連合見解

 
2016年01月19日
経団連「2016年版経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解
日本労働組合総連合会

1.総論
 経団連は1月19日、「2016年版経営労働政策特別委員会報告-人口減少下での経済の好循環と企業の持続的成長の実現」(以下「報告」)を発表した。

(1)社会的要請に対する労使の役割と責任
 「報告」は序文で「デフレからの脱却は、もう一息のところまできている。わが国経済再生の歩みを、ここで止めてはならない。2016年の労使交渉・協議においては、こうした「社会的要請」を十分に考慮しながら、労使で懸命に知恵を出し合い、自社の成長の果実をわが国経済の活性化へとつなげる方策を実行することが求められる。」としている。まさに、「社会的要請」に労使はその役割と責任を果たすべきである。そのためにも、月例賃金の引上げが必要である。

(2)人口減少社会における日本経済社会のあり方について相互理解を
 また、「人口減少という国家的な課題と経済の好循環の実現への対応を念頭におきながら、賃金はもとより、多様な人材の活躍促進や、働き方・休み方改革などについてもさまざまなメッセージを込めた」としている。連合の課題認識と共有する部分も多いが、税・社会保障のあり方など相互理解をさらに進めるべく意見交換を行っていきたい。

(3)労使コミュニケーションが競争力の源泉
 「労使パートナーシップ対話の深化」を掲げ、「労使協議や職場懇談会を通じた労使対話は、実施企業の多くがその成果を認めており、わが国企業の経営上の強みである集団的な課題解決機能の維持と強化に効果的である。労働組合の有無にかかわらず、すべての企業が意識的に従業員への働きかけを強めながら、自社に適った形で労使コミュニケーションを図り、さらなる労使関係の安定・深化に取り組むことが望まれる。」などとしている。グローバル競争において日本の競争力を維持・強化するため、さらなるコミュニケーションの強化に労働組合も努めていく。

 報告は「多くの方々に・・・共感とアクションの輪が広がっていくことを願ってやまない」としている。副題にある「企業の持続的成長の実現」も重要であるが、日本経済・社会が成長し、国民の生活や将来の希望と安心社会を構築していくスタンスで、個別課題に対する連合見解を以下の通り表明するものである。


2.2016年春季労使交渉・協議に対する経営側の基本姿勢について

(1)賃金決定の原則および賃金引上げ方法について
 「報告」は賃金決定に当たって考慮すべき要素を列記しているが、そこに労働者とその家族に一定の水準の生活を担保するための項目は見いだせない。賃金は労働の対価として労働者に支払われるものであるが、その水準決定に当たっては、賃金をほぼ唯一の生活維持手段とする労働者がまっとうな生活を営むに足る水準であることを確保するのは、企業経営者の責務である。
 「適切な総額人件費管理のもと」労使による交渉を経て企業が決定することが原則としているが、所定内給与額のアップが総額人件費に大きくかつ長期的に影響することに注意を喚起して、月例賃金の引上げを回避するよう誘導していることは、自ら「デフレからの脱却と持続的な経済成長の実現に向け、経済の好循環を回すという社会的要請がある」と述べていることと矛盾している。「デフレからの脱却」「経済の好循環実現」のためには月例賃金の引上げこそが必要であることを強調しておく。
 「2015年を上回る」としつつ、あくまでも「年収ベースの賃金引上げ」にこだわり、また「さまざまな賃金引上げ方法等」の名の下に月例賃金の引上げに後ろ向きな姿勢を示していることに対しては、失望を禁じ得ない。「月例賃金より金額ベースでの引上げが総じて大きい賞与・一時金の増額も有効な選択肢」と述べるが、消費に回される可能性は一時金よりも月例賃金の引上げの方がはるかに高いことを無視している。デフレからの脱却や経済の好循環の実現に対する真摯な態度が感じられない。

