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連合見解




 
2013年1月22日

経団連「2013年版経営労働政策委員会報告」に対する連合見解

日本労働組合総連合会
1.総括

 経団連は、2013年1月22日に「経営労働政策委員会報告」(以下「報告」)を発表した。
 「報告」は、日本経済の自律的な成長回復に向けた経営としての主体的な考え方やビジョンが明示されているとは言いがたい。「報告」の序文において、「この戦後最大ともいえる難局を乗り越えていくための明確なビジョンを持ち、自らイニシアティブをとって、新たな成長の機会を切り拓くべく果敢に挑戦を続けていかなければならない」と提唱しているにも関わらず、その主張は個別企業の利益確保に終始している。また社会・経済に対するスタンスは、従前からのトリクルダウン的な発想に基づいており、労働者保護に関わる法制の規制緩和を求めるなど、傷んだ社会の実情を無視した主張と言わざるを得ない。

 われわれは、企業が雇用を生み出し、働く者の生活の糧である所得を得る重要な経済主体であることを十分認識しており、企業の利益確保と業績の向上が不可欠であることは理解している。しかしながら、今日の日本社会が抱える大きな問題は、長引くデフレと景気低迷、非正規労働者の増加、低所得者層の増加と中間層の崩壊といった現象と、それらによって引き起こされる国民の閉塞感の蔓延である。その主因は、近視眼的なコスト抑制によって個別企業が生き残りをはかる戦略を進めた結果、賃金デフレと雇用の不安定化、内需の縮小、景気の低迷という悪循環を招いた「合成の誤謬」にあると考えている。経団連は、社会において経済界が果たすべき役割を十分に自覚し、社会・経済を広く見据えた上で、日本の経営者や企業をリードしなければならない。

 加えて「報告」は、企業の「支払能力」を前面に出し、「働き方(雇用形態)」「処遇」「労働規制」等の切り口で主張を展開しているが、「社会政策」「労働経済」「労使関係」といった点についても見識を示してもらいたい。また、個別企業労使で「支払能力」をベースとした交渉を行うのであるならば、「売上目標」「付加価値率」「設備等の投資計画」「財務体質強化=資本の充実」といった経営情報や目標と将来展望についても、経営の専権事項ということではなく、積極的に開示・共有化しなければ従業員の理解は到底得られない。また、賃金に関わる問題について、「水準論」と「体系論」の混在した議論は混乱を招くと共に、経営側の主張趣旨・論点の焦点が散漫になり避けるべきである。
 以下、「報告」について、われわれが特に看過できない点について見解を示す。

 1点目は、経営としてのデフレ脱却と日本再生に向けての主体的な道筋やビジョンが示されていないことである。長引くデフレからの脱却のためには、労働側への分配をいかに増やすかが鍵であるにも関わらず、賃金交渉に対する経営側の姿勢は、従前からの「総額人件費管理の徹底」という原理原則を繰り返し、企業経営として日本社会において果たすべき責任と役割をまったく示していない。それどころか経営側は、「個人消費が落ち込んでいる大きな要因は、国民の将来に対する不安であり、それが払拭されない限り、所得だけ増やしても、消費より預貯金にまわる可能性が高い」とすら言及している。国民の将来に対する不安は、不安定な雇用と低い労働条件のもとで生活の維持すら難しい非正規労働者の増加など、社会全体の労働分配が大きく減少したことによって引き起こされたことに対する反省が一切ない。
 また「立地競争力の強化に向けて講じるべき施策」として、経営側の言う「六重苦」の解決に向けて必要だとする施策についても、他力本願的な内容に終始し、経営者として主体性に欠けている。例えば「報告」は、過度の円高の是正や景気回復について、政府・日本銀行に対して断固たる姿勢や、さらなる金融緩和を求めている一方で、内需を拡大し需給ギャップを埋めるために企業が採るべき努力には何ら触れられていない。加えて「報告」では、社会保障についても単なるコストとしてしか認識しておらず、「自助を基本」とし、社会保障制度に関する企業の役割を縮小する提言のみが示されている。社会保障制度については、セーフティネットとしての機能はもちろん、社会の安定及び経済の安定・成長をもたらす機能について十分認識することが重要である。企業は、社会保障の役割を評価し、社会的責任を一層果たしていくことが求められている。
 また、法人実効税率の早期引き下げについても言及されているが、少子高齢社会を支え合うための負担を国民全体で分かちあうことが求められるなかで、企業においても、その社会的責任に見合った応分の負担を行うべきである。
 日本経済を牽引する企業が、社会の公器として果たすべき役割を怠れば、厳しい状況は打破できない。経営者として果たすべき役割と責務に対する自覚が大いに不足していると言わざるを得ない。

