連合見解

 
2019年01月23日
経団連「2019年版 経営労働政策特別委員会報告」に対する連合見解
日本労働組合総連合会

 経団連は1月22日、「2019年版 経営労働政策特別委員会報告 働きがい向上とイノベーション創出 by Society 5.0」(以下「報告」)を発表した。
 
 序文において、デジタル技術とデータ活用の進展によって国民の生活や雇用、行政、産業行動など、あらゆる面で社会が大きく変わろうとしており、「これを日本経済の再生に活かさねばならない」との認識が示されている。そして企業にとって最も重要な課題は、職場環境の整備であるとし、「企業は、働き手一人ひとりの様々なニーズを汲み取りながら、その持てる能力が最大限に発揮されるよう」にしなければならないと述べている。これらは、「働くことを軸とする安心社会」の実現をめざす連合の考え方と通ずる要素を含んでおり、社会が労使に期待するものである。また、「これまでの賃金引上げのモメンタムが維持・強化され、経済の好循環が力強く回る」ことを願う点についても同様である。
 一方で、将来課題に対する解決への道筋については考え方を異にする部分が存在する。連合は2019春季生活闘争において、「賃上げ」の流れの拡大と「すべての労働者の立場にたった働き方」の実現を同時に推し進めることで、「人的投資の促進」「ディーセント・ワークの実現」「包摂的な社会の構築」「経済の自律的成長」をめざしている。この観点から、「報告」の各論点に対する連合見解を以下のとおり表明する。
 

1.2019年春季労使交渉・協議における経営側の基本スタンスについて
 基本的な考え方については連合と「経団連と方向性は一致」しており、「建設的な労使交渉の実施に寄与する」との考えも、認識のとおりと評価する。
 しかしながら「報告」は、連合が賃金水準の追求を前面に押し出す中にあっても上げ幅の要求を掲げることを「主張の一貫性を欠いている」と批判し、月例賃金の引き上げにこだわることも「多様な方法による賃金引上げや総合的な処遇改善を前向きに検討しようとしている流れと逆行する」としている。そこには、働く者の月例賃金引き上げへのこだわりに応えずにきたことが、結果として失われた20年を生み、いまだに日本経済がデフレから脱却できない素地を作ってしまったことへの反省が、まったくみられない。連合が「上げ幅の要求水準を掲げ」るのは、世の中の多くの労働者が持っている「月例賃金へのこだわり」の大半がいまだ置き去りにされているからであり、併せて「底上げ・底支え」「格差是正」の取り組みの実効性を高めるためにも「賃金水準」の追求を前面に押し出していく。
 また、「報告」は、「一度にまとまった金額が支給される賞与・一時金の増額は、所得の増加が実感しやすく、それが消費意欲を高め、耐久財やサービスの購入を中心に、個人消費を後押している。個人消費喚起の観点からも、月例賃金に限らず、賞与・一時金を含む多様な方法による賃金引上げが、引き続き重要」としている。賞与・一時金が個人消費喚起の一助となることは否定しないが、連合白書で指摘し続けているとおり、所定内給与と賞与・一時金などの特別給与ではその変動分(増額分)が消費に回る割合に大きな差がある。また、賞与・一時金などの特別給与は、「報告」が指摘するとおり大企業中心に大幅な増額がなされてきたが、中小企業や非正規労働者には、そもそも支給されないケースも多い。経済に対する労使の責任を果たすためには、月例賃金の引き上げこそ不可欠である。実効性ある検討と対応を強く求める。
 また「報告」は、企業規模間格差是正にかかる連合方針を「中小企業の賃金引上げの実態と大きく乖離している」とし、「建設的な労使交渉が実施できない事態すら危惧される」と批判している。格差是正の実効性を高めるためには、月例賃金の引き上げにこだわる労働側の姿勢に真摯に向き合い、労使で納得できる「賃金水準」を見いだすために、徹底的な交渉・協議が必要であることを強調しておく。
 さらに「報告」は、「マクロでみた大手企業との賃金格差の是正を主な理由に賃金引上げ要求がなされても、経営状況の厳しい中小企業の経営者の理解・納得が得られるとは考えにくい」とし、規模間格差の是正については、「中小企業の労働生産性が向上し、・・・結果として、規模間格差が縮小していくことが望ましい」としている。「中小企業の生産性向上は、サプライチェーン全体の問題として捉える必要がある」「中小企業に対する取引価格の適正化や人的支援に大企業が積極的に取り組む」としているにもかかわらず、失われた20年の間に大手と中小の絶対額でみた賃金格差がなぜここまで広がったのかについて一切言及せず、マクロでみた賃金格差是正を否定する姿勢こそ、主張の一貫性を欠いているのではないか。
 日本の企業の99%は中小企業である。現存する大幅な賃金水準格差が中小企業における深刻な人手不足の要因となり、労働時間を代表とする働き方の格差にもつながっていることに鑑みれば、サプライチェーン全体の労働条件格差をいかに是正していくのか、そこに向けた考え方こそ示されるべきである。
 加えて、パートタイム・有期雇用社員の処遇改善について「報告」が、「本人の希望を踏まえながら、無期雇用である正社員への転換を、まずは検討すべき」としているのは、雇用安定の観点から評価できる。ただし、パートタイム・有期雇用社員の賃金水準が依然きわめて低い実態を踏まえれば、まずその底上げについて検討する必要があると考える。また労働契約法18条による無期転換等により「正社員化の流れは継続していくと思われる」としているが、転換後の労働条件への対応については言及していない。雇用形態間の不合理な格差の是正とともに、企業内で取り組みを進めていく必要があると考える。
 