(2)中小企業における賃上げについて
 「報告」は中小企業について、「経常利益の増加も大企業に比べて鈍い」「先行きについても・・慎重な見方が強い」「労働生産性が・・約1割低下」「人件費が増大しており、さらなる負担増が見込まれる」「中長期的な競争力が損なわれる可能性」とネガティブな情勢判断を示した上で、「支払能力に基づかない要求を掲げることは、建設的な労使交渉・協議の妨げになるだけでなく、自社の労使関係に悪影響を与える懸念がある」と、連合方針を批判している。
 経団連は、賃金水準そのものの規模間格差や1995年以降中小企業の賃金引上げが全体のそれについて行けていないことという状況の背景について分析し、認識を改めるべきである。これこそが、連合が転換にチャレンジする「構造」そのものである。
 中小企業が賃上げの原資を確保するためには取引関係の適正化(公正取引の確保)が必要不可欠であるが、「報告」は、「経団連としては、取引企業の仕入れ価格の上昇等を踏まえた価格転嫁や支援・協力に取り組むよう、引き続き会員企業へ呼びかけていく」と述べるのみで、発注元企業が会員の多数を占める経営者団体の態度としては無責任といわざるを得ない。
 加えて「報告」は、「大手追従・大手準拠からの転換を打ち出したにもかかわらず、大手との「格差是正」を目指すという従来の考え方を踏襲していることは納得感が得られにくい」と述べ、連合が今次闘争方針で打ち出した「大手追従・大手準拠などの構造を転換する運動」に疑問を呈している。これは、闘争の手法としての「構造の転換」と、看過できない程に拡大した企業規模間の賃金水準格差を是正するという労使に課せられた社会的課題の解消が春季生活闘争の目的であることとを混同しているもので、連合として到底受けいれられない。

(3)非正規労働者の労働条件の改善について
 非正規労働者について「報告」は、自ら望んで非正規という働き方を選ぶ労働者が多いと主張する一方、賃金格差については問題意識を示していない。これまでの総額人件費抑制至上の企業行動が、非正規労働者が全雇用労働者の約4割を占めるに至り、その多くが結婚や子育てもままならない低収入にあえいでいる現状を生み出した事実を直視すべきである。
 正規への雇用形態の転換について、「人口減少というわが国の重要課題の解決に資するためにも、不本意非正規労働者のさらなる減少と処遇改善に今後も取り組んでいく必要がある」と、総論としては前向きな姿勢を見せており、また正社員化については積極的な推進を打ち出しているのだが、「いわゆる限定正社員への転換を含む」と前置きがある点は懸念される。
 雇用形態間の賃金格差について分析を加えないまま、基本給・時給の増額や賞与・一時金等の支給・増額を実施した企業割合のみを挙げて「賃金引上げなどの処遇改善も進んでいる」とするのは、いささか我田引水の誹りを免れないのではなかろうか。
 「報告」は、「非正規労働者の賃金が労働市場の需給関係の影響を強く受けるもの」と述べ、近年の労働需給の逼迫などにより非正規労働者賃金が上昇傾向にあることを指摘する一方、その処遇改善も「自社における総額人件費管理のもとで考えるべき」と、あたかも改善原資に枠をはめることを意図しているようにも読める。求められているのは、雇用形態が非正規であろうともそれぞれの働きに見合った処遇を行うことであり、その社会的水準を共有・周知していくことである。


3.個別項目に対する具体的な見解

(1)人材の不足問題について
 「報告」は特定の業種・業態での人材の不足を指摘している。その理由として「従業員の高齢化と若年従業員の減少」を理由に挙げているが、一般的に人材が不足しているとされる業種・業態では他の業種・業態と比べて低賃金や長時間労働であるなど、むしろ産業としての魅力に欠けることが原因である。働く者がこの産業に携わりたいと思えるよう、賃金・労働条件・労働環境等を改善し、魅力ある産業づくりを進めることこそが経営者の責任である。
 さらに、「背景には雇用のミスマッチが生じている点もある」として、「外国人労働者を含めた多様な人材の活躍が求められる」としているが、正規雇用を望む求職者と非正規雇用を望む求人側のミスマッチについては述べられていない。正規雇用労働者に比べ、非正規雇用労働者は不安定な雇用、低賃金なだけでなく、企業の能力開発への投資も少なく、雇用の質が問題となっている。
 IoTの進展により情報通信産業における人材不足が加速することを懸念しているが、働き手が減少しつつある中、能力開発への投資が少なくなれば、情報通信産業に限らず、求められる能力を満たす人材が不足するのは当然である。業務に必要な能力開発を行って人材を育成することは企業の責任である。技術・技能の次世代への継承や現場を支える人材の不足を解消するには企業が正規雇用を進めるとともに人材へ必要な投資を行うことが必要不可欠である。