 2点目は、賃金決定において考慮するものが「支払能力」に偏っていることである。企業が「支払能力」を軸に賃金決定を考えれば、労働者の賃金や雇用は企業経営の恣意性に大きくゆがめられることになる。賃金は「生計費」「労働力の対価」「社会性」といった労働者の生活や保有する技能など様々な要素によって決定されるものである。それを単に「事業遂行のためのコスト」として考える姿勢があるからこそ、生活水準がまったく異なるアジアの人件費と比較して賃金水準を論じたり、総額人件費抑制を目的に、少数の「中核人材」を除き、正規雇用を使い勝手のよい非正規雇用に置き換えていったのではないか。わが国は戦後、安定した雇用を基盤とし、労働者自らが日々技能を磨き、チームワークを発揮しながら、職場で地道に創意工夫を積み重ねることで、製品やサービスの品質を高め、企業の競争力を高めてきた。そういった強みは、労使の知恵でつくりあげた「生産性三原則」によって担保されてきたが、賃金を単なるコストとして見なす経営姿勢が広がったことで、その考え方がないがしろにされている。
 「報告」では、「競争に打ち勝ち、成長を続けるための人材戦略」という章を設けて、人材育成の必要性を力説しており、その内容には若手従業員の育成やミドルマネジャーの活躍促進など、われわれとしても共有できるテーマもあるが、実態面を見れば、労働側への分配率は低下の一途をたどっており、人材育成を叫んでも、「人材投資」がなされていない状況にある。コスト削減によって新興国との競争力を強化する戦略はすでに破綻しており、新たな成長モデルを確立していかなければならない。企業はあらためて日本経営の強みである「人財」と「職場の総合力」を再認識した上で、「生産性三原則」に立ち返り、額に汗して働くすべての労働者の育成と人への投資を積極的に行う必要がある。イノベーションを生み出すのも「人財」である。
 また「新たな市場獲得による企業の成長」として、高齢化が進むなかで、医療・介護といった成長産業の活性化による雇用創出への期待に言及されているが、医療・介護産業に従事する労働者の賃金や労働条件はきわめて厳しい状況にあり、雇用の質について同時に改善をはかることが重要である。

 3点目は非正規労働に対する認識である。「本質的な課題は、本人の意に反して非正規就労している者への政策的対応」であることはわれわれも同様の認識であるが、「国民のライフスタイルの変容によって、労働市場に参画する人々も、働く動機や目的、はなくなっている」との捉えは見当違いである。そもそも今日のように非正規労働者が増えたきっかけは、1995年に当時の日経連が発表した、いわゆる「雇用のポートフォリオ」にある。また不本意に非正規労働を選択した労働者の比率は、派遣社員・契約社員の4割以上に及ぶことを考えれば、多様化が進んだのは労働者の「働き方」ではなく、企業の「働かせ方」の方であり、「国民サイドの求める働き方の多様化」という決め付けのもとで、コストミニマムの観点から、雇用のポートフォリオを設定しようとすることを容認することはできない。連合は「無期契約の正規雇用」が雇用の基本であると考えている。「働き方の多様化」が高まっているのであれば、無期契約・正規雇用で、多様な就労形態を選択できる工夫を講ずるべきである。
 また「賃金カーブという概念がそもそも成立しない非正規労働者の賃上げ要求にあたって、『賃金カーブ維持相当分』を掲げていることには疑問がある」との認識も示されているが、現実には責任ある業務を担うパート労働者等に定期昇給を行なっている企業もあり、非正規労働者が果たしている役割や技能向上など努力を無視した考えである。公正な分配の実現の観点からも、この主張を断じて許すことができない。

