「連合アタッシェ」に聞く(タイ編)
現地の人道支援団体をサポート
日本のプレゼンスを高める

連合は外務省との人事交流の一環として、労働組合のメンバーを各国大使館に書記官として派遣している。こうした「連合アタッシェ」が、現地でどのような活動をしているのか。経験者に話を聞いた。
第2回目は2026年3月までの3年間、タイで草の根支援などを担当していた鈴木昭喜さん(三菱自動車工業労働組合から派遣、現在は連合労働法制局に所属)の話を聞いた。
連合アタッシェとは
外務省と民間の人事交流制度の一環として、連合を通じて労働組合の役職員を各国の在外公館に派遣する制度。1981年に創設され、初代連合アタッシェは、タイに派遣された髙木剛元連合会長。なおアタッシェ制度は各省庁の職員や民間企業の社員らにも導入されており、原則3年の任期で各国に送り出されている。

未知の世界で働きたい 幼い子どもを連れてタイへ
-どのような経緯でアタッシェになったのですか。
産業別労働組合を通じてアタッシェの話をいただきました。大使館員には「海外で困りごとを抱えた日本人を助ける」といった限られたイメージしかなかったのですが、未知の世界で仕事をすることには、とても興味がありました。派遣先を選ぶに当たっては、出身企業の重要な製造拠点があり、周囲から「将来的に経験を生かせるのでは」と勧められたこと、当時子どもがまだ幼く、子連れで生活しやすそうだったことからタイを第一希望にしました。希望が通った時は嬉しかったです。
派遣前に数カ月間、外務省でアタッシェ向けの研修を受けました。研修には各省庁や自衛隊などから200人近いアタッシェが集まったので、さまざまな境遇の人と出会えましたし、何人かとは今も連絡を取り合っています。
-大使館ではどのような業務を担っていたのでしょうか。
困窮者支援や教育・医療活動などに取り組むタイの組織・団体に対して、日本政府が在外公館を通じて資金を提供する「草の根・人間の安全保障無償資金協力」を担当しました。民間のNPOや地方自治体の応募を受けて事業内容を審査し、いくつかの団体を選定します。ただ大使館の予算は限られるうえに円安や物価高もあり、1年に支援できる団体数はやや減る傾向にもあります。
団体を選ぶ際は現地視察などを通じて、事業内容や組織体制、財務状況などをチェックします。また外交の一環として、地域住民に日本の協力が伝わる活動であれば、なお望ましいという側面もあります。このため私の在任中は、日本人医師が活動する国境近くのクリニックなどを支援しました。へき地で人の命を守るために奮闘する日本人を、大使館が応援することには大きな意義があると考えましたし、結果的に地域の医療レベルの底上げや、日本への親近感の醸成にもつながると判断したのです。
ミャンマーからの避難民を救う 恩恵はタイ人にも
-支援するうえで、難しさを感じることはありましたか。
日本人の大切な税金が原資である以上、財務体質が健全で組織体制のしっかりした団体にお金を託す必要があります。ただ、本当に資金を必要としている小さな団体は、組織力や財務基盤が弱く、たとえ地域に貢献していても支援しづらいというジレンマがありました。
「老朽化した建物を建て替えたい」という学校や病院の応募も多いのですが、公的施設の建て替えなどは地方政府の仕事ではないかと感じることもありました。また国際的な人道支援団体の活動を見ていると、支援に依存してしまう受益者が存在することも分かり、自立につなげることの難しさも感じました。
―やりがいを感じたのはどんな時ですか。
先ほどご紹介した国境近くのクリニックは、様々な理由で、ミャンマー国内で治療が受けられない避難民を主な治療対象としています。タイの公的支援が届きにくい人々だからこそ、第三者である日本大使館がサポートすることの意味は大きいと感じました。クリニックが避難民の患者を受け入れることで、地元の公立病院はより多くのタイ人患者を診られるようになり、結果的にはタイの人々も恩恵を受けます。
避難民が通う学校で、寮の建て替え資金をサポートしたことも印象的です。事前調査に行くと、雨漏りがひどく、安心して生活できる状態ではありませんでしたが、生徒たちは遠い山岳地帯の出身で、学ぶためには寮で生活せざるを得ません。改修によって質素ながら堅牢な建物に生まれ変わり、生徒がとても喜んでくれたのを見て「支援して良かった」と思いました。

