今どきネタ、時々昔話
第32回 「丙午と少子化ニッポン」


新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
出生数が激減した昭和の丙午

さて、2026年の干支は、丙午(ひのえうま)である。子どもの頃、「丙午生まれの女性は気性が激しく、男を食い殺す」という、差別的で根拠のない迷信をよく聞かされた。
干支は、十干(甲乙丙丁戊己庚辛壬癸)と十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)の組み合わせで60年ごとにめぐってくるから、前回の丙午は1966年だ。私の妹は、その前年の1965年・乙巳(きのとみ)生まれで、母から「丙午にならないようにした」という話を聞いた記憶もある。同じように考えた親たちは少なくなかったのだろう。出生数を見ると、1965年が約182万人、1966年は前年比25%減の約136万人、1967年が約193万人。人口統計のグラフでみると、丙午の1966年には、「切り欠き」と呼ばれる深い凹みが生じている。
なぜ、数十万人も出生数が減少したのか。吉川徹大阪大学大学院教授の著書『ひのえうま—江戸から令和の迷信と日本社会』(光文社新書、2025年刊)が、その現象を多角的に分析していて興味深い。本書によれば、丙午の迷信の始まりは江戸初期の1666年(寛文の丙午)。その年に生まれた「八百屋お七」(好きな男性に会うために火付けし処刑された)の物語が人形浄瑠璃などを通じて広がる中で、「丙午の女性は災いをもたらす」という迷信が社会に根づいた。1906年生まれの「明治の丙午」の女性たちにおいては、縁遠いことを悲観して自殺者が相次ぐ事態となった。その悲劇が新聞報道を通じて増幅・伝承され、「昭和の丙午」における出産回避につながったのだという。
それを可能にしたのは、戦後の人口・家族政策だった。戦時下の「産めよ 殖やせよ」に代わって、1950年代初め頃から「少なく産んで大事に育てる」という「家族計画運動」が始まった。全国各地の保健所などに「受胎調節実地指導員」が配置され「家族計画」の指導が行われた。私の母の世代は、いつ産むか、何人産むかを自ら決めるという、リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)の重要性を学んでいたのだ。当時、保健所や役所の掲示板に啓発ポスターが貼られていたのだろう。私の幼い頃の記憶には「家族計画」という言葉が刻まれているのだが、その浸透が、丙午年の出産を前後にずらすという選択につながったのだ。
参考:『令和7年版 厚生労働白書』出生数と合計特殊出生率の推移
ヨメのもらい手がなくなる?!
それにしても、戦後民主主義を学び、リプロダクティブ・ヘルス/ライツを初めて実践した世代が、なぜ根拠のない迷信に影響を受けたのだろうか。それは、おそらく当時の「結婚観」に起因するものだったと思う。
1960年代は、「家族計画運動」と相まって、夫婦と子ども2人という「標準世帯」の形成が奨励され始めた頃であり、男性は外で働き、女性は家庭に入って家事・育児を担うという性別役割分業が期待された。女性にとって結婚は「永久就職」と捉えられ、結婚できないことは死活問題だと考えられたのだ。
丙午生まれでなくても、当時の昭和女子は、何かにつけて「ヨメのもらい手がなくなるぞ!」と諌められた。勝ち気だったり、口が達者だったり、スポーツが得意だったり、勉強ができたりしても、そう言われた。「男は、尻に敷かれそうな女や自分より賢い女とは結婚したがらないんだ」と。心の中では「もらってもらわなくて結構!」と思っていたが、女子への結婚をめぐる社会的圧力は強烈だった。丙午の出産回避は、迷信とはいえ、わが子に余計な烙印を押させたくないという親心だったのだろう。
女性は「家事能力」、男性は「経済力」を求める
それから60年。丙午の迷信は、2026年の出生数にも影響するのだろうか。吉川教授は「それはない」と断言する。私も、そもそもの前提が崩れていると思う。
性別役割分業が前提だった時代には、男性は結婚相手に従順さや容姿・若さを求め、女性は経済力を求める傾向が強かった。しかし今はどうだろうか。最近の各種調査では、女性が男性の「経済力」を重視する割合が減少し、「家事・育児の能力や姿勢」を重視する割合が急上昇している。一方で、男性が女性に「経済力」を求める傾向が高まっているという。かつて“丙午女子”に貼られたようなレッテルは、いまや意味をなさないのだ。
Z世代女子に「ひのえうまって知ってる?」と聞いてみたが、「知らん!」のひと言。 卯年生まれだが、かつての従順とか内助といった「美徳」とは無縁の性格である。女友だちに結婚することを伝えた時には、「ふーん、カレシ、ついに尻に敷かれることを覚悟したんだね」と言われたそうだ。端で見ていると、Z世代女子の、パートナーに対する当たりがきつくて申し訳なく思えるほどだが、2人でともに家計を支え、家事・育児も協力しあうというスタイルが今どきだ。そこに「丙午の迷信」が入り込む余地はない。

