人手不足への危機感は労使で共有
~連合愛知、中小・零細は労務費の価格転嫁が壁に~

2026春季生活闘争では、連合の加盟組合の平均賃上げ率(4月14日時点)が5.08%と、3年連続で5%を超える賃上げ率を達成した。ただ多重下請け構造の中で、労務費を価格転嫁できず賃上げできない中小・零細企業はまだ多数存在する。製造業が集積する連合愛知の可知洋二会長に、価格転嫁の実態や組織としての取り組みを聞いた。

5次、6次に及ぶ下請け構造 川下ほど鈍る価格転嫁
-愛知県には、自動車や電機などの製造業が集積しています。価格転嫁について、どのような課題を抱えていますか。
愛知県は製造業が基幹産業で、大手メーカーに加えて取引先の中小・零細企業が集積しています。このため労使と行政のいずれにも、価格転嫁を通じて中小の賃上げを実現させることが地域経済の好循環に不可欠だ、という強い認識があります。しかし多重下請け構造の「川上」に位置する大手では取り組みが進んだものの、「川下」に行くほど動きは鈍ってしまっています。肌感覚ではありますが、毎年1層ずつじりじりと転嫁が進み、やっと3次くらいまで及んできた印象です。4次、5次になると、値上げ交渉すら始められない零細企業も多く見られます。
このため連合愛知は2023年2月、経営者協会と「パートナーシップ構築宣言」への参画拡大と、実効性確保に向けた労使共同宣言に署名し、あわせて県や労働局、労使など12団体による「適正な取引・価格転嫁を促し地域経済の活性化に取り組む共同宣言」を締結しました。翌年からは毎年、共同宣言団体主催で取引の適正化に関するフォーラムやシンポジウムが開かれています。2024年からは地方版の政労使会議も開催され、価格転嫁の現状や課題などを共有してきました。

-現場からは価格転嫁が進まない理由などについて、どのような声が聞かれますか。
価格転嫁が進まない理由としては、経営者や調達担当者が必要性を理解していない、資金的な余裕がない、取引先の交渉方法がわからない、取引への悪影響を恐れて値上げ交渉ができないなどが挙げられます。特に調達担当者に関しては、コストを下げることが人事評価につながることが、転嫁の壁となっています。また燃料費や資材費の値上げは発注先に認められても、労務費については「自助努力で捻出すべき」という認識が残っていてなかなか応じてもらえない、という声も聞かれます。自社は賃上げしたのに、受注企業の価格転嫁は渋る企業もあります。
一方で発注企業と交渉し、転嫁を実現させた企業もあります。受注側にはぜひ、勇気をもって価格転嫁を求めてほしいですし、それによって仮に取引を減らされたり中止されたりしたら、公正取引委員会に訴えることもできます。ただ人手不足で経営者も現場仕事に追われ、交渉に必要な資料を作成する時間すらないという中小も多く、簡単でないことは確かです。
まさに今、勇気をもって人に投資を
-世界各地の戦争に伴う燃料費・資材費の高騰など、企業経営の先行き不透明感は増しています。これらを理由に、経営者が賃上げを渋る動きはありますか。
確かに不透明感は強まっていますが、一方で労働力不足に由来する倒産も増えており、人材確保のためには賃上げせざるを得ない、という経営者の危機感も高まっています。また日本の中小企業の内部留保は過去30年間、右肩上がりの傾向が続いており、仮に足元の収益が圧迫されたとしても、価格転嫁や賃上げに必要なリソースを確保できている企業は多いと考えられます。ならば人に投資すべき時はまさに「今」ではないでしょうか。
実際に愛知県では、3月末時点で300人未満の職場の賃上げ率は5.57%と、大手の5.52%を上回りました。これは中小企業であっても、社員の生活を守り人材を確保する方策を考えれば当然「賃上げ」という結論に行きつくこと、そして実際に賃上げするだけの体力もあることを示しています。
今の経営者は、30年間デフレ経済の中で生きてきて、投資など「お金を使う」マインドになかなか転換できません。しかし今や賃上げやDXなどへリソースを投じなければ、経済成長から取り残され淘汰されてしまいます。時代が変わったことを認識し、恐れず投資に踏み切るべきです。
-連合愛知として、春闘ではどのような取り組みを行っていますか。
春闘での連合愛知の主な役割は、社会へメッセージを発信し世論を喚起することと、個別交渉に当たる労働組合へ必要な情報を届けることだと考えています。このため最近は、マスメディアとの関係構築に力を入れ、メディアを通じてより多くのニュースを社会へ発信しようとしています。
気運の醸成に関しては、組合員による「1 万人総決起集会」を開き、決意表明や街頭デモを行っています。1万人が集まる迫力は大きく、毎年メディアにも大きく取り上げられますし、経営者に対する一定のインパクトもあると考えています。県内関係者との方向性を共有する場である労使懇談会と政労使会議、そして組織固めと気運の醸成を担う1万人総決起集会、という3つの施策がそろって初めて、春闘での連合の活動が機能すると言っても過言ではありません。

