連合見解

 
2021年01月20日
経団連「2021年版経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解
日本労働組合総連合会

 経団連は1月19日(火)、「2021年版経営労働政策特別委員会報告-エンゲージメントを高めてウィズコロナ時代を乗り越え、Society 5.0の実現を目指す」(以下「報告」)を発表した。「報告」に対する連合見解を以下のとおり表明する。
 

1.全体に対する見解
(1)with/afterコロナ時代にむけた課題認識は一致する点が多い

 「報告」は、コロナ禍によって生じた社会のあり方について、「感染症が収束した後も、完全に従前と同様の社会に戻るとは考えにくく、新しい時代に対応した変革が求められる」とし、「コロナ禍により、一層複雑化する社会課題に対し、多様な主体が提携し、データや知恵等を共有し合いながら新たな価値を協創する、『価値協創型DX』の推進」を強く望んでいる。
 連合も「with/afterコロナ時代のデザイン~仕事・暮らし・社会の新しいカタチをつくる~」の中で同様の課題を掲げている。特に、デジタル変革への対応に向けては、DX(デジタルトランスフォーメーション)の加速を人手不足対策や生産性向上を進める好機を受け止めると同時に、年齢、性別、障がいの有無、雇用形態、所得の大小などに関わらず、あらゆる層が、くらしの質の向上などの恩恵を受けられることが重要であり、「デジタル・セーフティーネット」の確立が急がれるところである。また、雇用・生活のセーフティネットの再構築にむけては、雇用調整助成金の延長・拡充はもとより、「報告」にもあるとおり「労働移動の円滑化に向けたマッチング機能の強化」に向けて、行政、経済団体・金融機関のみならず、地方自治体、地方経済団体などとも連携体制を構築することで社会的セーフティネットを拡充していくことが極めて重要である。
 
(2)「賃金引上げのモメンタムを維持していくことが望まれる」点は一致。一方で、現
   存する日本の構造課題への対処、将来不安の払拭に向けた姿勢が見られない

 「報告」は、コロナ禍による企業業績への影響や将来見通しについて触れられているものの、日本が抱える構造課題への対処について触れられていない。わが国における約20年にもわたる格差拡大の中で、中小企業やいわゆる非正規と言われる雇用形態にかかわる諸課題はその深刻さを浮き彫りにしている。リーマンショック時とは異なり、コロナ禍における労働相談の大半が、非正規雇用の女性からのものであることから見ても明らかである。
 中小企業や非正規雇用で働く者は、そもそも賃金が上がらない仕組みの中に埋没されており、そのことがコロナ禍における生活不安を助長している。「報告」は経営側のスタンスの中で「労使協働によって・・・持続的な生産性向上を実現していく中で、賃金引上げのモメンタムを維持していくことが望まれる」とし、連合の春季生活闘争方針の基本的考え方については「方向性が一致している点は多い」としながらも、「2%程度の賃上げ」については理解が得られにくいとし、中小企業の「格差是正」についても否定的な姿勢を示している。超少子・高齢化、人口減少が急速に進むわが国において、グローバル経済の不透明感が高まる中、感染症の抑制とともに日本経済を復旧させていくには、内需の大半を占める個人消費の維持・拡大が不可欠である。そのためには、雇用のセーフティネットを拡充する中で、賃上げの流れを継続し、コロナ禍の中、社会機能を支え続けているエッセンシャルワーカー、中小企業、非正規雇用で働く者の格差是正と処遇改善に向け、「分配構造の転換につながり得る賃上げ」を実現しなければならない。
 労使が協力してこの危機的状況を乗り越え、企業内で働くすべての労働者の「エンゲージメント」を高めていくためにも、将来不安の払拭につながる、雇用確保と賃上げを同時に実現してこそ、事業の存続と社会の持続性が確保されることを、経団連こそが強く発信すべきである。
 
(3)生産性三原則に基づく労使の営みを広く社会へ
 「報告」は、2021闘争は「日本の労使関係の真価が問われる」ものになると述べている。生産性三原則に立脚した労使関係の重要さは連合が常に訴えてきたものであり、それが再認識されることは、「社内の好循環」に留まらず、サプライチェーン全体、ひいては日本経済全体の「好循環」につながるものと確信する。労使双方が相互信頼の下、それぞれの役割と責任を果たしうる取り組みとしなければならない。そのことを通じ、一日も早い雇用環境の改善につなげる必要がある。