(2)「女性の活躍」の促進について
 「報告」では、役員・管理職登用が諸外国に比べ大きく遅れている点を指摘しポジティブアクションの必要性や、男性管理職による無意識の性差別(ジェンダー・バイアス)の解消に触れるなど、従来よりも踏み込んだ見解となっており、大枠で認識を共有するものである。
 しかし、「両立支援制度の整備が進み、女性が結婚や出産を理由に退職することなく就業を継続することが主流になりつつある」と述べている点に関しては、パート・派遣労働者の第一子出産前後の継続就業率が18%に低迷している現状 から考えて看過しがたい。
 女性活躍を進めるためには、非正規労働者も含めた女性労働者の底上げが必要であり、すべての雇用管理区分に属する女性労働者の継続就業年数や、管理職比率等に関する男女間格差の解消、さらには賃金格差の縮小を目標に掲げた施策が求められる。春季生活闘争では、女性活躍推進法の施行を契機に、男女間格差の是正を正面に据えた取り組みが必要である。

(3)外国人労働者の受入れについて
 「報告」は、冒頭から人口減少社会への危機感を露わにした上で、その解の一つとして外国人労働者の受入れ促進を求めているが、その姿勢には違和感を覚える。
 「報告」にある通り、日本の生産年齢人口は1995年をピークとして、2014年には既に1,000万人減少し、2060年には3,000万人以上も減少することが予測されている。しかし、現在わが国で働く外国人労働者の数が70万人程度であること踏まえれば、その単純な増加が人口減少社会の根本的な解決手段とはなりえないことは明らかである。人口減少社会への解として取り組むべきは、女性や若年者、高齢者が安心して働き続けられるための職場環境の整備や企業風土づくりであり、安易に外国人労働者の受入れに求めるべきではない。
 また、経済の活性化に資するとして、外国人労働者の積極的な受け入れに向けた各種の拡充策を示しているが、どの分野においても慎重に検討すべきである。介護人材の確保については、真っ先に取り組むべきは介護職の処遇改善や制度の適正化であり、人材不足の解消を背景とした受け入れが先行してはならない。
 人口減少社会への対応は、労働分野に留まらず、社会保障制度など他の社会的インフラをも含む幅広い観点から検討する必要がある。

(4)仕事と介護の両立支援について
 「報告」では、要介護者の増大に伴う介護負担の増大、介護を理由とする離職者の増加について触れ、仕事と介護の両立支援が急務であるとしている。「企業が従業員の介護状況を把握することは難しい」中での具体的な施策として、「介護発生前・初期段階での自己申告の促進」と「継続的な情報収集」を挙げている。
 連合が2015年2月に実施した「介護休業制度等に関する意識・実態調査」では、介護支援制度の利用者で不利益な取り扱いを受けた人は3割にのぼっている。労働者の介護状況が見えづらい原因として、介護をしていることが職場で明らかになることによる不利益について、労働者が懸念していることも考えられる。
 介護離職を防ぐ為には、「自己申告」や「情報収集」だけでなく、介護に関する両立支援制度を利用しやすい職場環境の整備が重要である。特に管理職をはじめとする企業側が、介護に従事する労働者に配慮し、不利益取扱いを行わないことは不可欠である。また、利用しやすい休業、休暇、短時間勤務など柔軟な働き方に関し法を上回る制度整備が求められる。