2.個別項目に対する具体的な見解
(1)働き方改革について
〈長時間労働是正と柔軟な働き方〉
 「報告」は、働き方改革関連法に関して、労働時間管理の徹底をはじめとする長時間労働の是正の取り組み、年次有給休暇の時季指定義務の履行確保、中小企業の実情に配慮した商慣行の是正等の必要性を指摘している。連合も、このような認識を共有するものである。
 ただし、高度プロフェッショナル制度について、「報告」は、「イノベーションの創出や労働生産性の向上に資することが期待される」としているが、労働基準法による労働時間の規制が適用されない同制度は、過重労働につながるおそれがある。万が一、導入される場合でも、本人同意等の手続きや健康管理時間の適切な把握、健康確保措置の着実な履行など厳格に運用することが不可欠である。
 また、裁量労働制は、業務遂行に関する裁量がないなど、本旨に反する運用もみられるのが実情である。「報告」は、裁量労働制が、多様で柔軟な働き方の実現に資する制度であるとして、企画業務型裁量労働制の対象業務拡大を求めているが、長時間労働につながるおそれがあり、行うべきではない。
〈同一労働同一賃金の実現〉
 2020年4月1日より順次施行される同一労働同一賃金の法整備に関し、「報告」では、「雇用形態や就業形態にかかわらない公正な待遇を確保していくことがより重要」との考え方を表明した上で、労使協議を通じた先行的な取り組みの必要性を強調している。これらは連合の考え方と共通するものであり、個別労使による、待遇の総点検と協議というプロセスを積み重ねていくことが必要である。また、その際の労使協議は、当事者である非正規雇用で働く者の声も踏まえた協議とすることが重要であることを忘れてはならない。
 なお、「報告」では待遇差が不合理である場合の対応として、待遇や制度全体の見直しを提示しているが、正社員の労働条件の不利益変更を伴う形での見直しは認めるべきではない。非正規雇用で働く者の待遇改善という法目的を十分に踏まえた上で対応をはかることが必要である。
 
(2)労働生産性の向上について
 「報告」は従来にも増して「労働生産性の向上」とそれに必要な「イノベーションの創出」に重点を置いて論じている。わが国において、「機械やIT等により代替可能な業務がある場合において、企業労使で雇用の維持・安定を優先した結果、労働生産性と失業率とも低水準になっていた可能性が考えられる」としているが、果たしてそれだけが要因なのかはなはだ疑問である。1990年代以降の規制緩和によって、非正規雇用が増大し、結果として、時間当たり労働生産性が下がってしまった事実から目を背けてはならない。
 人口減少が本格的に進行し、地方の中小企業を中心に深刻な人手不足による企業経営への影響が顕在化している中、わが国が持続的な成長を実現していくには、労働生産性向上が不可欠であるとする考えは、連合と共通する。
 しかしながら、その土台となるのは、1955年に労使と有識者が合意した生産性三原則である。企業の持続的な発展のためには、雇用の維持・拡大、労使の真摯な協議・交渉、そして、生み出された付加価値(成果)の公正な分配が必要である。労働者が生産性を高めイノベーションを創出するためにどのような環境を整えるべきか、今一度生産性三原則に立ち返る必要がある。
 
