「働くことを軸とする安心社会」を実現しよう
連合はすべての働くもののよ拠りどころとして、その力を結集し、「働くことを軸とする安心社会」を築くために全力をあげる。
すべての労働者とは、正規、非正規、あるいは組合員、非組合員を問わないすべての現役の労働者であるが、労働の第一線から退いた退職者、これから労働の世界に入ろうとする子どもたち、そして労働者の家族も含めば、日本の国民のなかの圧倒的多数派である。
安心社会とは、ディーセントな雇用が保障され、病気、失業、子育て、老後など、人生のすべての段階におけるあらゆるリスクに対応できる制度が確立され、積極的に生きていこうとする人びとへの支援が提供され、人と人との良好な絆が培われている社会である。
連合は、みずからの活動の質と量を向上させ、傘下の労働組合の合意を得つつ、かつ志を同じくする労働者福祉事業やNPOなど多くの団体や個人とネットワーク型の連携をつくり上げて、「働くことを軸とする安心社会」の確立をめざす。
2010年12月2日 第59回中央委員会採択
目次
- 脅かされる社会の持続可能性〜不安の社会を越えて
- 築き上げてきた「雇用社会」日本とこれからの生活保障システム
- 21世紀連合ビジョンと目指すべき社会像
- なぜ働くことが軸か
- みんなが働き、つながり、支え合う
- ディーセント・ワークの実現
【仕事の価値に見合った所得】
【職場コミュニティとそれを支えるワークルールの確立】
【ワーク・ライフ・バランス】 - 雇用の質的強化と機会創出
- 希望につながる安心・切れ目のない安心
- 有効で分権的な信頼のおける政府を
- 公平な負担による分かちあいの社会
- 企業の社会的責任と健全な労使関係
- 持続可能性の前提となる地球環境保全とグリーン・ジョブの創出
- 労働運動に求められる社会運動の軸としての役割
- 地域で顔の見える労働運動
- 労働運動が大切にしてきた価値の継承・発展と次世代育成
- 世界につながる労働運動の必要性
第1章 なぜ今、改めて目指すべき社会像の提起か
1.脅かされる社会の持続可能性〜不安の社会を越えて
今、日本の社会で、多くの人たちは様々な不安を抱えながら生きている。
少なからぬ若者たちが、これから安定した収入を得て家族を持つことができるのか、先が見えない不安と焦燥感にさいなまれている。若い母親は、育児と仕事の両立に疲れ、子育ての悩みをかかえて途方に暮れている。進学期の子どもをもつ親たちは、学費をどう工面し学校を卒業させるのか、頭を抱える。その先、なんとか定年まで仕事を続けることができたとしても、自分たちの老後の暮らしをどうまかなうかとなると、さらに見通しが暗くなる。
非正規雇用で働く人々は、低い賃金でどう生活を成り立たせるか苦労を重ね、いつ雇い止めの声がかかるかと日々おそれながら暮らしている。他方、正規雇用で働く人々は、毎日の長時間労働とストレスにさいなまれながら、健康に不安を感じたり、身体の不調に悩んだりしている。また、自分の働きに見合った賃金を得ることが出来ないことに不満を募らせている。
人と人の間の距離が拡がり、社会がバラバラになっていく感覚が、不安を増幅させている。人々の相互の絆(きずな)、つながりそのものが弱まっている。地縁、社縁、血縁のいずれもが衰退し、自分は孤立している、誰からも顧みられていないと感じる人が増えている。人々の安心を保障するのは、社会と制度を支える人と人との絆である。その絆が弱まっている。
一方では、経済的・社会的な格差が拡大している。人は努力や才覚にふさわしい所得や豊かさを得ることができてよい、と誰しもが思う。しかし、この国では統計からみても実感に即しても格差が拡がりすぎ、努力し才能を磨くこと自体が空しく感じられるようになっている。
絆の弱まりとともに、子育てを社会が支える仕組みが不十分であるため、仕事と家庭生活の両立が困難な夫婦は子どもを生まないことを選択する。若者の貧困問題は、非婚化を加速させ、少子化に拍車をかけている。
希望を失い絶望に暮れた人は自らの命を絶つ途を選択する。毎年3万人を超える自殺者が後を絶たない社会は異常である。
