「幸せに働いて幸せに生きてほしい」
高橋幸美さんから働く若者へメッセージ
労働時間規制緩和に反対

高市早苗首相は昨年以降、労働時間規制の緩和検討を指示し、政府の審議会で「裁量労働制」の見直しに関する議論が始まっている。過労死等防止対策推進全国センター副代表の高橋幸美さんは、「緩和ありき」の議論によって本当に規制が緩められれば、新たな犠牲者が増えかねないと強く懸念する。娘の高橋まつりさん(当時24歳)を過労自死で失った高橋さんが、若い働き手に伝えたいこととは。


(2014年1月)
減らない過労死 裁量労働制の対象拡大は「危険すぎる」
-2015年にまつりさんが亡くなって以降、働き方改革関連法が施行され労働時間にも上限規制が設けられました。当時と比べて労働環境は改善したとお考えでしょうか。
確かに労働時間の上限ルールができたことは、過労死防止の観点からは前進だったと思います。以前よりも良くなったという声も聞かれますが、過労死ラインの労働を認める上限が設定されており、とてもそうとは言えません。また娘が亡くなって10年が経ちましたが、脳・心臓疾患、精神障害による労災請求件数、認定件数はともに増加しており、心を痛めています。請求件数が増えたのは「過労死」の認知度が高まったからだとの指摘もありますが、だとしても従来は請求すらできない人がたくさんいたことの証左にすぎず、労働環境が改善されたわけではありません。
労働者の平均労働時間が減っているのも、パートタイマーの割合が高まったためで、フルタイム勤務者の労働時間はここ2、3年、横ばいあるいは微増傾向です。このように長時間労働の人に対しては、十分な対策が講じられたとは言えません。今の法律では労働者を守るのに限界があると感じています。
-経団連は裁量労働制について、濫用防止の仕組みを設けた上で、対象業務を拡大することを提案しています。これについてはどのように考えますか。
対象業務の拡大には絶対に反対です。過去には某大手電機メーカーが、社員3万人のうち1万人に裁量労働制を導入し、過労死が相次いだことなどから廃止した事例もありました。大企業ですら濫用を止められなかった以上、中小も含めたすべての企業が制度を正しく運用できるとは思えません。行政も、すべての違法行為を取り締まることはできていませんし、産業医による面談やストレスチェックなどの健康確保策を設けてもなお、過労死は減っていません。こうした状況の中で、裁量労働制の対象を広げるのは危険すぎますし、むしろ運用を厳格化した上で、違反した企業を摘発・指導する体制を強化すべきです。
政府は、制度見直しの議論にあたって実態調査を行うとしていますが、調査対象となる労働者数は各事業所から最大10人と、極めて限られた規模となる見通しです。母数を担保するなどして、より実態を反映したデータを把握すべきだと考えています。
「私なら大丈夫」じゃない 過労死リスクは誰にもある
-若手からは「たくさん働いて成長したい」という声も聞かれます。こうした意見についてはどうお考えですか。
学生時代、就職活動と頑張り続けて志望企業に入った若手社員が、頑張って働いて成長したい、成果を出して収入も増やしたいと考えるのは当然です。娘もそうでしたから。労働時間規制を成長の「足かせ」のように感じる人もいるかもしれません。
しかし長時間労働は、本人が気づかないうちに身体と精神をむしばみ、取り返しのつかないダメージを与えます。それが過労死の恐ろしさなのです。娘も入社当時は「私は大丈夫」と言っていましたが、週に10時間しか眠れない激務の中で「こんなにつらいと思わなかった。眠らせない拷問のようだ」と訴えるようになりました。娘は「どうにかしたい」と、労働組合や人事と面談して、部署異動や休職、退職なども考えていましたが、そのころにはすでに精神障害を発病していました。病気になってからでは手遅れなんです。
2024年の制度改正で、(専門業務型)裁量労働制の導入にあたっては、本人の同意を得ることが義務化されました。しかし今お話したように、意欲の高い人が「自分は大丈夫」と考えて同意することもあり、同意が健康を担保できるとは限らないのです。経営者に同意を強要され、失職などを恐れた労働者が拒めず同意するといったケースも考えられます。