(3)健康経営の推進について
 「報告」において「健康経営」の取り組みの重要性が強調されていること、また、その取り組みの成果が表れるまでには時間を要するとして、中期的な経営課題に位置付け継続的に取り組むことの必要性を指摘していることは、積極的に評価したい。経営者団体としてその重要性を会員企業に周知するとともに、中小企業に波及すべく取り組みを率先することに期待する。
 さまざまな顕彰制度への参加を自己目的化することなく、経営課題として社員の健康を推進するとともに、健康を損なった社員に対して不利益をもたらすことのないよう、その回復や治療と仕事の両立のための支援、特定保健指導を就業時間中に受けられるよう就業上の配慮に積極的に取り組むことなどが企業に求められる。
 
(4)多様な人材の活躍促進について(ダイバーシティ経営の推進)
〈女性〉
 「報告」は、成長戦略の柱の1つとして女性活躍を通じた経済成長の推進と女性活躍推進法の施行が各企業の取り組みを加速し、結果、女性の労働参画が着実に進展していると評価している。しかし、世界経済フォーラムの2018年のジェンダーギャップ指数は149ヵ国中110位で、主要7ヵ国では最下位となっている。特に管理職に占める女性の割合は依然低い水準にとどまっている。いわゆるM字カーブの谷も浅くなりつつあり、女性の労働力率は上昇しているように見えるが、増加部分の多くは非正規雇用であり、また、平均勤続年数も賃金も男性に及ばない状態が続いている。
 女性活躍の目的は、経済成長にあるのではなく、その推進をもって男女の人権が尊重され、かつ様々な社会経済情勢の変化に対応できる豊かで活力ある社会を実現することである。また、女性活躍推進法の基本原則では、男女の職業生活と家庭生活との両立と、とりわけその際の女性の意思の尊重を謳っており、性別役割分担意識を払拭することが強く求められている。
 なお、「報告」では多様性が強調されつつも、前年に取り組みを促していたいわゆる「LGBT」に関する記載がなく、現在も各職場で様々なトラブルが発生している中、違和感を禁じえない。この課題はいわゆる「LGBT」など特定の人々にのみ配慮が必要な課題として捉えるのではなく、すべての人の対等・平等、人権の尊重に根ざした課題として取り組まれるべきものである。継続して状況把握を行い、相談体制の整備等の具体的な対応策を示すべきである。
〈若年者〉
 若年者の早期離職は高止まりしたままであり、ミスマッチがその主な要因であると「報告」は分析している。一方で、連合労働相談ダイヤルに寄せられる若年層の相談内容からは、「ほとんど休みが取れない」「不払い残業を前提としての長時間勤務」など、労働基準法違反に近い劣悪な労働条件から心身ともに不調となり、離職せざるをえない状況に追い込まれている人が数多くいる現状が読み取れる。若年者の労働条件の底上げも喫緊の課題である。
 「報告」では「大学等と連携し、教育効果の高いインターンシップの実施などを通じて、職業観を醸成する機会を一層増やす」としており、その必要性は連合の考え方と共通する。しかし、インターンシップと称して実質的に新卒予定の学生への採用活動を行っている場合や、労働者性がありながら労働法規を適用しない事例も散見されるため、教育機関と連携しつつ、参加者のニーズ、労働法規を踏まえた上で実施することが重要である。
 また、「今後の新卒採用のあり方」として、柔軟な採用・入社や、大学における多様な人材の育成に言及しており、そうした必要性については連合としても理解するところである。一方で、「新卒一括採用」が日本の若年者失業率を諸外国に比して抑制していることなど、そのメリットも踏まえたうえで、OJTなど企業による人材育成も併せて強化していくことが重要である。
〈障がい者〉
 障がいの有無に関わらず、本人の希望を尊重して働き続けることができる就労環境の整備は重要であり、そのために、官民を挙げて取り組む必要性については連合と認識を一にするところである。
 法定雇用率が大きく上昇する際の激変緩和措置については、労働政策審議会などでそのあり方について検討することもあり得るが、激変緩和措置を採用した場合でも、到達すべき雇用率は現在の算定式にもとづいて規定すべきである。
 また、短時間労働の精神障がい者の雇用率カウント恒久化や、長期間にわたり雇用継続している労働者のカウント上乗せなど、雇用率のカウントに関する議論は、制度全体のバランスに影響を与えかねない。そのため、手帳によらない障がい者雇用のあり方など、中長期的な観点からの障がい者の雇用促進制度全体の課題について議論するタイミングで、慎重な検討をすべきであり、安易にカウントのみを修正すべきでない。
〈外国人材の受け入れ〉
 「報告」は、改正入管難民法にもとづく新たな外国人材の受入れ対象分野について、透明なプロセスと国民からの納得感を得ることの必要性を指摘しており、受入れの是非について国民的議論が必要だとする連合の考え方と認識は同じである。
 一方、「報告」では、企業内でのインフラの多言語化や多文化対応については触れているものの、地域における生活者としての外国人労働者に対する視点が欠けている。新たな外国人材受入れに伴い、社会保障、言語、教育、公共サービスや多文化理解などの環境整備を行うために増大する財政コストについては、受け入れる事業主も応分の負担をすることが必要である。
 加えて、労働関係法令はもちろん、日本人と同等以上の報酬の確保についても遵守を徹底し、外国人材が安い労働力として安易に活用されることのないよう、日本で働くすべての労働者の権利保護に労使一体となって取り組むべきである。
 