少子化対策の成果はゼロ?
いずれにしても、今の日本には産児制限をする余裕なんてない。2025年の出生数は約66万人。激減した1966年(約136万人)の半分以下だ。出生数が70万人を切ったのは国の推計より15年も早く、これは対策の遅れが積み重なった結果だと専門家は指摘している。もはや手の施しようがないのかと思えてくるが、年明けにはこんな記事が目に止まった。
[こども家庭庁「解体論」なぜ拡散? 積み重なった怒りと危うさ](毎日新聞、2026年1月4日)。政府は、こども家庭庁について前年度比1686億円増となる7.5兆円を計上したが、SNSでは一時、「こども家庭庁による少子化対策の成果はゼロです」「解体して、減税の財源にした方が、結婚子育てしたい若者はなんぼか助かるわ」など、こども家庭庁の解体をとなえる投稿が拡散されたという。背景には、「出生率が上がらないことへの危機感に加え、2026年4月から徴収が始まる『子ども・子育て支援金制度』(医療保険料に上乗せして少子化対策財源を徴収する仕組み)がある」と書かれていた。
なぜ少子化対策の成果が出ないのかを、地に足をつけてしっかり考えないといけないと思うのだが、ここに来て解散風が吹いている。
政治の世界にも広がる「推し活」
高市早苗首相は、内閣支持率が高いうちに総選挙を行って政権基盤を強化したいということのようだが、昨年10月に政権が発足してから3カ月、物価高対策も少子化対策も夫婦別姓問題も十分議論されないまま、またもや先送り状態になってしまうのは本当に残念だ。与野党の皆さんにはしっかり政策論争をしてほしいが、危惧されるのは「サナ活」現象だ。
アイドル評論家の中森明夫さんが、コラム『ニッポンへの発言』で「高市総理と『推し活』政治」と題して、アイドルのファン活動だった「推し活」が政治の世界に広がったことの問題点について興味深い考察をされていた(毎日新聞、2025年12月17日)。少し引用させていただく。
高市総理はアイドルなのだ。そう考えればわかりやすい。就任当初から(何も仕事をしていないのに)支持率が高かったのは、それが単に人気であり好感度だからだ。「史上初の女性総理」というキャッチも効いた(アイドルはキャッチフレーズが大事である。「千年に一人の美少女」というように)。石破前総理はいつも不機嫌な顔をしていたが、高市総理は笑顔がいい……アイドルは笑顔である。それが作り笑顔だったとしても。
(中略)
推し活の危うさは対象を全肯定してしまうところだ。「推し」に対する少しの批判も許さない。高市総理による「台湾有事は存立危機事態」発言に中国が猛反発して、日中関係が深刻化している。これに対して発言の是非を問うのではなく「国会でしつこく聞いた立憲民主党の岡田克也議員が悪い」と言うのは、典型的な「推し活」言説だろう。国会の質疑を「推しのサナちゃん」がいじめられていると捉えているのだ。
総理大臣はこの国の最高権力者であって、私たち国民の命運を握る存在である。是々非々でその言動を注視するべきだ。全肯定して「推し活」するアイドルではない。政治に「推し活」の手法が易々と収奪されたのは、批評を欠いたアイドルサイドの責任でもある。
悪しき「推し活」政治に少しでも対抗できるよう、この考察を心に刻んでおきたい。
★落合けい(おちあい けい)
元「月刊連合」編集者、現「季刊RENGO」編集者
大学卒業後、会社勤めを経て地域ユニオンの相談員に。担当した倒産争議を支援してくれたベテランオルガナイザーと、当時の月刊連合編集長が知り合いだったというご縁で編集スタッフとなる。