フリーランスの労災保険「フリホケ」開始1年、セーフティネットの実態と課題とは?

連合は2024年11月、全業種のフリーランスが労災保険に特別加入できるようになったことを受け、「フリーランスのための安心労災保険(フリホケ)」1の取り扱いを始めた。フリホケを展開する「連合フリーランス労災保険センター」の春田雄一理事(連合総合運動推進局長)と、事務局を担う社会保険労務士の川嶋秀生氏(社労士川嶋綜合事務所代表)に、開始から1年間で見えてきた、セーフティネットの現状と課題を聞いた。

加入者2000人を突破 「補償受けられ助かった」の声も

-センターを立ち上げてからこれまで、どのように活動してきましたか。
春田(敬称略、以下同じ)当初は加入者数も予想しづらい中、手探りで加入キャンペーンを進めました。すると少しずつその効果が現れ、それまで労災保険の特別加入対象業種に該当せず労災保険に入れなかった人の申し込みが増え始めたほか、仕事を発注する事業者からも問い合わせがあり、ニーズは確実に存在することが分かってきました。

2024年12月31日まで実施した入会キャンペーンバナー

このため産業別労働組合など、組合独自のネットワークを生かして問い合わせが多かった業界にアプローチしたほか、発注者側への周知も進めました。こうした結果、加入者数は2025年11月現在2000人を超え、年度目標の1500人を大幅に上回りました。
加入者は、やはり建設技術者や機械技術者など、現場作業を担う人がめだちます。建設業の一人親方やITフリーランスなど21の業種2は、従来から労災保険に特別加入できましたが、機械操作のオペレーターや造船業の従事者は、同じように危険を伴う作業であっても対象外でした。フリホケはこうした職種の人たちのほか、社労士などの専門職やデザイナーなどにとっても、新たなセーフティネットになっています。

「連合フリーランス労災保険センター」春田雄一理事(連合総合運動推進局長)

川嶋:2024年10月以前は、例えば電気設備の保安業務従事者は、扱う電圧が自家用電気工作物など一定基準を上回る場合は21業種のうちの建設業に該当しますが、基準を下回ると建設業に該当しなくなり、対象から外れていました。またリフォームについても、壁紙の張替えなど比較的大きな改装は21業種の建設業に当たりますが、床の小さな傷を補修する程度の軽微な作業だと対象外だったと考えられます。カメラマンも、ドローンによるコンサート撮影は21業種のうちの芸能に該当しますが、工事現場の撮影は対象外でした。
このように基準が複雑なため、自分が加入対象なのか分からず、思うように労災保険に入れない人も多かったのです。また21業種の労災保険に特別加入した人の中には、いざ事故が起きた時に支給対象の範囲外と判断され、補償が得られないケースもあったようです。
こうした人たちの多くは、これまでセーフティネットを求めていながら得られなかったため「こうした制度を待っていた」と言わんばかりにフリホケに加入されました。実際に保険給付を受けた方からは「給付を受けられて本当に助かった」という声も聞こえています。
加入申込の際に提出いただく業務委託契約書や聞き取り確認時における「請負・委任」「労働者性」の判断基準と同様に、この加入対象範囲の棲み分けの複雑さについては、今後の制度運用のさらなる整備を期待しています。

「連合フリーランス労災保険センター」事務局を担う社会保険労務士の川嶋秀生氏(社労士川嶋綜合事務所代表)

複雑な基準に丁寧に対応 発注者主導の加入も

-発注者側からの問い合わせというのは、どのような内容でしょうか。
川嶋:事業を委託している個人事業主を、当センターを通じてフリホケに加入させたいがどうすればいいか、という内容が多いです。
2026年以降、改正労働安全衛生法が段階的に施行され、注文者らには雇用する労働者だけでなく、業務を委託する個人事業主についても労働災害防止の措置を講ずる義務が課されます。そして2027年1月には、4日以上の休業を要する業務上災害については、労働基準監督署への報告も必要になります。また法改正の前から、元請け企業が独自のルールを設け、現場に入る条件として労災保険の加入を求めるケースも増えています。
人手不足の中で「個人事業主であっても安全性を担保しなければ、必要な人材を確保できない」という危機意識が強まっていることもあり、現場で働く人を幅広く守ろうとする流れを感じています。こうした中で、企業などが、現場に送り出す個人事業主をまとめてフリホケに加入させ、保険料も負担するケースが増えています。

