「連合アタッシェ」に聞く(米国編)
バイデン・トランプ両政権の外交姿勢を体感
行きついた「大切にすべきもの」とは

連合は外務省との人事交流の一環として、労働組合のメンバーを各国大使館に派遣している。「連合アタッシェ」と呼ばれる派遣員は、海外でどのような役割を果たしているのだろうか。
第4回目は、米国に派遣された窪田俊幸さん(武田薬品労働組合から派遣、現在UAゼンセン国際局に勤務)。開発協力分野で米国と連携する仕事を通じて、バイデン政権とトランプ政権、両方の外交姿勢を体験した窪田さんが行きついた「大切にすべきもの」とは。

連合アタッシェとは
連合を通じて労働組合の役職員を、各国の在外公館に派遣する制度で、1981年に創設された。アタッシェ制度は各省庁の職員や民間企業の社員らにも導入されており、該当者は外務省で語学や外交の研修を受けた後、原則3年の任期で各国に送り出されている

米国と連携し途上国を支援 英語と専門用語に奮闘

-アタッシェとして米国に赴任した経緯を教えてください。
6年前、単組の同僚が連合アタッシェに派遣された時に初めてこの制度を知り、自分も挑戦したいという気持ちが芽生えました。その気持ちが次第に大きくなり、どの国であっても前向きに挑戦し全力で取り組むという思いで応募したことをよく覚えています。家族ともよく相談し、米国を志望国の一つに入れたのですが、本当に米国への赴任が決まるとは予想もしていませんでした。在米日本国大使館は「各省庁から専門性の高い優秀な人材が集まる」と聞いており、プレッシャーも感じましたが、それを成長の機会ととらえ、より一層努力していこうと決意しました。

-米国でのお仕事の内容を聞かせてください。
経済班で開発協力業務を担当しました。日本の開発協力は、途上国の発展を支援するだけでなく、国際社会の平和と安定を通じて日本の国益にも貢献する重要な外交ツールです。エネルギーや資源、食料の多くを海外に依存する日本にとって、各国との信頼関係の構築や地域の安定は安全保障にも直結しています。
担当業務では、日米の二国間および日米を含む多国間連携のもとで戦略的な開発協力を進めるため、米国務省や米国国際開発庁(USAID)との調整・連携を担いました。また、世界最大級の国際開発機関である世界銀行の本部がワシントンD.C.にあり、日本からの拠出金によって実施される開発プロジェクトの形成支援や拠出手続きの窓口を担いました。

-仕事の上で、ご苦労はありましたか。
開発協力に関する情報収集や協議の場では、電力、鉄道などのインフラ整備、教育、農業、保健医療、気候変動、防災、人権など幅広いテーマが扱われます。専門的な議論が英語で交わされるため、赴任当初はその内容を十分に理解することができず、苦労の連続でした。少しでも早く業務に対応できるよう、なるべく多くの機会に同席して経験を積むことを心掛けました。その結果、徐々に議論の背景や全体像を把握できるようになり、論点や着目すべきポイントも見えてくるようになりました。理解が深まるにつれ、自ら投げかけるべき質問や伝えるべきメッセージも明確になり、赴任当初に比べれば、より主体的にコミュニケーションできるよう成長できたので、当時の苦労は決して無駄ではなかったと感じています。

情けは人のためならず 支援が生む信頼と国益

-印象に残っているお仕事はありますか。
2023年8月、ハワイ州マウイ島で発生した大規模な山火事に対する日本政府の緊急無償支援を担当することになりました。しかし、山火事発生の10日後には、米国で開催される日米韓首脳会談が予定されており、着任間もない時期であったにもかかわらず、首相訪米の準備と緊急の担当案件への対応という二つの重要な業務が重なることとなりました。外交上重要な機会である日米韓首脳会談までに、日本による支援の発表を実現することが私のミッションでしたが、外務本省や米国赤十字社と緊密に連携し、連日の調整を重ねた結果、何とか会談前に支援の発表にこぎ着けることができました。岸田首相(当時)がバイデン大統領(当時)に対し、日米韓共同記者会見の場で、日本による支援を表明した時には、一連の対応が実を結んだことを実感しました。自らの調整や働きかけが首相から大統領へのメッセージという形で届けられた様子を目の当たりにし、外交官の仕事の責任と影響力の大きさを改めて感じました。