(5)両立支援について
〈育児との両立支援〉
 「男性の育児」の積極的な支援を前面に打ち出したことは評価できる。しかし、女性の育児休業取得期間の7割近くが「10カ月以上」にもかかわらず、男性の育児休業取得期間の6割近くが「5日未満」である現状に鑑みれば、「男性の育児」の積極的な支援は、配偶者出産休暇等の短期間にとどまらず、男女がともに育児に参画できる環境整備に向けて、育児休業取得も含めて推進していくべきである。
〈介護との両立支援〉
 「報告」は、介護に直面した社員に企業が寄り添う「トモケア」の取り組みの周知と推進をはかり、可能な限りフルタイムで働ける柔軟な勤務制度の整備を推奨している。しかしながら、連合の調査における介護者の要望では、法を上回る両立支援制度として、1年以上の十分な介護休業や介護の事由解消までの短時間勤務制度などの整備が求められている。また、介護休業や短時間勤務制度利用者の約3割が「賃金や一時金の引き下げ」「人事考課での不利益な評価」などの不利益な取り扱いや嫌がらせを経験しており、フルタイムを前提とした支援のみならず、安心して両立支援制度を利用できる環境整備もはかるべきである。
〈治療との両立支援〉
 「報告」では「治療と仕事の両立を可能とする体制の整備とその方策の確立を急がなければならない」としており、その点は連合の考え方と共通である。しかし、「社員が以前と同程度に働ける状態に回復していることを確認する必要がある」という点については疑問がある。両立支援制度は、たとえ「以前と同程度」まで回復していなかったとしても、本人の体調や症状を勘案したうえで、産業医等と連携しつつ、休暇・休業制度や、疾病の早期発見、重症化予防の支援などを活用し、適切な範囲で就労することをめざすものである。両立支援制度を利用しやすい職場風土の醸成を含め、就労継続に向けた配慮を行うことが重要である。
 
(6)ハラスメント対策について
 「報告」は、「職場のパワーハラスメント等をめぐる動向」について「TOPICS」として扱っている。しかし、この間、セクシュアル・ハラスメント等の被害を告発する#MeToo運動が日本にも広がりを見せ、ハラスメントの根絶を求める声が世界各地で高まりを見せている。そのような中、国際労働機関(ILO)は、今年の総会において「仕事の世界における暴力とハラスメント」に関する条約の採択をめざしている。また、国内においても、今通常国会でパワーハラスメントの防止措置義務などが盛り込まれた法案が提出される予定である。
 ハラスメントは、人権侵害であり、個人の尊厳、健康および安全保障に対する脅威でもあり、ディーセント・ワークと相容れることはない。ハラスメントが未だ日本社会に蔓延する実態が浮き彫りとなった今、求められているのは、被害者の立場にたったハラスメント対策であり、労使で取り組む重要な課題として位置づけるべきである。
 
(7)最低賃金について
 地域別最低賃金について「報告」は、決定プロセス、結審から発効までの期間、中小零細企業への実効性ある支援が課題であると指摘しているが、現行水準が適正であるかどうかについては言及がない。連合は今後とも、最低賃金法の主旨に鑑み、セーフティネットとして実効性ある水準をめざしていく。
 一方特定(産業別)最低賃金について従来よりもさらに後ろ向きな姿勢をとり、前年度に続いて地域別最低賃金を下回ったものは「廃止すべき」としているのは、極めて遺憾である。連合は、特定(産業別)最低賃金には自らの産業に対する経営者としての矜持が表れると考える。廃止することを目的化するのではなく、産業における公正競争を確保し、公正な賃金決定に資するという特定(産業別)最低賃金の意義と目的を今一度認識し、その役割を発揮できる環境を整えるという経営者としてあるべき態度に立ち返り、各審議会に臨むことを強く求める。連合は引き続き、特定(産業別)最低賃金の意義にこだわった取り組みを進めていく。
以上


【PDFファイル】
https://www.jtuc-rengo.or.jp/activity/roudou/shuntou/2019/hoka/20190123kenkai.pdf