-フリーランスの労災保険を取り扱う団体(労災保険の特別加入団体)は他にもありますが、連合フリーランス労災保険センターは、労働組合である連合が主体的に運営している点が特徴的です。センターならではの強みはありますか。
春田:フリホケも含めて大半の保険商品は今、ウェブサイトで手軽に加入手続きを進められます。ただフリーランスの労災保険の場合、先ほどお話したように21業種とそれ以外の区分が複雑なこともあって、自分の業務がフリホケの対象になるのか、複数の事業を手掛ける場合はどの業種の労災保険に入ればいいのかなど、判断に迷うケースも少なくありません。
このため当センターは、電話などでの問い合わせに丁寧に対応しています。手軽さときめ細かい対応を両立させていることが当センターの強みですし、フリーランス個人の疑問や心配ごとにきちんと向き合ってきたことの積み重ねが、2000人という加入者数にもつながったと思います。

川嶋:問い合わせには数名の社会保険労務士が対応し、フリホケの対象業務に加え、以前から対象だった21業種(例えば建設業)の業務にも従事する人には「万全を期すなら、建設の労災保険にも入ってください」といったアドバイスもします。労災請求についても、被災状況を確認できた当日か翌営業日に補償の給付請求書を発行しますので、安心してご加入いただけます。
事故もこれまで50件ほど報告されています。転倒によるケガや骨折など身体的なケガが中心ですが、メンタルヘルス関連もごく少数あります。労災事例の中には、庭木の剪定やビルメンテナンスなど幅広い仕事を担うシニアの個人事業主が、不慣れな仕事でケガをしたというケースもありました。この方は自分が補償を受けられて助かったからと、同じ職場の方にも加入を勧めてくださっています。

労働組合とフリーランスの橋渡し役に 安全衛生教育にも活用

-加入スタートから1年が経ち、見えてきた課題などはありますか。
川嶋:私たちの仕事は、労災が発生した時に状況に応じた給付請求書を整備し加入者を支援することですが、請求された後は手を離れてしまいます。しかしもう少し踏み込む必要もあると考え、このほど請求者に労基署からの問い合わせ内容や認定結果などを聞く、任意のアンケートを実施しました。その結果から加入者の潜在的なニーズなどを把握し、これまで以上に寄り添った対応ができればと考えています。
例えば事故発生日を見るだけでも、月曜日が多く、週末にかけて低い傾向があり、勤務が続くうちに習熟度や注意力も変化するようだ、といった気づきを得られます。これを踏まえて日曜日の夜や月曜日の朝にSNSで注意喚起すれば、業務災害を防ぐ意識を高めてもらえるかもしれません。アンケートや事例を、広く社会への情報発信にも活用し、予防にもつなげていきたいです。

春田:何と言ってもまだ、フリーランスの当事者や発注事業者の多くが、労災保険の特別加入制度を知らないことが課題です。フリーランスと連合が連携するためのプラットフォームである「Wor-Q(ワーク)」のサイトやSNSなど、様々な場で引き続き周知を進めていきます。また加入の少ない20~30代の若い世代については、保険の必要性をあまり認識していない可能性も考えられるので、「備え」の大切さを発信していきます。
フリーランス向けの安全衛生教育も、当センターのミッションであり、今後さらに充実させたい取り組みの一つです。特に、具体的な事例を挙げると説得力が高まるので、加入者向けの勉強会の内容などに、フリホケの請求事例を反映させようとしています。
また連合フリーランス労災保険センターは、労働組合の連合が運営しているので、加入者に労働組合の情報も発信するなど、フリーランスと労働組合の橋渡し役としても機能させるべきだ、と考えています。フリーランスと労働組合のつながりをつくり、相乗効果を生み出すことで、連合がすべての働く仲間にとって「必ずそばにいる存在」となれるよう、引き続き取り組みを進めていきます。

「連合フリーランス労災保険センター」看板とユニオニオンを囲んで

(執筆:有馬知子)

【参考情報】

▼連合フリーランス労災保険センターのサイト        https://jtuc-freelance-rousai.org/
▼Wor-Q(ワーク)/フリーランスサポートクラブのサイト  https://jtuc-network-support.com/ 

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