採用難に若手の離職、処遇改善がすべての課題の
「処方箋」
~介護業界、公定価格が賃上げの壁に~

2026春季生活闘争で、小売・飲食などの職場が大幅な賃上げを達成する一方、介護の職場は同じエッセンシャルワークでありながら苦戦を強いられている。介護の担い手で組織されている労働組合、UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)政策部門の大滝雄一部長は、賃金格差が解消されなければ、将来は「利用者が介護サービスを使えない」事態も起こりかねない、と警鐘を鳴らした。

採用難と若手の離職 背景にある「低賃金」問題
NCCUは、介護現場の労働者が企業の垣根を越えて集まる「職業別労働組合」で、介護保険制度が始まった2000年に結成された。2026年2月現在、63法人に勤める労働者と個人加入者、8万7000人超が加入している。組合員から聞かれる職場の困りごとは、とにかく「人が足りない」ことに尽きるという。
「介護従事者の多くは、賃金が高くないことは承知の上で『人の役に立ちたい』と、この業界に入ります。しかし若い世代は結婚、出産といった人生の節目で、今の介護の賃金水準では将来にわたって安定した生活を送るのは難しいと考え、離職する傾向が見られます」
NCCUが毎年実施している「賃金実態調査」の2025年の結果を見ても、「職員が少なく、最低限必要なケアを行うだけでいっぱいいっぱい」「人手不足で利用者一人ひとりに目を配るのが難しい」といった声が目立った。
「比較的規模の大きな事業者は、人材の配置を工夫するなどして、苦しみながらも運営を維持できているようです。しかし介護業界は、中小・零細の事業者が大半を占めるため、現場が回らなくなるケースも少なくありません」
人手不足対策として、元気な高齢者や無資格の人を「介護助手」として雇い入れて清掃などケア以外の業務を担ってもらい、専門職はケアに専念する、という役割分担も始まっている。規模の大きな職場では、スポットワークなどを活用する動きも見られるが、「補助者は介護職よりさらに賃金水準が低く、募集してもなかなか人が集まらない」のが現状だ。
外国人労働者に、将来の介護の「担い手」となってもらうことへの期待もある。しかし、欧米やアジアの他国の賃金水準が高いことなどから、国際的な人材獲得競争の中で日本が選ばれにくくなっている。大滝さんは「人手不足の原因をたどると、結局は低賃金の問題に行き着くのです」と強調した。
他産業との格差拡大、臨時報酬改定でも「賃上げ実感」は薄く
NCCUの賃金実態調査によると、月給で働く組合員の2025年7月時点の賃金平均額は、前年に比べて2.9%増の月26万9194円。一方、厚労省の賃金構造基本統計調査によると、2025年の全産業の平均額(速報値)は月34万600円で、7万円以上の差が生じている。人手不足と物価上昇に対応して、小売や飲食など他産業で大幅な賃上げが相次いだことで、格差はここ数年で拡大している。
NCCUは格差を是正するため、2026春季生活闘争で月額1万8100円以上の賃上げ要求を掲げて交渉に臨んでいる。しかし早くも2月中旬、すかいらーくが月額2万173円、イオンも1万9637円と、飲食・小売などの業界ではNCCUの要求を超える満額回答で妥結している。
「他産業も人手不足に苦しむ中、人材獲得競争を優位に進めるため、労使ともに他より少しでも高い賃金で、早く妥結しようとする動きが見られます」
一方、介護事業者の提供するサービスの価格は、介護報酬という公定価格で決められている。
「介護事業者にとっては自由に価格転嫁できないことが、賃上げの壁になっています。このため、賃金交渉は他産業に比べて厳しい条件の中で交渉に臨まざるを得ないのです」
政府も介護の担い手不足を問題視し、2025年12月から介護職員の賃金を最大月1万9000円引き上げる措置を取った。しかし賃上げ原資は平均的な介護職員数で算出するため、平均より多く人を配置していたり、原資を介護職以外の従業員にも配分したりすると、1人当たりの金額は減る計算だ。