-バイデン政権からトランプ政権になったことで、社会の変化は感じられましたか。
バイデン政権は価値観を共にする同志国との多国間協調を重視し、一方でトランプ政権はアメリカ・ファーストの考えのもと、二国間交渉を軸に外交を進めるという大きな違いがありました。私の担当した開発協力の分野では、トランプ大統領が就任初日に対外援助を90日間停止する大統領令に署名し、米国対外援助の中心を担っていたUSAIDも解体され、世界中の被援助国に大きな混乱が広がりました。
開発協力は単なる慈善活動ではなく、支援を通じて信頼関係を築き、同志国を増やし、自国の発言力や影響力をも高められる外交ツールです。また私個人は「情けは人のためならず」という言葉の意味どおり、人を助けることは相手のためだけではなく、巡り巡って自分自身にも良い形で返ってくるという考えを大切にしています。米国の政策の変化が、将来的にどのような結果をもたらすのかは歴史が示していくことですが、長年積み重ねた信頼やネットワークは、国際社会からの支持や協力という形で蓄積され、いつか自国の利益にも繋がっていくと信じています。

信頼関係積み重ねと戦略的アプローチ 組合活動と外交に共通点

-生活面でのご苦労はありましたか。
住んでいたメリーランド州は、治安も良く住みやすかったです。赴任前は子どもたちが現地に順応できるのかとても心配していましたが、最初は鬼ごっこなど言葉が伝わらなくても一緒に楽しめる遊びを通じて友達と馴染み、気づいたころには英語の環境にも慣れ、毎日楽しく学校に行っていたので、子どもの適応力の高さに圧倒されていました。
生活面では、円安と物価高のダブルパンチに苦労しました。外食に行こうとしても、値段を見ると躊躇してしまい、足が遠のいてしまいました。その分、家族の健康を考え日々の食事に気を遣ってくれた妻の支えは本当に大きかったと実感しています。
繁忙期は業務量も多かったのですが、長期休みは取りやすく、夏と冬は国内外を旅行することができました。国内では自然豊かな国立公園をいくつも巡り、国外は米国から行きやすいカナダ、メキシコ、コスタリカやアイスランドに足を伸ばしました。世界は広く、言語や文化は一つではないことを、子供たちも身をもって感じてくれていたので、家族にとってもいい思い出、経験になったと思います。

-アタッシェでどのようなスキルを得て、今後どのように生かしたいですか。
組合活動も外交も、人と人との関係の上に成り立ち、相手との信頼関係を積み重ねながら合意形成をはかるという点では、多くの共通点を感じました。特に外交官の重要な役割の一つは人脈形成であり、組合役員時代に培ったコミュニケーション能力は大いに役立ちました。また、交渉では相手に何を伝えるかだけでなく、誰が、いつ、誰に対して、どのような形で伝えるかという戦略的なアプローチも重要です。外交の現場では、席次や発言の順番といった、一見形式的に見える環境の整備が交渉の結果に大きな影響を与えることも少なくありません。こうした進め方などに関しても、組合で培った経験はアタッシェの仕事で活き、逆にアタッシェとしての経験を通じてこうしたスキルをさらに磨くことができたと感じています。さらに、米国政治の大きな転換を現場で経験できたことに加え、各省庁のアタッシェとのネットワーク構築の中で、多様な価値観や考え方に触れる機会を得られたことも、大きな財産となりました。
帰国後はUAゼンセンの国際局で国際労働運動の推進に関わる業務を担当しており、米国で培った経験が国際交渉の場で活かせる部分は多々あると感じています。一方で、国際的な労働運動に携わるためには、各国の労働組合のあり方や労働法制の違いについて、さらに理解を深める必要があるとも考えています。
私は開発者を志して製薬会社に入り、組合役員や外交官になることなど想像もしていませんでした。ただ労働組合の役員もアタッシェも、自ら挑戦すると決めた以上は、その時々の役割に全力を尽くしてきたつもりです。これからも国際労働運動を通じて、最終的には現場で働く組合員の皆さんのお役に立てるよう、より良い職場環境の実現に繋げていきたいと思います。

(文 有馬知子)