2.個別項目についての見解
(1)第1章 1.「場所と時間に捉われない働き方」の推進

 「報告」は、テレワークの今後の方向性について、「自社における導入目的を明確化し、それに見合った制度やツールを整備した上で、経営トップ自ら社員に発信し、理解の醸成を図ることが重要」としており、この考えは連合方針と合致する。
 一方、労働時間管理については、「テレワークの導入・拡大を機に、柔軟な働き方に資する労働時間制度の活用が考えられる」としているが、事業場外みなし労働時間制等の導入の必要性自体を慎重に検討することが重要であり、制度を導入する場合でも、労働時間管理や健康確保について、法令を遵守した運用を徹底することが必要である。
また、社員への別途の配慮が求められるケースとして「育児や介護、病気治療等の事情を抱えている場合」等が挙げられているが、テレワークを実施しているのは、大企業の正社員や管理職、専門職の割合が高く、中小企業や有期契約、短時間、派遣労働者など非正規雇用には広がっていない実態も各種調査で明らかにされている。特に、企業内において雇用形態等による差別的取り扱いはあってはならず、課題を明らかにした上で必要な措置を講ずるとともに、テレワークが難しい職種や職場については感染対策を徹底すべきである。
 さらに、「テレワークの活用が全社的に定着・進展している企業」においては、「テレワーク環境の整備に必要な諸費用を補完するための手当」等の検討が考えられるとあるが、この手当等をテレワークの前提として普及させることが必要である。
 
(2)第1章 2.見直しが求められる労働時間法制
 「報告」は、「企画業務型裁量労働制の対象業務として、PDCA型業務と課題解決型開発提案業務を追加する法改正の早期実現を強く求めたい」としているが、業務の量や進め方について真に裁量がある者でなければ、長時間労働が生じてしまうため、対象業務の拡大は行うべきではない。
 また、働く場所・時間帯等を本人に委ね、健康確保等の要件を満たせば、割増賃金支払義務が免除される「新たなコンセプトによる労働時間法制を検討する時期に来ている」としている。しかし、このような制度は、経済的負担による時間外労働の抑制と労働者への補償という割増賃金の趣旨を没却するばかりか、労働時間管理が不十分な現状においては、長時間労働と賃金不払残業をさらに助長することは明白であり、受け入れられない。
 
(3)第1章 4.(1)女性の活躍推進
 「報告」は、テレワークや時差出勤、フレックスタイム制度など多様で「柔軟な働き方によって、男女ともに、家事や育児、介護などとの両立が容易になる」とあるが、連合調査によると、育児しながらテレワークを行う女性労働者は、自身のテレワークに伴う労働負荷の高まりに加え、テレワークを行うパートナーがいる場合にはそのパートナーの労働負荷も高まっているため、男性の家事・育児等への参加が一層難しくなり、女性の側に通常時よりも量的に増大した負担が偏っている実態も垣間見える。両立支援とともに、必要な保育等を確実に利用できるよう、子ども・子育てを社会全体で支える仕組みの充実に向けた明確な姿勢を示すべきである。
 その点で見ると、「報告」が不妊治療と仕事との両立支援に触れ、男女ともに対策が必要としていることは共有できるが、それ以前に、職場にはハラスメントが蔓延し、コロナ禍で雇用そのものが失われるという現実もある。報告にある「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)の払拭」のみならず、ハラスメントの根絶、さらに、管理職登用だけでなく採用・配置も含めたすべてのステージにおける男女平等を推進し、とりわけ女性の雇用と所得の安定をはかることが重要である。
 
(4)第1章 5.「自社型」雇用システムの検討
 企業においてはこれまでも、AI関係など高いスキルを持つ高度専門人材のジョブ型採用が一部に進みつつあり、今後も技術革新の進展に応じた高度専門人材のジョブ型採用はあり得ると考える。一方で、「報告」にある自社内の人材を割り当てる「『自社型』雇用システム」については、その検討を進める前に、社会的なセーフティネットである、働き方に中立な社会保障制度、失業時の生活保障、職業訓練の充実など社会の環境整備を優先すべきと考える。その上で、「ジョブ型」とはどういう働き方なのか、付加価値の発揮をどのように検証するのか、日本の強みである「人」基準、いわゆる人的資源の積み上がりにつなげる技能育成を誰が担うのか、など職場における課題の深堀も必要である。
 なお、こうした検討を、一括採用、終身雇用、年功序列などの表面的な見直し議論さらには人件費削減議論につなげるべきではない。
 