このように人と人とのつながり、絆が弱まることによって、不安と不信が増幅され、わが国は社会的にも経済的にも持続可能性があらゆる面で脅かされている。
一体、いつの間にこのような社会になってしまったのか。戦後最長といわれる「いざなみ景気」注1が豊かさの実感にむすびつかないまま、リーマン・ショック注2に打ち砕かれてしまった。人々の間には先行きに対して悲観論も漂う。これまでの繁栄との落差が大きいからこそ、また他の東アジアの国々の成長が顕著だからこそ、日本は凋落の一途を辿っているかの見方も強まり、諸外国に対して内向きの態度も生まれる。
しかし、わが国は、これまでも幾度となく大きな危機を乗り越え、世界と社会の変化に柔軟に対応し、安定した社会を築いてきた。今回の危機は、これまでのわが国の成功体験の延長線上では解決できないことも認識しなければならない。このような時だからこそ、労働運動が目指し実現してきたことや労働運動が社会的な絆をつくる担い手であったことを、もう一度振り返り確認しておく必要がある。何よりも私たち自身の歴史と経験から出発し、困難を突破し、希望と安心の社会へと軌道を切り替えていかねばならない。理想を高く掲げつつ、状況に応じて常に柔軟な新しい戦略を考え、これに着手し、手を取り合いながら進めば、必ずや不安社会は越えることができる。
2.築き上げてきた「雇用社会」日本とこれからの生活保障システム
これまでの日本は、世界に冠たる「雇用社会」注3を築き上げてきた。社会保障や福祉は十分に発展したとは言い難いが、それに代わって、いったんは大多数の人々が仕事に就ける条件が確保された。戦後の混乱期、長く激しかった労働争議の中から労使が共に学び、相互の信頼のもとで、労働者に安定した雇用を保障しつつ能力開発をすすめる仕組みが形成されていった。1955年にはじまる生産性運動注4は、「雇用の維持・拡大」「労使の協力と協議」「成果の公正配分」の「生産性三原則」注5をかかげ、労使のたゆまぬ努力により、経済成長を牽引する力を生み出し、雇用社会の形成に貢献した。
また、政府による地域の零細な事業者の保護施策や公共事業によって収縮する一次産業に代わって建設業が地域の雇用を吸収する仕組みも、失業を抑制して「雇用社会」を支えてきた。
要するにわが国では、雇用を軸とした生活保障が打ち立てられてきた。この保障システムは80年代までは日本型モデルとして機能していたことは間違いない。わが国が達成してきたこうした仕組みを過小評価してはならない。しかし、グローバリゼーションによる市場競争の激化とともに短期利益追求型で株主利益を優先する経営者が登場し、市場原理主義の嵐が吹き荒れるなど、社会・経済環境が大きく変化することによって、数々の弱点が顕在化している。それが今日、この仕組みと時代とのズレを大きくしており、持続可能性が脅かされている。こうした仕組みと時代のズレは国外から来る圧力、国内に抱える問題の顕在化の両面から発生している。
対外的に持続可能性を脅かす最大の問題は、ルールなき経済のグローバル化である。経済のグローバル化は、民主主義と労働基本権が確立していない国々にも容赦なく押し寄せ、少数の富裕層と大多数の貧困層を作り出している。世界で最も裕福な5分の1と最も貧しい5分の1の人々との所得格差は、1960年の30対1が99年の75対1にまで拡大した。こうしたグローバル経済の負の側面を是正するために、国際労働運動は、「経済は人のためにこそ運営されるべき」として民主主義と労働基本権をグローバル化させる運動とともに、国際公正労働基準の確立に向けてその取り組みを提唱している。
企業行動が国境を越え、政府や労働組合でもコントロール不能な問題が出てきたことから、多国籍企業の行動について規範を設定し、監視することが必要ではないかという議論が起こってきたのは1970年代に遡る。その後、グローバル化がさらに進み、東西冷戦構造が崩れた90年代からは、企業はさらにコストの安いところを求め、労働基本権や人権を無視した行動も散見されるようになった。
対内的な問題としては以下の4つの問題を指摘しておきたい。
