紙つぶて

 
2018年11月12日
みつめる力

 「あれ。ここ何が建っていたかな」と思うことはありませんか。最寄りの駅に向かう道できれいになった更地を見ながら、また、運転席のウインドウ越しに見慣れたはずの景色をぼんやりと眺めながら。いつ取り壊したのかと思うほど、前の建物の様子が思い出せません。私がいかに町の変化に無頓着だったのかの証明でもあり、前の建物がよほど街の風景に溶け込んでいたとも言えそうです。ただ、ぽっかりと穴の開いたことで、かえって、その存在感を発揮しているようにも感じます。
 一方、あの人は、事あるごとに○○と言っていたとか、親が口を開けばいつも○○と言われていた、と表現することがあります。実際には、事あるごとでもなければ、口を開くたびでなくとも、不思議とそうした形容が私にはぴったりとはまります。思い起こせば、今も耳に残るあの人の、そして、親のお決まりのフレーズは、私を真正面から見据えなければ発せない、その時々の心からの激励であり、心からの心配であったはずです。
 時代の移り変わりが速さを増す中、働く職場、暮らす地域、そして、日々の家庭でも、コミュニケーションの質が問われる現代。ただし、いずれも目の前の相手は人です。ならば、一人ひとりを丁寧にみつめる力をより大事にしたいもの。目に映っていたはずの景色同様、後々、その変化に気がついても遅いのですから。

2018年11月12日の東京新聞・中日新聞夕刊に掲載