 4点目はワーク・ライフ・バランスについての認識である。「報告」では、「企業は仕事の質的向上と生活の充実の相乗効果を高い次元でマッチングさせ、生産性の向上を目指すために、ワーク・ライフ・バランス施策の充実に積極的に取り組んできた」と述べて、今後も充実をはかっていく姿勢が示されている。効率的に働き個人の時間を創出し心身のリフレッシュをはかることや、女性の社会参画の促進と両立支援の充実といった内容は、労働側としても同意できるものである。しかしながら、経営として取り組むべき優先課題は、年間2000時間を超える長時間労働の是正である。ワーク・ライフ・バランスの推進をはかる意義を語るのであれば、長時間労働の抑制につながる時間外割増率の上乗せや有給休暇の取得促進などに応えるべきであり、その他にもワーク・ライフ・バランスの実現に労使協力して改善に取り組むことが必要である。


2.具体的な見解

(1)「賃金復元論」に対する反論について

 「報告」は、2011年の所定内給与は1997年に対して上昇していると述べているが、使用しているデータは「一般労働者」に限ったものであり、同じ企業、職場で働く有期雇用労働者やパートタイム労働者は含まれないデータで反駁している。われわれが主張する「賃金の復元」とは、マクロでの労働分配の低下に歯止めをかけ、デフレ脱却に向けてこれを反転させようとする考えであり、全雇用者の3分の1を超えた非正規労働者の賃金・労働条件の底上げを強く意識した主張である。
 また「デフレの進行によって実質賃金は大幅に上昇」しているとの主張を行なっているが、生計費を「実質」で考え、「豊かになった」との実感を抱き、生活設計を組み立てる人は果たして存在するであろうか。毎月勤労統計調査や賃金構造基本統計、世帯所得に関わる各種調査の結果は、いずれも賃金や所得が低下していることを示している。
 経営が主張する「支払能力」は、個別企業における「名目の支払能力」と「名目の賃金」との整合をはかることがマクロの過度な物価上昇を回避するという考え方ではなかったのか。負担の強調のみを前面に打ち出す姿勢であるならば、健全で建設的な労使協議は成立しえない。

(2)労働規制の見直しについて

 「報告」は、労働分野でも規制強化が相次ぎ、国内雇用の維持・創出は一層困難になっているとして、立地競争力を強化するための施策の一つとして、労働規制の見直しを主張している。
 しかし、国や産業の国際競争力とその国の労働規制とはそもそも無関係である。ドイツやフランスなどのヨーロッパ諸国においては、解雇に「正当な事由」を求めるとともに、有期労働契約を締結できる理由を限定する入口規制など、厳格な労働規制が採用されており、日本の解雇規制や非正規労働者の労働規制をはじめとする労働規制が世界的に見て特別に厳しいものとは言えない。競争力の面においてもドイツにおける自動車や機械といった分野は世界屈指の強い競争力を持っている。一方、アメリカでは、解雇規制が無いに等しいなど労働規制は極めて緩やかであるが、自動車などの分野でドイツに勝る競争力を持っているわけでは決してない。
 企業を支えているのは働く者、すなわち「人」であることを忘れてはならない。企業は、競争力の源泉は「人財」にあることをしっかりと認識し、長期的な視点に立って「人への投資」を積極的に促進していくべきである。

(3)有期労働契約について

 「報告」は、労働契約法の改正により、需給変動への柔軟な対応に支障をきたしかねないと主張している。
 しかし、有期とする必要性がないにもかかわらず、有期労働契約を反復更新する実態であるのは、企業が契約を打ち切るフリーハンドを確保するとともに、さらに処遇格差を正当化するために、有期労働契約を用いているからではないか。
 企業は、自らが負うべき需要変動リスクのほとんどを有期契約労働者に負担させ、使用者の雇用責任を回避している。これまで有期契約労働者を『雇用の調整弁』として安易に量的に増大させ、雇用の安定や処遇の改善への配慮を欠いた労務管理のあり方についても見直すべきである。
 また経営側は、労働契約法の改正により、有期労働者の仕事を通じたスキルの向上を困難にする恐れもあると主張している。
 しかし、厚生労働省「平成23年度能力開発基本調査」によると、正社員以外に対して教育訓練を実施した事業所は正社員に対して実施した事業所の半分に満たないことから、そもそも労働契約法の改正の有無に関わらず有期労働者の仕事を通じたスキルの向上はあまり行われていないのが実態であり、経営側の主張は失当である。
 労働者が「生きがい」や「働きがい」を感じながら、その能力を発揮し、充実して就労するためには、安定した雇用と公正な処遇のもとで、職業能力の向上をはかることができるようにすることが必要である。