(5)第2章 1.改正高年齢者雇用安定法の施行に向けて
 「報告」は、改正高年齢者雇用安定法による70歳までの高年齢者就業確保措置の施行に向けた今後の対応として「労使でできるだけ早めに検討を開始し、十分に時間をかけて議論を行い、結論を得ることが望ましい」としているが、高年齢者就業確保措置の態様にかかわらず、65歳以降も、希望者全員が雇用されて就労し、高いモチベーションをもって、健康で安全に安心して働く事ができる環境整備について、労使が合意に至ることが重要である。特に、高年齢労働者の労働災害発生件数は増加傾向にあり、加齢による身体機能の低下を補う設備・装置の導入、労働者の健康意識の醸成、法定健診等の確実な履行、付加的な健康管理支援の充実等、必要な措置の拡充をはかることが必要である。
 
(6)第2章 2.副業・兼業・フリーランス
 1)副業・兼業

 「報告」は、副業・兼業を希望する者は年々増加傾向にあり、その中には「副業・兼業を通じてスキルアップを図りたいなどの希望を持つ者がいる」としている。そうした労働者がいる一方で、副業・兼業しなければ、生活を維持していけない労働者がいる点にも留意が必要である。副業・兼業を促進する前に、本業のみで生活できる賃金が得られるようにすることが先決である。
 2)フリーランス
 「報告」は、フリーランスに仕事を発注する際、「案件ごとの業務委託契約の締結や契約書面の交付等が行われないことが多いとされ」ることを指摘した上で、「書面による契約を行う」など、法人取引と同様の取り組みが重要と述べている点は評価できる。
 一方、「フリーランスは労働者と異なる就業形態」であるとしているが、業務委託契約や請負契約など契約の形式を問わず、実態として労働者性が認められる者には「労働者」として労働関係法令が適用される点を看過してはならない。フリーランスとして働く者の実態を適正に把握し、「労働者」と見なされる場合には、労働関係法令が適用されることを企業に周知するとともに、権利保護に努めることが肝要である。
 
(7)第2章 3.最低賃金制度に関する考え方
 地域別最低賃金について「報告」は、「最低賃金に限らず、賃金の引上げは、生産性向上をベースとした持続的な付加価値の増大に伴って適正に実施するもの」であり、最低賃金審議会における「今後の審議にあたっても・・、中小零細企業の持続的な生産性向上の確認が重要」としているが、現行水準が適正であるかどうかについては言及がない。コロナ禍によって深刻な影響を被っているのは労働者も同様である。有事の際でも、健康で文化的な最低限の生活を営むに足るナショナルミニマムとしてふさわしい水準はいかにあるべきか、このことにこそ、議論を尽くすべきである。また、答申から発効日までの期間が短いことに触れ、ビジネス上の区切りのよい時期にする等発効日の見直しに言及しているが、最低賃金は賃金の低廉な労働者の生活の安定につながるものであり、最低賃金決定の三要素(地域の労働者の生計費、地域の労働者の賃金、通常の事業の賃金支払能力)に基づいて決定された改定額は、ビジネス都合に関わりなく、速やかに適用されるべきである。
 特定(産業別)最低賃金について「報告」は、昨年の報告同様、地域別最低賃金を下回ったものは「産業構造の変化や急速なデジタル化の進展などによって、新設当初と状況が大きく異なっていることも踏まえ、・・・廃止も視野に関係労使で検討すべき」としており、自らの産業に対する矜持が全く感じられない。当該産業には特定(産業別)最低賃金すら維持する競争力がないと認めるものであり、遺憾を通り越して情けないと言わざるを得ない。廃止することを目的化するのではなく、産業における公正競争を確保し、公正な賃金決定に資するという特定(産業別)最低賃金の意義と目的を今一度認識し、その役割を発揮できる環境を整えるという経営者としてあるべき態度に立ち返り、各審議会に臨むことを強く求める。

【PDFファイル】
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/2021/hoka/20210120kenkai.pdf?2808

以 上