-一方でミドル以上の社員には「若い時の激務を乗り越えたから今の自分がある」と考え、若手に価値観を押し付ける人もいます。こうした社員の意識を変えるには、どうすればいいでしょうか。
若手が職場で聴くことができるのは、運よく過重労働を生き延びた先輩たちの「成功体験」だけで、耐えられずに会社を去った人の声を聴くことはできません。またデジタル化で業務の密度やスピードが高まる中、今の若手には業務時間外でもメールに「即レス」を求められるといった、先輩世代にはなかったプレッシャーもあります。先輩たちは自分の価値観を若手に押し付けるべきではないですし、むしろ時代の変化を踏まえ、意識を変えなければいけません。若手も先輩の話をうのみにするのは危険です。
長時間労働が是とされてきた職場の社風を変えることは容易ではありません。だからこそ法律で「ここからは違法」という明確な線引きをする必要があります。私たち遺族や国民は「命を守る」という視点で、企業の実態や法律のあり方などをチェックしなければいけないと考えています。
組合は、働く人のいのちを守る「ゲートキーパー」に
-過労死を防ぐため、労働組合はどのような役割を果たせるでしょうか。
娘は勤務先の労働組合に、長時間労働について相談していましたが、残念ながら効果的な対応はなされませんでした。ただ私自身、勤め先に組合がなくサービス残業やハラスメントが横行していたため「組合があればどんなにいいだろう」と思っていましたし、遺族として活動する中で、組合が賃上げや労働環境改善に尽力する姿を見てきました。労働組合にはぜひ、働く人のいのちを守る「ゲートキーパー」としての役割を果たしていただきたいです。組合員からの相談に速やかに対応し、メンタルヘルスも含めた健康確保に努めてほしいと考えています。
個人への対応だけでなく、労使交渉を通じて職場を変えることも重要です。「ハラスメントや長時間労働は許されない」という認識を広めることはもちろん、パワハラや長時間労働があった時に社員が声を上げやすいよう、風通しの良い組織風土の醸成も進めてほしいです。
-過労死をなくすため、国はどのような施策を進めるべきでしょうか。
労働者のいのちと健康を守ることは、政府の責務です。労働時間規制を緩和し過労死防止の施策を後退させることは絶対にあってはなりませんし、過労死「ゼロ」という数値目標を設定し、取り組みを加速することも求められています。
そのためにはまず、労働時間に関するILOの条約すべてに批准する。さらにEU並みに最低11時間、通勤時間や生活時間を考慮すれば14時間の勤務間インターバルを義務づけ、違反した場合には罰則を科す必要があります。
単月で100時間、複数月で80時間という労働基準法の時間外労働の上限も、WHOやILOが「過労死リスクがある」とする「55時間」未満に引き下げ、短い労働時間で労働生産性を高める方向に舵を切るべきだと思います。同時にテレワークも含めた勤務時間を徹底的に把握し、「隠れ残業」を撲滅することも不可欠です。さらに残業割増率を引き上げ、「残業させると人件費が膨らむ」状況をつくっていく。国は労働者の命と生活を守り、長時間労働を前提としない政策に転換してほしいと思います。
-社会で頑張っている若者たちに、どんなメッセージを伝えたいですか。
若い皆さん、企業はあなたの代わりの若手社員を見つけることができますが、あなたの命は「あなた」にしかなく、自分や家族にとって「あなた」の代わりは誰もいません。もし自分が頑張りすぎている、つらいと感じたら、それを自覚できるうちに休んで睡眠を取って下さい。本当の限界が来て手遅れになる前に、休職なり転職なりして職場から離れ、身体といのちを一番に守って下さい。
親御さんの中には、例えば子どもがせっかく入った大手企業を辞めたら、不安になる人もいるかもしれません。でもキャリアより命が大切です。わが子が幸せに、健康に生きてくれることが、親として一番の望みだと思います。
若い人たちはどうか、決してまつりのようにならないでください。命を大切に、幸せに働いて幸せに生きてほしいと心から願っています。

(執筆:有馬知子)