情報労連北海道協議会が独自に取り組む「平和行動 in 稚内」

情報通信産業などの労働組合が加盟する情報労連は、「創り育てる平和」をスローガンに「平和四行動(沖縄・広島・長崎・根室)」を行っているが、加えて情報労連北海道協議会では、毎年8月19・20日に「平和行動 in 稚内」を実施している。終戦直後、ソ連軍の侵攻を受けた樺太(サハリン)をめぐって起きた真岡郵便局事件(九人の乙女の悲劇)と樺太引揚船三船殉難事件の殉職者・犠牲者を追悼し、歴史を語り継ぐためだ。81年前の8月、何が起きたのか。なぜ、独自の平和行動を続けているのか。情報労連北海道協議会の定居美稚子事務局長に聞いた。

定居 美稚子(さだい みちこ)
情報労連 北海道協議会 事務局長
北海道札幌市生まれ。NTT労働組合、情報労連中央執行委員等を経て、2025年より現職。
終戦直後に起きた樺太をめぐる2つの悲劇
—1945年8月、樺太をめぐって何が起きたのでしょうか。
歴史を振り返ると、1855(安政元)年2月に日露和親条約が締結され、千島列島については択捉島と得撫(ウルップ)島の間を日露の国境とし、樺太島については国境を定めず「両国民が雑居する地」とされました。しかし、雑居状態ゆえのトラブルは多く、日露両国は1875(明治8)年に樺太千島交換条約を締結し、樺太全島をロシア領、千島列島全島を日本領とすることで合意。その後、日露戦争末期、日本軍が樺太島を占領し、1905(明治38)年のポーツマス条約で北緯50度以南の南樺太が日本に割譲されました。
樺太島は、資源が豊富で北海道最北端の宗谷岬からの距離はわずか43km。日本政府は1907年に樺太庁を設置して、道路、鉄道、港湾、学校、病院、郵便通信局などを整備し、漁業、林業、製紙業などの産業を振興。日本からの入植が進み、1945年時点では約40万人が居住していました。




出所:連合ホームページ(主な活動>7つの絆>平和運動>北方領土返還要求運動)
第2次世界大戦下の1941年、日本は日ソ中立条約を締結しました。しかし、1945年2月、米国・英国・ソ連の首脳によるヤルタ会談が開かれ、ソ連の対日参戦と引き換えに、南樺太をソ連に返還し、千島列島を引き渡すとする密約が結ばれました。同年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し終戦となりますが、ソ連軍は8月8日、日本に宣戦布告を行い、15日以降も南樺太、千島列島への侵攻を続けたのです。 「九人の乙女の悲劇」と言われる真岡郵便局事件が起きたのは、8月20日の早朝でした。ソ連軍の艦隊が南樺太の主要都市・真岡に上陸し、市街地での砲撃や銃撃を開始。真岡郵便局で電話交換業務に就いていた女性交換手12人は、戦闘が迫る中でも業務を続け、うち9人が服毒して自ら命を絶ちました。その2日後の8月22日、北海道留萌沖にソ連の潜水艦が現れ、樺太からの引揚船3隻を次々と攻撃。1700名を超える命が失われました。これが「三船殉難」と言われる事件ですが、そのうちの一隻「小笠原丸」は海底ケーブル(通信回線)敷設船で、船員は逓信省職員でした。


出所:情報労連北海道協議会
2つの事件を知る機会を作りたい
—北海道協議会として、独自に「平和行動 in 稚内」を始めたきっかけは?
2つの悲劇は、北海道民なら必ず学ぶ史実というわけではありません。私自身、札幌で生まれ育ちながら知る機会はありませんでしたし、北海道協議会としても組織的な取り組みは行っていませんでした。
転機となったのは2002年。北海道協議会の山本廣和事務局長(当時)が、「根室の平和行動だけでなく稚内の平和行動もできないか」と発案。もともと電話局(電話交換手の職場)に勤めていた山本事務局長は、先輩たちから「九人の乙女」の話を聞いていたそうです。北海道協議会の立場で平和行動に携わる中で、真岡郵便局や引揚船の事件を知る機会をつくり、悲劇を風化させず、犠牲者を追悼し、平和の尊さを語り継ぐための行動ができないかと考えるようになりました。そこから「全国樺太連盟」(樺太引揚者の会)を通じ、映画『樺太 1945夏 氷雪の門』の原作者や「樺太引揚三船遭難遺族会」を紹介してもらい話を聞き、稚内市とも相談してきました。
そんな折、情報労連から戦後60年特別企画「全国平和行動」が呼びかけられました。これを受けて北海道協議会は2005年、「平和の祈り in 稚内」と題して、三船殉難の慰霊碑や氷雪の門・樺太島民慰霊碑、九人の乙女の碑に献花し、稚内市で開催される「氷雪の門・九人の乙女の碑平和祈念祭」に参加する1泊2日の行動を実施。翌年以降「平和行動 in 稚内」として毎年取り組むことを決めました。 参加者は、当初、北海道協議会の組合員とOB(退職者の会)が中心でしたが、海底ケーブル敷設事業を行うNTTワールドエンジニアリングマリンの労働組合(分会)が毎年参加してくれるようになりました。また道外からの参加の打診も増え、NTT労組や情報労連本部の役員が継続して参加してくれています。
移動時間を活用して車中学習会
—「平和行動 in 稚内」の主なプログラムと工夫していることを教えてください。
貸切バスは朝、札幌駅を出発し、日本海沿いに稚内まで続く国道231号線「オロロンライン」を北上していくのですが、とにかく移動時間が長い。そして、参加者の多くは事件の詳細を知らない。そこで移動時間を活用して車中学習会を行っています。ガイドは主に北海道協議会の青年・女性担当役員。午前中は三船殉難事件の真相に迫るドキュメンタリー作品『慟哭の証言』(1995年制作)を鑑賞して史実を学んだ上で、増毛町の「小笠原丸遭難者殉難之碑」、留萌市の「樺太引揚三船殉難平和の碑」、小平町鬼鹿海岸の「三船遭難慰霊之碑」などに立ち寄って献花を行います。午後は「九人の乙女の悲劇」を描いた映画『樺太1945年夏 氷雪の門』を鑑賞し、夕刻に稚内公園にある「樺太島民慰霊碑・氷雪の門」と「九人の乙女の碑」へ。翌日は平和祈念祭に参加して帰路につきますが、その車中でも、三船殉難を描いた『戦争が終わった夏に』、色丹島を追われた一家の苦難を描いた『ジョバンニの島』というアニメ映画を二本立てで観てもらっています。