■連合愛知の春闘の取り組みについて、連合愛知・春闘(春季生活闘争)ページをご覧ください
連合愛知・春闘(春季生活闘争) https://www.rengo-aichi.or.jp/category/shunto/
中小組合の交渉をサポート 勉強会や情報提供で
-賃金交渉に当たって、中小の労働組合はどのような課題を抱えているのでしょうか。
大手の職場は賃金交渉の際、まず労使が経営状況やビジョンを共有し、4回、5回と議論を重ねて賃金や労働条件を固めていきます。しかし中小零細の職場では多くの場合、経営者にビジョンを議論するような余裕はなく、即物的に賃金だけを議論しがちです。私たちとしては加盟組合に対して、労使交渉では企業の将来性や、生産性を高める方策などを議論した上で、対価としての賃金水準を話し合う方がいい、という話はしています。ただ組合のない職場も多いですし、組合があっても中小労組の役員は非専従で交渉は業務時間外に行うことが多く、何度も交渉を重ねるのは難しい状況もあります。交渉環境の改善は、中長期的な課題だと思います。
また交渉の力量にも組合によって差があり、中には組合役員になったものの交渉に立ち会ったことすらない、という人もいます。このためここ5年ほど、中小組合の交渉担当者を集めて勉強会を開き、模擬交渉や賃金カーブに関する情報提供などを行っています。地道な活動ではありますが、経験の浅い役員にも実践的なスキルを身につけてもらい、交渉を底上げできればと考えています。また将来的には、財務資料の見方などを学ぶ場も設けて、組合役員が人件費、内部留保、会社の借金などをきちんと把握した上で要求を作る力を身につけてもらえればとも思っています。

-今春闘でこれまでに得られた成果に対する評価と、後半の交渉への意気込みをお願いします。
中小の賃上げ率が大手を上回ったことに関しては、正直に言えば驚きもありましたが、大手との格差が縮まったことは評価しています。単組の頑張りに加え、製造業の価格転嫁が一定程度進んだことも、結果につながったと考えています。 とはいえ、まだまだ価格転嫁は十分とは言えず、県内にある20万社超の企業のすべてに波及させることが課題です。今後の交渉については、人材確保に対する中小経営者の決断に期待していますし、私たちもスピーディーな情報提供などを通じて交渉をサポートしていきます。
また近年、連合愛知は社会貢献活動を通じて、企業との連携を深めてきました。例えばインテリア会社や職人の方々と、連合愛知が支援する児童養護施設を訪問し、子どもたちと一緒に壁紙の張り替え作業をしてもらう、といったことです。こうした活動を続けるうちに、中小企業の経営者が労働組合に抱いていたネガティブなイメージが払しょくされ、価格転嫁などに関する我々の主張にも、耳を傾けてくれる土壌が醸成されてきたと感じています。さまざまな機会をとらえて労使のつながりを作ることが、価格転嫁だけでなく政策制度の実現や、組織拡大などにもつながると考えています。

(執筆:有馬知子)