(4)労働者派遣制度について

 「報告」は、労働者派遣法の改正について、派遣という働き方を積極的に選択する労働者の就業機会を奪うと主張している。
 しかし、短期でいろいろな仕事に就きたいという人や短時間勤務を望む労働者がいたとしても、そのことをもって間接雇用であるべき理由にはならない。労働者派遣法の改正は、雇用情勢の急激な悪化により派遣切りなどが社会的に注目された中で、派遣労働者の権利保護をはかるために行われたものであり、その意義は積極的に肯定すべきである。
 また、経営側は、労働者派遣制度について、期間制限の緩和などにより規制のあり方を見直していくことを主張している。
 しかし、労働者派遣は本来、常用代替防止の観点から専門性のある業務に限って認めるというものであり、一般業務については臨時的・一時的な労働力の需給調整制度であることを堅持すべきであり、期間制限は緩和すべきでない。

(5)高齢者雇用について

 「報告」では、「高齢従業員の活用を人材戦略の一つとして捉え、有用な人材として活用していく」と述べており、これについて経営側の考えにわれわれも同感である。しかしながら、一方で「高齢法の改正は、企業組織の新陳代謝を阻害し、若年労働者の就業にも大きな影響を及ぼす」と主張しており、経営側の真意をはかりかねる。
 高齢者と若年者とでは、仕事で求められるものや期待される役割が異なっており、そもそも雇用の質が違う。
 高齢者の多くは高度に蓄積された技術・技能や知識・ノウハウを有しており、職場における若年者への指導・教育や技術・技能の伝承などは企業の持続的発展の面においても欠かすことのできない重要な役割である。一方、若者は高齢者など先輩からの指導などを通じて、多くのことを学び、経験することで、企業の将来を担う人材になっていくことが期待されている。長年にわたって技術・技能を磨き、職業経験を多く積んだ高齢者と若年者とでは、携わる仕事の種類や分野、求められる雇用の質が異なり、役割も異なる。
 若年者の就業は高齢者雇用とのバランスのみで考えるものではなく、企業の将来ビジョンなどを描く中で中長期的な視点から検討すべきものである。企業は、高齢者の役割をしっかりと認識するとともに、すべての働く者がやりがいを持ち、安心して働ける環境整備をはかる視点を持つべきである。

(6)労働条件の不利益変更ルールについて

 「報告」は、就業規則による労働条件の不利益変更の有効無効に関する裁判所の判断を事前に予測することが困難であることから、企業は機動的な制度の見直しに躊躇しがちであるため、労働条件の不利益変更ルールを透明化すべきと主張している。
 しかし、企業内部の規約・慣行などにもとづく労働条件の変更は、当該企業の規模や状況を踏まえ、個別具体的な事案ごとに判断されるべきものであり、裁判所による司法判断において、事案ごとに判断が異なることは、当然の帰結と言える。
 労働契約法の規定する労働条件の不利益変更の規定は、透明性のある規定であり、これを透明化すべきとする経営側の主張は失当である。

(7)労働時間制度について

 「報告」は、労働時間制度について、事務職・研究職の自主的・自律的な労働時間管理を可能とする仕組みの導入や、企画裁量型裁量労働制に関する対象業務・労働者の範囲拡大などを主張している。
 しかし、現在、不払い残業や長時間労働が多くの職場で蔓延しており、過労死や過労自殺、メンタルヘルス不調などの労働者の健康被害は深刻化する一方である。
 厚生労働省「平成23年度脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」によると、過労死、過労自殺による労災補償請求件数、支給決定件数ともに増加しており、「脳・心臓疾患」については、ここ数年、300人程度の方が労災認定され、うち100人を超える方が亡くなっている。
 このような、自律的に働くことができていない状況を放置したままで、事務職・研究職の自主的・自律的な労働時間管理を可能とする仕組みの導入や、企画業務型裁量労働制の対象業務・労働者の範囲拡大という、長時間労働を助長する制度を検討することはありえない。