「現場では賃金が上がったという実感は薄く、組合員から『会社は本当にきちんと職員に配分しているのか』という疑問が寄せられることもあります」
訪問介護の倒産が過去最多 しわ寄せは地方の利用者に
さらに政府には、増加する社会保障支出を抑制し財政の健全性を保とうとする圧力も働く。こうした中で「収入に対する利益の割合を示す『収支差率』が高いサービスの報酬が、引き下げられることもある」とも、大滝さんは指摘する。
例えば2024年4月の介護報酬改定では、「他のサービスに比べて利益率が高い」ことなどを理由に訪問介護の基本報酬が引き下げられた。
「経営者から『営利法人である以上、経営努力で収益を高める必要があるのに、利益率が上がるとかえって報酬を下げられる。もう撤退しようか』という嘆きを聞いたこともあります」
また訪問介護の領域で高い利益を得ているのは、サービス付き高齢者向け住宅に併設されるなど、短時間で多くの利用者を回れる一部の事業者に偏っているという。過疎地域など利用者が広範囲に散在する地域の事業者は、1日当たりの訪問件数が少なく、利益率も低くなりがちだ。実際に東京商工リサーチの調べによると2025年、訪問介護事業者の倒産件数は91件となり、3年連続で過去最多を更新した。
「介護報酬改定の参考となったデータでも、事業者の4割程度は赤字でした。しかし一律に報酬が引き下げられたことに加えて人件費や燃料費、物価の上昇が追い打ちを掛け、倒産・廃業に追い込まれる事業者が増えたのです」
地域から事業者が消えれば、しわ寄せを受けるのは過疎地域などに住む利用者だ。大滝さんは「政府のめざしてきた『地域包括ケアシステム』は、在宅を基本に地域で高齢者を見守ることが狙いだったはずです。在宅介護に不可欠な訪問介護の報酬を引き下げるのは、こうした姿に矛盾するのではないでしょうか」とも、疑問を投げかけた。
「地域包括ケアシステムは、2025年度に完成させる計画でした。その期限が過ぎた今、システムが有効に機能しているかをきちんと評価・分析した上で、必要な施策を講じるべきだと思います」
処遇改善が一番の処方箋 「介護業界」の問題は、やがて「私たち」の問題に
介護業界は危機的な状況だからこそ、労使が力をあわせて苦境を乗り越えようとする動きも見られる。NCCUは介護事業の経営者と「介護業界の労働環境向上を進める労使の会」を結成して、コロナ禍での対応やハラスメント対策などに協働で取り組んでおり、2023年にはテクノロジーの導入に関する集団協定を結んだ。
「介護ロボットやDXを導入するのは人員削減のためではなく、業務のムリ・ムダ・ムラを無くして増えた時間をサービスの質の向上につなげ、組合員の処遇改善と社会的地位の向上につなげることだと、労使で確認しました」
またNCCUは、たびたび政府や行政に対して処遇改善を求める要請や署名運動を行っているが、これに対して経営側から「協力したい」という声掛けも多いという。「賃金を上げて人を集めたくても、原資を得られない」という悩みは、労使に共通しているからだ。
「先日も事業者から、要請活動への協力の申し出とともに『給料を上げられず、募集しても人が入らない。どうしたらいいんでしょう』と相談を持ち掛けられました」
人手不足に対する最大の処方箋は「処遇改善」であり、介護産業としての最低賃金を設定するなどして賃金水準を底上げする必要があると、大滝さんは訴えた。
「組合のない中小・零細の事業者が大半を占める介護産業では、労使交渉によってボトムアップで賃金水準を引き上げるのは限界があります。やはり政府主導で、介護産業が今後も存続できるよう、全産業平均に比べても見劣りしない賃金水準を示してほしい」
仮に賃金格差が解消されず担い手がいなくなれば、10年後、20年後に待っているのは、高齢者が介護サービスを利用できず、家族がケアの大半を担う姿に逆戻りする、といった状況だ。少子化によって、家族がいない人も出てくるだろう。
「介護の人手不足は介護業界だけの問題ではなく、利用する側である私たちの老後や家族、地域社会の安心に直結します。介護産業と直接関係のない人も、ぜひ今のうちから自分ごととして考えていただきたい」

(執筆:有馬知子)