「2025平和行動 in 稚内」にて、各所を訪問し献花
—参加者の反応や感想は?
「どちらの事件も知らなかった」という声が一番多いですね。「家族に稚内行動の話をしたら、実は親族が樺太からの引揚者だったと初めて教えられた」という話もよく聞きます。引揚げの体験はあまりに過酷で口を閉ざしてきた人が多いのですが、行動への参加がその封印を解く糸口になったとしたらありがたく思います。また、コールセンターで働く参加者は、最期まで持ち場を離れず自決した電話交換手の話を聞いて「身につまされる」と涙を流していました。
もう二度と仲間を戦争で犠牲にしない
—改めて平和運動に取り組む意義とは?
「平和なくして労働運動なし。平和であってこそ組合員やご家族を含め、すべての人が安心して働き、暮らすことができる」。情報労連はこの言葉を胸に「創り育てる平和」をシンボルフレーズとして平和運動に力を入れてきました。 戦時中、電気通信事業は事実上、軍の指揮・命令系統に組み込まれていたため、多くの逓信省職員や技術者が戦火の犠牲になりました。1945年2月には、防衛、警備、治安、生産、運輸、報道の重要通信を確保するための通信非常体制強化方策が閣議決定され、電話交換手は「死んでもブレスト(ヘッドホン式受話器)を離すな」と指示されました。映画『樺太1945年夏 氷雪の門』には、ソ連軍の侵攻を知った郵便局長が「電話交換業務は男子中学生にやらせるから、女性は全員逃げなさい」と指示しますが、彼女たちは「中学生がすぐにできる仕事ではない。私たちは通信を守るために最後の最後まで職場に残ります」と声を上げるシーンが描かれています。真岡だけでなく、1945年3月10日の東京大空襲においても、隅田電話局(東京都墨田区石原)の女性電話交換手28名と男子職員3名が職場を離れず殉職しました。
戦後、全電通(NTT労働組合の前身)は「もう二度と仲間を戦争で犠牲にしない」という強い思いを共有して平和運動を推進し、情報労連もそれを受け継いでいます。 労働組合が平和運動に取り組む意義は、単なる「戦争反対」ではないと思っています。ひとたび事が起きたら、どんな業種であっても、働く人たちの身に「戦争」は振りかかってきます。連合の神保政史事務局長は季刊RENGOコラム(https://www.jtuc-rengo.or.jp/rengo_online/2026/07/05/9570/)で「戦後81年、今を生きる私たち一人ひとりが『わが事』として平和の尊さを改めて実感することが必要」だと説いていますが、まさに平和運動に取り組む意義として伝えたいのは、そのことです。
戦争が始まると、命は“芋コロ”みたいになる
—課題は?
北海道の平和行動の弱点は「現地」視察が困難であり、慰霊碑や記念館が点在してすべてを回り切れないこと。だから、学習会に力を入れてきましたが、引揚者も高齢化して語り部はほとんどいない状況です。そこで北海道協議会の役員を中心に語り継ぐ人材の育成に力を入れています。成果は出ていて、最近では連合北海道の学習会で、北海道協議会の中川裕美子事務局次長が2つの悲劇について講演しました。

—2026年の行動に向けてメッセージを。
小笠原丸の元操舵手・澤田忠勝さんの言葉をお伝えします。「平時であれば、人権があり、命が大切にされるが、戦争が始まると、命は“芋コロ”みたいになる。これほどみじめなものはない。何があっても戦争はしてはいけない」 終戦後、北の地で起きた悲劇について、一人でも多くの方に知っていただければと思います。

【関連サイト】
情報労連作成動画「語り継ぐ戦争 4人が巡る、北方四島、樺太、三船殉難」
※54分すぎ~、小笠原丸の元操舵手・澤田忠勝さんが登場されます
(構成:落合けい)