(8)「理解に苦しむ中小企業の賃上げ要求」との受け止めについて

 「報告」は、中小企業の経営の厳しさを指摘しつつ、「大手企業との規模間格差の是正を主な理由として、1%のベア要求を掲げることは理解が得られない。」としている。しかし、中小企業の経営が厳しくならざるを得ないのは、収益力について大手企業の格差があるためであり、賃金の高さにあるのではない。法人企業統計に基づくと、製造業の資本金1億円以上と1億円未満企業との売上高営業利益率は、直近の2011年度で1.1ポイントの差があり、2003年度以降では最大3.0ポイントの差がある。これは、発注者である大手企業が発注単価の引き下げを求め続けてきた結果であり、企業間における利益分配が適切になされていないことによるのである。独禁法や下請法に違反していなければ何ら問題がないということでは、CSRの重要性が唱えられる今日、大手企業としての社会的責任を果たしているとは言えない。グローバル競争の渦中にあるのは、大手企業だけではないことについて「報告」も指摘していることであるが、こうした競争に勝ち抜くためにはサプライチェーンの総合力を高めることが必要なはずである。しかし、中小企業の収益力の低さとそこで働く者の低い賃金を顧慮することなく、大手企業への協力を求めるばかりでは身勝手とのそしりを免れない。
 言うまでもなく、賃金水準の格差は、生活水準の格差そのものである。大手と中小の間の格差を前提とするような認識は、中小企業に働く者の生活水準が低くても良いとする捉え方にほかならず、容認することができない。

(9)最低賃金について

 「報告」は地域別最低賃金について、「目安額を大幅に上回る額で結審する地域が多くなっており、目安制度が揺らいでいる」と指摘し、「7割にのぼる地域が『使用者側全員反対』を表明するという事態」を指して「『最低賃金決定プロセス』への信頼を大いに揺るがしている」だと述べている。
 現行の最低賃金決定プロセスは、中央最低賃金審議会にて公労使三者が真摯な議論を通じてとりまとめた「目安」を参考にしつつ、各地方最低賃金審議会の公労使三者が自主性を発揮して、時々の経済状況とそれぞれの地域の実情に基づき議論し、決定している。かつて引上げ額が0円・1円であった時期には多くの都道府県で労働者側委員が反対を表明したが、それをもって「異常事態」と断じることはなかった。決定プロセスにおいて重要なのは、真摯な議論が行われているか否かであり、賛成ないし反対の意見表明は結果として粛々と受け止めるべきである。使用者側委員の反対が多かったからといって「制度が揺らいでいる」「信頼を揺るがしている」と述べるのは、我田引水のそしりを免れないであろう。
 また雇用戦略対話の合意について「数値目標について、前提も含めて抜本的な検討が求められる」としているが、現在の水準(全国最低652円、加重平均749円)は合意が定めた「全国最低800円、全国平均1,000円」には程遠く、これを見直すべき時期には至っていない。現時点で6都道府県が依然として地域別最低賃金額が生活保護水準を下回っている。他県をみても、2012年度の最低賃金引上げ額が生活保護水準の上昇に追いついていない地域がほとんどであり、地域別最低賃金の引上げを抑えるべき理由はない。
 他方、特定最低賃金に対して「地域別最低賃金未満の特定最低賃金は、その役割・使命を終えたものとして速やかに廃止すべき」と主張しているのは、企業の公正競争の担保や地域的な労使交渉の補完・代替という特定最低賃金独自の役割や意義を全く理解していないと言わざるを得ない。2007年に国会で最低賃金法改正が審議された際、使用者側参考人は「審議会において労使の主体的な話合いで決められる、そういう言わばあるべき姿に向けて一歩前進するものだというふうに理解しております」と発言している。特定最低賃金は当該産業労使のイニシアティブによって設定するものであり、その合意を無視する形で、「関係労使」による再検討や必要性審議の「全会一致」原則の維持を主張することこそ、「先人達が積み上げてきた労使の信頼関係』を大きく損なうものであると、すべての使用者側委員は肝に銘じるべきであろう。

以上


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