第一に、これまでの雇用保障は、男性正社員の雇用に焦点をあてたものであり、その所得で妻と子どもを養うことが想定されていた。税制や社会保障も同様であった。賃金や処遇をめぐる男女の格差が顕著な社会であった。
第二に、男性稼ぎ主は、多くが新卒採用でいったん就職すると、企業によって一人前の企業人に育成され、様々な福利厚生や終身雇用を前提とした賃金制度などによって企業を「終の棲家」(ついのすみか)とすることを求められた。こうした「囲い込み型」の仕組みのもとでは、企業の成長を願うあまり家族生活が犠牲にされたり、一人ひとりが新しいキャリアに挑戦することは困難であった。
第三に、完全雇用を実現したといっても、なかには賃金や処遇面で問題をはらんだ職場も少なくなかった。社会保障や福祉が後手に回ったこととあいまって、一部では貧困を排除できずにいた。
第四に、これまでの仕組みは、官僚主導によるキャッチアップ型注6の「護送船団方式」注7であった。ところが、行政指導が効力を失ってからも、行政は業界をコントロールしようとし、そこに口利き役の族議員の利権がついてまわるなどの政官業の癒着構造が温存され、経済のダイナミクスが脅かされたばかりか、強い行政不信が膨らんでいった。
今、私たちに求められていることは、日本の労働運動もあずかって形成されてきたこれまでの仕組みの弱点を取り除き、雇用を軸とした生活保障という長所を、新しい時代の要請に適応させながら抜本的にバージョンアップしていくことである。連合はそのためのビジョン形成に早くから取り組んできた。連合20周年を迎えた今、連合が呈示した21世紀連合ビジョンの先見性が日々明らかになっている。
バブル経済の崩壊を経て、1990年代の半ばには、日本のこれまでの仕組みが耐用年数を過ぎたことが誰の目にも明らかになっていた。しかし、政治や行政は、その抜本改革に向けたビジョンを呈示することができなかった。その間隙を縫って、これまでの仕組みをすべて時代遅れなものとして市場原理主義に置き換えようとする、新自由主義的な潮流が経済と政治を席捲することになった。人々は、それまでの官僚や族議員の利権がはびこり自由な選択が制限された仕組みに対しては、不満と苛立ちを強めていた。したがって、こうした潮流は、政治の劇場化ともあいまって、一時は選挙などでも強い支持を得て、市場原理主義的な改革が進んだ。だが、こうした改革は古い仕組みをただ解体するだけで、それに代わる新しい生活保障の仕組みをつくりえなかった。
新自由主義の席捲とグローバリゼーションの進展に伴う市場競争の激化を背景に、企業も、日本型経営の特徴であった従業員主権主義から株主利益最優先の経営、短期利益追求型の経営に傾斜し、生産性三原則は公然とないがしろにされた。賃金を抑制するとともに、多様な働き方を提唱しながら正規労働者を減らして安価で使い勝手のいい非正規労働者を増やした。人を物件費でモノ扱いし、政府はセーフティネットをつくることなく、企業の利益追求を後押しする政策を進めた。それゆえに、格差が拡大し、貧困が増大し、人々の絆が著しく弱まり、国民の不安は一層増大した。政官財のトライアングル自体はそのまま温存され、格差も不安も解消されなかったため、歴史的な政権交代がおこなわれるに至った。
3.21世紀連合ビジョンと目指すべき社会像
連合は、21世紀を目前とした1998年11月17日の第29回中央委員会において、連合結成10周年事業の一環として「連合21世紀への挑戦委員会」の設置を決め、労働運動の21世紀戦略の議論を開始した。同委員会は、「21世紀を切り開く連合運動―21世紀連合ビジョン―」(以下「21世紀ビジョン」)をまとめ、2001年10月の第7回大会においてこの文書を採択した。
「21世紀ビジョン」は、これまでの日本型生活保障の到達点と限界点、労働運動とのかかわりなどを検討し、新しい社会ビジョンと戦略を展望した文書であった。そして従来の制度がグローバル化や情報技術革新のインパクトなどの中で揺らいでいるという認識に立ち、これに代わるものとして、市場万能主義の考え方に強い警告を発した。そして新たに労働運動が目指すべき社会のあり方として「労働を中心とした福祉型社会」注8を掲げた。
「労働を中心とした福祉型社会」とはどのようなビジョンであったのか?