(5)労働時間制度改革について
 「報告」は、「労働時間に比例して成果も上がる労働を前提とした現行の労働時間規制に替わる新たな仕組みが求められている」として、高度プロフェッショナル制度の創設や企画業務型裁量労働制の対象労働者の拡大などを盛り込んだ労働基準法等改正案の早期成立を強く要望している。
 「高度プロフェッショナル制度は、研究職など専門職を対象に、時間ではなく、高い成果に高い年収で報いる働き方の選択肢を提供するものである」とするが、なぜ高い年収を得ていれば労働者の命と健康を守る労働時間規制を外すことができるのか、という根本的な疑問に対する合理的な回答は与えられていない。また、企画業務型裁量労働制の対象業務にPDCA型業務と法人営業を追加することについて、「報告」は「制度の導入促進が期待される」としている。しかし、営業の実情を鑑みれば、ノルマや与えられた目標を目の前にしたとき、自分の労働時間を一定の範囲内に抑える裁量は、労働者には実質的にはない。高度プロフェッショナル制度の創設と裁量労働制の対象業務拡大は行うべきではない。
 過労死等防止対策推進法の重みも受け止め、労働者の健康・安全の確保と生活時間の保障という観点から、実効ある長時間労働抑制策を講じることこそが優先されるべきである。長時間労働が多くの職場で蔓延している現在、その抑制に向け、「休息時間(勤務間インターバル)規制」や「時間外労働にかかる上限時間規制」等を導入するべきである。
 また「報告」には、「労働力の確保や生産性の向上を図る」として、テレワークについて「各社での導入・拡大に向けた積極的な検討が望まれる」とある。しかし、労働時間の適正な管理、労働災害の対応など課題は山積しており、慎重な対応が必要である。

(6)改正労働者派遣法への対応について
 「報告」にあるとおり、昨秋に施行された改正労働者派遣法は、対象業務を原則自由化した1999年以来の「大改正」であった。しかし、その内容は均等待遇原則の導入を見送るなど派遣労働者の低処遇を放置しつつ、派遣期間制限を実質的に撤廃して常態的な間接雇用法制を導入するものであり、「大改悪」といっても過言ではない。また、大規模な改正にもかかわらず、法成立から約20日という異常な短期間での施行を強行したことにより、現場への周知が徹底されていない。
 「報告」では、労働契約申込みみなし制度やグループ企業内派遣の8割規制、離職後一年以内の派遣としての受け入れの禁止、日雇派遣の原則禁止といった労働者保護の観点に立った2012年改正について、「現場で混乱を招いていることから、早期の見直し議論を開始すべき」としている。しかし、2015年改正の影響について十分な点検・検証を行わないまま、更なる改正を指向することは、さらに現場を混乱させる恐れがあり、拙速である。
 2012年改正は、派遣労働者の雇用の安定と処遇の改善が喫緊の課題とされ、自公政権および民主党を中心とする政権の下で労働者保護のための改正が行われたものである。特に「労働契約申込みみなし制度」は、非正規労働者の権利保護への効果が期待される。それにもかかわらず、「報告」が、「『労働契約申込みみなし制度』の不用意な適用を回避」することなどに力点を置いていることは、到底理解しがたい。
 わが国の成長の源泉はいうまでもなく「人」である。「報告」の表題として掲げる「人口減少下での経済の好循環と企業の持続的成長の実現」のためにも、企業の責任として、派遣労働者の処遇の改善や雇用の安定に向けた積極的な姿勢を示すべきである。

(7)最低賃金について
 「報告」では、特定(産業別)最低賃金について、前年度の「存続理由が見出せない特定最低賃金」から「特定最低賃金廃止に向けた検討」と見出しを変更し、廃止の主張を強めている。
 「報告」において、地域別最低賃金額を下回る特定最低賃金が増えていることや、複数年度にわたって金額改定が行われないケースを指摘し、「このような特定最低賃金はすでに役割・使命を終えており」と断じ、「地方行政の業務効率化の観点からも、早急に廃止すべき」と主張している。しかし、審議会において使用者側が不要論に拘泥し、当該労使のイニシアティブが十分に発揮できないでいることがこのような状況を招いているのであり、本末転倒の主張であるといわざるをえない。
 特定最低賃金は2007年の最低賃金法改正で、労使のイニシアティブにより設定され、企業内における賃金水準を設定する際の労使の取り組みを補完する制度として、安全網とは別の役割を果たすものとして規定された。地域別最低賃金とは役割がまったく異なるものであり、地域別最低賃金水準との逆転・近接をもって必要性がないとの主張は根拠に乏しい。また、その役割・使命は、労働条件の向上はもとより、賃金水準を競争力の源泉にすることなく、産業内における公正な競争を確保することが挙げられる。労働力不足が顕在化するなかで、健全な産業の発展を望むのであれば、人材確保・維持をはかる観点で、むしろその意義を積極的に評価するとともに、水準の引上げを行うべきではないのか。
 連合は、最低賃金法が定める趣旨に鑑み「最低賃金水準」のあり方や「特定最低賃金が設定されている意義」にこだわった取り組みを進めていく。

以上