、中央および地方最低賃金審議会に真摯に対応することを強く期待する。
7.第3章「2.(3)『働き方の改善』『ジェンダー平等・多様性の推進』」
「報告」では触れられていないが、春季生活闘争におけるジェンダー平等の最大の課題は男女間賃金格差の是正である。男女の賃金実態を把握し、格差を是正していくことがジェンダー平等への第一歩である。とりわけ、コロナ禍は従前から存在していた男女間格差をより拡大させており、非正規雇用も含めすべての働く女性の格差是正と貧困解消につなげなければならない。