それは、「働くということに最も重要な価値を置き、すべての人に働く機会と公正な労働条件を保障し、安心して自己実現に挑戦できるセーフティネットがはめこまれた社会」の構想であった。そこでは、これまでのしっかりした雇用保障を維持しつつも、男性正社員に限らず、女性や非正規労働者を含めて、すべての個人が働き自立できるように、社会的連帯をひろげ、公的な支援を徹底することが目指された。このようにすべての人が雇用社会に参加することで、一人ひとりの働き方には余裕が生まれ、仕事と家庭の両立が可能になることが強調された。そしてそのためにも、いたずらに「小さな政府」を求めるのではなく、「有効かつ効率的な政府」の実現を目指した。
しかし今や、均等均衡処遇も実現しないままに非正規雇用で働く人たちも急速に増加し、雇用労働者の3割を大きく越えている。社会保障制度も十分に機能せず、貧困が拡大し、ワーキングプアの増大など、富の分配が歪み、10年前と比べても事態は深刻化している。
「労働を中心とした福祉型社会」のビジョンが示す大きな方向性や問題指摘は、今日に至ってもいささかも古くなってはいない。それどころか、現実の様々な困難が積み増すなかで、ますますその先見性、妥当性が明らかになっている。
連合20周年を迎えた今日、私たちは連合運動がこのような先駆的なビジョンを掲げてきたことに誇りと自信をもってよい。それが指し示す基本的な方向性は堅持していくと同時に、その後の世界と日本の情勢変化も踏まえて、このビジョンが示す目指すべき社会像をより分かりやすく、体系的なものとして継承、発展させていく必要がある。
2008年秋のリーマン・ショックは、それまでの市場万能主義、新自由主義的政策によってもたらされた「強欲資本主義」、グローバル金融資本主義の暴走によってもたらされた格差や貧困、社会の不条理に対する反省を世界と日本に促し、根本から問い直させる大きな機会となった。労働の尊厳、労働の価値を軽視してきた、これまでの経済政策や社会政策を転換させるべき時代の潮流に変わっている。ILOのソマビア事務局長のいう「ディーセント・ワーク」注9はこのような背景を踏まえた世界へのメッセージでもある。
また、地球温暖化問題や資源・エネルギー問題、国際間の貧富の格差と平和の問題も、世界の人々に突きつけられた持続可能性の問題として無視できないものとなっている。
こうした世界的な潮流変化の中で、21世紀日本の変化はますます加速し、政治の流動化も進行し、パラダイムの転換が始まっている。すべての働くもの、そして働くことを願うものの利益を結びつけ、新しい社会のかたちを切り開いていく、連合の主体性の発揮が求められている。
そこで私たちは、これまで掲げてきた「労働を中心とした福祉型社会」を豊かにし、働くこと注10を通じて支え合う希望と安心の社会、すなわち「働くことを軸とする安心社会」としたい。【用語注釈】
注1:いざなみ景気
2002年2月から続く景気循環であり、景気の拡大期間は2002年2月から2007年10月までの69ヵ月の長期間にわたり景気拡大し、それまで景気拡大期間が最長だった「いざなぎ景気」より長かったことから、この景気拡大期間を「いざなぎ越え」の景気と表現され、「いざなみ景気」とも呼ばれた。いざなぎもいざなみも「国産み、神産み」の日本神話からきている。いざなぎは男神でいざなみはいざなぎの妻とされる。この景気上昇は、確かに期間としては長かったが、労働者への利益配分は抑制され、生活は改善されず、また格差が拡大した。米国のサブプライムローン問題に端を発した世界同時金融危機の影響を受け、景気は失速し、2008年9月のリーマン・ショック以降、急速に悪化した。
注2:リーマン・ショック
2008年9月に米国の投資銀行であるリーマン・ブラザーズが負債総額約64兆円という史上最大の倒産を引き起こし、これが世界的な金融危機の引き金となったことを指す。日経平均株価も暴落し6000円台にまで急落。その後、わが国の実体経済にも深刻な影響を及ぼすことになった。
注3:雇用社会
2008年の日本の就業者は6,373万人で、そのうち雇用者が5,520万人、その比率は86.6%である。日本は世界の中でも、雇用者比率のきわめて高い国となっている。このように、人々の働き方でみると雇用を中心とした社会においては、雇用は人々の生活を支え、雇用は、人々が能力を発揮して自己実現を図る最大の場である。また、高齢化による職業生活の延長や、女性の働く場への参加の伸展も雇用との関わりが大きく、グローバル化、金融化などの経済環境の変化も雇用に大きな影響を与える。このような社会を「雇用社会」と呼んでいる。こうした雇用社会では、雇用労働者が大多数を占めているので、雇用されて働いている者の利害や主張が、適切に政府に反映され、政策が実現される必要がある。それが労働組合の重要な役割である。
注4:生産性運動
