りきおのオピニオンスタジアム

 
2014年8月10日
第27回「平和は、私たち自身の手で」

~命をつなぐ、思いをつなぐ~

 8月は、お盆休みという、日本全国がご先祖様の供養に思いをはせるという、独特の風習の季節であり、また8月15日はわが国があの戦争に終止符をうった日です。69回目の記念日を迎えるわけです。
 連合は平和行動の一環として、5日に広島、8日に長崎で例年大きな集会を開いており、今年も全国の構成組織・地方連合会から終結し、思いをつなぐ式典を実施してきました。
 私は長崎に行かせてもらいました。数々の催し、若い人たちも頑張っていて心強い限りでした。そしてあらためて多くのことを感じてきました。まさに地獄絵図そのものの惨禍をもたらしたこのような暴挙を二度と許してはならない。そして大事なことは、いかにしてより多くの方々が、核兵器廃絶への思いを共有していくかであると思います。(1000万署名にご協力ください!)

 一人ひとりの命は、40億年前の太古、生命の誕生から、つないでつないで今日に至っているものです。途中で途切れていたら、あなたも私もこの世には存在していません。しかし人類とは愚かなものです。そのせっかく40億年もつないできた命をお互いに消しあおうとするのですから。
 人間とは、かように、考えられないほど愚かな存在です。しかし一方では、「思い」を人から人へつないでいくことができるという、素晴らしい存在でもあります。限りある命、個人の記憶をそのままつなぐことはできませんが、「思い」はつなぐことができます。後世に思いをつないでいくことは、私たちの、人間としてのつとめでもあると思います。

~平和は、私たち自身の手で~

 そして忘れてならないことは、時代はつながっているということです。私たちは往々にして、敗戦前のことは今の時代とは不連続だという錯覚を持ってしまいがちです。一瞬にして十万人規模の人々の命を奪い去り、そして生き残った方々を後遺症で苦しめるような暴挙はもうあり得ないと思ってしまいがちです。わが国が自ら戦争に参加していくこともないとたかをくくってしまいがちです。
 私は、そう思ってしまう背景に、戦後のわが国の安全保障が米国の庇護のもとに成り立ってきたことがあると思います。そのことを直視すべきであると思います。本来、国の安全保障は自分たち自身が主体的に担うべきであり、そのもとで平和の維持をどう成り立たせるかということに心を砕くことが不可欠なはずです。
 少なくともそういった思考がなければ、国内の米軍基地の存在と沖縄への過度の負担集中という長年の問題についても、具体的な解決には到達し得ないのではないでしょうか。
 それは日本国憲法第9条の精神を将来にもつないでいけるか否かという、極めて大きな問題にも関わってくることだと思います。

 最近の安全保障に関わる問題は、そんな私たちの心の持ちように対して、重たい問題を投げかけていると思います。そして集団的自衛権の行使容認・憲法の解釈変更を含めた閣議決定に至る経過や、法案審議をかなり先のタイミングに設定していることなど、政権は、これらの問題をできるだけ世論から遠ざけようとしているようにみえます。
 平和は、私たち自身の手で守っていかなければ、いつかまた不幸な歴史を繰り返してしまう。そのことにしっかりと目を向け続けていかなければなりません。

 来年は終戦後70年目の大きな節目を迎えます。「思い」をつなぐ意味でも「70年」は極めて大事な年ではないかと私は思います。

(神津)

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