-現地の人たちと仕事をする中で、心掛けていたことはありますか。
私は主に1人のローカルスタッフと2人の草の根の委嘱員と一緒に働いていました。草の根の業務は、ローカルスタッフと委嘱員の支えがないと成り立ちません。ですから相手へのリスペクトを忘れず、一緒にランチに行ったり、ローカルスタッフの輪の中に入ったりして、信頼関係を築こうと努めました。
私と同じタイミングで着任した草の根の委嘱員の新卒の男性スタッフとは、特に親しくなりました。送別会で彼が「新卒で大使館に入職し、とても緊張していた時に鈴木さんが同僚より自分とのランチを優先してくれたことで、鈴木さんに付いていこうと決心しました」と話してくれて、こちらもほろりとしました。現在、彼は京都大学の修士課程に在籍中で、日本でも何度か会っています。せっかくタイとの縁ができたのですから、現地で培った人間関係は大事にしたいですし、今後は日本にいるタイの人たちとも、つながっていきたいです。

アタッシェは「タイと日本の役に立つ」仕事 国技ムエタイにも挑戦
-お子さん連れでの赴任でしたが、現地ではどのように過ごしたのでしょうか。
タイは在留邦人が非常に多く、日本人向けの住宅や学校、日本食ストアまで生活に必要な物はすべてそろっています。駐在家族が、ブログなどで子育て関連の情報などもたくさん発信しているので、日常生活にはほとんど苦労はありませんでした。
4歳と1歳の子連れ赴任だったので、週末はショッピングセンターのプレイスペースで子どもを遊ばせたり、動物園や水族館を回ったりしました。街では誰もが子どもをかわいがってくれて、子連れにとても優しい国でした。
近隣国との距離が近く、国内旅行感覚で海外に行けるのもタイの良さです。子どもが少し大きくなった3年目は、カンボジアやマレーシア、香港、ラオスなどを旅行しました。
ただバンコクは朝晩、道路が非常に渋滞しますし、車間距離をあまり取らずアグレッシブな運転をする人が多いので、車の移動はストレスが多いです。かといって暑い中を歩くのも大変です。現地では速く安く移動できる手段として、バイクタクシーが広く利用されています。車の横をすり抜けるのは怖いですが、20 分ほど乗って料金は 300円ぐらいという安さと速さが利点でした。
-仕事以外で打ち込んだことなどはありますか。
平日の夜、ムエタイを習いました。最初は話のタネにと週1回通う程度だったのですが、同じジムに通う同僚のアタッシェが「試合に出る」と言い出して、がぜん自分も出たくなったんです。全くの初心者でしたが、それからは週3回に増やし、自分を追い込んで練習しました。当日は大使館から20人ほどが応援に来てくれて、その声援を力に何とか勝利しました。
試合直後は「もう絶対続けない」と思っていたのに、数日後にはジム通いを再開し(笑)、結局、帰国まで続けました。ムエタイはタイの国技で経験者も多く「ムエタイをやっている」というと話が盛り上がるので、話題作りの面でも習って良かったと思います。

-連合アタッシェの経験を通じて、得られたものはありますか。
外国人と一緒に働く経験ができたことや、視野が広がったこと、タイ人の国民性への理解など、多くの収穫がありました。今後、単組や職場に戻ってからも得たものを生かせれば、と考えています。
連合アタッシェは、通常の職場とは異なる環境で、目の前の課題に向き合いながら、日本とタイの人々のために働ける貴重な経験でした。裁量も広いので、自分で考えたことを形にできるやりがいもあります。労働組合の関係者には機会があれば、ぜひチャレンジしてほしいです。
派遣国としても、タイは非常にお勧めです。街には若い世代のエネルギーがあふれ、人々も個性豊かで、日常生活に活気がありました。これからも家族で訪れたいですし、特に子どもたちには、現地の言葉や文化に引き続き親しんでほしいと考えています。

(文 有馬知子)