生産性運動とは「経済の発展のためには生産性向上に関する経営と労働の協力が必要であり、そのことが労働者の経済的、社会的地位の向上をもたらす」という考え方に基づく、政府、経営者、労働者の三者による生産性向上の推進運動のことである。このモデルはヨーロッパにあり、戦争で荒廃した経済の再建のため、生産性運動の推進機関が英国や、旧西ドイツで設立され、その後、ヨーロッパ各国でも広がっていった。日本でも経営者を中心に生産性運動への関心が高まり、この運動の中核体となる「日本生産性本部」が1955年に設立された。日本生産性本部は、企業経営者、労働組合、学識者の三者により構成されており、戦後の日本経済の自立と発展に貢献してきた生産性運動の中核組織として、戦後の日本経済の自立と発展に貢献してきた。また、労働組合は、「全国労働組合生産性会議」「地方労働組合生産性会議」を設立し、働く者の観点から生産性運動を支えてきた。現在の公益財団法人 日本生産性本部は、前述の三者にとどまらず、活動領域を拡大し、テーマに応じて消費者団体代表やNPO等、国民各界各層の代表が参加して、様々な分野での提言、実践活動を行っている。
注5:生産性三原則
1955年5月20日「第1回生産性連絡会議」において以下のような「生産性運動に関する了解事項」が確認された。それが「生産性3原則」と呼ばれるものである。「1.生産性の向上は、究極に置いて雇用を増大するものであるが、過渡的な過剰人員に対しては国民経済的観点に立って、能う限り配置転換その他により失業を防止するよう官民協力してこれを研究し、協議するものとする。2.生産性向上のための具体的な方式については、各企業の実情に即し、労使が協力してこれを研究し協議するものとする。3.生産性向上の諸要素は、経営者、労働者および消費者に、国民生活の実情に応じて公正に分配されるものとする。」
注6:キャッチアップ型
後発国(発展途上国)型。これに対するはフロントランナー型(先発国)がある。追いつけ追い越せ型の経済運営、産業政策を指し、政府の介入や保護主義的な貿易政策などが特徴。
注7:護送船団方式
「護送船団」とは、軍事戦術として、船団の中で最も遅い船に速度を合わせて、全体が進んでいくこと。これになぞらえて、一番経営体力・競争力に欠ける事業者(企業)が存続していけるよう、行政官庁が許認可権限などを駆使して行政指導を行いつつ業界をコントロールしていく方式を「護送船団方式」と呼ぶ。戦後の金融行政において典型的に見られた。
注8:労働を中心とした福祉型社会
労働を中心とする福祉型社会とは、「すべての人に働く場を保障し、公正な賃金、労働時間、均等待遇など社会的基準が張りめぐらされ、労災や失業、疾病や老後などへのセーフティネットが組み込まれ、男女が対等な構成員として活躍できる機会を確保され、ともに責任を担うことのできる社会。働くものが正当に報われ、自らの仕事に誇りを持ち、次世代に受け継いでいく社会。若い世代はそこに夢を見出すことのできる社会。仕事と生活の調和がとれた自らの人生観を大事にできる社会。そして自然環境と調和する循環型社会、市民参加の地方分権型社会、国際協調に根ざす安全で平和な社会」をさす。
注9:ディーセント・ワーク
Decent work。「働きがいのある人間らしい仕事」と訳されている。1999年のILOの総会において、このディーセント・ワークは21世紀のILOの目標とされた。人間らしい生活を継続的に営める人間らしい労働条件の仕事である。労働時間、賃金、休日日数、労働環境や内容などが人間の尊厳と健康を損なうものでなく、人間らしい生活を持続的に営めることが求められる。そのためには、結社の自由・団体交渉権・失業保険・十分な雇用・雇用差別の廃止・最低賃金などが確保されていることが必要である。
注10:働くこと
労働(働くこと)についての解釈は多様であり、仕事、労働、働くことなどさまざまな使い方があるが、ここでは、文中にある通り幅広い概念としたかったことと、「労働」ということばの響きのもつ堅さをやわらげたかったことから、「働くこと」にしている。一般的に、「労働」とは貨幣的価値のある活動とされている。雇用労働を意味する場合は労働が適切である。労働の語源としてのlaborは、ラテン語のtoilあるいはpainであり、フランス語を経由し、14世紀に英語に入ってきた。苦役や痛みという意味からきている。漢字の「労」も苦役や疲れるという意味。英語のlabor,labourは労働者(あるいはその集合体、労働組合側)を表すこともある。イギリス産業革命以降、貨幣的価値のある活動という概念となった。労働は生活の糧となる収入を得ることであるが、他方、労働を通じて価値ある社会的存在になる、自覚するという意味もある。
一方、workはインドヨーロッパ語から旧英語でweorcとなり、それが変化してworkとなった。自ら想像し、創造しながら目的意識をもって、自己実現のために「はたらく」という能動的なニュアンスも持っている。